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君との婚約を破棄する!


「イザベル・ヴァンドーム! 君との婚約を僕は破棄する!」


聖ギャザリング学園の大ホール。学園の創設記念日を祝うパーティー会場で、ルーカス皇太子の大きな声が響いた。


談笑にふけっていた全校生徒が、その声の方へ視線を向ける。


パーティー会場のど真ん中で、デュエル王国の皇太子であるルーカスが、その婚約者であるイザベル公爵令嬢を睨んでいた。


高い身長、短く整えられた輝く金髪、透き通るような青い瞳。10人中10人が美男子と認めるであろうルーカス皇太子。

やや気の弱い所が心配されているが、現国王の一人息子であり、次期国王の地位が約束されている人物だった。


そしてそれに向き合っているのは、デュエル王国で最も強い権力を持つヴァンドーム公爵家の令嬢、イザベルだ。


ウェーブの掛かった長い金髪に、皇子と同じ青い瞳。その切れ長な鋭い目付きが、性格のキツそうな印象を与える顔ではあったが、どこに出しても恥ずかしくない美女である。


その美しい公爵令嬢であるイザベルは、婚約者に突然婚約破棄を公衆の面前で言い渡され、不愉快そうに眉を顰めていた。


「殿下、婚約破棄とは一体どういうおつもりでしょうか。理由をお伺いしても?」


自分の感情を抑えるような間を少し開けてから、イザベルはルーカスに質問した。その声には圧があり、皇太子は怯えたようにビクンと肩を震わせた。


「き、君にはすまないと思っている。この婚約破棄に君の責は一切ない」


「意味が分かりませんわ。私に問題がないのなら、何故私達の婚約を破棄するなんてことを殿下が言い出すのです?」


「僕は、真実の愛を見つけてしまったんだ。一生を懸けて愛さなければいけない人と出会ってしまった」


言って、ルーカスは自分の後ろに立つ一人の少女を見た。

地味な茶髪をショートヘアにした小柄な女生徒だった。特別美人という訳ではない。皇太子の背後に隠れるようにして立っている。


その少女の名はアンナ。名字はない。

生まれ持った魔力量の多さから、学園に編入してきた特待生。この学園の生徒の中で唯一貴族の地位を持っていない、平民の少女だった。


その地味な平民女が、編入以来皇太子の周りをうろちょろしていたのをイザベルは知っていた。


だから身の程を弁えるよう、アンナのことを厳しく指導しろと、イザベルは以前から取り巻きの令嬢達に指示を出していた。

それでも中々行動を改めないアンナを見て、もっと手段を選ばず教育するようにと、取り巻き達によりキツく命令したりもした。


だが、どうやらイザベルとその取り巻き達のしたことは手緩かったようである。

そのせいで平民女はつけあがり、あろうことか世間知らずな皇太子殿下を、まんまと籠絡してしまったらしい。


自分の婚約者への失望を込めて、イザベルは小さく嘆息した。


「王国の将来を担う殿下のものとは思えぬお言葉ですわ。真実の愛などという世迷い言の為に、王命でもある私達の婚約を破棄するなどと。国王陛下はこのことをご存じですの?」


「父上には一切話していない。全て、僕が一人で決めたことだ」


だから国王が外遊中の今を狙ったのかと、イザベルはルーカスの無駄な計画性に頭痛を覚えた。


「国王陛下が不在の間に、殿下の独断で王命を覆すと言うのですか? そんな真似、皇太子といえど許されるはずがありません。もしそんな真似が許されるとすれば、その方法は一つしか、」


