3.葛藤
琉希飛は思う。
――なぜ、何ゆえに、俺は生きているのだろう。
……俺は夢を叶える――世界を平和にするために…それなのに――
未来への希望を一瞬にして踏み躙られた少年は、ただ、日々を立ち尽くすばかり。
――自分は、――自分の、――自分が、――自分で、――自分こそ………。いや、違う。……みんな間違いだ。
昔から琉希飛は、「自分は自分だ」と思っていた。だけどそこに実は、親の笑顔があり、友の励ましがあり、真っ赤な他人とただすれちがったという記憶があり――……。
――ただ単に、だ。自分は苦悩している。自分の価値について。
自分のものなはずの自分自身が、自分以外の不特定多数の人間に『侵食』されていたとでも言うのか。
――そんなのは、違う。きっと、間違っている。
本当は気づいていたのに、知っていた部分だってあったのに、分かっている『自分』がここにいるのに、だけど……
認めたくない『自分』もいた。そいつが心の中で喚き立てている。
――『本物の自分』、って何者なんだろう。
このことに気づいていた『自分』は誰だ?
認めたくない『自分』って誰?
父に憧れを抱いていた『自分』は何?
それなら、「怒りなんかに溺れないんだ」と言ったのは?
将来に不安を抱いていたのは?
――「世界平和」を成し遂げたかった『自分』って、何だろう?
「自分は玄野琉希飛だ」と言った『自分』がいた。
それを、『自分』が否定する。「そんなぐらい、分かってる。でも、そんなのは答えじゃない」と。
――それでも、答えを探求し続けたい『自分』であった。
そんな細やかな――でも深刻な疑問は、彼の心をさらに侵食していき、その内部を確実に切り崩していった。
果ての無い葛藤。辛いのに、生まれるのは希望ではなく、更なる疑問と絶望だった。
彼の心は耐えきれずに荒んでしまっている。
――もう、何ヵ月も学校に意味を感じられていない今。中二の晩夏。
なぜか、何事にも意味を求めている今日この頃。
『明日、学校だよ』
「面倒だ」俺は、強く言い放っていた。
『何でだよ』
「そんなことに、理由はない」
――カッコいい響きではあるが、言っているこちらとしては最悪の気分でしかない。
――何もできやしない。 全てを諦めていた。
――死にたい。生まれ変わりたい。
そうすれば楽になる。こんな自分と永訣できる。だけど……
「俺は、俺は、どうしようもなく臆病で、なんにもできないんだ! 教えてくれ、助けてくれ! そしたら俺は……――」
――『自分』を見つけられる…のか ? 違う、違うんだぁっ!
そして今日という日は、やっと終わるのだ。――何も、できないままに。
また今日が、――それでも容赦なく始まる。
“無能な人間”と化した『自分』に、“無為の日々”は、それこそ相応しくあると思った。
そこで――
――あぁ、“嫉妬”だろうか、これは。
今まで感じることのなかった感情が芽生えてきたのは、多くの成功者を見てきたからだろうか。おそらく、そうだ。
――俺には、自らを他人と比較してしまう癖が、付いてしまっているのだろう。
『自分』など比較対象にすらならない、ということを知っていながら。それで『自分』が傷つくことを分かっていながら。
それでも、ここには比べたがる『自分』がいた。
「何が平等だ」
琉希飛は問いした。
神はこの世の全てのものを、平等に創り出したはずだ。それなのに『自分』だけはなぜ“何もできない”のか。
人は、生まれた瞬間は皆、同じであった――そう言った人がいた。
人の能力は、その全てが遺伝によるものである――そう言った人もいた。
発言したのはどちらも偉大な方であろう。でも『自分』にはどちらも、人を侮っているようにしか思えなかった。
――『自分』だけがなぜ、こんな思いをしないといけないのだろうか。神の存在が憎い。そんな『自分』がいた。
「何が秩序だ」
琉希飛は、問いを吐いた。
秩序があるのは、それを乱すもの――犯罪者がいるから。そんな奴がいなければ、存在しなければ、あるいは生まれなかったはずだ。
とにかく、犯罪者なんてものは存在しないべきだ。――存在してはいけない。
「何が運命だ」
琉希飛は、――吼えた。
“運命を感じた”だとか、“運命の悪戯だ”とか何とか言う人がいる。
人はそうして、万物の働きを“運命だ”と言って済ませてしまう。
全てを『運命』のせいにしている。
――『自分』は、『運命』なんかに縛られたくない。『運命』を嫌う『自分』がいた。
「もう……、嫌だ。疲れた」
――自殺、したい。でも、俺にはできないんだ。何でだ! それを望むのに!
――そんな自殺するような勇気は、『自分』には、無いんだ。
『自分』が思い出したように呟く。
何もできない『自分』が嫌いだ。『自分』を取り巻く全ての人が、憎くすらなってくる。
――その“心”は、“嫉妬”と“憎悪”に塗れていた。
そんな『自分』を変えたい。そう思う『自分』がいた。
だから――いや――そして、玄野琉希飛は、決めた。
「――家出……してみっか」