第28話 大雨と襲撃
ビージーがケルビンからナイフの研ぎ方を習った日から五日経った。
この五日間に、二人は二回、公家に忍び込んで茸を採集している。
忍び込んだのは緑茸のハンコック家と、黄茸のセリオン家だ。
どちらもビージーにとっては初めての公家だったが、難なく忍び込むことができ、目的の茸を手に入れ無事撤収している。
今日は朝から食料の買い出しに、ケルビンとビージーは連れだって商店街に出かけた。
二人ともマントの下に影の御子のベルトを締めており、ナイフも二本鞘に入れてベルトから下げている。
特にあてがあってのことではない。
先日ビージーが、いつ審問官を斃せるチャンスが訪れるかも知れないから、準備だけはしておこう。と、言った言葉を受けてのものである。
さらに、今まで空だったビージーのベルトの物入れには、各丸薬が二粒ずつ入っている。銀色のアージェントの丸薬だけは一粒しか残っていなかったので、ケルビンがベルトの物入れに入れている。
ビージーの言う大雨が降るのなら、辺りは真っ暗になるだろうから、少なくとも丸薬を一粒飲み込む必要がある。その後は状況に合わせて丸薬を追加するが、何をいつ飲むかはケルビンがビージーに指示する手はずになっている。
アパートを出て商店街に入り、いつものように食料品を買い込んでいたら、どこからか腹に響くような音が響いてきた。
「ケルビン、今のは何の音?」
「あれは雷だ。珍しいが数年に一度起こる。火山地方だと、よく火山の煙の中で光が見えるそうだ」
「あれって光るの?」
「雷は光ってしばらくしてから音が鳴る。光ってすぐに音がするようだと、すぐ近くまで来ている」
「来てるって、こっちにやって来るの?」
「どこに行くのか分からないが移動するようだ。それでいきなり落っこちてくる」
「落ちるの? 落ちちゃうとそれでお終い?」
「いやお終いじゃない。何度でも落ちてくる。しかも、人の上に落ちれば人は黒焦げになる」
「なにそれ、怖いじゃない」
「どこに落ちてくるかわからないから、雷が鳴り始めたら家の中に人は籠る。
買い物はまだ終わっていないが、俺たちも帰ろう」
「うん」
二人が来た道を引き返し始めたところ、雷の音はだんだん大きくなり、光が空に走り周囲が一瞬だけ明るくなった。
そのあとゴロゴロと腹に響くような音が聞こえてきた。
霧雨ではない雨が、ポツリ、ポツリと落ち始めた。辺りは暗くなりはじめている。
「ビージー、雨だ。本物の雨だ。空は暗くなってきているし、ビージーの言った大雨になるかもしれない」
「どうする? このまま帰るの?」
「少し様子を見るか?」
「雷の音はまだ近くから聞こえてきているけど、このまましばらく待ってようよ。
運が良ければ大雨の中で審問官が通りかかるかもしれないよ」
「そうだな。
もう少し暗くなったら、無駄になるかもしれないがフラバを飲もう。
連中をもし見つけることができたら、スピードで押し切ってしまおう」
「わかった」
二人が話しているあいだにも雨脚は強くなっていった。その代わりに雷は遠ざかっていった。
「これが大雨か。
霧雨だとこうはいかないが、確かに大雨の中だと音が伝わりにくくなるようだ。連中の能力は俺たちの六割しかない。これならいける」
「お城の方にいってみようよ。あっちにいけば審問官が多いんじゃないかな?」
「そうだな。周囲を警戒しながら少し近寄ってみるか」
大雨の中、マントのフードを目深にかぶった二人は、方向転換して常闇の城に向かって歩きはじめた。
雷は遠のいたようだが雨脚は一層強くなり、午前中だというのに辺りは真っ暗になった。
「こうなってくると審問官に早めに出くわしたいな。
おっ! あれは審問官じゃないか? こっちに向かってきているぞ。
道の脇に寄っていったんやり過ごしてから、後ろから襲おう。ビージー、ブルアとフラバを飲んでおけ」
買い物の荷物をその場に置いたケルビンは、自身も丸薬を飲み込んでビージーに丸薬を飲むよう指示を出した。
「わかった」
ビージーはマントの下のベルトの物入れからブルアとフラバを一粒ずつ取り出し、口に入れた。
周りの様子がはっきり見えるようになり、雨音を通しても審問官が近づいてくる足音が聞こえた。聞こえてくる足音は5人分。
二人はしばらく道端にしゃがんで、一列になって進む審問官たちが通り過ぎるのを待った。暗闇に潜んだ影の御子は審問官といえども気づくことはできない。
『ビージー、ナイフをマントの下で用意しておけ』
『うん』
『俺が四人目を殺るから、ビージーは五人目だ』
『うん』
先頭の審問官が通り過ぎ、二人目、三人目が通り過ぎたところで、ケルビンが中腰のまま音も立てず四人目の審問官に近づき、やや遅れてビージーが五人目の審問官に近づいた。
五人目の審問官は大雨の中、前を歩く審問官に迫ったケルビンに気づいていないようだ。
ケルビンがマントの中に隠し持っていたダガーナイフを逆手に持って、中腰から一瞬立ち上がって斜め前からフードを避けて審問官の首筋を切り裂いた。
ビージーはケルビンの動きに合わせ、一度ダガーナイフで審問官のフードの首筋を後ろから切り裂いた。
ビージーの感覚ではゆっくりと審問官が後ろを振り向いた。
ビージーはその動きに合わせて審問官の視界に入らぬよう素早く反対方向に回り込んで、最初に作ったフードの切り口から順手に持ったスタブナイフを、審問官の後頭部のすぐ下、首の付け根から延髄まで突き入れた。
ケルビンたちに襲われた二人の審問官は大雨の中、声を上げることなく道に倒れた。
ケルビンはビージーの首尾を確認した後、中腰で三人目の審問官に後ろから迫っていった。




