望みうる最善(3)
――ジルベルトは、領地経営のかなりの部分にまで自分を関わらせてくれている。
家の中のことだけをやらせるには惜しい、と認めてくれたためだ。
だがそれは決して一般的なことではないし、領主である夫が健在であるのに大きく関わっていくというのは、貴婦人として褒められた行為でもない。
エヴェリーナはなんとか言葉を濁しながら、スカーレットをうかがった。
驚いた顔には少女のような印象が強く、新しく息子の妻となった女の答えにも、気分を害した様子はなかった。
「ジルはああ見えて結構好き嫌いが激しいのよね。献立にも苦労しているのではなくて?」
「……嫌いなものは事前にうかがって、なるべく出さないようにしております」
エヴェリーナの答えに、スカーレットは鈴を転がすような笑い声をあげた。
和やかな会話を続けるうち、エヴェリーナの緊張も次第に解けていく。そして、気づいた。
(……ジルベルト殿下のことを、よく知っておられるわ)
子供を生んだあとは、乳母をはじめとして使用人に養育を任せきりというのが王族の在り方だ。積極的に子供の養育に関わろうとしなければ、それが普通なのだ。
だがスカーレットは、ジルベルトが幼い頃から成績優秀であったとか、少々悪童な時期もあったとか、利発すぎて何人か教育係が変わったなどということをことこまかに、しかも愛情深く語った。成長の過程を細かく知っていて、よく覚えているようだった。
スカーレットはもともと、下級貴族の出であったと聞く。こうして話している限りはわからないが、どちらかというと平民に近い身分だった。
だがあるときその美貌を見初められて、王の側室となった。そして、他に子はいない。ジルベルトはスカーレットのたった一人の息子だった。
――愛情深い母親であるのは、そのせいなのかもしれない。
機嫌良く話していたスカーレットは、ふいに目を丸くした。
「あら、話しすぎてしまったかしら。後でジルに苦い顔をされるかもしれないわ」
「……わたくしは、ジルベルト殿下のお話を聞かせていただいてとても嬉しく思います」
「そう言ってもらえると嬉しいわ。こんなふうにお話できる相手はなかなかいないもの」
にこにこと笑いながら、スカーレットは言う。
その屈託のない答えに、エヴェリーナはいくつかの事実を感じ取った。
――こんなふうに無邪気に息子を自慢することを、スカーレットはこれまで出来ずにいたのかもしれない。
ジルベルトの優秀さは評判になっているが、正妃がジョナタを生んでからというもの、継承権第一位ではなくなった。
ジルベルト本人も思うところはあっただろうが、息子が優秀であることを知っているスカーレット自身もまた、何か思うところがあったのかもしれない。
今でこそジルベルトは複雑な思いを自分の中で消化し、乗り越えたようだが、少年時代にそこまで達観できていたわけではないはずだ。それでも短絡的な行動に出ずに済んだのは、鋭利で利発な彼を正しく抑える力があったからだろう。
(……スカーレット様の、この大らかさに救われたのかもしれない)
話しているかぎり、スカーレットとジルベルトは顔の造形こそ似ているものの、驚く程対照的な性格をしている。エヴェリーナにはいっそ不思議なほどだったが、かけ離れた性格だからこそ、良好な関係を築いているのかもしれない。
「ねえ、エヴェリーナ。後悔してはいない?」
ふいに、スカーレットが声を一段落として言った。温和で整った顔には優しい微笑が浮かんでいるが、先ほどまでとは雰囲気が変わったことをエヴェリーナは敏感に感じ取った。
「後悔、ですか……?」
「ええ。ほら、ジルの強い要望で、あなたをジルの妻にしてもらったはいいけれど、あなたはもともと王太子妃となるために育てられてきた人。未来の国母であったわけでしょう」
穏やかな声で語られる言葉に、だがエヴェリーナはかすかに息を呑んだ。
スカーレットは微笑を絶やさずに続ける。
「陛下はわたくしの話もよく聞いてくださる。もしあなたが少しでも現状に疑問を持ち、自分が本来目指していた道に戻りたいというのなら、助力は惜しみません。第一王子の妃という立場は、この先を望めないのですから」
エヴェリーナは束の間、返す言葉を失った。まるで、不意を突かれたかのようだった。




