ラジオ・May,Yay!
『放送部』
元々、この盟栄高校には『放送室』はあっても『放送部』はなかった。
放送室にはそれなりの設備が備わっているのだが、そこでの使用は基本的に委員会や行事の連絡事項を伝えることのみだった。
入学してそれを知った晴喜は健太郎にこう話した。
「折角の放送設備なんだからさ、使わねーともったいねーよぉ~!」と。
そしてそこから晴喜の行動は速かった。放送部の設立を申請し、すぐさま受理してみせたのだ。
部員は設立者であり部長の晴喜と、晴喜についていく形で入った副部長の健太郎の二人のみ。
本来、盟栄高校での部活動の新設にはまず、部員を最低三人用意しなければならない。また、顧問を引き受けてくれる教員も最低一名は必要である。
次に、部活動の具体的な内容の方針を決め、それを生徒会、次に職員会議に検閲してもらい、内容に問題がないかを見てもらう必要がある。
そして、無事に検閲をパスすることで、初めて部活動の設立が成立する。
部員三名のルールを無視してこの部が設立出来たのには理由がある。
まず、放送室の設備を利用するには放送中に話す人物と、機器を操作する人物がそれぞれ一名いれば十分であったこと。
特に話す人物は何も放送部の部員でなくてもゲストを用意すればいいので大して問題にならないのだ。
そして何より、この部の設立に大きく賛同してくれた人物が二人いた。
一人は晴喜達の担任の藤原 茂。
彼は元々、放送室の設備の管理を任されていた。その管理者が推してくれたのは大きかった。
更にもう一人。
この人物の意見には他の教員達も反論するのが難しかった。そんな人物の後押しにより、入学してから10日程度で、部員二人の放送部は設立したのだ。
そして翌週からお昼の放送が始まった。
タイトルは『ラジオ・May,Yay!』
『May,Yay!』の名前はもちろん、学校名の『盟栄』にかけたものである。
基本的な放送内容は以下の三つである。
①MC晴喜のゲストーク!
最初に言うが、下衆な会話をするのではなく、『ゲストとトーク』するものである。
ゲストは参加したい人、職員室からの要請で選ばれた人(大会が近い部活動の代表など)、はたまた晴喜基準で『面白そう』と選んだ人など結構自由。
②おたよりフリィーダァァムッ!
校内数ヶ所かに設けられた集計ボックスに相談したいことや言いたいことなど自由に書いたお便りを入れてもらい、その中のいくつかを放送で読み上げるもの。
内容はあらかじめ確認してから放送するので相談内容に関してはゲストと共に回答を考えたりする。又、そのためのゲストを用意する時もある。
③エンジョイしよう! キミのリクエストは?
いわゆるリクエスト曲を流すもの。おたよりと一緒に書かれたものや、集計ボックスで多く書かれたものを流す。
また、時にはゲストからのリクエストをその場で聞いて流す場合もある。
学校側としては、①のゲストを毎回呼べるのかと当初は不安に思われていたが、アクティブな晴喜の人脈により、上級生も普通に呼んだりするなど問題はなく、晴喜のその人懐っこさから呼ばれたゲストも気楽に話すことができ、今では逆に出演希望が絶えないほどとなっている。
そして、本日の放送も、ゲストが晴喜の正面の席て待機していたりする。
『それでは始まります、MC晴喜のゲストーク!』
ドンドンパフパフという効果音がスピーカーから流れた。
定番すぎるBGMに放送を聞く者達は苦笑していた。
『さて、本日のゲストは皆さんも知る、超ォ、ビッグゲストッ!』
「誰だろ、みんなが知ってるって?」
「まさか、芸能人?」
教室で美由貴と千代はゲストの正体に首傾げていた。
『それでは、ゲストさんに自己紹介をしてもらいましょう!』
晴喜の言葉に放送を聞く者全てが耳を傾け、ゴクリとを唾を飲む。
『匿名希望です!』
そして聞いていた全員がずっこけた。
『ゲストさ~ん、匿名希望って名前でしたっけ?』
『ハハハハッ! もちろん違うよ』
『ちょっとちょっと、ダメですよ~!
