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秋一月十三日:アレイズは、同胞を見捨てることはしない。

 手駒達を使って庭に穴を掘る間、アレイズとフェイリは賊の家の使用人達の目を欺くため陽動作戦に出た。

 ジェダはこれから王宮に行く用事があったようで、とうに立ち去っている。どこに埋めるかは見せたし、アレイズの愛の深さを教え込むことができたのでよしとしよう。これからは身の程をわきまえ、主人に馴れ馴れしくしないことだ。


 集めたものをすべて隠すのには思ったより時間がかかった。使用人達をあしらっている間に、家主の家族が一人帰ってきてしまったのだ。しかも、それは投獄された主人と入れ違いになるように釈放された女だという。とてもこの件と無関係とは思えなかった。


「ここはこれまでのどの宿り木より裕福ですの。ですからいてあげていますけれど、あの小娘は大嫌い。あたくしをいじめるんですもの。あたくしは寛大ですから、報復はしませんが」

「それはそうだろう。そんなことをすれば、まず間違いなくここから追い出されるだろうからな」

「宿り木の決定権はあたくしにあるのですっ。あたくしがここから出ていくのは、家主一家に捨てられるときではなくて、あたくしがこの家を捨てたときですわ!」


 フェイリはぷいと顔を背ける。ぬくぬくと暮らしていける安定した生活を失いたくないという点についてはアレイズも同意だ。人間が主流となったこの世界で、今さら精霊の時代を取り戻そうと思うような野心はない。いるかどうかわからないさんにんめの同胞を探すより、愛しい主人リデルの隣にいたかった。


「そろそろ俺は帰る。元気でな、フェイリ」

「これでお別れなんて嫌です。ね、また会いに来てくださるでしょう?」


 フェイリは切なげに問う。どう答えるべきか少し迷ったアレイズだったが、背後から忍び寄ってきた足音に驚いて振り返った。


 若い男が立っている。フェイリと話しこんでいたとはいえ、知らない人間にここまでの接近を許したのは失態だ。


「安心なさって。この男も使用人、すなわちあたくしの下僕の一人ですわ」


 警戒するアレイズとは対照的に、フェイリはすまし顔で男を見上げている。


 だが、その女王然とした余裕は一瞬で崩れ去った。男がフェイリを捕えたからだ。フェイリは短く悲鳴を上げるが、男の前にはあまりに無力だった。


「フェイリ!?」


 その名を呼ぶと、フェイリは救いを求めるようにアレイズを見た。もがくフェイリの様子からして、それがこの家の常でないことは明白だ。口を押えられたフェイリは必死に抵抗しているが、男は意にも介さない。


「チッ。暴れるな、傷がつくだろ。価値が下がる。おとなしくしてたら、すぐ終わらせてやるからな」


 フェイリが持つ精霊の力は、触れずに無機物を動かすことだ。しかし今の彼女はパニックに陥っていて、能力が使えるようにはとても見えない。もし使ったとしても、焦りのあまり制御ができずに何か大きな事故に繋がる恐れがあった。たとえばその辺に転がっている石を持ちあげて男にぶつけたとして、それがフェイリ自身に当たらない保証はないのだ。


「フェイリを離せ!」


 この場で彼女を救えるのは、アレイズしかいなかった。


「あ? あー、はいはい、お前もおとなしくしてろよ。こいつを殺したら次はお前の番だ」


 男の手がアレイズにも伸びる。

 精霊の力を人間の前で使えばどうなるか、考えられなかったわけではない。ここで力を行使するのはリスクが大きすぎる。


 それでも。


 アレイズの大好きなリデルならきっと、目の前で襲われているフェイリをまっさきに助けるだろうから。


 だからアレイズは、迷うことなく残酷な精霊の顔を覗かせた。


 あたりの空気が一気に重くなる。アレイズの放った恐怖という名の圧が、この場を包み込んでいく。男はあっけにとられたようにその場にへたり込んだ。解放されたフェイリは一目散にアレイズに駆け寄った。


 アレイズの能力は、悪夢を見せることだ。相手の心に直接恐怖を植えつけることで相手を支配し、時には精神すら破壊する。そこまで強く能力を使ったことはないが、自分の力で何ができるかはきちんと把握していた。


