冒険者養成学院
――7年後。
密度の濃い人の群れが、蛇のように伸びている。
その人だかりは、目の前にある巨大な門の奥へ向かって続いていた。
高さ約10メイトルの鉄の門は、その分厚い両開き扉を大きく左右に開いていた。来る者拒まずとばかりに。
――そこが、冒険者養成学院の敷地へと続く門だった。
迷宮都市。ダンジョンを中心に発展した超巨大都市。
世界地図の中心に位置するその島では、ダンジョンから資源を手に入れて日々の稼ぎを得る職業『冒険者』をやっている人が住人の八割を占めている。
そのため、迷宮都市上にある店や施設は、ほとんどが冒険者向けのものばかり。
この冒険者養成学院も、その一つである。
冒険者は一攫千金を狙うことも出来る夢のある職業だけど、その分危険もある。死亡率も他の職業に比べて高い。
この教育機関は、犠牲者を一人でも多く減らすために作られた所だ。
ダンジョン内での上手な立ち回り方を教えたり、十分に修行できる機会と環境を与えたりすることで、優秀で死ににくい冒険者を作ることが目的なのである。
今日は、その学院の入学試験が行われる日だった。
この長蛇の列は、その試験を受けようとしている人たちなのである。
――そして、僕たち二人もその列の一部だった。
「昀昀、昀昀! ようやく来たな、冒険者養成学院! 今日から私たちは、冒険者なのだな!」
僕の隣に立つ女の子――クララ・クラークは、ひどく興奮した様子で言ってきた。
美しい金髪のショートヘア。気品と活発さを同時に感じさせる美貌。短めの白ケープとショートパンツを通したその体は凹凸に乏しいけど、健康的でスレンダーだった。
僕――方昀昀は、そんなクララちゃんの台詞にため息混じりでツッコんだ。
「……ねえクララちゃん、一応言っておくけど、まだ合格してないんだからね」
「大丈夫、大丈夫! 我らの実力をもってすれば、合格はもう確定した未来も同然! 何を案ずる必要があるか!」
壁みたいな胸を張り、ドヤ顔を浮かべて豪語するクララちゃん。
清水のように澄み切った、青く大きな瞳。その中には、僕の姿がくっきりと映っていた。
一束の三つ編みにまとめられた長い髪。自分でも女の子と見間違えそうな顔立ち。細く小柄なその身体には、武館でいつも着ていた詰め襟の道着をまとっている。
「きゅふふふ、これからダンジョンでトロールやらドラゴンやらをたくさんぶっ倒しまくって、お宝もたくさんゲットして、冒険者史に名を残すほどの冒険野郎になってやるのだ。十五歳になってからでないと冒険者になれないという法のせいで今までくすぶってきたが、これからは私の、いや、私と昀昀の時代ぞ!」
クララちゃんは、すでにめくるめく冒険物語を妄想中のご様子。
だから、まだ試験に合格してないでしょうが。気が早いよ、クララちゃん。
――冒険者には、成人すれば誰でもなることができる。
そして何度も言うが、この学院は、冒険者を死ににくくするよう教育するために存在する。
クララちゃんのお父様は、大事な娘が冒険者なんて危ない職に就くことを反対していた。
しかしクララちゃんの粘り強い説得によって、お父様は「冒険者養成学院に通った上で冒険者になるのなら、許す」という条件で折れた。
『昀昀、どうかこの子について行ってあげて欲しい。君が一緒ならいくらか安心できる。胃薬も少なめで済みそうだ』
両親の死後、ずっとクララちゃんの家でお世話になっている僕も、そんな"お義父様"の頼みを聞く形で学院を目指すことになった。
……まあ、僕はもともとクララちゃんについて行く気満々だったけど。
というわけでこの学院に来ているわけだけど、ここに入るには、試験をパスしなければいけないのだ。
確かにこの学院は、冒険者の鍛錬のための教育機関だ。
けれど、武術や魔法を一から修行している暇はないと言っていい。
なにせ学ぶのは戦闘技術だけでなく、ダンジョンにおける立ち回り方などもだからだ。
なので、入学前に下積みがある程度必要。武術も魔法も、基礎を最低限養うには年単位の時間が要る。特に魔法は、武術よりも基礎の習得に時間がかかるのだ。
つまり学院の入学試験は、その下積みがどの程度なのか測るためのものなのだ。
「落っこちなきゃいいけどなぁ」
思わずそんな言葉が口から出てくる。
すると、クララちゃんが馬鹿を見るような目で僕を見てきた。
「キミは何を言っているのだ昀昀? 私が落っこちるのは有り得ないが、キミの場合はもっと有り得ない話だろう」
そして、トンッと僕の胸を叩いてきた。
「もっと自信を持つんだ。身びいきを抜きにしても、キミの前衛職としての実力は破格のものだ。キミ自身がよほど手を抜かない限り、落ちる心配は皆無と言ってよい」
クララちゃんはそう言って微笑んでくる。僕らの合格という未来を信じきってる顔だ。
「こんな試験、前座の前座の前座の前座のそのまた前座だ。私たちの目指す先は遥か先。心を震わせるような大冒険の日々だ」
「クララちゃん……」
「私は、最高に熱い冒険を繰り広げた冒険者となる。そしてキミは、その最高のパートナーとなるのだ。二人でこの迷宮都市の天下を取ってやろうぞ」
ニカッと、歯を見せて笑うクララちゃん。
最高のパートナー――その表現に僕は思わず赤面する。
なりたいと思った。目の前にいる女の子の、最高のパートナーってやつに。
その「パートナー」という表現の意味が、恋愛的なものでも、友情的なものでも、何でもいい。
この娘の傍にいられて、この娘の幸せそうな顔を見ることができるのなら。
「うん、そうだね。一緒に頑張ろう、クララちゃん」
「おうとも!」
二人一緒に頷き、そして門の方を真っ直ぐ向いた。
――「冒険ごっこ」ではない、本物の「冒険」への道が、今ここに始まろうとしていた。
次回は、明日17時に投稿予定。