第23話 審問官2
ビージーはケルビンの合図で背後から、最後の審問官のこめかみに向かって、逆手に持ったスタブナイフを突き入れた。
この時運悪く審問官がケルビンに向かってメイスを突き出したことで、ビージーのスタブナイフはフードを突き破ったものの、審問官の頭蓋を貫通できず頭蓋を滑り、頭皮を切り裂くにとどまった。
審問官は後ろに退こうとしたビージーに向けて、振り返りざまメイスを振った。
ビージーは訓練通りすり足で後ろに退きながら、自分の頭に迫るメイスをかわすため、大きく体をのけぞらせた。
そのビージーの鼻先を審問官のメイスが、ブン、という風切り音を立ててかすめていった。
審問官がビージーに向けてメイスを振ったことで、ケルビン側は完全に空いてしまった。
すかさずケルビンが踏み込み、ダガーナイフで審問官の左肘の腱を切った。審問官は右手だけでメイスを大きく振り回し二人をけん制し始めた。
『ビージー、俺がこいつをけん制しておくから、お前はいったん陰に隠れて審問官の視界から隠れろ。
俺が合図したらこいつに止めを刺すんだ』
『分かった』
ケルビンは巧みに審問官の繰り出すメイスを躱し、時には蹴りを入れてけん制する。審問官はケルビンの動きに合わせているうちに、ビージーを見失っていた。
身を屈めて岩陰まで下がり陰に溶け込んだビージーは、再度暗がりを伝って審問官に近づいていった。
審問官はビージーの接近に気づけぬまま、ケルビンと無音の攻防を繰り広げている。
ビージーが審問官の後ろに回り込んだことを見て取ったケルビンは、これまで以上に積極的に切る、突くを繰り返し、審問官を少しずつ後ろに下がらせていった。
『ビージー!』
目の前に審問官の背中が迫ってきたところで、ケルビンが小さく声を上げた。
立ち上がったビージーは、審問官の首の付け根に向けて逆手に持ち替えたスタブナイフを突き刺した。
ナイフの先は審問官のフードを突き破り一度硬いものに当たったあと、妙な手ごたえをビージーの左手に残した。
ビージーがスタブナイフを捻りながら引いたら、審問官はその場に崩れ落ちていった。
ケルビンは審問官が手にしていたメイスを手に取り、崩れ落ちる体を受け止め足元にゆっくり置いた。
手こずったものの、何とか最後の審問官を斃すことができた。
『ケルビンごめん』
『いや、初めての実戦であそこまでやれるとは思わなかったぞ。
たいていの敵は不意を突けば簡単に斃せるが、審問官でなくてもマトモな戦いに入ってしまうと手こずるからな。危ないところもあったが、よくやったビージー』
『それ、ほんと?』
『ああ、ホントだ』
『うれしい』
『周囲の警戒は怠るなよ。ケーブスラッグは見つけにくいからな』
『分かった。この三人はどうするの?』
『死体は岩陰に置いておけば、そのうちケーブスラッグが見つけて跡形もなく食べてしまう』
ケルビンが岩陰まで二人の審問官の死体を引きずっていった。ビージーも一人引きずっていった。
『ケーブスラッグは死体が着ていた服や仮面も食べるの?』
『衣服や仮面は食べないが、ケーブスラッグの粘液で溶けてしまうから跡形は残らない。メイスはほとんど溶けないけどな』
『こうやって殺してたらどんどん審問官の数は減るけど、補充してるんだよね。
どうやって審問官を増やすの?』
『ある薬を飲むことで審問官になれる。それと同時に審問官専用の黒の丸薬への抵抗力がつく』
『そんなに簡単なことで審問官になれるんだ』
『方法は簡単なんだが、その薬を飲むと二人に一人は死ぬらしい。
運よく生き残れば審問官になれる。
死んだ審問官候補はここでケーブスラッグのエサになるわけだ。
ビージー、見えるか? あそこにいるのがケーブスラッグだ』
ビージーがケルビンの指さす方向を見ると、明かりの陰になった岩肌の出っ張りに体長三フィート、太さ半フィートほどのケーブスラッグが三匹ほど固まっていた。ケーブスラッグの皮膚は透明で暗がりの中赤黒い内臓が透けて見える。その先にも何匹もケーブスラッグが集まっているのが見えた。
『あのケーブスラッグたちは今死体を食べてるの?』
『そうだ。そっと近づいていって粘液を取ってくる。
ビージーはここで見ていればいい。周囲の警戒を忘れるなよ』
『うん』
ケルビンはローズに渡された陶器製の瓶をマントから左手で取り出し、右手で同じくローズに渡された陶器製のヘラを取り出した。
瓶の蓋はネジになっていて、ネジ部分にはケーブスラッグの粘液では溶けない特殊な油が塗ってあるので、採集した粘液が瓶からこぼれないようになっている。
ケルビンはケーブスラッグに近づいていき、岩肌に付着したケーブスラッグの粘液を素早く陶器のヘラで掻きとって蓋をとった瓶の中に詰めていった。
三分ほどで最初の瓶が一杯になり、蓋をしてマントの中に仕舞った。
ケルビンは二個目の瓶をマントから取り出して同じ作業を繰り返した。
二個目の瓶が一杯になったところで、瓶に蓋をしてマントの中に仕舞ったあと、ケルビンは右手に持った陶器のヘラをケーブスラッグの集まった先の方に放り投げた。
パリンとヘラが壊れた音が空洞に響くと同時にケーブスラッグたちが一斉に頭を上げ、二本の触手の先についた目を動かした。
それを見たビージーは、音を立てちゃダメと自分に言い聞かせた。
『ビージー、帰るぞ』
『うん。運よく作業している人夫がいなかったね』
『お互いに運がよかったってことだ』
それから二人は音を立てず、来た道を引き返していった。




