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影の御子  作者: 山口遊子
第2章 仕事
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第16話 薬屋のローズ


 カーリン家のキノコ園から撤収した二人は元の通路をたどって下水道まで戻ってきた。


「ビージー、これから今採ってきたキノコを卸しにいく。ついてこい」

「うん」


 下水道の側道をケルビンがすたすた歩き、その後をビージーが追う。

 何度か角を曲がり、下水を飛び越えた先でケルビンが止まった。


「ここだ。この壁の出っ張りを押す」


 ケルビンが言う壁の出っ張りは下水の側道から二フィートほどの中途半端な高さで、壁からわずかに出た四角い出っ張りだった。

 その出っ張りをケルビンが力を込めて押し込んだところ、出っ張りの横の壁がゆっくり後ろに下がりそれから横にズレ、その先に通路が現れた。


 ケルビンとビージーがその通路に入ると、後ろで壁がゆっくりと閉じていった。


「どういう仕掛けになってるの?」

「下水のわずかな流れを利用している。と、これからいく卸先おろしさきの主人に聞いたことがあるが、俺にもはっきりした仕組みは分からん。

 だが、便利だろ?」

「うん。こんな仕掛けを作れるってことはお金持ち?」

「金も持ってるんだろうな」

「ふーん」


 二人が入った通路は下水道同様に真っ暗だったが、石造りのちゃんとした通路で、五ヤードほど先に出口の扉があった。


「この扉の向こうがキノコの卸先だ」

「ふーん。ここで丸薬を作って売っているの?」

「丸薬を作ってはいるが、ここでは買えない。

 丸薬はあの仕立て屋で売っているって教えただろ?

 それで仕立て屋の仕入れ先がここというわけだ」


「どうして、ここでは売ってくれないの?」

「丸薬は五公家以外の者が持っていれば、それだけで犯罪になる。

 やたらと人に売れば足がつきやすくなる。

 そういう理由で売り先を絞っているのだろう。

 仕立て屋は表の顔があるから、売り先が多くてもあまり目立たないだろ?

 ただ、材料を卸している俺には売ってくれてもいいとは思うがな」


「そうなんだ」

「そのあたりは、薬屋が仕立て屋の顔を立ててるってことじゃないか」

「ふーん。いろいろあるんだね」

「そうだな。

 ここも下水道の臭いが入らないよう素早く通るぞ」


 ケルビンが正面の扉に手をかけると、扉に鍵はかかっていなかったようで、すぐに扉が開いた。

 素早く扉の先に進んだケルビンに続いて、ビージーも素早く扉を抜けて扉を締めた。

 扉の先は木箱が積み上げられているところ以外は、ケルビンの部屋の地下室同様の小部屋で、同じように天井から梯子が下りていた。


「上るぞ」


 ケルビンが梯子を上っていき、天井の蓋状の扉を上に押し上げて、そのままその先の部屋に入っていった。ビージーもすぐに梯子を上ってその先の部屋に入り、扉は閉めておいた。


 明るいランプが吊り下げられた部屋の中には、初老の女が一人椅子に座っていた。

 部屋を囲むように置かれたテーブルの上には、天秤のほかビージーの見たこともないような複雑な形の器械や、陶製やガラス製の器具が並べられていた。

 テーブルの下にもガラス瓶や壺が置かれていた。


「いらっしゃい。ケルビン。

 後ろの子もあんたと同じ格好をしてるってことは?」と、女がケルビンに話しかけた。

「俺と同じ影の御子だ。名まえはビージー」

「ふーん。よくそんな子を見つけられたね」

「偶然だけどな」と、ケルビン。


「いらっしゃい、ビージー。わたしは薬屋のローズ」

 ローズと名乗る初老の女性がビージーに優しく声をかけた。


「ビージーです。よろしくお願いします」

 ビージーはローズに顔を見せるため、鼻先まで引き上げていたセーターの襟首を引き下げ、軽く頭を下げた。


「そろそろなくなるだろうと思って、今日は青茸あおたけを一袋持ってきた」

 ケルビンはマントの中からキノコの詰まった布袋を取り出した。


「本当にもうすぐ無くなるところだったよ。気が利くね。

 いつものようにそこのはかりの皿の上に空けてくれるかい?」


 ケルビンが大型天秤の片側の皿の上に袋の中身の青茸を空けた。


 ローズは反対側の皿の上に素早く分銅を乗せてキノコの重さを計り、

「単価はいつも通りだけれど、少し色を付けておいたよ」

 そう言って小袋の中に金貨を十枚入れてケルビンに手渡した。


「ありがとよ」

「ケルビン、次は赤茸あかたけを頼むよ」

「了解した。

 それじゃあ、ビージー、帰るぞ」

「うん」

「ローズ、それじゃあな」

「二人とも気を付けて帰るんだよ」



 下水道への出口は、入り口と同じような四角い出っ張りを押すことで開いた。

「今日の仕事はこれで終わりだ。部屋うちに戻ろう。帰りはビージーが先になってくれ。道はちゃんと覚えてるだろ?」

「だいじょうぶ。任せて」


 帰りはビージーが先になって一度も迷うことなくケルビンの部屋に戻った。



 部屋に帰り着いた二人は影の御子の装束から普段着に着がえた。


「ビージー、先に寝ていいぞ」

「うん」


 ビージーはベッドに横になると、あっという間に寝息を立てて眠りに就いた。



 ケルビンは今日の仕事の報酬である金貨を木箱の底にしまって、いつものように毛布をビージーの寝るベッドの横に床に敷いてそこに横になった。



 ケルビンはビージーが来てから、こうして床の上に毛布を敷いて寝ている。

 ビージーの寝る前にはいつもケルビンは起きているし、ビージーが起きた時にはケルビンは起きて朝の支度をしているので、ケルビンはいつも自分と同じベッドで寝ているものとビージーは思っていた。


 ビージーが夜中目覚ることがあれば、ケルビンがベッドにいない事や床の上に毛布を敷いて寝ていることに気づいただろうが、ビージーは夜中目覚めることもなく朝までぐっすり眠っており、ケルビンが寝ている姿をいまだに見たことはなかった。



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