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金銭的価値の格差

夢を見た。

広い世界で一人ぼっちで傍観していた。

子が生まれて育ち、人と愛し合って子孫を残し、死んでゆく。

例外のないそれを繰り返し眺め続けるだけで、自分は取り残されていく。


それが自分の運命とでもいうように、私の目に焼き付いた。


---


目覚めは最悪で、硬い床が体をきしませた。


起きる前には無かったはずの重さを感じ、体に目をやれば囚人のように首輪と手錠をつけられ、繋がれた鎖は壁に固定されていた。

目立った外傷は存在せず、寧ろ身なりは以前よりも綺麗になった気がする。


栄養不足でやせ細った四肢と膨らんだ腹部は不格好で、それを隠すように白いオーバーサイズのローブを着ていた。

いつの間にか垢や泥に塗れた体は洗われて、食事を摂った記憶も無いのにお腹は空いていなかった。



重い首をぐるりと回して周囲を見回せば、そこには多くの子供達が居た。皆同じ身なりをしており、私同様の状況にあることは明白だ。


年齢は様々で、私が最年少、10歳に満たぬ子が最高齢であろうか。いずれも子供ばかりだ。


幾つもの檻が立ち並び、多くの子供達が収容されている。

共に檻に閉じ込められたのは5人前後で、私の牢屋にも他に4人の子供達が顔を床に伏せていた。


他の檻の子らも同様で、中には暗い表情で泣いている子も居たが、暫くすれば無駄だと感じたのか泣き止んだ。

泣いたところで助けなんてやってこないから。



人身売買については盲点であった。

現代では既に過去の遺物ではあったが、最も原始的な商売の一つであった。

古代ギリシアでは生活が苦しくなった際に自ら売られに出るものも居たが、当然金銭目的で他者を誘拐して販売する不届きものもいる。

戦利品扱いであった古代から植民地の生産物とされた中世以降、近代の第三世界にすら奴隷がいたというのに。


特に子供は無限の可能性を秘めている。

誘拐しても抵抗されない、脱走されにくい、洗脳しやすく追跡されにくい。

至高の商品である。


その点、美しい母を持つ赤子が歩いているのは恰好の鴨葱という訳だ。

今までは守る人が隣に居たが、それが居なくなったとあればチャンスは今しかない。

私の行動は浅はかだったか。



いや、物事をポジティブに捉えたなら、私はこれで生き延びたともいえる。

事実売り出すためかは分からないが、身なりも整えられて栄養も与えられて誕生以来一番の健康状態にあると言っても過言ではない。


売られる先によってはある意味チャンスでもあるのだ。


もう一つ、周囲にいる子供達は皆年上であるからきっと言語もそれなりに習得しているであろう。

これは、母以外の人間と初めて会話するチャンスではないだろうか。


何せこの世界のことを何も知らない。

情報は命と言うから、今のうちに調べられることは調べておくのが吉であろう。

あの神とやらに転生させられたものの、私は何の説明も受けてないのだ。

最も当然か、私も地球に生まれるときに説明なんてなかったものの。それでも説明されなければ救えるものも救えないのではないのだろうか。

不満に思っても仕方がない、かの者の助けなんて期待しない方がいいだろう。


「あの、すみません。」

母と路地裏と大通りしか知らない私だが、通り過ぎる人間の会話や母の言葉である程度会話できる程度の語彙は身につけた。

本来であれば簡単な単語しかわからないだろうが、母語で既に大人の思考や概念を得ている上、赤子の学習速度を兼ね備えた私にとっては外国語を学ぶよりも容易いことだ。

舌はあまり回らないが、最低限意味が伝われば問題ない。


最もそんなことを知らない、くすんだ茶色の髪を持つ男児はこわばった顔でこちらを凝視した。

突然まだまともに言語を話せない年であろう子供に話しかけられたら吃驚するだろう、混乱と恐怖と不信感がありありと伝わってくる。


「ここはどこですか?」

彼はまだ8歳くらいであろうか。痩せて縮こまっているからもう少し年上の可能性もある。

「...何?僕だって良く知らないよ。でも、僕たちはこれから売られるんだ。」

ただの無知な女児だと分かったのか、乱暴に返答を返すと私を睨んだ。


「売られる?誰に。」

「知らないってば。でもどうせ悪い人だよ。僕たちを無理やり攫って売るなんて。ママも友達も言ってたのに、夜遅くに町の外へ出るなって。」

強気な口調が声が段々と滲み、堪えていた涙が溢れ出してきたようだ。

下を向き、「ごめんなさい、ごめんなさい。」とうわ言を呟き始めた。

周囲の同じ檻に閉じ込められた子供達は無表情でそれを眺めていた。


彼の嗚咽が止まるまで暫く時間を空けた後、様子を伺いながらも質問を再開した。

「皆、攫われてきちゃったのね。売られたらどうなっちゃうのかな。」

「さあ、でも逃げられないよ。奴隷の首輪付けられちゃったもん。逃げようとしたらこの首輪で絞め殺されちゃう。」

冷たく鈍い光を放つ首輪を引っ掻く様になぞり、手をぶらりと下した。


「首輪に殺される?どういうこと?」

「お前見たことないのか?そこら辺の奴隷がつけてる奴をよ。服従の魔法がかけられているんだよ、御主人様に逆らえないようにな。僕たちもああやって、鞭で打たれながら無理やり働かされるのかなあ。」

