望みうる最善(2)
王宮に着いて、エヴェリーナは夫と共に国王に拝謁し、短く挨拶を述べた。あたりさわりのないやりとりをしたあと、王宮内にあるいくつもの庭園のうち、西にある“赤の庭園”に向かう。赤い花を多く植えられているからついた名だという。
ジルベルトと共に、明るい陽射しに照らされた華やかな庭園に着く。差し出された腕を取って歩いた。花々は円状に植えられ、円の中央には四阿があった。
そこに数名の侍女が立ち、侍女たちの前には薄桃色のドレスに身を包んだ貴婦人が座っている。
ジルベルトに気づいて侍女たちが最敬礼をし、貴婦人がゆっくりと立ち上がった。
「母上」
「ジル! 来てくれたのね」
ジルベルトの実母は、優しく目元を和ませて微笑んだ。その穏やかな目を、息子の隣に向ける。
「エヴェリーナ嬢。いえ、もう妃殿下と呼んだほうがいいわね。私はスカーレット。ようやくお会いできて嬉しく思います」
「――光栄です、スカーレット殿下。どうぞわたくしのことはエヴェリーナとお呼び下さい。ご挨拶が遅れましたことをお許しいただけますでしょうか」
「まあ。そんなに堅苦しくならないでちょうだい。ジルがいつまでもあなたを出し惜しみするものだから、今日こそはと無理を言って来てもらったのですよ」
国王の側室にして第一王子の母――スカーレットは、息子とはあまり似ていない温厚な笑顔で言った。
緊張していたエヴェリーナは、少し気が緩みそうになるのを感じた。そして意外の念に打たれた。
英気が全身から滲み出るようなジルベルトと違い、母であるスカーレットは柔和で人懐こいように感じられる。初めて相対したときの印象はまるで真逆といっていいかもしれない。
よく見てみれば、ややふっくらとした頬、肉付きのよい体には不思議なほど慎ましさが漂っている。長い睫毛に縁取られた両眼ははっきりとしていて大きく、鼻も高く形がいい。造形自体は際立っていると言ってよかった。
ジルベルトの美貌は母譲りの部分が大きいと、エヴェリーナはひそかな発見をした。
スカーレットは嬉しそうな笑顔のまま、再び息子に顔を向けた。
「ではジル、しばらく周りを散策していらっしゃい」
「……私一人を締め出すおつもりで?」
「あらまあ、拗ねないの。ようやくあなたの妻と話せる機会が巡ってきたのですよ。奪おうというのでもなし、ちょっとぐらい貸してちょうだい」
眉をひそめるジルベルトに、スカーレットは軽やかな笑い声をあげた。
エヴェリーナは品の良い微笑を浮かべ、内心の小さな驚きを押し隠す。
――ジルベルトは、想像以上に母親との仲が良好であるらしい。
自分以外にジルベルトがこんな気安い態度をとるのを、エヴェリーナははじめて見た。
やがて、ジルベルトは渋りながらも、母の要望を受け入れた。そうしてエヴェリーナに目を向ける。
「……では後で迎えに来る」
エヴェリーナはうなずいた。ジルベルトはスカーレットにも挨拶をして、去っていく。
目を向けられたときの物言いたげな視線が少し気になったが、警戒を促すようなものではなかった。――ここは政敵のもとではない。
ジルベルトの態度で、エヴェリーナも自然とスカーレットに対して淡い親しみのようなものを覚えつつあった。
テーブルの上に茶と茶菓子を用意し、侍女たちは数歩下がる。そうして、四阿にはスカーレットとエヴェリーナだけになる。
スカーレットは温和な笑顔を浮かべながら言った。
「領地での暮らしはいかが? 田舎だと、ジルは言っていたけれど」
「とても充実しています。殿下の手腕を間近で見ることができ、学ばせていただく栄誉をいただいて」
エヴェリーナの答えに、スカーレットは大きな目を丸くした。
「あら。まるで補佐官みたいなことを言うのね」
軽やかに指摘され、エヴェリーナははっとした。ほのかに、頬が熱くなるのを感じる。
もっと淑女らしく、穏当な答えを返すべきだった。少し王宮を離れただけで、いつの間にかそんなこともわからなくなっていたらしい。




