夏休み直前
『小説家になろう』で書き始める前、別のサイトで載せてみようかと構想を練っていた作品です。
書き溜めていた分を一気に載せます。
季節は夏。期末テストも終わりあと数日で夏休みが始まる。
朝日 晴喜は自転車のペダルを漕いで通学路を駆け抜けている真っ最中だった。
ボタンを開いているため洗い立ての白のワイシャツは風でたなびき、その下のノースリーブのシャツが露わになっていた。
自分が通う『盟栄高校』は自宅から歩くには遠く感じるが、自転車では丁度いい距離であり、自転車で走っている際の風を感じるこの時間が晴喜は大好きだった。
晴天故の暑い日差しを受けながらも汗が滲むこめかみや首元に風が当たると涼しさを感じ心地良く、少し眠気の残る頭がすっきりしていくのを自転車を漕いでいるといつも実感する。
漕ぐこと更に数分。
いよいよ学校前の上り坂にさしかかる。
小高い丘の上に学校があるため、生徒は登校の際は階段か坂を登り降りすることになる。
晴喜は自転車なので当然上り坂。
晴喜はサドルから立ち上がり、ペダルに体重を乗せて漕ぎ始めた。
坂を登るとなると立ち漕ぎじゃなければ難しく、あらかじめ勢いをつけた方が楽に登れる。
坂の手前百メートル。
これが晴喜の加速のタイミングである。
ペダルに体重を乗せて漕ぎ、グングンとスピードが増していくのを身体に当たる風と視界から景色が変わっていく速さで分かる。
少し強い横風を受けながらいつもの様に坂に入る。
その時、 坂の手前にある横道から何かが飛んで来た。
それが何か確認しようとする瞬間、タイミングよくその『何か』が顔面に直撃した。
「ぶわッ!」
突然の視界の遮断に晴喜は声を挙げ、咄嗟にブレーキをかけた。
耳障りな音を掻き鳴らすも自転車は止まった。
が、
「うぎゃッ!」
急なブレーキ故にバランスを崩し、転倒は免れなかった。
「いててて.....」
軽く打った肩をさすり、顔からずれ落ちていく物を掴み取った。
「お」
それは数日前に発行された古新聞だった。
ゴミ出しがされたものが飛んできたのかなと頭の中で推測した。
そして古新聞が飛んで来た方向に目を向ける。
「あ」
晴喜は思わず気の抜けた声を漏らした。
視線の先にいたのは同じ年頃の少女である。
髪が随分長い。
前髪も少し長いために俯くと目元が隠れてしまいそうだった。
不健康なものではないが、日焼け知らずと言いたくなる程に肌は白かった。
そして何より、当人から漂う雰囲気がこの夏の晴天には似つかない程暗い。
言ってしまえば、怪談物の日本映画なら十中八九出てくるだろう幽霊と評していい感じだった。
服装を見た。
晴喜と同じ盟栄高校指定の制服だった。
晴喜はこの女子生徒を知っている。
なにせ、クラスメートなのだから。
「おはよう、望月」
晴喜は臆することなく目の前にいる女子生徒、望月 夕歌に挨拶した。
けど、夕歌は何も返事を返さなかった。
ただ、何やら戸惑っている様だった。
そんな様子に晴喜は首を傾げた。
古新聞を手に持ち、晴喜は夕歌に歩み寄った。
「おはよう!」
晴喜はもう一度元気に挨拶した。
さきほどは声が聞こえなかったのかなと思い、再度挨拶することにした。
「....あ、えと....」
「ん、どうした?」
晴喜の挨拶対し心此処に在らずといった様子で夕歌は何か言いたそうだった。
晴喜は夕歌の視線が一瞬自分の背後に向いたのに気づいたので晴喜は振り向いた。
そこにあるのは自分の自転車....
