表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ドラキュティックタイム  作者: 秋山 楓
第6話『クビナシシンドローム』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

98/226

第8章 強奪そして逃走

 放課後、授業が終わってからすぐに犬飼の家へ向かうことになった。


 リベリアに連絡したところ『私は部屋で待ってまーす』という返事が来たからだ。まあ首のない胴体を外へ連れ出すより、頭部を隠して運んだ方が楽なのは確かだ。


 遠回りになるなぁと不満に思ってる間にも、犬飼の家に到着する。

 玄関先で待っていると、私服に着替えた犬飼が大きなリュックを背負って戻ってきた。


「その中にターニャの頭部が入ってるのか? ちょっと見せてみろ」

「やだねー。天っちだけ先に顔も身体も見るなんて不公平だ!」

「う、うぜぇ……」


 とはいえ、意固地になってリュックを奪っても仕方がない。どうやらマネキンと間違えられて母親に捨てられたなんてベタなオチはなさそうなので、天崎としてもお披露目は胴体と合わせてからでいいかと確認は後回しにした。


 他愛のない会話をしながら、おののき荘へと向かう。


 その途中、犬飼は唐突にしょんぼりと肩を落とした。ターニャの頭を返した後のことを憂慮しているらしい。


「なぁ、天っち。ターニャちゃんの頭を戻したら、俺っちのこと忘れちまうってことはないよな?」

「それは大丈夫みたいだぞ。むしろ頭と胴体、二人分の記憶を持ったままらしいぜ」

「なるほどな。影分身みたいなものか」

「……その例えはなかなか的を射てるな」


 男子高校生とは、得てして漫画やゲームで例え話をするのが得意なものである。


「そっかぁ、それなら安心だぜ。あーでも、もうターニャちゃんと一緒に暮らせないってことなんだよなぁ。ターニャちゃん、リベリアちゃんの部屋で寝泊まりするんだろ?」

「そのつもりだったみたいだけどな。別に数日くらい、お前の家に泊めてやりゃいいだろ」

「俺っちの家、実家だぜ。こんな美人な外国人連れて、親になんて説明すりゃいいんだよ」

「それこそホームステイでいいんじゃないか? お前の親父、居酒屋でターニャと気が合ったって言ってたろ。会えばさすがに少しは思い出すんじゃないか?」

「そっかぁ……」


 犬飼は真剣に考え込むように押し黙った。


 生首を持ち帰ったことは忘れていても、居酒屋でどんな人物と話をしたかというのは、少しくらいは記憶に残っているだろう。相手が美人な外国人なら、特に。


 一日か二日くらい、頼み込めば泊めてやれるのではないだろうか? 母親は良い顔をしないだろうけど。


「ターニャちゃん。身体が戻ってからも、よかったら俺っちの家に遊びに来てくれないか?」


 犬飼がリュックへ問いかけると、中からガサゴソと動く音が聞こえた。


 特に言葉を発したわけではないが、横で見ていた天崎ですらも、ターニャが肯定的な返答をしたのがよく分かった。


 まあターニャがリベリアの部屋で寝泊まりしようが、犬飼の家に遊びに行こうが、何がどう転んでも天崎には関係ない。たとえ他の人にデュラハンだとバレて大騒ぎになったとしても、安藤が困るだけ。この件はここで終わり。一件落着だ。


