紡.この世界で
――生来、世界はひどく理不尽で残酷なものだった。
何をするにも止められ、努力は悉く報われず、生まれ持ったステータスで人生が決まる。
自由は容易く無碍に扱われ、ヒトが見た目で区別されていく、云わば、“不惜身命も十年一日に帰す世界”。
――曰く、極めて理不尽な世界。
自己の考えは否定され、信用という名を騙る裏切りは日常茶飯事。
他人の能力ばかりが認められ、強者や賢者が弱者や愚者を喰らい、より高い序列を手にしていく、云わば“狡兎良狗が蔓延る弱肉強食の世界”。
――曰く、甚だ非情で残酷な世界。
そう、誰もがそんな世界を憎んだ。
その例に漏れず、『少年』も同じように世界を憎んだ。
――だが、彼は決して諦めようとはしなかった。
彼はこの世界のことを『理不尽で残酷だ』と諦めて決めつけず、ただ必死に考えた。
――この“残酷”な世界を、生き抜くための術を。
それに彼は“人間の可能性”を信じていた。
――人間は、知恵を持ち、“未来を考えること”ができる生物だということ。
それへと、齢十四の若輩者ながらも――彼は賭けた。
そして――
◆
――“世界の理”への挑戦に負けた少年は、それらの介入しない世界で、魔王と戦っていた。
世界中の人々の期待と希望を背負い、世界の命運と未来の趨勢を握る者たちの心は強く、その相貌から緊張やプレッシャーは微塵も感じることはない。
戦闘開始から激しい攻防を続けていた両者。だが両者ともに、外見から体力消耗の色は見られない。
「我ハ万物ヲ束ネシ王ニシテ全知全能永久不滅ノ者也。所詮ハ愚物ダ、全テニオイテ我ニハ到底敵ワヌ」
魔王が自信過剰な文句を並べる。
――よし、ラストスパートだ。
まず、攻撃力増強の施された竜騎士が愛用の[天槍ジャベリン]を構え、溢々とした気勢とともに魔王の下へと走り出す。
それに気づいたのか、奴は右腕で竜騎士を薙ぎ払う。
だが竜騎士は直前に突進状態のまま左手の盾を構えて、迫り来る巨壁のようなそれを受け流した。
体勢を崩す巨体へ、[天槍ジャベリン]は竜騎士の体重を乗せて突き刺さる。
そのまま竜騎士は身体を捻って二撃目を喰らわせ、そのままバックステップで後退していく。
それに続いて、賢者のやたらと長い詠唱が終わる。
――瞬間、爆発系最強呪文が発動し、効果通り――大地を揺るがすほど――の大爆発が起きた。辺りを爆風が覆っていく。
伴って、竜騎士と同じく攻撃力増強魔法を受けた戦士が、[神剣エクスカリバー]を脇に構えて猛進していく。
兜の小粋な白羽を靡かせながら進む戦士と、でたらめに振り回された魔王の右腕が衝突――する前には既に魔王の頭の上まで戦士が跳んでいた。
しかし安心できたのは束の間で、今度は左腕が戦士の行く手を阻もうとしてくる。
直後――どこからか放たれた矢が魔王の肉袖の正鵠を射た。[聖弓アポロン]の使い手である僧侶のものだった。
そして、魔王の左腕は戦士の進路を逸れていき……
戦士が気勢とともに振りかぶられた[神剣エクスカリバー]が、力強く一気に振り下ろされた。
――魔王が[神剣エクスカリバー]によって真一文字に斬られる。
何かの言葉を残す間もなく、それは一面の光となってついに倒されたのだった。
「よっしゃああぁぁぁぁぁー」
――少年は悦びをかみ締めた。
勇者たちは魔王を倒すという目的を達成し、生まれ故郷である長閑な海辺の村に凱旋した。
村長に魔王討伐の旨を伝えると、「今夜は村を挙げての祭りだ」ということになった。
夜になり、全村民が集まっての盛大な祭りが始まった。
勇者たちはそれぞれの両親に挨拶をしたあと、祝宴に酔っていた。
そして次の朝日が上る頃、勇者達は村にしばしの別れを告げ、未開の地へと向けて冒険を続けるのだった。
<[To be continued.]>
◆
「あぁ、終わったぁ」
画面の中に浮かぶ文字に少年は、安堵のため息漏らした。
……自分は、また一つ、世界を救うことができたのだ。
少年はそんな感慨に耽っていた。ただ一つ、それだけに。
ただ、それが単なるRPGをクリアした感想であり、決して世界平和を成し遂げた英雄の思想では、全くないのである。
ならば、なぜこんなにも少年は悦びを感じているのか――
「さて、寝るか」と、既に丑三つ時を示している時計の針を一瞥して呟く少年。
六畳間に放たれた声は誰にも拾われずに消えてしまった。さも当然のように。
毛布にくるまった少年を、ただ......ただ唯、静寂が冷たく包み込んだ。
――何故、こんなにも少年は孤独なのだろうか。
そして、その答えを語るに『ワタシ』は、どう始めるべきだろうか。
『ワタシ』は悩んだ末、ようやく語るに当たってもっとも適当な語を見付けた。
――まず、『ワタシ』はこう、始めの詞を綴る。
「少年には、遥かな夢があった」と。