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影の御子  作者: 山口遊子
第3章 皇帝
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第44話 ケガ


 その日もいつも通り日没前から灰を含んだ霧雨が降り始めた。


 影の御子の装束に身を包んだ二人はアパートから地下室に下り、下水の側道をひた走りローゼット家の裏門近くのマンホールから通りに出た。


 そこから作戦通り、暗がりを伝ってローゼット家の裏門から六〇〇ヤードほど通りを下っていった。目星をつけた場所には逃走におあつらえ向きにマンホールもあった。


 灰を含んだ霧雨はあと数時間は降り続ける。


 物陰の暗がりの中で息をひそめて潜んでいる二人に気づくには、直接ぶつかりでもしない限り審問官でも不可能である。


 霧雨の中、二人が暗がりに潜むこと三〇分。二人の装束からは灰の混ざった雫が垂れている。


 ケルビンとビージーの耳に、前回同様馬のひずめの音と馬車の車輪が石畳の上を走る音が聞こえ始め、やがて霧雨の向こうから揺れるカンテラの明かりが見えてきた。



 馬車が近づき、すぐ手前まで迫ったところでビージーが両手にナイフを構えて御者台に迫った。


 御者台の上には御者の他、黒い面で顔を隠した黒装束の男?が座っており、その男が御者台から飛び降り、迫るビージーに向かって短剣を突き出した。


 短剣をナイフで受ければナイフの刃は簡単にこぼれるし悪くすれば折れてしまう。しかし躱しきれないなら受けざるを得ない。


 ビージーは不利を悟り、いったん引いたものの黒装束の男は踏み込んできて攻撃の手を緩めない。


 ビージーが黒装束の男の相手をしていると走り去る馬車の荷台から、二人目の黒装束の男?が短剣を持って跳び降りた。


 ビージーはマズいと思ったが、ビージーよりやや遅れて荷台に向かったケルビンが二人目の黒装束の男にナイフで襲い掛かり、男がビージーに向かうのを阻止した。


 二人目の黒装束の男は巧みにケルビンのナイフをかわし、時にケルビンに対して鋭い斬撃を放った。黒装束の男たちの動きからして彼らはただの護衛ではないことは明らかだ。


 ビージーが言っていた通り黒装束の男たちは審問官なみ、いや、それ以上のスピードと巧みさで、二人と互角に戦っている。

 いや、ビージーの方は明らかに黒装束の男に押されている。このままではビージーが危ういし、このまましのいでいても時間が経てば屋敷から援軍が送られてくる。


 ケルビンは意を決して、今の相手から距離を取りビージーの相手に近づいた。


『ビージー、俺が二人を相手するから、マンホールから逃げろ。俺もすぐに行く』

『大丈夫なの?』

『何とかしのぐ』


 ケルビンはビージーに向かっている黒装束の男に躍りかかっていった。

 その男はビージーに対することを諦め、ケルビンに向かった。


 ビージーはそのすきにマンホールに走った。



 ケルビンが最初に相手にしていた黒装束の男は、一歩出遅れていたがすぐに横合いからケルビンに素早い斬撃を加え始めた。

 二人を相手取ったケルビンは何とか距離を置こうと、二人からの斬撃を躱しながら後退するもののすぐに詰められてしまい、とうとう左腕に浅くはない傷を負ってしまった。


 何とかマンホールに逃げ込みたいケルビンだが、片側の黒装束の男が邪魔でそちらに抜け出られない。


 荷馬車はすでにローゼット家の裏門に入っているはずなので、もう2分もすれば敵の援軍がやってくる。腕の痛みはそれほど感じなかったが、ケルビンは背筋に冷たいものを感じ始めた。



 ケルビンが二対一の不利な状況の中何とかしのいでいると、そこに複数の足音が聞こえてきた。足音が聞こえてきたのはローゼット家の方向ではなく、荷馬車がやってきた方向からだった。


 霧雨の中、ケルビンが何とかそちらに目をやると、夜の霧雨の中でもはっきりとわかる白い仮面をかぶった審問官の一団だった。


 黒装束の二人も近づく審問官に気づきケルビンと戦うのを止め、ローゼット家の裏門に向けて走り去っていった。


 先にマンホールから下水の側道に下りたビージーを追って、ケルビンもマンホールの中に飛び込んだ。



 マンホールの中に逃げ込んだケルビンは素早く蓋を閉め、マンホールの下で待っていたビージーと合流した。


『ケルビン、左手から血が垂れてる』

『ああ、ちょっとしくじった』

 ケルビンの左手の傷からは少なくない血が流れ出ていたので、ケルビンはベルトの物入れに入れていた紐で傷口を縛った。


『痛くないの?』

丸薬くすりのおかげか痛みは今のところほとんどない。審問官が近づいてきている。どこに逃げていったのか悟られないうちにアパートに帰ろう』

『うん』



 紐で縛ってはいたが、傷口からは血が流れ出て下水の側道に滴った。

 幸い追手はなく、ケルビンの血からケルビンのアパートを突き止められる心配はなかった。

 血の滴りがおさまったころ、二人はアパートに帰り着いた。



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