トレイン in 20XX
雑誌を読んでいたボクは、肩をつつかれた。
「はい?」
白髪のおじいさんが立っていて、ボクの背後を指差している。窓ガラスにはプライオリティの文字と共に、杖をついた人のマーク。
ゆっくりと腰を下ろしたおじいさんの満足そうな顔を残して、ボクは別のシートへ向かう。
手摺にもたれて微睡んでいたボクは、肩を揺すられた。
「はい?」
銀歯きらめく老婆がボクの体を押し退ける。
どうやらこれも優先席だったらしい。
仕方なく他の空席を探す。
乗客の九割が老人だった。
「やっと見つけた」
ボクが座ろうとすると、
「待ちなさい」
口髭の立派な翁が制止した。
「なぜです」
「そこは私が座るのだ」
「そんな、ボクが先にこの席を」
「四の五の言わずに退きなさい。あなたはまだ若いでしょう」
翁は強引に座席へ体を捩じ込んだ。
途方に暮れたボクはつり革に掴まって電車に揺られる。
近ごろ足腰が痛む。辛いのは年寄だけじゃない。
鬱憤と退屈さを紛らすために、壁に貼られた広告をなんとなしに眺める。
「百歳からの通信口座。二百歳になってからでは遅い。やるなら今でしょ」
「百歳からの美容整形。二十代のころに戻そう!」
「百歳からの投資術。年金があったころなんて忘れろ、縛られるな」
百歳からのシリーズが流行りの日本は、地震でフォッサマグナから二つに割れてしまった。
消費税三十パーセントを打ち出した東側は経営破綻して、海外からたくさんの移民が流入し、乗っ取られてしまったも同然だ。
翻って西側はと言えば、メタンハイドレートでなんとか生計をたてられるけれど、血気盛んな若者たちは東側に行ったきり戻ってこないから、そろそろ採掘の人手がなくなるだろうし、遠くない未来に枯渇するとのことだし、どのみち終わりだ。
優先席ばかりの電車だって月に何度走るか分からない。
こうなったら早く年をとりたいものだ、あと二十年すれば流行りに乗れるのに。
車窓に反射するしみだらけの顔は、百歳になったら整形でもしてやろう、白髪のボクはほくそ笑む。(了)
さよなら、ボクらのふるさと