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龍ノ結ビシ始マリノ唄  作者: 飛坂鯨
壱ノ章:自我を守れ
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2.選択と決断




 鑑ヶ原(かがみがはら)市の南西部、竜渓路(りゅうけいろ)及び竜見山地。


 一大都市の目と鼻の先に屹つ二千メートル級の“霊峰”の集まる地。


 ――そして遥か昔に起こった、“龍伝説”の舞台となった地でもある。



 その“龍伝説”には、続きがある。それも、特に遡ることなく、数十年前から語られ始めたものだ。


 これを知るのは、市役所環境保全課のお偉いさん、または好奇心のために訪れてしまう物好きくらいである。

 つまり、それを知るのは極一握りの者であるということ。



 伯父の話が徐々に、琉希飛(りきと)の脳裏へと蘇ってくる――



竜見(たつみ)山地にはな、七つの山があるんだ』



 その極一握りの人物である伯父が、話しかけてくる。



起龍(きりゅう)伏龍(ふくりゅう)龍見(たつみ)玲瓏(れいろう)……、神龍(しんりゅう)(かわき)(つち)……、(とき)(まわり)、っとな。分かったか、覚えとけよ、琉希飛』



 琉希飛を子ども扱いしてくるところが伯父の欠点。自分で勝手に作った語呂合わせが、まだうろ覚えなのがとてもツッコみたくなる。



 垢抜けない伯父だが、本当はスゴい人である。地元の進学校を卒業後、東大に合格。以前は市役所の環境保全課の課長をしていたが現在は転身、ベンチャー企業を立ち上げ、その代表取締役を勤めている。



『竜見の龍伝説にはな、知ってるか? 続きがあるんだ。どうだ、知らなかっただろう』



 この手の話は、もう何回も聞いたのだが。


 それでも琉希飛の飽きることがなかった理由は、彼の巧みな話術にある。


 毎回毎回、相手の知らない話を盛り込んでくるのが彼の定石。


 琉希飛にとっては、知らないことが毎回聞けるので、彼の話は一つの楽しみになっていた。

 ただ、毎回同じ件りから始まるのが、聞いていて気にくわない。



『実はな、山地の奥の四つ、(かわき)(つち)(とき)(まわり)を線で結ぶと、だ。四角形ができるだろ』



 ……そうだ、思い出した。

 何でだろうか、そのときの情景や状況も、丸ごと思い出せるのは。


 伯父の表情や口振り一つ一つまで――


 そう、この後伯父が言ったことも、全部覚えてる。思い出せる。


 自分の記憶力に驚異を唱えたくなるが、そこはグッとこらえて伯父の話を思い出す。



『その四角の中は、いわゆる“聖域”だ。境界線を越えると、呪われるらしいんだ。しかもその呪い、霊感の強い人ほど感じるらしいんだ』



 ――思い出して、ハッとする。


 謎の気持ち悪さはもう峠を越した。だが真相を知り、その“呪い”が再発したような感覚に襲われる。



「俺は、――何をしている」



 なぜ、自分が苦しまなければならないんだ。なぜ、自分は呪われなければならないのか。なぜ、自分がこんなことをしている。なぜ、自分はこんなところでモタモタしているのか。



