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小さな一歩、踏み出した

「ないのか?」

「はい。実はまだ全然...」

「そっか...」

 夕歌の回答に晴喜は落ち込むしかなかった。


 確かに、彼女に続きの構想が出来ているかどうかも聞いていないのを今更になって気づいた。

 部屋の真ん中に置かれたミニテーブルに突っ伏す晴喜であった。


 そんな時に、部屋の扉からノック音が響く。

 晴喜は落ち込み気味ながらもどうぞと返す。

 晴喜の声を聞くと扉が開き、部屋に女性が入ってきた。


 先程の夏愛と別の女性で、晴喜より2〜3歳年上くらいなので夕歌はまた晴喜の姉かと検討をつけていた。

 栗色の髪をショートボブにし、どこなく漂う穏やかそうな空気が可愛らしい雰囲気の女性である。こちらは異性に特に人気がありそうだ。


「あ、モミ姉。おかえり」

「ただいま晴喜くん。そしてこんにちは、望月 夕歌さん」

「あ、はい、こんにちは」

 お茶菓子が載せられたトレイを持った女性からの挨拶に夕歌も慌てて挨拶を返す。


「はじめまして、朝日 紅葉(もみじ)です。これ、夏愛さんが用意してくれたの」

 そういうなり、紅葉はトレイをテーブルに置く。


「お、美味そう」

「ふふ、今度の新メニューにって作ったクッキーなんですって」

「やった! 望月、早速食おうぜ」

「え、でも私...もう失礼しようかと」

 物語の続きが無い以上、いる意味がないと思い帰ろうとしていた夕歌だが、晴喜はそれを許さない。


「いや、せっかくの菓子だし食おうぜ。カイ兄の新作だから美味いぞ」

「あ、夏愛さんじゃないんだ」

 菓子を作ったのが夏愛でなかったことに少し驚いた。


「ああ、カイ兄調理師免許持ってるから」

「そうなんだ...」

 話が終わるとすぐにクッキーをつまむ晴喜。続いて遠慮がちにクッキーを一枚つまむ夕歌。

 サクリと小気味よい音に続いて口に広がる甘さと風味。


「リンゴの?」

「ええ、実は健太郎くんからいただいたの。田舎のお祖父さんの所で採れたんですって」

「おお、ケンちゃんのじいちゃん。リンゴもやってるのか?」

「試しに作ったやつだから感想が欲しいって」

「うまいっ!」

「ふふ、じゃあそう伝えましょう」

「おう」

 材料を尋ねる夕歌に答える紅葉。それを聞き、晴喜は力強く感想を述べ紅葉はニコニコと笑う。


 そんな感想でいいのかと思わずにいられない夕歌であった。




「あの...朝日君って、何人兄弟なの?」

「三人!」

 沈黙に耐え切れず、夕歌は思わず質問すると、晴喜は指を三本立てる。


「ええ、晴喜くん、お姉さんの夏愛さん、そしてお兄さんの秋亮(しゅうすけ)さんの三姉兄弟なの」

「あれ、それじゃ紅葉さんは...」

「ふふ」

 微笑みと共に紅葉は左手の薬指で輝く指輪を見せる。


「あ...あれ? あの...失礼ですがおいくつ..」

 指輪を見て理解すると同時に生じた疑問に夕歌は尋ねずにいられなくなった。


「25歳ですよ」

「え、20歳(はたち)前かと..」

「あらお上手ね。でも秋亮さんとは大学の同級生で卒業して結婚したからもう2年経つわよ」

 驚く夕歌に快くする紅葉。


「ちなみに、モミ姉が店の手伝いでウェイトレスをしてくれる時は男客がこぞって集まりやがるから兄ちゃんは気が気でないんだよな」

「確かに...」

「ふふ...秋亮さんたら心配症なのよ。私は秋亮さん一筋なんだから」

 赤らめた頬に手を当て、身をよじる紅葉。

 その初々しい反応がますます彼女の実年齢を勘違いさせる。




 紅葉が退席し、二人で---主に晴喜が---茶菓子と会話を楽しんでいった。

 ほとんどは晴喜が話題を出し、夕歌が相槌をうったり思ったことを述べたりするだけだった。


 だが、話を重ねる内に縮こまっていた夕歌も笑顔を見せ、思わず笑い声を上げたりもした。

 本人はその時、恥ずかしそうに俯くも晴喜は更に話を続け、黙ろうとする彼女を見事に破顔させてみせた。




 日が暮れ始めるのを窓越しに見て、夕歌はお礼を述べ帰路についた。

 晴喜から送っていくと言われ遠慮するが、そんな彼女の返事にお構いなしに晴喜も同行することとなる。


「ごめんなさい、送ってもらっちゃって」

「まあ、あのまま送ったら姉ちゃんからぶっ飛ばされるのが目に見えてるからな」

 乾いた笑いを見せる晴喜に夕歌は何も言えなかった。

 夏愛に制裁される晴喜の姿がありありと浮かんでしまったから。

 自転車を押していきながら晴喜は夕歌に同行するのであった。






 そして夕歌を家の前まで連れて行く。

「それじゃ..」

 夕歌が何かを言う前に、晴喜はインターホンを押した。


「え、何で?」

「いや、遅くなったから説明を」

 そうこう言っている内に扉が開く。音が鳴ってからさほど経っていないのに随分と早い。

 家から出てきたのは40代前半くらいの女性。晴喜の印象としてはどことなく儚げな感じがした。


「夕歌ちゃん...」

「遅くなってごめんなさい、叔母さん」

 家から出てきた女性はどうやら夕歌の叔母のようだ。

