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影の御子  作者: 山口遊子
第1章 出会い
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第1話 ケルビン

誰得か分かりませんが、ダークファンタジーを始めちゃいました。


 ここ数十年晴れたことの無い赤みがかった薄雲の向うに日が沈み、砂よりも細かなを含んだ霧雨が今日も降り始めた。


 ここは帝都ハイスローンの下町にあるアパート。アパート自体は四角い一区画を囲うように建っており、四方をアパートに囲まれた中庭まで馬車が入れるよう、大通りに面した側に中庭への通路がある。


 共用の井戸やトイレは中庭にしかないし、調理や暖を取るための石炭置き場ももちろん中庭にしかない。

 従って上の階ほど不便で、当然のことながら上の階ほど家賃は安くなっている。

 そして大通りに面した一階の部屋は、このアパートで最も家賃の高い部屋である。



 その大通りに面した一階の部屋の中。部屋を二つに仕切るように物干しロープが人の背丈ほどの高さで張られ、半乾きの洗濯物がロープ一杯にかかっていた。

 窓を閉め切った部屋の中を、天井から吊るされたランプが弱々しく照らしている。

 部屋の中に吊るされた洗濯物のおかげで、ランプの光は部屋の出入り口の扉まで十分届かず、扉の手前はかなり暗い。


 どこか遠くから、野犬がけんかしているようなかん高い吠え声が聞こえてきた。


 この部屋の主人であるケルビンは、夕食のため部屋の隅にある台所の天井から吊るされたブタの片足ハムをナイフで数枚そぎ取り皿の上に乗せた。

 そのあと流し台につながった調理台の上にまな板を乗せ、その上に堅パンを置いて包丁で何とか2枚ほどスライスした。

 次に今朝作った玉ねぎとにんじん、大根の入ったスープを温め直すためストーブの上に鍋を置いた。

 スープの味付けに、ひとかけらの塩とわずかばかりのハムの切れ端が入っている。



 ケルビンはスープが温まったところでレードルで深皿にとり、小さなテーブルについて食べ始めた。もちろん食器などは高価な陶器製ではなく木製だ。


 スープを一口、二口スプーンですすったところで、また野犬の吠え声が遠くから聞こえたあと、部屋の出入り口の扉に何かが当たり、そのまま滑り落ちるような音が聞こえた。


 どこで聞いた話だったかは覚えていなかったが、どこかの浮浪者あたりがひさしを求めて玄関先で行き倒れてくたばってしまうと、死体が野犬に食い荒らされ、食い残しはグールという腐肉を漁るバケモノを呼び寄せる。

 という話をケルビンは思い出した。



 そのこともあり、ふだんなら野犬に食い荒らされた死体のことなど気にも止めないケルビンだったが、手にしたスプーンを皿の上に置いて扉までやってきた。

 扉ののぞき窓から外を見たが何もいないようだった。


 念のためにカンヌキを外し、扉を少し引き開けて隙間から下を見ると、生きているのか死んでいるのか分からないが、灰を含んだ霧雨に濡れて薄汚れた貫頭衣を着た子どもが扉を背にして寄り掛かるように座り込んでいた。


「おい。お前、生きているのか?」


 返事の代わりに向うを向いた子どもの頭が少しだけ動いた。


「くたばるなら、どこか他所よそにいけ。と、言いたいところだが、今日の俺は機嫌が良い。中に入って温まれ。そのままだと冷えて風邪をひくどころか凍死して野犬のエサになるぞ」


 子どもは扉の先のタタキに手を付いて立ち上がろうとしたが、力が入らず立ち上がれないようだ。

 ケルビンはやれやれと思いながらも、子どもを後ろから抱え上げて立たせてやった。

 その子の見た目以上の軽さに驚いたが、そのまま部屋の中に入れてやり扉を閉めた。

 もちろん扉には忘れずカンヌキをかけた。


 スープ鍋を置いたストーブにはまだ火が入っていたので、ケルビンは子どもをストーブの近くの床に座らせ、石炭を入れたバケツから石炭の塊を何個かストーブの中に放り込んだ。


