秋一月十二日:アレイズは、愛する主人をなんとしても救いたい。
「私は一体どうしたら……」
けほ、と老爺が咳をする。
この男はアレイズの主人ではないが、主人の家族だ。彼が苦しそうにしていると主人も悲しそうにするので、アレイズも何かとこの男を気にかけるようにしていた。
「ああ、アレイズ。お前に話しても仕方のないことだが、どうかこの老いぼれの心を軽くさせてくれ。私一人では到底抱えきれんのだ」
男があまりにも哀れだったので、アレイズは了承して男の傍らに座った。
男は深いため息をつき、訥々と話し始める。いわく、アレイズの最愛の主人が冤罪で捕まったのだ、と。
「まさかあの子が政争に巻き込まれるとは。あの子もあの子だ、どうしてあんなことをしたのやら」
確かに、一昨日から家がやけに慌ただしく、主人の姿が見えなかったが……よもやそんなことになっていたとは。
三日前、寝台の上でかけられた言葉が脳裏をよぎる。主人はこうなることを知っていたのだ。それなのに、アレイズには何も相談してくれなかった。
何故か。まさかアレイズを頼りないと思っているのだろうか。そうだとしたら心外にもほどがある。アレイズほど優秀で、彼女のことを考えているものはいないのに。それをわからせてやらねば。
「なあアレイズや、どうにかあの子を助けてやってくれないかね? なんて、お前に……ん?」
言われなくてもそのつもりだ。アレイズは男の元を離れ、軽やかに家の外へ出た。
アレイズはとても頭がいいので、なすべきことは知っていた。主人が冤罪で捕まったのだから、その疑いを晴らして真犯人を突き出せばいいのだ。
*
「アレイズの兄貴! 姐さんの話、集めてきたっす!」
「ご苦労。報告を」
アレイズの指示から数時間と経たず、街に放った野良犬達は成果を持ち帰ってきた。
犬達はアレイズに頭を垂れる。どんな凶暴な犬も、上下関係を叩き込めばこの通りだ。
いかに彼らがアレイズより一回りも二回りも大きく屈強であろうとも、アレイズの前では従順なしもべにすぎない。ちなみに彼らもアレイズの主人に忠誠を誓っている。
「王宮を飛び回るお喋りな小鳥どもが教えてくれました。どうやら、少し前に王宮でひと悶着あったそうっす。姐さんが捕まったのは、それに関係してんじゃないっすかね?」
「ふむ。祖父君も政争がどうのと言っていたな」
「なんでも第一王子の婚約者が、庭園で暗殺者に襲われたそうっすよ。暗殺は未遂に終わったそうなんすけど、その首謀者の令嬢が捕まったらしいっす」
「なるほど。……俺のお嬢様は人がいいからな。うまく罪を着せられたものだ。誰の仕業か知らないが、ふざけた真似をしてくれる」
お人好しな主人を想い、アレイズは忌々しげに王宮の方角を睨みつけた。
アレイズのような存在にも優しくしてくれるのは彼女の美徳だが、それで自分が食い物にされていては世話がない。
たまたまアレイズが彼女に臣従を誓っただけで、世界には邪な輩がごまんといるのだ。もっと警戒してほしい。確かに、何が起ころうとアレイズが守ってみせるのだが……それとこれとは話が別だ。
(王都中の地下を土竜と鼠に探させているが、まだ発見の報告はない。地下ではないのか。であれば、お嬢様はどこに……)
アレイズの理解が正しければ、軽い罪を犯した貴人は邸宅に軟禁され、平民は地下牢に送られることになっている……はずだ。司法については縁がなかったのであまり詳しくはない。
ただひとつこの知識に付け加えるならば、死に値する罪を犯したとみなされた高貴な罪人は、別の監獄に収容されるという。地下牢で見つからないなら、なんとかしてその特別な監獄を見つけ出さなければ。
「アレイズ様。アレイズ様のお嬢様らしき方を発見いたしました」
吉報を携えていたのは、陰からぬっと現れた情報屋の烏だ。
彼とは以前から懇意にしていた。彼は犬達とは違い、報酬を求めて働いている。だが、だからこそ信用できた。
「あちらの尖塔の最上階に、少女が軟禁されている様子。罪人にしては丁重に扱われているように見えたため、人違いかと思いましたが……アレイズ様と、アレイズ様のお嬢様のお祖父様のお名前を口にしておりましたので、間違いはないかと」
「よくやった。きっとそこが高貴な罪人のための監獄に違いない」
烏が恭しく指し示した先に、高い塔が見えた。
環境が悪くないのであれば、早急に脱獄させる必要はなさそうだ。主人はあれで中々図太いので、数日程度の監獄暮らしで弱ることはないだろう。
彼女が心細さに耐えきれなくなるか、あるいは不当な罰が下されるまでに助け出せばいい。主人もこそこそと逃げ出すより、大手を振って監獄を後にしたいはずだ。
「お前達、引き続き情報を集めろ。どんな些細なことでもいい。何かわかり次第報告してくれ」
アレイズの命令に、手駒達ははきはきと返事をした。