5.絶対的な煌めき
――俺は本当にこれでいいのか?
……本当に俺はこれで良かったのか? 本当にいいのだろうか? 本当にこんでいいの? 嫌なんじゃないのか? こんなんじゃダメなんじゃない? これじゃあ――なんじゃ……
――自問の嵐。
それらは言葉の渦となり、琉希飛の心を掻き乱す。
ときに言葉の針となって、心に次々と刺さっていく。
またあるときは言葉のシャベルとなって、心に次々と大きな穴を穿っていく。
ただ、それへと返す答えはなく――
「――」
全ては重圧となって、琉希飛の『動』を『静』にしていく。
――そんなことを、考えていたことが、確かに、あった。
『後悔は誰しも必ずする』
『その後悔の後に、何を思うのかなんだと、俺は思うよ』
親友――否――“真友”の言葉が降ってきた。
――そう、そんなことを考えていたことが、確かに、あったのだろう。
でも、今は違う。違ったものが、確かに琉希飛の心には、ある。
◆
アーチ型になった大木をくぐった琉希飛は、遂に山の頂へ登りつめた。
そして、眼にした。
円形に森が禿げている場所にポツンと、それでいてどっしりと祠が立っていた。
百五十センチくらいの高さの軒の下に、今までと同じくらい――いや、もっと小さいかもしれないものだ。形こそ小さいものの、今までのものとは比べ物にならないくらいの荘厳なオーラを纏っている。
また、トタン板でできた安っぽい屋根までついていた。
森が禿げてできたようなこの広場には、それ以外のものが一切見当たらない。
「やけに、静かなとこだな」
そんなことを呟きながら、琉希飛はその祠へと近付いていく。
祠の全貌が詳らかになってきた。
祠の中には今までと同じように、金色をした西洋龍の置物が祀られている。
……しかし、立派な竜だな。
しかもそれは、深く、そして重い金色の煌めき――金メッキかこそ不明だが――を放っている。
それの意味することは全く見当がつかないが、とにかく只管に見入ってしまうような、そんな龍だ。
祠のすぐ隣には、お約束のように石碑が立っている。
――そこには、ただ二文字だけ、“轉坵”とだけ彫られていた。
「なんて読むんだ?」
琉希飛の脳内辞典には心当たりの無い字。つまり、琉希飛も初めて目にする字。
「あぁ~! 本気で分からん!」
琉希飛は唸りながらも苛立ちを治める。そして、思考をめぐらせていく。
――それはまさに、“刹那”と形容するにふさわしき瞬間に起こった。
青白い光線が、空から真っ逆さまに落下し、炸裂。
その一部始終を目撃していなかった琉希飛だったが、目を灼くほどの凄まじい発光と、直後の耳を聾するほどの轟音によって、反射的に振り向く。
さて、振り向いた琉希飛が目にしたのは、ごうごうと燃え盛る木だった。急に激しくなってきた雨脚によって、炎はだんだんと鎮められていっているが、琉希飛を戦慄かせたのはそれだけではなかった。
――なんと、その燃えている木は、さっきくぐってきたアーチ型をした木だったのだ。
ここまできて、やっと考えることを思い出した琉希飛の脳は、それを落雷だと結論付ける。
雲と雲、あるいは雲と地表との間に生じる放電現象。また、それに伴う光や音。それが雷だ。積乱雲の内部に発生した電位差が雷の原因である。
幼少期の雷への恐怖は、とっくの昔に克服している琉希飛だが、この光景には恐怖以外の感情が思い浮かばない。
「やあべぇ……」
やっとの思いてで口にできた言葉が感嘆だと、多少雰囲気が落ちるかもしれないが今はそれどころではない。
――畏怖。畏怖。ただひたすらに。
自然の驚異を目の当たりにすると、自分なぞちっぽけなものだと思ってしまう。それは当然なのだろうが、琉希飛にこの光景は、刺激が強かった。
だんだん荒んできた心を無理やりに繕った琉希飛は、消えない畏怖を胸中に納めながら、“轉地”の祠へ手を合わせる。
短い合掌を終え、琉希飛は無造作に立ち上がろうとする。だが、それを阻むものがあった。
――琉希飛の身長は百七十センチと少し。それに対する軒の高さは約百五十センチ。
「痛っ」
誰の予想も裏切ることなくきれいに、そして嘗て無かったほど静かに、琉希飛は強か頭の角をうった。
不意の頭への衝撃。
琉希飛は原因であるものを悟ったが、体が付いていかず、酔っ払いのように足をふらつかせてしまう。
なかなか治まらず、軒の外に出てしまっ……
――運命とは、実に理不尽で残酷なものである。
次の瞬間の出来事が琉希飛には、灼光が脳天を貫き、世界が瞬いたように感じられた。
原因を探る隙もなく琉希飛は痛みに苛まれる。
次々と身を灼かれていく痛みだ。そう、無比の痛み。
……痛、い。痛。い、イタ、イ、い、た……い……
痛みを感じたときにはもうその場に倒れていた。
目も開かない。体が動かない。力を無い。……体が、無い?
その時琉希飛には世界が、ひどくゆっくりに感じられた。
意識が何も感じ取らない。感じ取ろうとしない。
――世界が、暗転、していく……
なのに、それなのに、意識の存在だけがあることを感じていた。体は無くとも、それだけは。
暗闇の中、琉希飛はおもった。
――と。
◆
――まったく、啐啄同時とはこのことを言うのだろう。落雷だ。
残念ながら、彼――玄野琉希飛君は、この世界を旅立ってしまった。
彼の遺体の炎は、すでに消えている。
いろいろと悲惨な状態になってしまったようだ。だがその状況は、あえてこの場で言わなくとも安易に想像できる。
それにしても――雨は何事も無かったかのように降り続けている。雷はもう止んでしまったようだ。
その中、金の龍。それだけが僅かに、そして微かに、厳かに煌めき瞬いている。
「――」
……あぁ。これで、やるべきことが沢山できてしまった。
後書き:
これで一章『自我を守れ』は終了です!
ここまで読んでくださったみなさん、本当にありがとうございます! そして、私めもこの作品をみなさんに楽しんで頂けるよう、精一杯脳ミソをひねってねじって執筆を続けていく所存です!