 他に家の人が出てくる様子がないので、晴喜は説明を始めることとした。


「望月、えと、夕歌さんの帰りが遅くなってしまってすいません。

 俺、私は夕歌さんのクラスメイトと朝日 晴喜と言います。今日うちのカフェに来てもらって話し込んでしまいました。ごめんなさい」

 分かるようにと意識するのに加えてなるべく丁寧にと意識したせいで若干可笑しな感じな口調で晴喜は説明をし、最後に頭を下げて謝罪する。


 晴喜の様子に夕歌は少しクスリとしてしまい、笑ってはいけないと慌てて口元を手で隠した。

 そんな二人の様子に夕歌の叔母も安堵の笑みを浮かべる。


「ご丁寧にどうもありがとうございます。夕歌ちゃんの叔母の、望月(もちづき) 弥生(やよい)と申します」

 女性、弥生の方もお辞儀を返す。

 特に怒る様子もなく、むしろ嬉しそうな様子である。


「夕歌ちゃんはお友達の家にお邪魔してたのね」

「本当にごめんなさい。連絡しておけばよかったのに私、電話し忘れて」

「いいのよ。楽しかったのでしょう?」

「う、うん」

 二人の会話に何故か顔がにやける晴喜。楽しいと言われて嬉しくなっていた。

 そして二人の会話で気づく。


「望月、連絡先交換してくんね?」

「え?!」

「あらあらまあ」

 急な連絡先の交換の頼みに困惑する夕歌と楽しそうに二人を眺める弥生。

 晴喜の勢いに押されるまま連絡先の交換を進めることとなった。ついでにグループ連絡が必要になったら出来るようにとSNSのアプリも取ることとなった。




「それじゃ、また学校でな」

「あ、うん、気をつけてね」

「おう!」

 自転車に跨り、颯爽とペダルを漕いで去っていく晴喜の後ろ姿を夕歌と弥生は見送った。


「明るい男の子ね」

「うん、朝日くんは、クラスの中心だから」

「そう...」

 夕歌の言葉に弥生は嬉しさを感じた。


 人と関わることを避けるようになってしまった姪の楽しそうな姿を見たのは本当に久しぶりであった。

 以前のよう(・・・・・)に塞ぎ込むことはなくなってきたとはいえ、まだ暗い影を持っていた彼女が今日、クラスメイトと楽しげに帰ってきた。そんな姪の変化は弥生にとって嬉しいものであった。






 夕食を終え、入浴を済ませた夕歌は自室に篭る。

 勉強机に向かい、ノートを広げシャーペンを手に取る。

 いつもなら勉強だが、今日は違う。




『でも、どうして続きが読みたいんですか?』

『いやだって面白いし』

『お、面白い...』

『うん』

『ほんとですか!』

『ん? 嘘つく意味ないだろ』

 嬉しかった。怖くて誰にも見せられなかった物語を面白いと言ってくれた。

 堪らないほどに嬉しかった。



『続きは、ないんです』

『ないのか?』

『はい。実はまだ全然...』

『そっか...』

 謝りたくなった。あの時の落ち込んだ顔を見た瞬間、申し訳ない気持ちで一杯になった。




 だから夕歌はペンを手に取る。そして続きを描く。

 続きがスラスラと思い浮かぶ。

 彼を見た瞬間、頭の中でイメージが出来てきた。




「元気になった少年は言うのです。『私は海の向こうの国の王子です』と...」

 どんどんペンは進み、物語は紡がれていく。


 楽しい。

 書きたいことが思い浮かび、どんどん書けていくことが本当に楽しかった。


 いつもなら早くに寝るのに彼女のペンの走る勢いは止まらなかった。




「ただいま」

「おかえりなさい」

 そんな夕歌を他所に、弥生は帰宅した主人を迎える。

 少し草臥れた様子はあるものの背筋が伸びてしっかりとした印象を抱かせながら望月(もちづき) (まさる)スーツを脱ぎながら妻に尋ねた。


「夕歌ちゃんの部屋、まだ電気が点いていたが起きてるのか?」

「ええ、今日お友達のお家にお邪魔したんですって」

「そうか...友達の」

「ええ、明るくてな素直そうな男の子でしたよ」

「な、男か!?」

「ふふ、そうですよ」

 はじめは嬉しそうにするもお宅訪問したのが異性だと聞いて慌てる昌に弥生は楽しそうに微笑む。


「お夕飯の時に自分が書いた物語を面白いって言ってもらったんですって。あの子、早く続きを書いて読んでもらいたいって様子でしたよ」

「.....悪い子ではないようだな」

「そうですね」





 晩酌を終えた昌は静かな足取りで夕歌の部屋に足を運んだ。

 出来れば今日の出来事を聞きたいと思ってしまい、軽い酔いの勢いも手伝って尋ねることとした。


「夕歌ちゃん、入っていいかい?」

 ノックするも返事がない。扉の下の隙間から明かりが漏れていたので少しだけ開けて中を覗くと、机にもたれかかって眠る夕歌がいた。


 ペンを握ったまま寝ていたので、力尽きて眠ったようだ。

 昌は部屋に入り、夕歌を抱き上げてベットへと横にする。


 腕にかかる重さに、最後に抱っこをしたのはいつだったかとふと思い返しながら姪の成長を実感する。シーツをかけ、部屋の電気を消して昌は扉を静かに閉じるのだった。

とりあえずここまでが書き溜めていた分です。

なるべく早く続きを書きたいと思います(説得力皆無ですが...)

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