「魔法?」

「魔法知らないのかお前。ほんと何にも知らないんだな、まあ貴族みたいな見た目してるもんな。オキゾクサマの赤ちゃんなんてでっかい家から出たことないんだろ?」

続く質問に嫌気がさしたのか、面倒になったのか目を伏せため息をついた。

目は赤くなっていたがもう涙は止まったようだ。

「うん、私、今まで全然お外出たことないの。何も知らないの、凄く怖いから君が知ってることいっぱい教えて?」

必要とされる安心感が彼の口を開いたのか、少しずつ彼は外の世界について教えてくれた。


彼の話を信じるなら、この世界にはどうやら魔法と呼ばれるおとぎ話に出てくるような力が存在するらしい。

魔力と呼ばれる不可視な力を利用して森羅万象を引き起こす、私にとっては信じられないような話だが、現代日本が科学で発展したように、この世界は魔法で発展したらしい。

他にも魔法を使う生物、モンスターや魔族、エルフ、妖精にドラゴンなどと世界を駆け巡る冒険者の存在、ファンタジーとしか思えないような世界が広がっているらしい。

物語に出てくるような、心躍る世界だ。


一方で、現実はどうだ。

今私は奴隷の証を身にまとい、唯一の家族を亡くし、絶望の淵にいる。

そんな世界が広がっているだなんて、2年もの間気が付かなかったのだ。


裕福な安定した家庭に生まれ育ったならば、ここは夢のような世界に違いない。魔法を使って冒険に出かけて新しい人生を送っていただろう。

それでも、私はこの世界に生まれて母と過ごした日々を否定する訳にはいかない。


話すうちに彼は安定してきたようだ。混乱ばかりの心を落ち着かせるには言語化することが大切だと聞いたことがあるが、本当のようで。


「僕らは誘拐されたんだよ、子供の奴隷は高く売れるらしい。パパもママもよく言ってたんだ、人さらいにあったら遠くに売られちゃうよって。悪いお金持ちに売られて、一生好きなように使われて...」

また彼の眼には涙が浮かんだのか、鼻をすすって目をぎゅっと閉じた。これ以上何か聞くのは可哀そうだろう、私はありがとう、と小さくお礼を言って黙った。


周囲の子供達は既に売られることを理解していたのか、私たちの会話を聞いても表情一つ変えずに縮こまっていた。もしくは、上の空で会話を聞くどころではなかったのだろうか。

彼らにとって今まで過ごしてきた家族から引き離され、知らない地へ飛ばされてこれから自分の身に降りかかる不幸を想像することは辛く苦しいだろう。


だが、正直な話、私は大して絶望していない。

あの路地裏から母が消えた時から、既に状況は最悪だったのだ。餓死か病死、事故死のどれかを選ばされるような環境下から、"少なくとも生きることができる"この状況の変化は私にとって寧ろ幸運であると考えられる。

