表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

SS・掌編小説 その他・純文学

彗星が話を語るとき

作者: 空クラ

『彗星が話しを語るとき』


 引きちぎられた彗星を追いかけているうちに、僕の意識は知らない土地に運ばれていた。

 そこではうわさを囁くように、風が色々な事を教えてくれる。そんな不思議な場所だった。


 それらの噂は映像となり、僕の頭の中で再生される。

 それは何処か遠くの出来事のようにも、物凄く近い出来事のようにも思える。


 しかしどれも正確に伝えているわけじゃないく、朝起きた瞬間に霧散してしまうような夢物語なのかもしれない。



 ………

 ……

 …



 窓枠で縁取られた空からは、灰色の分厚い雲覗いていた。

 そこからは結晶となった白いものがゆっくりと舞っていた。

 室内との温度差で、先程拭いたばかりの窓ガラスも曇りはじめている。


 視線を部屋に戻すと、目の前の彼は視線を落としていた。

 そこに話す言葉が映し出されるかのように、じっと机を見つめている。


「なあ__」彼は視線を上げ、呟いた。

 僕は机に置かれたボックスから、ワインを注ぎながらいう。

「なに?」

 ボックスには半分ほどのお酒が残ってる。

 コップになみなみと注ぎ彼に渡した。

「結局のところ、あの旅はなんだったんだろうな」

 彼はコップを受け取りながらいった。

 その言葉はゆっくり空気を震わし、この部屋に波紋を広げていく。

 僕にいったというよりも、自然に言葉が漏れたというような感じがした。

 僕は返事につまる。

 それは『僕にも、分からないこと』なのだ。

「さあ、どうだろう」

 だから曖昧に答える。

 それでも彼は気にせずに言葉を続ける。

「君は何を手に入れたと思う?」

「目には見えないし、手には取れないもの、かな」


 僕は以前、考えていた事を口にした。

 しかし思っていることの半分も上手く言葉にすることは出来ない。


 いつもの事だ、と僕は思う。

 言葉を重ね、紡いでいこうとするたびに、本来伝えようとしているものが薄められていく。


 実際、口にする前に僕の言葉はどこか遠くの国に去っていってしまう。

 言葉とは本来そういうものなのではないか、と僕は漠然と考える。


 完璧ではないのだ。

 決して全てを伝えきれるものではないのだ、と。


 彼は黙っている。

 何かを考えているようにも、何も僕の言葉が聞こえていないようにも見える。


「もう一度、旅に出ようかと思っているんだ」

 しばらくして彼はそう呟いた。


 僕はワインに口をつける。これは、以前どこかで飲んだ事があるな、と今更ながら思う。しかしそれがどこなのか分からない。

 言葉と一緒で記憶すらも完璧ではない。

 全てが曖昧に流れている。


「そう。良いんじゃない」と僕はいう。「でも結局は、何も見ることも、手に取ることも出来ないんだろ?」

 彼は握ったり開いたりしている自分の手を眺めている。

「そうじゃない。得たものを見たり、手に取ったりは出来ないんだ」

「同じことだろう」

 彼は分からないと言うように首を振った。

「違うよ。言い方を変えよう。得たものは、見たり手に取れるものじゃないって事さ」

 彼はカップを口に運び、視線を外に向ける。

 窓ガラスは曇り、その向こうでテレビの砂嵐のように雪がちらついている。


 彼は雪を見ているようで、見ていないようだった。

 僕には分からない別の何かを見ているのだろう。


「雪は君の友達なんだろ」

 僕がそう言うと、彼は何か言いたそうに口を開いた。

 しかしワインと一緒にそれを飲みこんだ。

 それから彼は「なんだか慰められている気がする」とぽつりといった。


「アダムとイブが追われているとき――」

 僕は彼の空になったコップにワインを注いだ。彼がこちらを向く。

「――降っていた雪に天使が触れたところ、スノードロップという名の花に変わったらしい」

「なんの話しだい、それは?」

 彼はコップを受け取り、首をかしげる。

「ヨーロッパの伝説なんだ」

「スノードロップ。直訳すると『雪のしずく』か……」

 そういって彼はひとり頷く。

「雪の消え残る初春、下に垂れた一輪の白い花をつけるんだ」

「ふうん」

 彼は曖昧に返事を返す。話が見えない、と目が語っていた。

 僕は言葉を続ける。

「その花には意味があるんだ」

「どんな?」

「『慰め』って意味が」

「なるほどね」彼は小さく笑った。「そう来たか」

「まだあるんだ」

「まだあるのか。これ以上俺に何が必要なんだ?」


 彼は肩をすくめてみせた。僕は笑った。

「『友情』って意味もある」

「ふうん」

 彼は曖昧な表情をした。どんな顔をすればいいのか分からないのだろう。

「ところで足は治った?」

 僕は彼に訊ねた。

 彼は少し前に怪我をしたのだ。

「ああ、だいじょうぶだよ」

 彼は何でもないと言うように手のひらで、ぽんと膝を叩いた。

「そう、だったら歩けるね。前に向かって」

 彼はいぶかしそうに眉を寄せる。僕は言葉を続ける。

「スノードロップで一番有名な意味は何か知ってるかい?」

「いや、分からない」

「それは……」



……

………



 気がつくと、僕はひとり立っている。

 一瞬、自分が立っている場所が分からなくなる。

 冷たい風が流れて、今までの映像が消えていく。

 僕はその風に「『希望』なんだ」と囁く。

 言葉は風に運ばれ、誰かのもとに届けられる。

 言葉が、どのような形で伝わるのかは分からない。

 しかし、この言葉は必ず何処かに運ばれていくのだ、と風の声を聞き僕は想像する。

 引きちぎられた彗星は、ゆっくり空を横切っていく。



End




気にいって頂ければ、ブックマークや評価、感想など頂けたら嬉しいです。

作者が涙を流すほど喜び、執筆の励みになります。_φ(・_・


他にも色々短編書いてますので、よろしかったら読んでみて下さい。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