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65:そして空へ駆け上がる

「ふう……」


 私はペンを置いて、ぐっと背筋を伸ばした。

 外はもう、東の空が薄ぼんやりと明るくなっている。一晩中机に向かっていたのかと気付かされた。

 窓を開けると、咽せ返るような湿気と肌寒さを覚える。それでも新鮮な空気を入れ替えたくて、上着を一枚羽織ってしばしば換気することにした。

 王都の朝は、ワックマン領よりも寒い。


 不思議と眠くはない。

 今はただ、一仕事やりとげた達成感に満ち溢れていた。


 次の議会でこの企画書が通れば、これで本格的に紅龍国への支援が可能となる。

 ようやく支援内容とその見返りについて、紅龍国側との折り合いがついたのだ。

 もっと紅龍国の足元を見たい他の議員の方々は渋るだろうが、カイン王子もオスカー公爵様も私の意見に賛同してくださるだろうし、これにて一先ずは一件落着ね!




 ――シュサク様は無事、紅龍国を取り戻すことに成功した。

 我が国は軍を率いて……いや、世界各国が、シュサク様の為に兵を募って紅龍国へと進軍したのだった。


 これが私が提示した解決策。

 この国だけじゃなく、いっそもう全ての国々に協力してもらって紅龍国を奪還してしまえばいいのだ。そしてそれを成し遂げるには、王族として国同士との繋がりを持つカイン王子の助けが必要不可欠だった。


 私のもともとの案として、シュサク様は様々な国を放浪していた身だから、これまで訪ねてきた場所で身分を明かして協力を仰げばすんなりいくものだと思っていたのだが、それは考えが甘かった。

 カイン王子が共に協力を要請することで、他の国々は兵を集めてくれたのだ。そこには色々な交渉があっただろう。


 どこをどううまくやったかは分からないが、こうして私が子爵として王都で働くこととなって、そして今でも紅龍国との橋渡しとなれている現状を鑑みれば、今回の紅龍国騒動はこの国の利益となったことは確かだろう。


 紅龍国とのさまざまなやり取りは、全て私が間に立つこととなっている。

 互いの要求が無茶苦茶すぎて目を回していたが、カイン王子もシュサク様も、いろいろな方が協力して下さったおかげで……なんとか、うまく進みそうだ。


「そうだ。お父様から手紙が……あったわ」


 ふと、前にお父様から手紙をいただいたことを思い出した。忙しくてすっかり忘れていたが……気晴らしに読むことにした。


『やっほーカリンちゃん! お元気ですか? こっちは相変わらずのどかで平和な日々を過ごしてるよ』


 お父様らしい文に思わずにやける。


『そっちでは公爵夫人には会えたかい? せっかくのワックマン領での結婚パレードにカリンちゃんが参加できなくて、オスカー様も夫人も残念がっていたよ。それでも二人はとても幸せそうに笑ってたねえ。それもこれも、カリンちゃんがいたからこそだよ。僕は鼻が高いなあ!』


「……おばさまの晴れ姿を見れなくて、私も残念だったわ」


 紅龍国の件で私もいろいろと駆け回っていたために、パレードには参加できなかったのだ。こちらにいても、まだおばさまとは会えていない。

 ようやくゆっくりできるようになるから、はやくおばさまに会いに行きたいわ。


『それから、麦の価格が従来通りに戻ったよ! 公爵様に告げ口したら、すぐにマシラム子爵をお叱りいただけてね。そしたら何を血迷ったか「決闘だ!」なんて言い出すものだから二つ返事でボコボコにしてあげたよ! 決闘の見返りとして周辺の農地の管理権を譲渡されちゃったけど、そんなのどうせ僕は向いてないから相場を元通りにしてもらっただけで、あとは従来通りマシラムに丸投げすることにしたよ。ヒャコちゃんは「貴方らしいわね」って言ってたよ! はっはっは!』


 お父様……。お母様のそれ、褒めてないわよ?

 なんにしても、それ以外にもオスカー様からのワックマン領への支援は今でも何かしら続いているらしくて、領地はだんだんと豊かになっていっているそうだ。ありがとうございます。おばさま。公爵様。

 これからもどこか抜けている我が父を支えてあげてください……。




「……あら?」


 朝霧が薄れてきた、まだほの暗い空に……紅く輝く何かを見た。

 それはまるで泳ぐように空を渡っていて、小さく見えるだけだったそれは、みるみる大きく映り、こちらへと向かっていた。


 まさか……紅……龍?

 シュサクさま!?

 気付いた時には、あちらから私に向かって手を振っていた。


 彼が跨がっているのは、やはり深紅に輝く紅龍様。


「久しぶりだな。カリン様」


「え、うそ……どうしてこちらに……というか紅龍様に乗って空を飛んでききたんですの!?」


 そんな荒唐無稽な……というか……王様が国を離れて何をしているのよ!?


「ちょ、シュサクさま! 紅龍国のまつりごとはどうされたのですか!?」


「ああ、エンテに投げてきた。俺の優秀な影武者だぜ。ケケケ」


 表向きには、エンテ様は一生地下牢に投獄されることとなってはいる。それ、破られれば軽く国際問題ですのよ? 普通他国の人間にそれ言う?


「あきれましたわ。それで、我が国に何の用ですの?」


「いや、久しぶりにお前の顔が見たくてな」


「……へ?」


「なんだ? 未来の妻に会いに来るのがそんなに問題か?」


 ま、まだそんなことを……。

 思わず顔を隠してしまう。金色の熱い眼差しでそのようなことを言うのはやめて……。顔が赤くなってしまうわ。

 ……指の間から、ちらっとシュサク様を見る。


 彼は私に手を差し伸べていた。


「お嬢さん。よければこれから、ドライブにでもいきませんか?」


 それは、今までの彼のどんな言葉よりも、魅力的なものだった。


「……ぜひっ!」


 シュサク様の手を取ると、ふわっと紅龍様の背にエスコートされた。

 とても暖かな感触。鱗を撫でると、グルルと唸った。


「このノリの良さ。やっぱあんた、カリン様だな! よし! 行け紅龍!」


「グオオオオオ!」


 雄叫びをとどろかせて、紅龍様はグングンと上昇していく。

 見たこともない真っ赤な朝焼けを背に、吹きすさぶ風を一身に受けた。


 これまでの忙しさが吹き飛んでしまうくらい、とても爽快な気分。

 なんせ、三年間ずっと忙しくしていたものだから、こんな気持ちは新鮮だった。


 とりあえず今は、ワックマン領で底辺令嬢をしていたあの頃に戻って、無邪気にはしゃいだ。

 涙が出るくらい。

 



第一章完結。

ここまでお読み頂きありがとうございました!

この物語はひとまずここで終わりです。『王都編』はいずれまた…!!!(´;ω;`)

よければ『ブクマ』『★での評価』でモチベーションがうなぎのぼりとなりますのでどうかどうかよろしくお願いします!

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