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影の御子  作者: 山口遊子
第3章 皇帝
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第47話 粛清。邂逅(かいこう)


 その日の夜半前。


 ローゼット家を粛正するため、皇帝ザリオンが暗黒の闇をまといローゼット家の正門を破壊して敷地に侵入した。


 警備の私兵たちの首筋に闇が触れ、彼らは気付かぬうちに首を落とされ敷地の石畳にむくろをさらした。


 正門から本館に続く石畳の路上に首を失くした胴体と生首が無数に転がり、流れ出た血が灰を含んだ霧雨に濡れて汚れた路面に広がっていった。その中には黒衣団の者も少なからず含まれていたが彼らもなすすべなく首を刈り取られている。


 闇の塊が本館の扉に触れた。本館の扉は内側に吹き飛んでいき、運悪く玄関ホールにいた数名の体を上下に両断した。


 本館内に侵入した闇の塊は、そこら中にぶちまけられた内臓からこぼれた内容物の異臭が漂う玄関ホールから、迷うことなく2階へ続く階段を上り、2階の廊下を奥に向かって進んでいった。


 筆頭執事のキエーザは自室で帳簿を付けていたが、屋敷内の物音が普段と違うことに違和感を感じていた。屋敷内を見回ろうかと部屋を出たところで、本館の玄関ホールあたりから何かの破壊音が聞こえてきた。


 異変が起こっていることは間違いないため、ヴィクトリアの執務室前に駆け付けたところ前方から異様な闇の塊が近づいてきた。

 キエーザは上着の内ポケットの中に入れていた薬入れから黄色の丸薬フラバと青い丸薬ブルアを素早く取り出し飲み込み、ハーネスベルトに下げていた鞘からダガーナイフを抜き放った。


 そのキエーザに向かって闇の塊から手を伸ばすように闇が伸びていった。キエーザはその闇に危険を感じ取りとっさに身を引いたが、闇が首筋にかかった。

 キエーザは何が起こったのか分からなかったが、視界が勝手にくるりと回り、キエーザ視界と意識は同時に闇に沈んだ。




 部屋の前で何かが廊下の上に落ちたのかドサリという音がした。執務室の机で書類を読んでいたヴィクトリアはその音を聞いて顔を上げ、正面の扉に目をやった。


 そこには闇の塊があり、その中に蒼白い顔が浮かんでいた。


 闇の塊の中に浮かぶ蒼白い顔に向かってヴィクトリアが蒼い顔をして誰何した。

「だれ?」

「お前がローゼット家の当主だな。

 余じゃ。

 貴族どもがある程度自由にすることを許しておったが、ローゼットはやり過ぎた」


「皇帝……、陛下。

 当家の何が行き過ぎでした?」

「ニグラを使って私兵を強化したのではないか?」

「……」


「貴族同士の私闘のためにそんなことをしたのではあるまい? 余がここにきた以上すでにお前を含めローゼットの運命は決まっておる」

「た、助けてください」

「ほう。命乞いか。予がお前を助ける理由があるのか? ローゼットの代わりはすぐにでも見つかる。

 言い残すことがあるか?」

「お願いです。命だけはお助けください」


「考えてやっても良い。左手の手首の裏側を見せてくれぬか?」

 訳も分からぬままヴィクトリアはザリオンに自分の左手の手首を見せた。


「検針のあざは半年は残るのだが、お前の手首はきれいなままなのだな」

「……」


「ここにニグラがある。飲んでみろ。検針の代わりだ。検針で死ぬのは十人に一人、ニグラで生き残るのも十人に一人だ。

 生き残れば審問官として使ってやっても良いぞ」


 ザリオンがヴィクトリアの長い髪の毛を左手で掴んで後ろに反らし、右手の指で顎を下げ、どこからか出した黒い丸薬をヴィクトリアの口の中に入れ丸薬を吐き出さないよう口をしっかり閉じた。


 ヴィクトリアの口の周辺が溶け始め、やがて眼窩から目玉が零れ落ちた。

 ザリオンが髪の毛を掴んでいた手を放すと、ヴィクトリアはそのまま机の上に突っ伏した。

 突っ伏した顔の辺りから机の上に赤黒いドロッとした液体が広がっていった。


「斬首の方がよほど楽に死ねたものを。

 さて、掃除を続けるか」


 影の塊となったザリオンは本館内の要所を闇の手で切断していき、そのまま裏口から裏庭に出た。


 しばらく本館は何事もないように立っていたが、そのうち内部からきしむような音が出始め、やがて一階から上に向けて潰れていった。霧雨が降る中、やがて瓦礫の山から火の手が上がった。




 その日、ローゼット家に対する襲撃を成功させるため何か突破口がないものかと、ケルビンとビージーは再度ローゼット家の裏庭側の塀によじ登り、中の様子を観察していた。

 この時二人は、速さと身軽さのフラバと器用さと知覚のブルアの丸薬を飲んでいる。


『やはり黒装束の男たちが警備しているな。

 ここから見えるだけでも、一〇人はいる』


『あの男たちだっていつか交代するんじゃないかな? 交代の合間みたいなのがあれば放火できるかもしれないよ』

『確かに。ビージーの言うとおりだ。火を点けてマンホールに逃げ込みさえすれば勝ちだものな。もうしばらくここから様子を見ていよう。

 運が良ければ交代のタイミングを掴めるかも知れない』

『うん』



 ケルビンとビージーが塀の外からローゼット家の裏庭を見ていたら、本館の裏口の扉が開き、中から得体のしれない闇の塊が中庭に現れた。

 二人は黙ってその闇の塊を見ていると、二名の警備兵が闇の塊に気付き剣を抜いて近づいていった。


 一〇ヤードほど警備兵が近づいたところで闇の塊から黒い影が警備兵に伸びた。黒い影が警備兵に当たった。と、思ったら、二人の警備兵の首が裏庭の舗装された路面に転がった。首を失くした胴体は血を吹き出して前のめりに倒れた。


『なに? 今の?』

『分からん。あの黒い塊はもしかして、闇の御子皇帝ザリオン』

『そうなの?』

『分からないが、あんなことができそうな人物となると闇の御子以外思いつかない。

 絶好の機会だ。ここでヤツを討ち取る』


 二人が話をしている間にローゼット家の本館が潰れて倒壊し火の手が上がっていた。


『わたしたちが火を点けようと思って諦めた本館が簡単に潰れて勝手に火が着いちゃったよ。

 あれってあの黒い塊がやったんだよね?

 あんなのに勝てる?』

『分からない』

『何をされたかもわからないうちに首を刈られちゃうよ。ケルビン、アージェントの丸薬持ってきてる?』

『最後の一粒を持ってきている』



 塀に取りついた二人がそういった会話をしている間にも黒い塊は裏庭の中を移動し、あたるを幸いに警備兵たちの首を刈っていった。

 その中には黒装束の者たちも複数含まれている。


『首を刈られてしまえばそれまでだが、ヤツが城を出てたった一人でいるような今以上のチャンスはおそらくもう訪れない。

 俺にもしものことがあったら、あのアパートはお前のものだ。

 金の隠し場所も知ってるだろう? 無責任なんだろうがビージーは自由に生きろ』


 そう言ってケルビンは力のルーガとくすんだ銀色のアージェントの丸薬をベルトの物入れから取り出して口に入れ、一呼吸置いて塀を乗り越え黒い塊にまっすぐ向かっていった。



次話『第48話 死闘の果て』で最終話となります。

よろしくお願いします。

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