2話目 『 ごめんください 』
これは娘が幼稚園に通っていた頃、私が体験した話。
その頃、私達は夫の両親との5人暮らしだった。
中々寝付かない娘をやっと寝かしつけ、夫と3人で1階の部屋で寝ていたの。
深夜を間違いなく回っていた頃、玄関の戸が、
「ごめんください。せいちゃは居るかね?」
と、トントントンとノックの音共に声を掛けられた。
その声は義母と仲の良い本家のお婆ちゃんの声だった。
“せいちゃ”ってのも義母の渾名。
近頃酷くボケ始めて真夜中に徘徊したり、時間を問わず義母を訪ねてくる事が多々あった本家のお婆ちゃん。
今回もまたそれだと思っていた。
こんな時は、玄関の戸を開けず少し残酷だと思うけど、諦めて帰ってもらうようにしている。
家に入れると、中々帰らず、迎えが来ても酷く暴れてしまうのだ。
だからその日も本家のお婆ちゃんの声を無視する事にしたの。
もう少ししたら、息子夫婦が迎えに来るはずだから、と。
「せいちゃ?居ないのかね?」
「せいちゃ、せいちゃ。寂しいの。一緒におしゃべりしてくれないかね?一緒にいてくれないかね?」
「せいちゃ、居ないのかね?」
そう言って何度も戸を叩く本家のお婆ちゃん。
時間にしたらそんなに経っていないけど、暫くの間、戸を叩く音と本家のお婆ちゃんの声が続いた。
でも、何時もどおり諦めて本家のお婆ちゃんは帰っていった。
本家のお婆ちゃんが帰った後の朝4時頃。
本家の息子夫婦から家に1本の電話が来た。
それは、ほんの数時間前、私の家に本家のお婆ちゃんが来た頃。
その時間本家のお婆ちゃんが病院で息を引き取ったと言う知らせだった。
1番、本家のお婆ちゃんと仲の良かった義母に1番に連絡を寄越したそうだ。
なら、深夜に来た本家のお婆ちゃんは一体なんだったのだろうか。
あの本家のお婆ちゃんの言葉を信じるなら、寂しさの余り義母を一緒にあの世に連れて行こうとした幽霊?
そう考え私は膝から崩れ落ちた。
「・・・・・・・・・・・・失敗した!!あのクソババ連れてて貰えたのに!!!」
折角のチャンスを無駄にした自分の失態に気づいてね。
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その時の事を思い出し、心底悔しそうな顔をした中高年女性は蝋燭の火を吹き消した。