後衛科試験①
早くダンジョン潜らせたい……
――時を同じくして、学院敷地内西端の闘技場。
円形に広がった闘技場内。
そこでは今まさに、後衛科の試験が行われていた。
土地の半分には、後衛科受験者たちが集まって列をなしている。
土地のもう半分では――無数の「光」が縦横無尽に飛び交っていた。
その「光」は、鳥や狼、蛇などといった獣の形をしていた。
獣の形を与えられた「光の獣」たちは、自らの形作る獣にちなんだ動きをそれぞれ見せていた。鳥は宙を飛び、狼は地を駆け、蛇は地を這う。
その「光の獣」の群れの前に、一人の少女が立っていた。
彼女はその群れに向かって手をかざし、
「――{フランメ+グロプス+グランス>>>>フィリス}」
と、独特の発声法で『魔法語』を唱えた。
瞬間、かざされた少女の掌の前で、炎が激しく燃え盛った。
その炎は最初は不定形だったが、すぐに一箇所に凝縮。あっという間に球体という形を手に入れた。
球体と化した炎【ファイヤーボール】は、弾丸のごとき速力で直進。不規則に飛び回っていた鳥型の光に直撃し、小さな爆発とともに消滅させた。
少女は掌を突き出した体勢を変えぬまま、再び口ずさんだ。
「{インフェトス+ドゥルス+フェリオ>>>>フィリス}」
言い終えると同時に、激しい突風が吹いた。
突風は「光の獣」の方へ突き進み、数匹をまとめて消し去った。
【エア・パンチ】。空気の塊を発射する攻撃魔法。
それからも、少女は何度も魔法で「光の獣」を狙う。
ある時は直撃し。ある時は外し。
それらを交互に繰り返しながら、標的の数を着実に減らしていった。
「それまで!」
そして、少女の隣に立っていた試験官が、時間切れを告げた。
すると、少女は突き出していた掌を下ろす。
それに便乗したように、残った「光の獣」もまとめて消失した。
少女は名残惜しそうな表情のまま列から外れ、試験終了者の集まりへと加わった。
「次!」
試験官の呼びかけとともに、列の先頭にいる受験者が前へ出た。
再びあの「光の獣」が無数に出現する。
次の受験者もまた、その標的を魔法で撃ち始めた。
先頭から遠く後ろに並んでいたクララ・クラークは、その様子をまるで見世物でも見るように眺めていた。
――自分もそのうち「あれ」をやらされる事になるので、他人事ではないのだが。
「あれ」こそが後衛科の試験。
五分という制限時間内に、魔導器で作り出した『囮』をできるだけ多く撃ち落とす。それを通して、魔法師としての下積みの程度を見るのだ。
無論、後衛の基本技能は魔法であるため、それ以外の方法を用いてデコイを破壊することは認められていない。だが、付与系の魔法で自身の肉体を強化した上でなら、打撃による破壊も許される。
ちなみに、制限時間が前衛科試験よりも長いのは、詠唱を行うタイムラグを考慮したからである。
次々と紡がれる詠唱。発動される魔法。消えるデコイ。
――魔法とは、人為的に超常現象を引き起こす技術。
「【在力】を効率よく運用・操作し、現象を引き起こす」という基礎理論を元に成り立っている。
プネウマとは、言霊のようなものだ。
言葉には、言ったとおりの事を現実にできる霊力のようなものが、微弱ながら備わっている。
その「現実に影響を与える微弱な力」こそが、プネウマの大雑把な定義と言って良い。
プネウマは一つ一つが弱く、与える影響の種類もパズルのようにバラバラである。
しかし、それらを上手に繋ぎ合わせることで、プネウマ同士が助け合い、弱く曖昧なプネウマから、強く磐石なプネウマ集合体へと変化する。
「{フランメ+グロプス+グランス>>>>フィリス}!」
――そう。今まさに受験者の詠唱とともに姿を現した【ファイヤーボール】のように。
詠唱に使われる『魔法語』とは、数ある言葉の中でも特に強力なプネウマを持つ言葉の集大成。
それらを効率よく組み合わせ、なおかつその詠唱文を特殊な発声法で唱える。そうすることでプネウマ集合体が現実の事象を書き換え、魔法は発動する。
無論、何事もタダということはない。使い手は、その使った魔法に見合った魔力を消費することとなる。
「次!」
一人、また一人と受験者が入れ替わる。
それに合わせて、闘技場の壁際に置かれた魔導器がデコイの消去、作成を交互に繰り返す。
――プネウマを含んでいるのは言葉だけではない。
文字、形、色、図形なども、「現実に影響を与える微弱な力」を内包している。
色で例えてみよう。たとえ同じ重さを持った物同士であっても、全体を黒で覆われた物のほうが、そうでない物よりも若干重く感じるのだ。このように、感じ取る質量に影響を及ぼす力を、色は持っているのである。
そういった「言葉以外のプネウマ」を利用して魔法を発動するべく作られたのが、『魔導器』と呼ばれる装置だ。
魔導器は現在の文明を支える柱とも言える利器であり、軍事から家庭生活まで様々な場所で普及している。
「……んおっ?」
クララは思わず間抜けな声をもらした。
試験と魔法をのんびり眺めていたせいで気づくのが遅れたが、自分は現在、列の先頭にかなり近づいていた。
――そろそろ、気を引き締めねばならんな。
クララは傍観者精神を捨て、背筋にピリッと力を込めた。
受験者には、平凡な者から、才能の片鱗を感じる者まで、色々な魔法師がいた。
……正直、クララの魔法の才は平凡か、下手をすると平凡以下といってよい。この受験者の中に入ったら埋もれてしまうくらいに。
しかし、不安など感じなかった。
確かに自分は魔法師としては凡人だが、凡人なりに努力は積み重ねてきた。
それに、魔法を手助けするための「とっておき」もある。
なにより、クララには冒険者になって、ダンジョンを冒険するという夢がある。
そしてクララは、それが実現する未来を、少しも疑っていなかった。
こんな試験など、前座の前座の前座の前座のそのまた前座。乗り越えてナンボのものだ。
――そういえば、昀昀にも同じ事を言ったな。
幼馴染の少年、方昀昀の可愛らしい顔を思い浮かべる。
彼はまず確実に、前衛科試験を通過していることだろう。
自分は幼い頃、貴族の子女としての教養の一環として煌術を嗜んでいた。それを試しに彼に習わせてみたら、秘めていた才覚を発揮してみるみるうちに強くなり、あっという間に門弟の中でトップの実力者になってしまった。
「数百年に一人の天才」。煌術の師が昀昀を評した言葉である。
彼が試験に落ちる事など、万に一つもないと断言できる。
いや、それどころか教官を倒してしまってすらいるかもしれない。クララは有り得なくもないその光景を想像して、クスリと小さく微笑んだ。
後衛科試験の話は設定・用語のオンパレードなので、それを考慮し、二分割して投稿いたします。
後半は、今日の八時頃にアップする予定。