最も、死ぬよりも辛いことがこの先に待っていなければの話だが。



突然、カンカンと割れるような音が響き、子供たちは一斉にびくっと体を震わせ、戦々恐々と周りを伺い始めた。

その直後、牢獄の扉がガシャンと思い音を立てて開き、大柄な男が入ってきた。

男はぐるりと見まわし、幾つもの牢屋のうちこの牢屋を見た瞬間、大きく鼻息を立ててこちらへ近づいてきた。


同じ牢屋の(私含め)子供達は恐怖のあまり後ずさり、他の牢屋の子供達は若干の安堵を顔に浮かべ、身じろいだ。


男は鍵を出して乱暴に錠前に突き刺し、扉を開いた。


「餓鬼ども、死にたくなければとっとと歩け。」


鎖で繋がれた私たちは歩いて言われるがままに牢獄の外へ出ると、そのまま長い廊下を進んだ。

外が随分と騒がしい、沢山の人がこの先にいるのだろう。


廊下を抜けた先は、大きな舞台を持つホールだった。

観客席は沢山の人で満席になっており、怒声に罵声が飛び交っていた。


その喧噪の中、私たちは舞台上に一人ずつあがり、オークション形式で売られるようだ。


1人目の子が我慢できずに泣いて嫌がるが、連れてきた男は鎖で無理やり舞台上に連れて行った。

その瞬間、観客席から一斉に値段を叫ぶ声があちこちからあがった。


私含め4人は舞台袖でひっそりと息を潜めて怯えるしかなかった。

「誰に売られるのかな。どうしよう、ずっとずっと家族にはもう会えなくて、これから先ずっと汚いお金持ちに鞭で打たれちゃうのかな。」

最年長の彼は唇を震わせ、独り言のようにつぶやいた。

あの罵声の持ち主のうち一人が自分の将来を決めるのだ、その実感が心の底で先の見えない恐怖へと変わる。


「怖い、もう帰りたい。家族に、友達にあって、早くおうちに帰らなくてごめんねって謝って。いっぱい怒られて。早く帰りたい...」

「大丈夫だよ。」

泣き愚図る彼の手を取り、哀れみのあまり根拠無い慰めの言葉をかける。

赤子の手では少年の手を包むことはできなかったが、肌のぬくもり位は伝えることができただろうか。

体温が彼に伝わると同時に、自分の中で熱を感じた。


熱い感情が、腹の中から湧き上がって握りしめた手から彼へと伝わる。

彼は驚いたようにこちらを見て、短く何かを呟いた。

騒音にかき消された音をもう一度聞こうとしたその時、強い衝撃と共に私の体はステージ上へと引っ張られた。

彼の驚いたような、しかし勇気づけられたような顔を最後に、眩しいスポットライトに視界を奪われる。


「さあお待ちかね、今回の目玉!白髪青目の女児です!まだ幼いにも関わらず、この未来を約束された顔立ち!そして何よりも、この血に通うユニークな魔力!」

大声を張り上げた彼が大きな石の付いた指輪のついた手を私の額にかざすと、突然全身から沸き立つような力を感じ、吐き気を催す。


焼けるような痛みを纏った力が皮膚を貫き、まるで炎のように揺らめいた。

いや、比喩ではなく本当に炎となったのかもしれない。視界は眩しい電灯に遮られているが、うっすらと体から何か光と熱を伴ったエネルギーが出ているのは理解できた。

今までに感じたことのないような感触の気持ち悪さと痛みで声にならない叫びをあげるが、観客の沸き立つ歓声にかき消された。


考えることは最早必要無かった。

これが彼らの言う『魔力』だと本能的に理解した。理屈も根拠も何一つ説明できないが、直感が私の脳内にしつこく鳴り響くだけで充分だ。

この世界には魔法が存在しており、自分にもそれを使う力があるのだと、体に強く刻み込まれた。


歓声から怒鳴り声へと音響は変化し、ボルテージは指数関数的に上昇した。

暫くした後、そして突如、それは終わりを迎えた。


野太く響く声がホールにこだまし、怒鳴り声はぴたりと止んだ。

音の方向を見ると、逆光で良く見えないが、明らかに"人間ではない"存在がこちらを見て立っていた。


周囲の観客よりも一回りも二回りも体が大きく、その体を分厚い甲殻が覆い、たまに胸部が上下して呼吸していた。

皆が彼の異質さに気づいており、そして敵わぬ相手だと理解していた。

先ほど少年に教えてもらったことを思い出す。

この世界には、様々な種族がいるのだと。


その中でも特に屈強で個々が破壊的な力を持つ種族がいると。剣を弾き、盾を容易く割る者がいると。


彼はそれを何と言っていたか、確か...


「なぜ魔族がここに...」

「大きな魔力を感じた。その者を私に売れ。金額は先ほど言った、誰か対抗するものはおらぬか。」

誰も声を上げなかった。具体的な金額こそは全く聞き取れず、理解もできなかったが恐らくここにいる誰もが持ち得ぬ程であることは明瞭であった。


気づけば私は舞台から降ろされ、周囲の奴隷商人達に連れられて小さな檻へと閉じ込められた。

次に光を見た時、かの魔族は私の目の前でこちらを見つめていた。

人間のように露出した柔らかい組織があるわけでもなく、ただただ堅い彼の顔は何を考えているかなどわかるはずもない。


「それでは、お買い上げありがとうございます。まだ赤子ですので...檻ごとお持ち帰りください。」

「いや、いい。抱いて帰る。」

首輪についた鎖をしっかりと握り、私の体を乱暴に抱き上げた。


「良いのですか?暴れたりすれば...」

「この程度に暴れられたとて痒くもない。その気になれば魔術でどうとでもなる。」

鬱陶しいと言わんばかりの態度に商人はそれ以上何も言わなかった。

確かに私が彼に足掻いたとて、それこそ赤子の手を捻るよりも簡単に抑えられてしまうだろう。

それならば、彼に従順であった方が信頼を得る為にこの先都合がいいだろう。


建物から出ると、頭をこちらに下げていた商人達がいそいそと奥へ引っ込んでいく。

魔族は私を抱えたまま振り返らずにその場を離れた。


彼は私を落とさぬようにしっかり抱えて、されど潰さない程度に力を抑えて、霧の濃い夜闇へと歩き始めた。

私の眼には何も見えなかったが、彼の眼は前をしっかり見据えていた。


全体重を彼の腕にかければ、まだこの幼い体は今までのストレスに耐えきれなかったのか、突然眠気に襲われて目を閉じる。

頭を使うというのは2歳児にはとってこの上ない重労働だ、そりゃ疲れもするだろう。

どうせ流れるままに身を任せるしかないのだ、それならせめて体力だけでも確保しておこう。



こうして、私はこの魔族の奴隷となった。

魔族の腕は、母の温かい腕とは異なり、とても冷たかった。




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