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便利な捨て駒

「お前は随分と人を殺した。」


ぬるま湯に全身浸かったような息苦しさに、意識を無理やり引き起こされる。

ぼやけた闇を凝視すると、突然空間いっぱいに光が広がった。眩い光ではない。蜘蛛の巣のように絡みついた繊維でできた薄膜上を、なぞるように煌めいていた。


光が空間を揺らし、振動が音を創り出す。

その音は心臓を揺らし、私の胎内から響く声を生んだ。


「随分と濃い穢れを持っている、死の穢れだ。それが、救済を求めると。」

聞かなくても分かった、これは神の声だ。

何故かそう思ったかはわからない。こんな突拍子もないことを確信を持って断言するのに、証拠があるわけでもない。

それでも、私の剥き出しの本能が、眠っていた恐怖心が、失われていた信仰心が、満場一致で結論を出した。


私は今、神と対峙していると。

それも、宗教によく出てくるような人間に優しい神ではなく、もっとすべての存在に公平な、物理法則そのものを具現化したような、無機物で構成されているような、完全無欠な存在だと直感が告げた。

現実でこんな事を言うものは大抵どこかおかしい人間だけだろう。そこまで客観的になれても尚、目の前の存在を、自分の感覚を無視することはできなかった。

疑う余地もなく、人間の言葉で言う、所謂「神」以外の何物でも無い。

その事実だけがストンと胸に落ち、心の底から納得した。

この神は、私の祈りが呼び寄せたのだろう。

彼のものが返答を促すように空間を揺らめかせる。


「救済を、どうか。」


発声したわけではない。肉体の感触が消え去り、神経伝達の自由を奪われた自分に声を出す方法など無い。

震える心の中で強く念じただけだ。

それでも、何故か目の前の偉大なる存在には通じたと感じるだけの手ごたえを感じた。

それをするだけの力が彼のものにはあると全身全霊を持って察知させられた。

圧倒的な力が、人知の及ばない世界が私のすべてを掌握しているのだと。


「人を死へ誘うほどに濃い死穢を持つ人間か。珍しく有用な力を持つ、強力な存在になり果てるとは。」

声は一切の揺らぎもなく、私に語り掛ける。声が内臓に響くたびに鈍い振動が吐き気を催した。

彼のものは思案するように少しの間を置き、空間が波打つ。


「お前は余りに穢れを負いすぎた。それこそ死の運命を跳ね返すほどに、自身が自然には死ねなくなる程に。...お前は死ぬには勿体ない。」

きゅっと精神をつかみ取られたような感触が走り、目の前の無色の光に目を潰される。

痛みの無い苦しみが全身を駆け巡り、死よりも恐ろしいものが自分に迫っていることを告げた。


「何を、」

「人々を、救済しろ。」


苦し紛れに吐き出した言葉に重ねて、彼のものは私に命令した。

「人を、救え。お前が救われるためには、それ以上に無数の人間が救われなければならない。それが、お前に課された使命だ。」


揺らめく空間が、急に反転した。

内側が外側に、外側が内側に入れ替わり、鏡を通したように配置が入れ替わる。それに合わせて自分の存在も捩れて形を失っていく。

「救う、とは」

「救済するのだ。彼らの魂を、苦しみの深い現世から解放するのだ。苦痛を、不幸を、お前がかき消すのだ。」

自分の内側が外側に来た時、声は周囲全方向から私に語り掛けた。

従わなければならない、ではなく自分の意志と関係なく従わされるような強制力を感じた。


「お前がこれから生きる世界は慣れた環境とは随分違うところだろう。より我の力が具現化され、日常的に存在を感じることだろう。我の存在を否定したお前の住む世界と違ってな。

そこで、生きる者どもを救うのだ。支配者である、我の使いとして。」

きっとこの神は、私が願ったような存在ではないのだろう。

私の持つ呪われた力に惹かれ、それを利用しにやってきた。

最初から、私を救う気など無かったのだ。


「救済を望んだことがお前の罪だ。使命を果たすまではお前は死ねない。その力をどのようにして手に入れたかは知らぬが、持って生まれた時点でお前の運命は決まっていた。太陽が惑星を従えるように、電子が陽子に捕らわれるように、お前が我を呼び、我に隷属することは決まっていた。

後悔も懺悔も何の役にも立たないことを教えてやろう。お前の生も死も、我の手中にあることを。お前が望んだ死を受けるためには、使命を果たすほかないことを。」

押し込まれた五感が不快感を叫び、ぬるい感触が全身を這う。

波打つ空間がドクンドクンと心拍を伝え、急に震えるように空気が揺れた。


「この世界でお前の人生は我のものだ。役目を果たせよ。」

「まって、まだ、」

「それ以外にお前に価値はない。忘れるな。」

蠢く感触が私を押しつぶし、妙に柔い体がどこかへ押し出される。


薄膜越しに見えていた光がその先に見え、乾いた空気が触れた。

ひりひりと焼け付く冷たさを、眩さを、どこか懐かしく感じた。


それは、そう、きっとこれは「生まれる」ということだ。

私は死んでいない。"前世"では死んだことはなかった。

しかし、生まれてしまった。前世の人生を終えることなく、新たな人生を始めてしまった。

生き物としての区切りを持たず、輪廻転生の外側へ追い出されて、救いも受けられず、尚続く苦痛を課されて、私はまだ存在することを強制されるらしい。


生きなければならない。救済のために。

自分を救うために、沢山の人々を救うために。


私は、神に呪われて生まれてきたのだ。

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