「な、なんだこれ……なんなんだよっ、おい、どういうことだ!?」


 フェイリを狙った傍若無人な誘拐犯は、逃れられない幻覚の中に閉じ込められて震えていた。今の彼はアレイズやフェイリではなく、自身の中の悪夢を見て叫んでいるのだ。


 アレイズが生んだ悪夢は、別にアレイズ自身の想像力の賜物というわけではない。大抵は、相手の心にあるものだ。

 無意識的にでも意識的にでも、相手が嫌悪感や罪悪感……あるいは悪意を抱いていることがあれば、それが種子となって花開く。アレイズは、それを見つけて増幅させ、時には誇張し、暴力的な洪水のように恐怖をねじ込んでいくのだ。


 この能力を使って、主人に濡れ衣を着せた真の罪人に自白を強要することが、アレイズの奥の手だった。

 しかしそれにはまず対象を見つけなければいけないし、自白を裏付ける証拠が必要になる。時と場所も選ばなければいけない。だからすぐには実行に移さず、奥の手として想定するだけにとどめていた。


「なんで……お、お前は投獄されただろ!? どうしてここにいるんだ、リデル・キーファ……!」


「!?」


「や、やめろって……俺はただ、旦那様のご指示通りに動いただけなんだよ! 俺はただの執事なんだ、恨むなら旦那様を恨めばいいだろ!?」


 男は涙と鼻水で顔を汚し、何かから逃げるように這いずっている。男が履いているトラウザーズにはじわりとしみが広がっていった。

 何から逃げ出そうとしているのか、アレイズには見えないが……もしかしたら、獄中で幽鬼のような姿に成り果てたリデルの幻影でも見ているのかもしれない。その幻影は、男が思いつく限りもっとも残虐な刑罰で彼自身を追い詰めているはずだ。


「お前が身の丈をわきまえてお嬢様に傅いてれば、お嬢様だってお前を嫌わなかった! そもそも、出頭したのはお前が自分で選んだことじゃねぇか! 金を欲しがったのはお前だろ!? 俺を責めるのはお門違いだ! 俺はただ訊いただけだろ、家ごと取り潰されるか自分一人で罪を被るか選べって! あんな脅迫、本気にするほうが間抜けだろうが! ジジイの治療費が本当に払われると思ってたのか!?」


 男の言い草は支離滅裂だったが、その意味を推測することはできた。アレイズの中をどす黒い感情が渦巻いていく。


「そうか……。お前が、俺のリデルを……」

「ア、アレイズ様……?」


 うっかり男を殺してしまいそうになるが、心配そうにこちらを見つめるフェイリのおかげで少し冷静さを取り戻すことができた。人間社会に立派に馴染んでいると振る舞ってきた手前、彼女の前で本能を剥き出しにするのはさすがに気まずい。


 それになにより、この男は重要な証人だ。自分でぼろを出したのだから、最期まで使い切ってやらなければもったいない。


 アレイズは悪夢そのものではないが、ある程度の干渉はできる。それは幻覚の中に入り込み、相手が見ている恐怖の象徴となって相手と会話することを可能にした。


「喜べ、自分に罪悪感を感じる程度の心があったことをな」

「ひっ……!?」

「許されたいなら自分の罪を包み隠さず公表しろ。罪を償わない限り、この悪夢から抜け出すことはできない。いいか、今すぐ出頭するんだ。たとえどこに逃げようと、悪夢は必ずお前の元に忍び寄るぞ。助かる道は一つしかないからな」


 リデルの幻影アレイズの命令を聞き、男はがくがくと頷いた。ぱちんと夢から覚めて、仮初の自由を得た男は悲鳴を上げながら走り去っていった。既にあの男の心はアレイズの手のうちだ、罪を認めるまでとことん追い詰めてやる。


「……大丈夫だったか、フェイリ」

「え、ええ。助けていただきありがとうございます、アレイズ様」


 フェイリは弱々しく微笑んだ。高飛車な彼女でも、不安になることはあるらしい。ひとまず、彼女の身に何もなくてよかった。


「あの男、この家の使用人だろう? それがどうしてお前を捕まえに来たんだ? まさか調査の意味に気づかれて、その制裁を……?」


 そうだとしたら申し訳ないことをした。もう彼女はこの家にいられないだろう。

 謝罪を口にしようとするが、フェイリは聞きたくないと言いたげにアレイズに縋りついた。


「あたくしは、愛しい殿方に尽くしただけです。後悔などしていませんわ。この家での暮らしにも飽きてきたところですし、もうあの小娘のわがままに付き合いたくはありませんもの。自由を満喫して、次の宿り木にふさわしい人間を見つけます」

「そうだな、それがいい。お前なら簡単に見つけられるだろう。……とりあえず、俺の家に来るか? 今日の宿ぐらいは貸してやるぞ」


 アレイズが誘うと、フェイリは嬉しそうに頷いた。

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