第48話 死闘の果て。
最終話です。最後までよろしくお願いします。
ケルビンが塀を乗り越えて黒い塊に近寄っていくと、黒い塊は闇をまとった何かだった。
ビージーは黒い塊が怖かったが、ケルビンの後を追った。黒い塊には見つかりたくなかったので物陰に隠れながらである。
ケルビンが闇の塊に迫った時、黒装束の男たち四人が闇の塊を囲んでいたが、黒い影が一回りした時には四つの首は路面に転がっていた。
ケルビンもすでに闇の塊の間合いに入っており、黒い影がケルビンに迫った。
とっさにケルビンはその場を飛び退いたが、黒い影から逃れられず、黒い影がケルビンの首筋にかかった。
闇の塊から蒼白い顔が浮かび上がりケルビンに向かって口を開いた。
「うん? 闇の斬撃が効かぬ?
そうか、お前は影の御子だな。探したぞ」
ケルビンは黙ってその蒼白い顔を睨んだ。
初めてではあるが皇帝ザリオンに間違いない。ケルビンは確信した。
「曲がりなりにも御子は御子ということか。闇の斬撃が効かぬなら、本物の刃物でケリをつけるとするか」
ザリオンの纏う闇が薄れていき、つやのない黒い鎖帷子姿で首から金色のメダルを下げたザリオンが現れた。ザリオンの左右の手には細身の短剣が握られている。
その二本の短剣も鎖帷子同様つやのない黒い金属でできていた。
見た目の細さとは裏腹に非常に丈夫そうに見える。
ケルビンはうわさで聞く黒鋼の短剣だろうと目星をつけた。
ナイフでまともに刃を合わせてしまうと簡単にナイフは折れてしまうか、刀身ごと切り飛ばされてしまうので、できれば躱して受けないようにしなければならない。
躱しきれなければ刃は傷むが最低でも受け流す必要がある。
ザリオンが二本の短剣を使いケルビンに向かって斬撃を放つ。
ザリオンが振るう二本の短剣のスピードとケルビンが振るう二本のナイフの速さはほぼ互角。
ケルビンのナイフがザリオンの斬撃を受けて壊れないにしても、より間合いの広い獲物を同じ速さで振るうことのできるザリオンの方が圧倒的に有利だ。
ケルビンは防戦一方に成りながらこれまでの疑問をザリオンにぶつけた。
「皇帝ザリオン。千年のあいだお前は何のために罪なき者を殺してきた?」
「答える必要などないが、間もなく死ぬお前に答えてやろう。
つまりは、それが必要だったからだ。
余にとって人一人の命などどうでもよいことだ。
余にとって大切なことはこの世界。この世界そのものを守ること。
余がいなければ大地の底から灼熱の溶岩が湧きだし大地を覆い、全ての生き物は息絶える。
この世界は文字通り死の世界となる」
「例えそうだとしても人一人の命がどうでもいいってことはない!」
「ではお前に聞くが、人一人を殺せば、千人、万人の命が救われる。
その一人を殺さなければその一人を含めて千人、万人が死ぬとして、お前ならどうする?」
「全員を助けられる方法を探す」
「余はその方法を千年考え続けたが、みなを助ける術をまだ見つけていない。お前ならその方法を見つけられるのか?」
「それは。……」ケルビンは言葉を詰まらせた。
「そういうことなのだ。
お前が余を殺そうとする理由をせんじ詰めれば、一人よがりな自己満足のためなのだろう?
その自己満足のために余を殺せば、人はもとよりこの世界に住む全ての生き物の命を奪うことになるのだ。動物も魚も、虫さえも死に絶える。
余は他に取るべき方法を見つけることができないまま、この世界の命を救うため多少の犠牲はやむないと思い今まで生きてきた。
その犠牲の中には余自身も含まれている。
闇の御子である余はスラグシルバーを飲むことでこの世界が滅びてしまうことを防ぐ力をふるうことができるが、お前も知っているとおりあれは猛毒だ。
余はスラグシルバーをこの千年の間毎日グラス一杯飲み干している。
余の体は既に人の体ではない。出来ることなら死んでしまいたいのだよ。
だがまだ死ねぬ。
この世界を守り続けるのが余の使命なのだから」
ケルビンがザリオンの剣戟をしのぎつつザリオンの語りを聞いているあいだ、ビージーは屋敷内の建物の作る陰を伝ってザリオンの背後に迫っていた。
ザリオンは後退するケルビンに剣戟を加えながら前に出ていき、とある建物の暗がりに入った。
その暗がりはビージーの潜む暗がりと繋がっている。
ザリオンは暗がりに潜む影の御子にまだ気づいていない。
暗がりの中でケルビンに剣戟を加えながら激しく動くザリオンが一瞬止まった。
同じ暗がりの中で立ち上がったビージーが逆手で左手で持ったスタブナイフを振りかぶった。
そこでザリオンがビージーに気づき、とっさに首を逸らせた。ビージーのナイフはザリオンの首の付け根を狙ったものだが、狙いを外したもののザリオンの右肩の肩甲骨を砕いた。
ビージーはスタブナイフを引き抜こうとしたが抜けなかったためそのまま後ろに跳び退いた。