「ああっ!!」
晴喜は思わず叫んだ。
「自転車のチェーンがっ!」
晴喜は自転車に駆け寄った。
よく見ると、自転車のチェーンが外れており、とてもじゃないが走ることはおろか素手で今直すのも無理な様子だった。
「ああ、元々緩んでたし、ツケが今きたのか.....」
晴喜は凹んでいた。
「ご....」
「ん?」
ボソリと聞こえた夕歌の声に晴喜は振り向いた。
「その、自転車....ごめんなさい!」
振り向いたタイミングで夕歌は声を張り上げいきなり謝罪した。
そして謝罪するなり走り去って行く。
学校まで続く歩行者用の階段を一糸乱れぬ走りで登っていく夕歌を晴喜はただ眺めることしか出来なかった。
いきなりの謝罪に晴喜は言葉を失い、戸惑ってしまって追いかけるという発想が浮かばなかった。
「......何で、自転車のことであいつが謝るんだ?」
そしてポツリと呟いた。
「はあ、はあ...」
階段を登りきり夕歌は息を切らして人気のない場所で校舎の壁にもたれ掛かっていた。
今の時間帯ではこの場所には日影が出来ており、夏場でも比較的気温が低いこの地域では時折吹く風は涼しくて心地よく感じられた。
夕歌は走って流した汗をハンカチで拭った。
いくら坂道より距離が短いとはいえ、やはり階段を走って登るのはこの夏時期にはハードである。
そして、予定外の疲労からか夕歌はその場にしゃがみ込んでしまう。
「また、やっちゃったよぉ~」
明らかに気落ちした様子で誰に言うでもなく、夕歌は思わず声にした。
脳裏に浮かぶのは転倒して、自転車のチェーンが外れて落ち込む晴喜。
更に....
「ッ!?」
夕歌は顔をしかめ、頭を抱え込んだ。
息苦しさを感じ、呼吸が乱れてきた。
苦しくなりながらも、必死に身体を小さくする様に夕歌はしゃがみこんでいた。
まるで何かに怯えている様だった。
思い出したくない過去。
でも忘れてはいけない過去。
だからこそ辛い。
だからこそ苦しい。
息苦しさから落ち着くも、沈んでしまった自身の気持ちと裏腹な程に青い空を不意に眺めて、夕歌は思った。
『何故自分は、此処にいるのだろう?』と。
一年D組の教室は相も変わらぬ様子だった。
通学途中のコンビニで購入した雑誌を読み耽る者。
テストが終わりもうすぐの夏休みの予定について話し合う者。
SNSへの書き込みやゲームのために携帯電話を弄る者。
教員が来るまで机に突っ伏して眠る者。
仲間内で雑談に耽る者。
安城 美由紀は正面の席に座る友人の小澤 千代と共にファッション誌を眺めていた。
「あ、このワンピース可愛いね」
「やっぱり美由紀もそう思うよね。いいな~、アタシもこんな服着れたらな~」
雑誌の『この夏のイチオシ!』の欄に写っていたモデルの女性が着ていたワンピースを指して感想を述べる美由紀。
彼女の意見に同意する一方、千代は何処か諦めの伴った様子でワンピースを着こなす女性モデルの写真を眺めた。
「千代ちゃんだって似合うよ」
お世辞でもなく素直な気持ちで美由紀は千代を慰めた。
「ありがとう。でもやっぱりこのモデルさんや美由紀みたいにスタイル良くないからな~アタシ」
だが、彼女の慰みも千代には少し心苦しいものであり、自身が落ち込む理由を思わず漏らした。
千代の言葉に美由紀は苦笑するしかなかった。
千代は可愛い。
お世辞でもなく、本当に可愛いと美由紀は思う。
地毛の亜麻色の髪はフワフワとしていて、それをリボンで左右に分けて纏めている様は童話のお姫様の様な可愛さがあった。
ただ、千代自身はそんな可愛さに少しコンプレックスを感じていた。
高校一年生の女子にしては同年代と比べ小柄な身体。
顔立ちも幼い印象を抱かせるもので、知らぬ者なら中学生と言えば信じてしまう位に子供っぽい---というか実際に勘違いされたことがある---。
そのため、着る服はどうしても子供っぽいものになってしまい、この雑誌のモデルの様に惜しみなく胸元や肩などから白い肌をさらけ出せる様な『大人の魅力』とでも言うべきものがない。
そんな彼女とは小学校の頃からの付き合いである美由紀には彼女のそんな心境を察してしまうのだ。
そして、彼女がそんな自分の子供っぽさを気にする理由である人物がクラスにいるのを知っているのは、美由紀だけが知る秘密でもある。
吉田 璃子が二人の会話に乱入したのはその時だった。