「分かっている。初めからそのつもりだ」


 言って、ルーカスはどこからともなくカードの束を取り出した。そして、そのカードデッキをその手に構える。


「王命を覆そうというならば、王命以上の()に則るしかない。すなわち、この世界の全てに優先する(ことわり)。カードバトルで君との婚約に決着をつけたい」


ルーカスがデッキを構えるその姿を見て、イザベルの瞳が爛と輝いた。


「イザベル! 僕は君に! 婚約破棄を賭けたカード決闘を申し込む!!」


うおおおおお!! と、ルーカスの宣戦布告に会場全体が興奮で揺れた。


カードバトルで決めたことは、国王の王命や他のどんな法律よりも優先される。

カードこそ神が創りし至上の理。カードバトルで決めたことを覆すのは、他のいかなる権力をもってしても許されぬ世界の禁忌であるが故に。


皇太子が婚約破棄を賭けてカードバトルに勝利したならば、その後で誰が何を言ったとしても、必ずその婚約は破棄されることになる。


反ヴァンドーム公爵派貴族の子弟達は、ヴァンドーム公爵に反旗を翻したルーカス皇太子に熱いエールを送った。


「なるほど、そこまで本気ということですのね」


自分の表情を隠すように口元で広げていた扇を、イザベルが畳んだ。


「ですが婚約破棄を賭けたその勝負、私が受けるメリットは何でしょう? あなたが勝てばあなたは婚約を破棄できる。なら、私が勝った場合は?」


「無論婚約を賭ける以上、僕が負けた時はそれ以上のものを君に差し出すつもりだ」


言って、覚悟を決める様にルーカスは大きく息を吸った。


「もし僕が負けた時はアンナと別れ、彼女とは二度と会わない。そして、将来に渡って二度と浮気はしないと誓う」


「それは、婚約者や妻を持つ身として当然のことでは?」


「もちろんそれだけじゃない。今日君が勝ったなら、婚約が果たされ君と結婚した後、僕は一生君の言うことを何でも聞く。カードに誓って、僕は妻となった君に生涯逆らわず、その言葉の全てに従う」


皇太子のその発言に、会場をより大きなどよめきが支配した。『カードに誓う』とは、この国において破ることが許されない絶対の契約を意味する言葉。


「君に婚約を賭けて貰う代わりに、僕は君と結婚した後の結婚生活全てを賭ける!」


それは即ち、ルーカスが国王となった時、この国の王室が『カカア天下』になるということ。


ルーカスがイザベルに今日負ければ、将来ルーカスは王妃となったイザベルの尻に敷かれ、一生妻に逆らえなくなる。未来の国王が王妃の傀儡になるという、前代未聞のとんでもない宣誓。


親公爵派の貴族子弟達が、この国の実質的支配者がヴァンドーム公爵家になると色めきだった。


「いいでしょう。殿下にそこまでの覚悟がおありなら、その勝負受けて差し上げますわ」


言って、イザベルはどこからともなくカードのデッキを取り出した。

いつでもどこでもデッキを構えることができるのは、貴族の必須技能である。


そして初めて怒りを露わにし、ルーカスとその背後に立つ平民女を睨む。


「殿下が道を違えたのなら、それを正すのは伴侶である私の役目。殿下が見つけたという真実の愛とやら、私がカードで引き裂いて差し上げます」


言って、イザベルがルーカスに向かって一歩二歩と歩み寄る。


周囲のギャラリーが二人から離れ、しかしその戦いを見守るために一定の距離で止まる。


人垣による円形のリングが自然と出来上がった。その片側にイザベルが立つ。

しかし勝負を挑んだルーカスは、中々その円形リングに入って来ようとしなかった。


「どうされました殿下。今更怖気づきましたか?」


「そんなことはない。僕の覚悟は決まっている」


そう言って、ルーカスは自分が手にしていたデッキを隣に立つアンナに渡した。


「アンナに負けたその日から、もう僕の覚悟は決まっているんだよ、イザベル」


『決闘の前にデッキを渡す』とは、その決闘に代理人を立てることを意味する。

そして円形のリングの中央、イザベルの正面に、ルーカスに代わりアンナが進み出た。


「どういうことですの?」


 あくまでアンナではなく、ルーカスに向かってイザベルは問うた。


「僕はこの決闘に代理人を立てる。僕の代理人はアンナだ」


「そこではありません。いえ、そこも勝負を捨てたのかという意味では気になりますが、その前です。聞き間違いでなければ、殿下がその女に負けたと聞こえた気がしたのですが」


「聞き間違いではありません。私はルーカス殿下にカードで勝ちました」


その質問にルーカスではなく、ずっと黙っていたアンナが答える。


「今年のデュエル王国カードチャンピオントーナメント。その決勝戦で私は殿下と戦ったのです。そしてその決勝戦の前、恐れ多くも殿下から『僕が勝ったら将来側姫になって欲しい』とプロポーズされました」