「濡れた服は脱いだ方がいいな。

 服を脱ぐぞ、立ち上がって両手を上げてみろ」


 後ろからケルビンが子どもの両脇に手を入れ立ち上がらせたところ、子どもは弱々しく両手を上げた。

 ケルビンは子どもの着ている貫頭衣の下の裾を持って一気に引き上げ脱がしてしまった。


「下着はやっぱり着けてなかったか」


 子どもは貫頭衣の下に何も身に着けていなかった。

 子どもの背中には鞭で打たれたような痕が何本も付いていた。


「体を拭いた方がいいな。

 タオルの乾いたのは、……」


 ケルビンは物干しロープにかかった数枚のタオルに手を当てた。

 どのタオルも乾き具合に差はなかった。


「タオルはどれも半乾きか。まっ、これくらいの方が水をよく吸うだろう」


 適当にロープから1枚のタオルを外して、子どもの肩から背中にかけて拭いてやった。

 子どもの背中の痕はほとんど新しいものだった。

 ケルビンはその痕の上もタオルで拭いてやったが、子どもは痛がる風ではなかった。


 子どもの腰から下をタオルで拭いてやったケルビンは別のタオルを物干しロープから外して、

「前を拭くからこっちを向いてくれ」


 子どもがゆっくりをとケルビンの方に向いた。

 子どもの下の方には何もついていなかった。


「ありゃ? お前さん、女だったのか。驚いたな」


 そういいながらもケルビンは少女の体を拭いてやった。少女のアバラの浮いた痩せた胸には膨らみなどなかった。


 最後にケルビンはもう一枚タオルをとって少女の頭をワシャワシャと拭いてやった。


 少女を拭いたどのタオルも灰の混ざった泥でかなり汚れてしまった。特に頭を拭いてやった三枚目のタオルは汚れていた。

 汚れたタオルは三枚とも一緒に洗濯もの用の桶に入れておいた。


 桶は一杯になっているし、明日は洗濯しないとそろそろ替えがなくなる。

 少女の貫頭衣は洗濯したとしても乾くまで真っ裸というわけにもいかないが、このまま着せるわけにもいかないので、物干しローブに汚れたままかけておいた。


「今のところ、お前に着せる服が何もない。毛布を貸してやるからかぶっておけ」


 ケルビンはベッドの上に丸めてあった毛布を少女に渡してやった。


 毛布を体に巻き付けた少女は、先ほど投げ入れた石炭で少し火力の上がったストーブに体を向けて床に座り込んだ。


「お、おじさん、ありがとう」


 少女は顔をストーブに向けたまま小さな声で礼を言った。

 そのとき、少女のお腹が可愛らしく鳴った。


「体が少し温まったら、なにか食べるだろ?」


「うん」


 ケルビンは深皿と平皿を台所から用意して、ストーブの上に置いていた鍋から残っていたスープを深皿によそい、テーブルの向かい側に上に置いた。

 そのあと、まな板の上の硬パンを一枚スライスして平皿の上に置き、スープ皿の隣りに置いてやった。


 ケルビンは自分のものと同じスプーンを流しの横の引き出しから取り出して、少女に差し出した。


「そこに座って食べろ」


「うん」


 少女は毛布を巻いたまま、ゆっくりとテーブルの前までやってきてケルビンの向かいの椅子に腰を下ろし、ケルビンの渡した木のスプーンを使ってスープを飲み始めた。

ケルビンは自分の皿からハムを一枚少女のパンの皿の横に載せてやった。



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― 新着の感想 ―
[良い点] ダークな世界観は大好きです...救われないような悲哀を漂わせる雰囲気はまるで何十年も熟成させたウィスキーのようにじわじわと心にしみこんでいきます。 [気になる点] ケルビンと少女の今後がや…
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