 何故。何故。何故。何故。何故。何故。何故。何故。なぜ。なぜ。なぜ。なぜ。なぜ。なぜ。なぜ。なぜ。なぜ。なぜ。なぜ。なぜ。なぜ。……



 しばしの自問自答。『なぜ』の自己応酬。求む理由に辿り着くまで終わらない。

 だが、そんなことをする理由が、意味が、無いことにはすぐに気づいた。



 ――あくまでもこれは、進む過程に過ぎないのだ。


 ――本当はこんなことなんかしなくても良くて。



「――あぁぁぁ、何考えてんだよ」



 自分が何を考えているのか解って、急に腹立たしくなる。


 ――自分はなぜ。こうもまた、弱音しか吐けないのだろうか。


 理由は分からない。だけど、自分はこういう人間なんだ、と分かってしまった――否、最初から分かっていた。でも、それをどうしても認めたくなかった。



「はぁ……」



 もう、自分が何をしたくて、何を考えているのか分からない。分かりたくない。知ってはいけないという気さえも、起きてきた。



「いや、でも行くぜ。――俺の、決めたことだからな」



 気持ち悪さを振り払い、自問の嵐をくぐり抜け、――まだ闇だってある。分からないことだってたくさんある。だけど、それでも琉希飛は――前に進むという選択をした。


 それが自分の中で最も尊ぶべきことだと、決めることができた。それが、ただ気持ちいい。



「“聖域”だか“呪い”だかなんだか知らねぇけど、俺は進んでやる。掛かってくるなら掛かってきやがれ!」



 しばしの沈黙が降りる。


 風が、気持ち強くなってきた。


 木々の囃し立てる音。その木々を揺らす風の音。二つに紛れて野良犬の遠吠えが聞こえた気がするが、気にすることなどなかろう。


 ――決意を改めた少年は、奥地に向かって再び歩きだす。







 自転車を持ってきたのが間違いだったかも、と今更ながらも気づき悔やみながら、夜の森の(みち)を自転車を引いて進んでいく。


 路、と言えども、そこにアスファルトの固い感触は無く、木の根や岩がこれでもかと露出している。しかも、街灯も月明かりも無いので、正真正銘の真っ暗闇の中である。


 そんな中、大地の起伏を捉えるのは酷く困難で、琉希飛は何度も躓いては起き上がり、転んでは立ち上がった。



 小川に架かる石橋を渡って少し進むと、“玲瓏ノ龍ノ祠”があった。


 ……珠のような美しさを持つ竜だろうか。



 掌を合わせてから進むと、また石橋があった。この辺りは川が多いのだろうか。石橋の竣工は、さぞ大変だったろう。


 竜渓路の開通には、どれだけの時間を要したのだろうか。


 それに、どうしてここに道を作る必要があったのだろうか。もっと北に作れば良かったはずなのに……


 竜渓路は右に道を反らし、この先の祠も残すところあと一つとなった。


 ――早く、こんなところ抜け出してやる。


 焦燥が琉希飛を駆り立てていく。



 ふと、



「ん?」



 右手の甲に、冷たい(しずく)を感じた。

 続けざまに雲は滴を降らせていく。


 左手へ、肩へ、頬へ、額へと次々に水滴がついた頃、琉希飛はやっとその正体を理解した。



「なんだ、雨かよ」



 呆れ口調で呟く琉希飛の胸中では、焦りと戸惑いと自問と希望が葛藤していた。


 本当に自分はこのまま行くべきなのだろうか、間違ってはいないだろうか……


 水滴の数は瞬く間に増え、ついには土砂降りとなって大地へ、森へと降り注いだ。


 痛いことに、傘を持ってくるのを忘れてしまったようだ。


 仕方なく、濡れながら歩くことにした。髪から雨が滴り落ち、頬などについては揺れていた。



「天気予報じゃ、降らんっつってたのに、どうしてくれんだよ」



 ……にわか雨だろうか。


 そういえば、“山は天気が変わりやすい”と聞いたことがある。


 降る雨は大地を潤わせ、地面をやわくしていく。それとともに、琉希飛の心にも澱がたまっていく。


 水溜まりに足を突っ込んだせいか、靴下が水浸しの状態になる。服は水を含んで、体に張り付いてしまった。


 だが、そんなことには構わないというように、琉希飛は大きなため息を吐いた。冬の雨の夜にそのため息は、やけに白く映った。



 “乾坤両龍ノ祠”に出くわした。最後の祠だ。

 この名前を読んで、“乾坤一擲(けんこんいってき)”という熟語が頭を過る。


 “乾坤”とは、“天地”という意味だったはずだが、なぜ“天地”と表記されなかったのか、琉希飛には皆目見当がつかない。


 掌を合わせたあと、道の正面に懐中電灯を向けると――水滴の線に紛れてだが――確かに分かれ道が見えた。


 右か、左か。ただそれだけの極めて単純な分かれ道。

 近づいて右側を覗く、微妙な上り坂が姿を現す。一方左側は、これまでよりも深い森だが、平坦な道となっている。



 まず、考えを整理してみるとする。


 (ひとつ)。分かれ道があるなんて聞いたことなどなかったが、坂道はほとんどないとは聞いていた。なので、おそらく左の道が正解だろう。先に進めば、隣町へと抜ける。


 ただ、もう夜も遅い。こんな森の中にいる時点で悠長に構えられるほど安全な状況ではない。むしろ危険だ。そんな中もっと深い森へと踏み込んでいくのは、無謀極まりない。(あまつさ)え、この雨だ。


 一。左に進めば確実に隣の町へ着くだろうが、右の道を行けば、もうその先は何も分からない。確実性を求めるのならば、左に進むべきだろう。


 ただ、そこに関しての疑問は、竜渓路そのものの長さを琉希飛が把握できていない、という点にある。左に行けばすぐに町があるのか。それとも、まだ見ぬ悪路が待ち受けているのか――


 どちらに進もうとも、“未知”あるのみ。

 それならいっそ、どちらでもいいのではないかとも思い始めた。



「いや、右に行こう」



 『自分』は右を選んだ。

 琉希飛は右を選んだのだった。そう決めたのだ。



「――決めて、断ちきる」



 恩師に頂いた言葉の一つを心で噛み締めながら琉希飛は、坂を上がっていく。


 少しだけ、心の迷いが晴れた気がするのは、錯覚なのだろうか……

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