「いいじゃん! 小澤はまだ女子として可愛いだけなんだからさぁ~」
軽くニヤニヤしながら璃子は千代に後ろから抱きつきながら会話に混ざってきた。
「ひぁっ!」
不意を突かれての抱擁に千代は驚きの声を挙げる。
「アタシなんて、この前女子から手紙貰っちゃったんだからさ~、女子のアタシが.....」
喋るなり落ち込みだす璃子。
「く、苦しい....」
抱擁から何故かなったチョーキング(璃子にとって軽めの)をくらい、タップする千代。
「極まってる、極まってるから!」
そして、そんな光景に制止に入る美由紀。
璃子は陸上部の短距離走の選手である。
中学の頃から県大会などで入賞する程の記録を出してきた有力選手であり、校内外問わずに彼女を知る人物は多い。
身長百七十センチと女子にしては長身で、男子顔負けの運動神経。
陸上で鍛えた引き締まった身体。
走る時に邪魔になるからとバッサリと切って以来変わらずのベリーショートの髪型。
そんな彼女のあだ名は『スプリンターの王子様』---中学時代の仲間内で冗談まじりに付けられ定着してしまったもの---で、璃子も璃子で自身のルックスに悩んでいたのだった。
「お前もそう思うだろ、 サトシ?」
千代を離し、後方で机に突っ伏していた男子に話しかけた。
「んぅ?」
話しかけられた男子は面倒そうに起き上がり、目を擦っていた。
話しかけられたこの男子は風間 智。
璃子とは実家がお隣さんで幼馴染み。
「で、何の話?」
テスト明け早々の朝練の疲れで寝ていた所をいきなり同意を求められたこともあって智は璃子に聞き返した。
「ああ、『可愛い』ことはいいだろって話」
「はあ?」
要領の得ない璃子の話に智は訳が分からなかった。
「いやさ、小澤が可愛いことで悩んでるけど、別に悩むことじゃないだろって今話してんの。 智も分かるでしょ、可愛いんだし」
「ちょっ!」
美由紀が制止しようにも時既に遅し、その場が凍りついた。
「あ...」
自身の失言に気づき、今頃冷や汗を流す璃子。
「...知らねーよ」
明らかに不機嫌な様子を見せて再び突っ伏す智。
璃子は自身の失言にまた落ち込んでしまった。
智は歳の割に顔立ちが幼く、幼少期から『可愛い』と近所から評判だった。
サッカー部に所属しており決して華奢ではないのだが、筋肉が付き難い体質なのかあまり体格に恵まれていない。
その上背丈も璃子より少し低いために自分の姉や中学時代の先輩などから何かにかこつけては女装させられてきた。
そのため彼のあだ名は『サッカー部のプリンセス』と璃子とは真逆も真逆。
今では、彼は『可愛い』と言われると途端に不機嫌になってしまう---一部の女子はそんな不機嫌な表情も可愛いからと表情見たさにわざと言うためタチが悪い---ので、一種の禁句になっている。
特に、璃子から言われると他の人以上に不機嫌になり、璃子は半ば口癖となってしまった『可愛い』発言をして彼を不機嫌にする度に凹んでいる。
ただし、璃子が自身の発言で智が一際不機嫌になる理由は知らない。
智はそれについて質問を受けても決して答えないため。
そんな朝のやりとりをしている中、美由紀は少し落ち着きがなくなってきていた。
教室をキョロキョロと見渡し、止めたと思ったらまたキョロキョロするの繰り返しだった。
誰かを探している様だった。
そして目的の人物がいないことを確認し、何か知っているかと思い、少し離れた席に座る生徒に尋ねることとした。
「ねえ、荒井君。その....朝日君まだ来てないみたいだけど、何かあったのかな?」
美由紀は机に面と向かい、熱心に手帳に何か書き込んでいる男子生徒に申し訳なさそうに尋ねた。
話しかけられた男子、 荒井 健太郎は書き込む手を止め、美由紀の方に身体を向けた。
クラスで一番ゴツイ身体を持つ彼の動作に気づき、千代は小走りで美由紀の隣に立ちその後に続く様に話し出した。
「そ、そうそう!
確か朝日くんって今日美由紀と日直だからさ、美由紀が気にしてたんだよね」
少し慌て気味ながらも千代は美由紀が尋ねた理由を語った。
健太郎は晴喜とは幼稚園の頃からの幼なじみであり、一緒にいることが多いため、何かあれば大抵事情を察していることも多い。
だから美由紀は健太郎に晴喜の不在の理由を尋ねたのだ。
しかし...