ぴくりと、イザベルのこめかみに怒りで血管が浮かんだ。


「なので私は、その賭けに応じる対価として殿下のお心を望みました。私が勝ったら私のことを一番に愛して下さいと。例え将来私以外の人と結ばれるのだとしても、真実の愛は正妻ではなく私に捧げて下さいと」


そしてイザベルは思い出す。ルーカスが先ほどなんと言ったかを。

『真実の愛を見つけてしまった』と。『愛さなければいけない人と出会ってしまった』と。


その言葉の元凶が、目の前にいるみすぼらしい平民女なのだと、イザベルはようやく起きている事態に理解が追いついた。


「そして私は決勝戦でルーカス様に勝利し、そのお心をいただいたのです」


わずかに頬を朱に染めながら、恋する乙女そのものの顔でアンナはそう言った。

その顔に、その言葉に、人の男を奪って勝ち誇ったように微笑むその態度に、イザベルの怒りが限界を超える。


本来なら相手にする価値すらない平民に、イザベルは今明確に敵意を向けた。


「人の婚約者に手を出しておいて、いけしゃあしゃあと。薄汚い泥棒猫が」


イザベルがデッキを手のひらに乗せる。デッキの中でカードがひとりでにその位置を入れ替え、デッキがシャッフルされる。向かいに立つアンナもまた、同じように自分のデッキをシャッフルした。


「いいでしょう。平民風情がこの私に勝てると思っているならば。この、カードチャンピオントーナメント5年連続優勝、殿堂入りチャンピオンである私に、私不在の大会でたった一度優勝しただけの成り上がりが歯向かうと言うのなら」


イザベルとアンナの足元から魔法陣が現れ、重なり合いながら円陣を広げていく。カードバトルフィールドが形成された。


「ルーカス様と結ばれるために費やした私の年月を、私の想いを、殿下とお前が二人で踏みにじると言うならば。私とルーカス様を結ぶ婚約という繋がりを、お前が断ち切ると言うならば!」


シャッフルの終わったそれぞれのデッキの上から、最初の手札となる7枚のカードが飛び出し、空中に浮かんで二人の決闘者の前に浮かんだ。


「私達の婚約を破棄すると言うならば、お前のカードでこの私の首を搔き切ってみせるがいい!」


会場全体に響くほどの声で、イザベルは言い放った。


それを言われたアンナは、しかし少しも怯まない。イザベルの取り巻き令嬢にいじめられ、何も出来ずに泣いていた無力な少女はもういない。


彼女にはカードがあるから。カードで結ばれた、愛する人が自分の勝利を信じてくれているから。


「私は、私達は、初めからそのつもりです。私とルーカスはカードで真実の愛を証明する。貴方を倒し、カードで真実の愛を勝ち獲ってみせる!」


「人の婚約者を馴れ馴れしく呼び捨てにするな、この卑しい売女めが!」


イザベルが吠えた。


「男に愛想尽かされるあんたの方が悪いのよ、性格ブスのいじめっ子!」


アンナも負けじと吠えた。


「「カードバトル、決闘(デュエル)!!」」



戦いの開始を宣言する二人の言葉が重なる。


後ろでちょっと引いてしまっているルーカスを余所に、一国の命運すら決める女の戦いが、始まってしまったのだった。



次回予告

ついに始まった殿堂入りチャンピオンイザベルと、新チャンピオンアンナのカードバトル。


しかし、イザベルが操る令嬢モンスターの圧倒的パワーを前に、アンナの操る平民貧民雑魚モンスター達は瞬く間に倒されてしまう。


バトル開始早々ピンチになるアンナ。やはり平民が貴族に勝てるはずがない。アンナがチャンピオンになったことを信じない学園の生徒たちは、アンナの窮地を冷笑する。


しかし、アンナは少しも諦めていなかった。


次回『パワーデッキVSテクニカルデッキ』


パワーだけで勝負は決まらないって、教えてあげます。


次回も決闘準備罪(デュエルスタンバイ)


続きは明日2/29 20時更新予定です。全4話にて完結予定になります。



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[良い点] 突き抜けた設定に生まれた説得力 [気になる点] 王子、伴侶がこの二人のどちらかって本当にいいの? [一言] 負けられない闘いがここにある!
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