ゲストさんが名前言ってくれればみんなビックリするはずなんですから』
「ビックリするって...」
「誰のこと言ってんだ?」
昼食の席を移動させたことで丁度隣合っていた璃子と智が呟いた。
偶然にも、二人の言葉が繋がっていた。
『それでは仕切り直して、お名前をどうぞ!』
『はい、三木 慎吾です!』
・・・・・・
一瞬、校内に沈黙が走った。
『三木 慎吾』
何処かで聞いた覚えのある名前。
教員達は一人を除いて唖然とし、気づいた生徒は自分の聞き間違いではと疑ったりした。
が、その疑いはこの後の放送で掻き消された。
『はい、本日のゲストは我が盟栄高校の校長先生こと、三木 慎吾さんで~す!』
・・・・・・
『えええええええええっ!』
校内に驚きの声が響き渡った。
この驚きの声は校舎のある丘の下にまで届いたらしい。
『三木 慎吾』
ノリの良さで生徒受けのいい名物校長にして、放送部設立を支援してくれた二人目の教員である(ちなみに驚かなかった教員は放送内容を知っている顧問の茂である)。
見た目は30代後半といった所だが、実年齢はもうすぐ50というどこの漫画家だよと言いたくなる人物である。
ちなみに、茂とは同じ大学で同じ教育学部の三つ上の先輩でもある。
『ハイ、それじゃ本日のトークテーマを発表します。ジャジャンッ! ドゥルルルルル...』
スピーカーから流れる晴喜がドラムロールの口ずさむ。
(そこBGM使えよw)
(何で声真似ww)
『ジャーンッ! “夏休みの過ごし方”です!
ワー、パチパチッ、ドンドンパフパフゥーッ!』
テーマが発表されると、聞き慣れたBGMが流れ出した。
(そこはやっぱりBGM使うのかよ!)
『ハイ、とういうことで、シンちゃん校長先生には、夏休みをどう過ごすのがいいのかを、聴きたいと思いまーす!』
『おーし、バッチコイッ! でも、シンちゃんはやめておこう。他の先生に聴かれたら大変..って、これ生放送だったね』
『『アハハハッ!』』
二人分の笑い声が流れ、職員室の茂はガクリと脱力しかけた。
『よーし、それじゃ、夏休みを満喫するための秘訣を教えてしんぜよう』
『ははー、ありがたやありがたや』
『いや手を合わせて拝まないで。生きてるから』
“ブフッ!”
各教室のあちこちで噴き出す音がした。本題に入る前のこのしつこい小ネタにウケたようだ。
『それじゃ、三木校長先生、お願いします!』
『OK!さて、夏休みと言えば...』
『言えば?』
『やっぱり、ラジオ体操だね』
『おお、ラジオ体操!』
『おかげで病気知らずだよ。正に好調先生だよ!』
『ナイス、オヤジギャグです!』
(((((寒ッ!)))))
放送を聴いた生徒の多くが身震いしたのは言うまでもない。
『最近の若い人はやっている人がいないからね』
『そうですね~、オレも幼稚園の頃から夏休みは毎年出てましたけど、若い人はあまり見かけませんね』
(((((マジかよッ!!!)))))
さりげなく出た晴喜の皆勤宣言に、放送を聴いていた者が何人か驚いていた。
『まあ、仕方ないんだよね~』
『というと?』
『やっぱり若い子達にはラジオ体操より優先したいものがあるってことなんだよ』
『な~る』
『友達付き合い、クラブ活動、旅行にデート、挙げたらきりがないね』
『早起きすればいいのに...』
『アハハ、言ってしまえばそうだけど、やっぱり休みの時は夜更かししたり昼まで寝たいんだよみんな』
『そういうもんなんですね』
『そうそう..って、なんで独り身のオジさんが若い子の事情を語らなきゃならないの?』
(((((確かに!)))))
放送を聞いていた生徒の心境がシンクロした。
『え、校長先生、結婚してないの?』
『今驚くこと?』
声だけで分かる程の晴喜の驚きとツッコミを入れる慎吾の声が流れた。
ちなみに晴喜のコメントには他の生徒も実は驚いていた。
その若々しい外見から密かに女子生徒からの人気を得ている彼の独身という情報は意外だったのだ。
『オジさんどっちかって言うとキューピッドになることのが多くてさ...』
『似合わねー...』
『コラコラ、本人の目の前で言っちゃダメだよ~』
力のないツッコミを入れる慎吾の声。
(((((グダグダだ...)))))