「ううん、僕も気になってハルちゃんにメールしたんだけど、返事がないんだよね。
ごめんね、安城さん、小澤さん。何も知らなくて」
健太郎はシュンと大きな身体を縮こまらせながら落ち込んだ様子で話した。
身長百九十センチはある余裕の長身、そして格闘家の様に筋肉がガッシリとついた身体。
荒井という名字も相まって初対面の人物には豪快な印象を抱かせるが、その中身は真逆のお人好しな草食系男子。
そんな彼は相手の希望に添えないことにすぐ罪悪感を感じてしまうので、美由紀と小澤もつい申し訳ない気持ちになってしまった。
「そんな、私が勝手に荒井君なら知ってるかなって思っただけだからさ」
「そうだよ、荒井くんは悪くない、絶対悪くないんだから!」
手を振って自身の非を述べる美由紀に、彼の擁護を力説する千代。
「ありがとう。じゃあ返事が来たらすぐ教えるから」
「ありがとう」
「ありがとう...あ、それってお菓子のレシピ?」
美由紀に続いて礼を述べた千代は書きかけの手帳のページを見て質問した。
完成度の高い可愛らしい手製のブックカバーがかかっており、健太郎の手作りとは誰も思わない代物だった。
「うん、そうだよ。昨日の夜から準備して作ったスライスレモンの蜂蜜漬けをシャーベット風に凍らせてみたんだ。
で、そこから何か他のアレンジができないかなって思ってアイデアを記録したんだ」
千代の質問に対し健太郎は嬉しそうに語り、メモ帳のページを二人の視界にちゃんと入る様に近づけた。
そのページには『蜂蜜にリンゴのすりおろしを加える』、『シャーベットをアイスのトッピングに用いる?』など、様々な考案が書かれており、それを実行するための手順の下書きなんかも書かれていた。
「へえ、美味しそう」
美由紀の率直な感想に千代は首を縦に何度も激しく振って同意した。
「よかったら『シャーベット風スライスレモンの蜂蜜漬け』食べる?」
健太郎はバックから行楽用と思えてしまうほどに太い保温性の水筒を取り出した。どうやらこの中にそのスライスレモンを入れているようだ。
水筒を傾けると、コップにもなる水筒の蓋に薄くスライスされたレモンが数枚水筒から溢れてきた。
凍結した蜂蜜とおぼしきものがついたレモンを薦められるがまま二人は摘む。
指先から冷たさを感じながら、口に運んだ。
「「ッ!?」」
その瞬間、絶句する。
口の中でシャリシャリとした歯応えと共に砕け、溶けるレモンと蜂蜜。
簡単に砕ける程凍らせたのにレモンの酸っぱさがなくなっておらず、蜂蜜の甘さとの絶妙なバランスで口の中に爽やかな風味をもたらしていた。
「「美味しい!」」
二人は同時に賞賛した。
「よかった~」
そしてその賞賛に健太郎は嬉しそうに微笑んだ。
「フオッ!?」
「あれ、どうしたの小澤さん? 顔真っ赤だよ?」
健太郎は奇妙な声を挙げてしまった千代の顔を覗き込む様にうかがってきた。
「な、何でもないよ!」
「???」
声が裏返り、顔を更に真っ赤にして背けている千代に美由紀は無理があるのではと思った。
理由は分からないが、一先ず千代の言葉を信じることにした健太郎はそれ以上は何も聞かなかった。
美由紀は知っている。
隣にいる小澤 千代は中学時代から目の前にいる荒井 健太郎に想いを寄せていることを。
中学一年の頃に彼を意識し始めたとのことなのでかれこれ三年もの片想いである。
知っている者ならじれったいと言いたくなるかもしれない。
実際、彼女から話を聞く美由紀もそう思う時がある。
ただ、美由紀自身も人のことを言えないので言わないが。
“ドドドドドドッ!!!”
『ン?』
突如聴こえてきたこの騒音にクラスの全員が耳を傾けた。
そして、健太郎と美由紀、千代は気づいた。
これは.....
“ズガンッ!”
「セェーフッ!」
けたたましく開かれた教室の扉(横開き)とやかましい声が教室内に響いた。
汗だくで教室に突入してきた晴喜は『セーフだよな?』と自分に注目するクラスメートに目配せした。
「「アウト!」」
彼の表情にノリよく応えたのは璃子と智だった。
「んなァーッ!」
それに対し、絶望していると言わんばかりの表情と共に更に絶叫する晴喜。
「ちょ、二人とも、ウソはダメだよ。 大丈夫だからハルちゃん、まだ先生来てないから安心して...」
二人を諌め、健太郎は晴喜を落ち着かせた。
「ホントか、ケンちゃん?」
「うん、本当だよ」
必死に問いかける晴喜に対し、穏やかな趣きで健太郎は答えた。
「そっか......って、吉田と風間ァーッ! ひでーじゃねーかよ! 嘘吐きは泥棒の始まりって田舎の婆ちゃんが言ってたぞ!」
ビシリと人差し指を二人に向け、高らかに文句を言う晴喜。
「「ははは、悪りい悪りい」」
再び二人で声を揃えて謝る璃子と智。
「ったく、この仲良しこよしが...」
「チョッ、別に仲良くねーよ!」
晴喜の呟きに対し、智は顔を赤らめながら怒った。
璃子はその傍らで少し首を傾げるも智が先程のことをまだ怒っていると思い、深く気にしなかった。
「仲良しこよしだろ! 狙ってもねーのに息ピッタリだしよォー!
