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影の御子  作者: 山口遊子
第3章 皇帝
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第38話 ローゼット家4


 ハンコック家が皇帝により粛清されたという噂は、瞬く間に帝都の下町に広がっていった。帝都の市民は街をいく審問官を恐怖の目で見ていたが、千年を生きているという皇帝の存在を日常生活で意識することなどなかったため、傍観者的好奇心の中で、様々なうわさが生まれた。


 ハンコック家は皇帝に対する謀反を企てた。


 十万の兵でハンコック家を囲み、一気に攻め滅ぼした。


 皇帝が四公家に命じてハンコック家を滅ぼした。などである。


 だが、誰一人として、皇帝自らたった一人でハンコック家の屋敷に乗り込み、当主以下を皆殺しにしてしまったと想像した者はいなかった。



 地方では、残った四公家によってハンコック家の所有する荘園は、次々分け取りにされていった。

 その過程でハンコック家に連なる者は、帝都から脱出していたハンコック家の子女たちも含め全員死亡している。

 事件から一カ月後には文字通りハンコック家は消滅した。




 そのころには帝都に日常が戻り、通りでは人夫が濡れた灰の清掃を続け、下水道では浚渫が続けられた。


 これまで、ハンコック家が帝都の雑役を受け持っていた地区は、残った四公家で分担するようハンコック家を粛清した数日後には帝城である常闇の城から指示が出されており、帝都の雑役は滞ることはなかった。




 あの日から二カ月。


 ローゼット家の広大な敷地の中に新たに緑茸の栽培場ができ上がり、ハンコック家の栽培場から緑茸のほだ木が移され本格的な栽培が始まった。

 さらに、丸薬ベルダを製造する作業場も建てられ生産も始まった。


 もちろんローゼット家では、ベルダ以外の丸薬の製造も当然続けている。作業員の数がにわかに増えるわけでもないので、緑キノコの栽培とベルダの製造が新たに加わったことにより、多くの者が長時間働くことになった。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ハンコック家が滅亡し、市街での審問官の活動はしばらく低調だった。


 ケルビンたちも、週に一度、街に食料を買いに出る程度で目立った動き(ほんぎょう)は控えていた。ビージーのスタブナイフだけは早めに鍛冶屋のビルの店で調達している。



「ケルビン、街に出ても、審問官をあまり見ないような気がするんだけど」

「審問官をあまり見かけなくなったのは、ハンコック家から相当数の死体が帝城に運び込まれてナメクジの餌にされたんだろう」


「それなら、エサがなくなったら、審問官が歩き回るってこと?」

「おそらくな。

 そろそろ、俺たちも仕事を再開しようと思っている。次は、ローゼット家だ。

 ハンコック家から緑キノコのほだ木がローゼット家に向けて運び出されたようだし、ローゼット家では新たに大掛かりな建屋を建てたともいう。

 おそらく、ローゼット家がハンコック家の代わりに新しく建てた建物の中で緑キノコを栽培してベルダを製造するのだろう」


「ローゼット家って、何をしてる公家なの?」

「審問官用の黒い丸薬ニグラの他に、普通の薬を何種類も作っている。それで結構羽振りがよかった」

「屋敷の中でそういった薬の材料を作っているの?」

「いや、そうでもないらしい」


「そうなんだ。

 自分のところで材料を作っていないとすると、薬の材料はどこからか運んできてるってことだよね?」

「帝都の外からだろうな。毎日かなりの数の荷馬車や、運河を伝って運搬用の川船が帝都にやってきているから、その中に紛れ込んでいるんだろう」


「材料が外から入ってくるなら、それを止めればかなりの痛手になるんじゃないかな。

 そのためにはどういった材料を使っているのか知っておかないと。

 ローゼット家に忍び込んだら、どういった材料が運び込まれているのか丸薬を作っている作業場に忍び込んで調べてみようよ?」

「ビージーの言う通りだ。

 夜になれば緑キノコの栽培場を見つけて、栽培場の中に忍び込めるようなら忍び込む。

 余裕があるようなら、ローゼット家の他の作業場を探ってみよう」

「うん」



 日が暮れて、夕食を食べ終えた二人は影の御子の装束に着替え、フラバとブルアの丸薬を飲み地下室から下水道の側道に出て下水道の様子を確かめた。


 大雨のとき増水して泥だらけになった下水の側道は、人夫たちの手によって以前と変わらないまでに片付けられている。


「人夫たちのおかげで、下水が片付けられていて助かったな」

「うん。泥だらけになっちゃうと、足跡とか目立つものね」

「いちど下水に足を付けて洗わないといけないと思ってたんだがな」

「そんなことすると、下水の中から変な生き物が現れて引き込まれないかな」

「そういったことが起こらないとも限らないから、俺も少し怖かったんだ」

「ケルビンでも怖いことってあるんだ」

「そりゃ誰だって怖いことはあるだろう?」

「そうなのかなー?」


 首をかしげるビージーを後に、ケルビンが駆けだしたので、ビージーもケルビンの後を追って駆けだした。


 先に進むケルビンにつかず離れずビージーが駆けていく。

 ケルビン同様ビージーは側道の上の水溜まりを器用に避けている。



 三十分ほど下水の側道を駆けたところで、ケルビンが立ち止まった。

「ここだ」

 ケルビンが立ち止まった先にはマンホールに続く梯子が側道の壁にかかっていた。


「ここから外に出ると、ローゼット家の裏の通りに出る。

 通りに面した塀を乗り越えた先はローゼット家の裏庭だ。中に入って見なければはっきりは分からないが、裏庭に新しい建物が建っていればそいつが緑キノコの栽培場かベルダの製造所だ。

 製造所は栽培場より小さいから見分けは簡単なはずだ」

「うん。分かった」


 ケルビンは梯子に手をかけてするすると登っていき、マンホールの蓋を開けて通りに出た。

 ビージーも素早く梯子を上り、まだ灰を含んだ霧雨が降っている通りに出て、音を立てないようにマンホールの蓋を元に戻しておいた。



 二人がローゼット家の屋敷の塀に取り付いてよじ登ろうとしていたところ、ガラガラと馬車の車輪の音が聞こえてきた。

 その音がだんだん大きくなり、馬の息遣いも聞こえてきた。二人は塀にぴったりとくっついたまま身動きせず様子を窺った。


 しばらくするとカンテラを灯した荷馬車が現れて、そのままローゼット家の裏門の中に入っていった。


『この屋敷の中に入っていった。今どき何を運んできた?』

『きっと、薬の材料だよ』

『おそらくそうだろう。塀に上って、どこに荷が運び込まれるか見ておこう』

『うん』


 二人は三ヤードほどの高さのある塀をよじ登り、塀の上から突き出た鉄製の忍び返し(スパイク)に手をかけて敷地の中の様子を覗き見た。


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