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影の御子  作者: 山口遊子
第3章 皇帝
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第29話 襲撃2


 ケルビンは大雨の中、腰を落として三人目の審問官に近づいていき、審問官の後ろから手を回し首を掻き切ろうと立ち上がったところで、先頭を進む審問官が振り向いた。


 その時ビージーは道の脇に寄り中腰になって気配を殺しながら建物沿いに先頭の審問官に向かって近づいていたのだが、審問官が振り向いたためすぐにその場に止まり、目だけは前方を注視して伏せるようにしゃがみ気配を消した。


「○△%$!」


 先頭の審問官が、しゃがれ声で何か叫んだが、ケルビンにもビージーにも何を言っているのか聞き取れなかった。

 その声と同時に二人目の審問官が後ろを振り向いたが、その時には三人目の審問官はケルビンによって既に首を掻き切られており、その場に崩れ落ちていた。


 残った審問官は二人。二人とも腰に下げていたメイスを構えてケルビンに向かっていく。ナイフでメイスを受け止めることは無理なので、ケルビンは体をひねり反らして二人の審問官が繰り出すメイスを器用に躱していく。


 ケルビンに向かう二人の審問官は、ビージーの存在にまだ気づいていない。


 そんな中、審問官の一人がビージーから見て背を向けた。


 すかさずビージーはその審問官に忍び寄り、ナイフが折れることを覚悟して逆手に持ったスタブナイフを、マント越しではあるが審問官の背中に突き刺し、素早く引き抜いた。ナイフは幸い折れなかった。


 その一撃で審問官はビージーの足元に倒れたが、ビージーの存在は残った審問官、先頭を歩いていた審問官に気づかれてしまった。



 最後の審問官は迫るケルビンの気配にいち早く気づいたところを見ると、これまでの四人より手練れの審問官である可能性が高い。


 雨脚は今のところ変わらず、通りに打ちつける雨音だけが聞こえてくる。雨水は道路の脇にところどころにあるマンホールの隙間から、帝都の地下を走る下水道に音を立てて流れ落ちていた。


 もちろんそれ以外の音が遠くまで届くとは思えないため、審問官も助けを呼ぶ声を出してはいない。


 審問官のメイスを握る手と白い仮面のアゴから水滴が滴り落ちていた。ナイフを構えたケルビンとビージーの両手からも雨がしたたり落ち、顔にかかった雨は首筋を伝わり服の中に流れ込んでいた。



 審問官の正面に立つよう位置取りしているケルビンが一歩踏み込み、審問官を牽制する。


 審問官は構えたメイスをわずかに動かして、ケルビンの動きに合わせるだけで、大きく動かず、したがって隙も生まれない。審問官の能力は丸薬くすりの適応者の6割から7割程度とケルビンは考えていたが、その審問官は8割から9割、場合によっては同等の能力がありそうだ、とケルビンは見当を付けた。


 それでも一対一なら引けを取ることはないだろうし、今はビージーもケルビンが思った以上に動けている。楽勝ではないにせよ勝てる。それも無傷でいける。と、考えていた。ただ斃すのに時間をとってしまうと、雨が弱まり助けを呼ばれる可能性があるので、ケルビンは早めに決着を付けたかった。


 審問官はケルビンとビージーを斃すことは諦め、とにかく無駄な動きをせずに時間を稼ぎ、雨脚が弱まるのを待つつもりのようだ。


 ケルビンも審問官が雨の弱まるのを待っていることは分かっているので、なんとかして局面を打開しようと考えていたが、なかなかいい考えが浮かばなかった。



 一方ビージーは、ケルビンの動きを注視しながらナイフを構え、すり足で審問官の後ろに回り込んで、審問官の死角に入ろうとしていた。ビージーのその動きに気づいた審問官は、ビージーに回り込まれるのを嫌って道路脇の建物を背にしようと少しずつ後退しながら体の向きを変えてくる。


 ビージーが審問官の様子をうかがい何度かすり足で位置を変えていたら、握りこぶしの半分ほどの小石を踏んだ。

 帝都の表通りはどこも石畳なので馬車の車輪で石畳の一角が壊されてできた小石なのだろうが、路上では濡れた灰の清掃が毎日行われているため、小石が道路にそのまま転がっていることなど滅多にない。


 ビージーは腰を落として、スタブナイフを持ったままの左手で足元の小石を拾い上げた。審問官に投げつけるためだ。


 ビージーが小石を拾い上げたのを横目で見たケルビンは、ビージーに向けて口を動かした。


『ルーガだ』


 ビージーはケルビンの口の動きに頷いて、右手のダガーナイフを鞘に戻し、マントの中に手を入れベルトに付いた小物入れから小瓶を取り出し、そこから赤い丸薬を素早く一粒取り出して飲み込んだ。


 3粒目の丸薬が腹の中に収まったことを感じ取ったビージーは、小石を右手に持ち替えて審問官に狙いをつけ投げつけた。


 非力なビージーが投げた小石では審問官のフードやマント、仮面に当たればあまり効果はないかもしれないが、力のルーガの丸薬を飲んだ上で全力で投げつけられた小石はどこだろうと当たりさえすればただでは済まない。


 速さのフラバと、正確さと知覚のブルア、それに力のルーガの効果でビージーの投げた小石は、ビージーの感覚ではそれほどのスピードではなかったが、生身の人の目では追えないスピードで審問官に投げられていた。


 審問官もビージーの動きは目に入っているので、ビージーが小石を拾ってから投げるまで注意は怠っていない。それでも審問官はビージーの投げた小石を避け切ることはできず、小石はマント越しだが審問官の右肩口に命中した。


 審問官はその衝撃に耐え、両手で構えたメイスは取り落とさなかったが、メイスの先端部分がわずかに下がった。


 そこを隙ととらえたケルビンが踏み込んで攻め立てる。一撃、二撃。

 ケルビンは審問官の負傷していない左腕側にけん制気味の攻撃を執拗に繰り返した。


 ケルビンのナイフはたとえけん制だったとはいえ、審問官の左腕はしだいに浅くもない傷を増やしており、雨水の混じった血が手首から石畳の道路にしたたり落ちていた。



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