でもな、言っとくがオレとケンちゃんだって仲良しこよしぶりなら負けねーぞ!」
そう言いながら晴喜は健太郎の肩に腕をかける。
身長差から窮屈そうなのを見かねて健太郎は少ししゃがむ。
そして、クラスメートはそんな光景を微笑ましく眺めていた。
美由紀もまた、晴喜のその変わらない様子に笑みを隠せずにいた。
「あ、安城ぉ、お前オレ達の仲良しこよしぶりを嘘だと思ってんのか?」
美由紀の微笑に気づき、晴喜は抗議の矛先を切り替えた。
「ち、違うよ。なんか可笑しくて....ふふ」
美由紀は晴喜の抗議に対し、笑いを隠し切れなかった。
「オイィーッ! それってひとえにオレが可笑しいってことかァー?」
このオーバーリアクションが混じった言葉にクラスメートは遂に吹き出しドッと大笑いしだした。
さっきまで少々険悪になってた璃子も智も一緒に笑っていた。
「おろ.....ぷ、あははははっ!」
そして、そんな状況に対し訳が分からずも楽しくなった晴喜も吊られる様に笑い出した。
一年D組ではこの光景はよくあることなのは美由紀も含め、クラス全体の周知の事実だ。
晴喜は何時でも元気一杯の全力疾走という感じであり、周りの空気を変える不思議な魅力がある。
些細な会話でもこんな風にちょっとオーバーな感じ---しかも狙ってではなく素---で気持ちを表出するので周りはそんな彼が繰り広げる光景を見てついつい楽しくなってしまう。
まあ、今回のこのテンションは先程まで全力疾走したことでアドレナリンが分泌されたこともあるのだろうが。
周りを惹きつける彼の魅力は学校行事においても遺憾なく発揮される。
春に行われた学年入り乱れてのクラス対抗の体育祭。
面倒くさがってあまりやる気を出さないクラスメートがいた中、彼は全力で練習し、周りの手伝いをしてきた。
そんな彼の姿勢に対し、当初はやる気のなかったクラスメートも彼が知らず知らずに発してくる期待に応えようと思ってしまい、仕舞いにはクラス全体の士気が高揚した程だ。
総合成績こそ残念ながら学年で三番(一学年毎に七クラス)だが、これを機にクラス全体が仲良くなった気がしたのは自分だけではないと美由紀は思う。
ただ、クラスメート全員が行う大縄跳びは練習時から特に力を入れていたので、本番で誰かは分からないがミスしてしまい一位を狙えなかった時は晴喜が悔しさのあまり泣き出してしまったことはクラスにとっても苦い出来事だった。
閑話休題。
爆笑の渦が収まり、クラスが思い思いに時間を過ごし始める頃、晴喜も健太郎からスライスレモンを食べていた。
「旨ぇ!」
両手を両の頬に当てて至福の表情を浮かべていた。
「ところでハルちゃん、今日は遅かったけどどうしたの?」
「おお、そうだそうだ...」
晴喜は朝の出来事を話した。
「そっか、でも怪我してなくてよかったよ」
「うう...今日は朝からついてねーぜ」
“ビクッ!”
「ん?」
「どうしたの?」
「いや、何か視線を...」
健太郎の質問に晴喜は周囲を探りながら答える。
その時、晴喜は見つけた。
教室の窓際で一番後ろの席、誰の意識にも引っかからない様に座っていた夕歌がこちらから視線を逸らすのを。
(もう来てたんだ。まあ、オレより先に到着して当然だよな)
そんな風に考え、朝の出来事を思い返していくと同じ疑問点に辿り着いた。
(そういや、あいつ何でオレの自転車のチェーンのことを自分のせいみたいに言ったんだろう?
昼メシん時にでも聞くか)
健太郎にそろそろ先生が来ると言われ、自分の席に着きながら晴喜はそんなことを考えるのだった。