聞いている生徒達は一同呆れていた。
だがそれもまた何時ものことである。
晴喜達放送部は放送するテーマのみは決めているが、その内容の詳細はなく、その場任せのアドリブとなっている。
晴喜曰く、『全部前もって決めてたらつまんねーから』だそうだ。
そんな放送スタイル故に時折こんな鳴かず飛ばずな状況でそのまま放送されるのもよくある。
だけどそれでも、スピーカーから流れる放送内容は生徒達の娯楽の一つとなり、日々の高校生活に刺激となっている。
屈託なく誰もを自然体にしてくれる晴喜のMCにより、普段は見られないゲストの素顔を知ることが出来たり、教師や上級生に対する無意識の内に出来た仕切りを取っ払ってしまう砕けたトーク内容が放送の魅力なのだろう。
一人、人気のない階段に座り込んで聞いている夕歌はそう解釈していた。
そこからラジオの話はいきなり慎吾の学生時代の夏に起きた出来事に変わった。
大学四年の夏前にした男だけでの飲み会の時、一年の後輩が同級生に想いを寄せていることを酔った勢いで打ち明けた。
それを聞いた慎吾が企画した海水浴にて後輩の恋を実らせようと画策。ちなみに参加したメンバーは後輩とその意中の女子以外は全員慎吾が根回ししたサクラである。
そして隙あらば二人っきりにさせて関係進展を図らせていたのだが、肝心の後輩がヘタレ過ぎて何も進まないまま日が沈み、最後に花火をしていくのみだった。
その時、ロケット花火をセットした空き瓶が倒れ、あろうことか後輩の想い人へとロケット花火が飛んで行ってしまった。
直撃必至のこの事態、誰よりも速く動いたのはそれまでヘタレで何も出来なかった後輩で、身を呈して庇ったことで想い人の方は無傷で済んだ。
同時にこの一件で二人の関係は進展、交際を開始し大学卒業後に結婚したとのこと。
ちなみに、その後輩はロケット花火が尻に直撃したらしく、それが原因で痔になったとかならなかったとか。そんな眉唾な噂も広まったらしい。
ロケット花火から後の妻を庇った後輩の姿を面白おかしくかつ迫真の演技で語る慎吾に放送を聞いていた面々は笑いを堪えきれず吹き出してしまい、各教室が賑やかになっていた。
一方その話を聞いて一人、顔をヒクつかせ、思わず自分の尻の古傷を摩る男性教師が後悔していた。
顧問なのだから内容をちゃんと確認しておくべきだったと。
まさか自分と妻の馴れ初めを話されるとは思いもしなかった。
『それじゃ、お話も終わった所でシンちゃん校長先生のリクエストをお聞きしたいと思います』
『お、やっとかい、ってかまたシンちゃんついてるよ。それじゃ先生の十八番、億千万のあれで』
『あれ....ですね?』
『あれ....だよ』
顔は見えないのに何故だろう。二人が悪代官と越後屋みたいな雰囲気と顔を作っているのがありありと浮かぶ。
そして流れるは今じゃもう還暦過ぎているのに実年齢より若々しいあの歌手の代表曲である。
見た目が若い三木校長にはぴったり過ぎる曲で、彼が歌う姿を想像すると吹き出しそうになる生徒が校内でちらほらいた。
そしてリクエスト曲が終わり、ラジオの締めに入る。
『さ〜て、来週のラジオさんは?』
『それじゃサ○エさんだよ。というか、夏休み入るから来「週」じゃなくて来「秋」だよ』
『上手い! ケンちゃん、座布団一枚持ってきて!』
『笑○もいいから。日曜の夕方長寿番組を列挙しないの。座布団何処かって、困惑してるよ荒井くん』
『あともう一つご長寿番組が...』
『ちび○子ちゃんはいいから!』
最後の締めに入ろうとするもグダグダにする晴喜とツッコミに回ってしまう慎吾。
ってか、最後の伏せ字が意味を成していない気が.....
『それでは次の放送は夏休み明けです。今学期最後の放送を聞いてありがとうございます。次もまた聴いてくださいね、ジャン、ケン、ポン!うふふふ』
『だからサ○エさんはやめな“ブツッ”』
慎吾のツッコミが終わる前に放送が終わった。
かくして、一学期最後の『ラジオ・May,Yay!』はつつがなく(?)終了した。