「影の御子が二人いたとはな」
ザリオンは右手に持った短剣を路面に落とし、一歩引いて左手一本で短剣を構えた。
ビージーのスタブナイフが突き刺さったザリオンの肩からは血が流れ出ることはなかった。
ケルビンはここを好機ととらえ一気に踏み込み連撃を加えていった。
ザリオンは短剣一本でしのぐが少しずつ受けが甘くなり、両手に少なくない傷を負い始めた。
ビージーはダガーナイフ一本になりどうやってザリオンを捉えようかと考えたが、ザリオンとケルビンの動きが激しすぎたため手が出せないでいた。
そうこうしていたら、ザリオンの右肩に刺さっていたスタブナイフが外れて路面に落ちた。すかさずビージーが拾い上げた。
『ビージー、雨の審問官を思い出せ!』
ケルビンの言葉を聞いたビージーは、スタブナイフをザリオンに投げつけた。
ナイフに気づいたザリオンがナイフを躱そうと体をひねったところでケルビンのスタブナイフがザリオンの胸元を捉えた。
急所を突かれたザリオンだったが、即死することなくその場に立っていた。
「結局とんだ伏兵に後れを取ったということか。これも運命。
今この時から、この世界の滅びが始まる。滅びを防ぐには新たな闇の御子が力を振るわなければならない。
影の御子のお前ならスラグシルバーを飲むことで闇の御子になれる。
わたしのメダルを首に掛けろ。それで余の記憶がお前に流れ込む。
メダルを見せれば審問官たちも闇の巫女たちもお前に従う。
お前は呪われた運命をわたしの代わりに背負うのだ! フフフ、ハハハ……」
ザリオンの笑いが弱々しくなり、左手から黒い短剣が路面に滑り落ち硬い音を立てた。
動きを止めその場に立ち続けていたザリオンの首目がけてケルビンがダガーナイフを一閃した。
ケルビンのダガーナイフは、切っ先を除きすでに刃はザリオンの剣戟を何度も受け流していたためほとんど欠けていたが、ザリオンの首は半分断ち切られた。
ザリオンは膝から力が抜け、座るようにその場に崩れ落ちた。しかし、ザリオンの切り裂かれた喉からは血が流れ出ることはなく、代わりにどす黒い何かが流れ出てきた。
ケルビンは手袋をした手でザリオンの首から金のメダルの下がった鎖を外してそのままマントの内ポケットに入れた。
金メダルの無くなったザリオンの体は空気が抜けるようにしぼんでいき、やがてザリオンが身に着けていたものだけがその場に残された。
「帰るか」
「うん」
ローゼット家の建屋に火を放つことなくケルビンとビージーはローゼット家を後にした。
二人が塀を乗り越えようと塀の上に上ったところで地面が大きく揺れた。
「今の何?」
「地震だ。これほど大きなものは久しぶりだ。どこかの建物に被害が出ているかもしれん」
「怖いね」
「そうだな」
「うちの中、大丈夫かな?」
「帰ってみないと分からないが、壊れるようなものはないはずだからきっと大丈夫だろう」
「そうだといいね」
「ああ」
ケルビンはビージーと話しているあいだ、無意識にマントの内ポケットに入れた金のメダルを触っていた。
塀から飛び下りた二人は、マンホールから下水の側道に下り立ち、アパートに帰っていった。
それから五日後、帝都に降る灰の量は明らかに増えた。
そして その量は日ごとに増えていった。
さらに、地面の揺れも毎日のように続き、帝都の建物にも少なくない被害が出ていた。
ザリオンがこの世を去って一カ月が過ぎた。
金のメダルを首から下げたケルビンが闇の塔の謁見の間で筆頭女官ヘレナの差し出す銀色のゴブレットを受け取り中身を飲み干した。そしてゴブレットを玉座の上に置き、塔の最上階にある居所に戻っていった。
そのころビージーはケルビンのアパートを引き払い旅に出ていた。目的は闇の御子となったケルビンをその運命から救い出すことだったが、今のビージーには何をどうしていいのかまるで見当もつかなかった。ただ漠然と自分ならケルビンを救えるという自信にも似た気持ちを持っていた。
(第1部 影の御子、完)
付録:丸薬
赤:ルーガ。力、強靭さ
黄:フラバ。速さ、身軽さ
青:ブルア。器用さ、正確さ、注意力、知覚力
緑:ベルダ。体力
銀:アージェント。オーラ、プラテ以外全ての丸薬の効果を強化
金:オーラ・漆黒の影をまとい、影の斬撃を放てる能力を得る。闇の御子以外には毒薬
黒:ニグラ。審問官専用。赤から緑まで各々約6割の効果。審問官以外には毒薬。
白金:プラテ。不明
これにて第1部完ですが、この先を何も考えていないので第2部以降があるかは未定です。
『Child of Darkness』
音楽AI、sunoで作ったものを、Youtubeに上げてみました。
https://youtu.be/yGVax9MG_R0
『Child of Darkness2』
https://youtube.com/shorts/5paKV59SIMg