 そう、楽観視していた。


 学校から数えれば、徒歩四十分以上もの道のりを経て、ようやくおののき荘へと到着した。


 目的地に近づくにつれ、犬飼の言葉数が目に見えて減っていく。期待と興奮から緊張しているのは明らかだったが、天崎はさっさとおののき荘の一階へと足を運んだ。


 と、その時である。

 ドタバタドタバタと、リベリアの部屋の中から大きな音が聞こえてきた。


「……なんだ?」


 訝しげに思っている間も、音は止まない。むしろ争いがエスカレートするように、畳を強く踏みつけたり本棚から本が落ちる音が激しくなっていく。


 何かが……暴れている? そう考えた方が、一番しっくりきた。

 犬飼と顔を合わせ、二人で首を傾げる。すると音がピタリと止んだ。

 それと同時に、部屋の中からリベリアの声が轟いた。


「天崎さん! もしかして、そこに居るんですか!?」


 けっこう切羽詰まった感じであり、だいぶ息が乱れているようだった。

 何が起きているんだと不思議に思いながらも、天崎は扉越しに返す。


「おう! 犬飼とターニャの頭、連れてきたぞ!」

「すみません! 少し待ってもらえますか! というか少し離れてもらえませんか!?」

「?」


 意味が分からず、天崎は呆然とその場に立ち尽くした。


 少し待つのはともかく、少し離れろとはどういう意味だ? ここにいたら危害が加わるのか? というか、リベリアは誰と争ってるんだ? もし襲われてるんだとしたら、助けなければ……。


 正義感が、天崎を動かした。

 だが、その行為が仇となる。

 リベリアの意思に反し、天崎が扉のノブに手を掛けようとした瞬間だった。


「あっ、ターニャちゃん!」


 慌てふためくリベリアの声が聞こえたのと同時、外開きの扉が唐突に開かれた。


「がっ!!?」


 ほんの数センチしか離れていなかった天崎の額は強打され、勢い余って後方へと吹っ飛ばされる。バランスを崩し、そのまま地面へ尻もちをつくも、なんとか目の前を見上げることができた。


 玄関口には、首のない女性……ターニャの胴体が佇んでいた。


「は?」

「え?」


 騒音の正体を目の当たりにした天崎と犬飼は、同時に間抜けな声を上げた。


 天崎が驚いている理由は、リベリアと争っていた人物がターニャだと理解したからだ。仲良しだった二人が、何故? と、困惑を隠しきれない様子。


 一方で犬飼が呆然としているのは、おそらく純粋に恐怖を感じているからだろう。たとえデュラハンに会いに来たつもりでも、いきなり頭のない女性が出てきたら、思考が停止してしまうのも無理のないことだ。


 しかし、その一瞬が悲劇を生んだ。


 静止した時間を裂くように、玄関から飛び出したターニャが犬飼の元へと猛ダッシュで詰めていく。顔がないはずなのに、その勢いは犬飼しか眼中にないと言わんばかりの猪突猛進ぶりだった。


 突然のことに身を硬直させた犬飼は、ただ呆然と佇むのみ。

 わずか数メートルしかなかったお互いの距離は、コンマ数秒でゼロとなる。


 そして――。

 振り上げられたターニャの手刀が、犬飼の首筋に線を引いた。


 目にも止まらぬ速さと言うにはほど遠い、繊細さと滑らかさを重視した手刀。子供でも受け止められそうな速度だったはずなのに……犬飼の頭は、まるで椿の花が命を終えたように、ポロッと落ちてしまった。


 あまりに非現実的な光景を前に、天崎の理解は追い付かない。

 その間にも、ターニャは次の行動に移る。


 即座に身を屈めたターニャは、犬飼の頭部が地面へ衝突する前に見事キャッチする。それを脇に抱えると、犬飼が背負っていたリュックサックを引っぺがしてから、全速力で道路の方へと走り去っていった。


「天崎さん!」


 地べたに座り込んだまま、今の出来事を見守ることしかできなかった天崎の耳に、リベリアの声が届いた。


 彼女は自分の部屋から天崎の元へ駆け寄ろうとして、二の足を踏む。日焼け止めなど、日光対策をしていない吸血鬼が外出するには少々危険なほど、外はまだ明るかった。


 室内から、リベリアはもう一度天崎の名前を叫んだ。


「天崎さん! ターニャちゃんを追ってください!」

「え? ……あぁ、分かった」


 何一つ現状を把握できていないのだが、追う以外の選択肢がないのも事実。立ち上がった天崎は、ターニャが去っていた方向へ駆け出そうと体勢を整える。


 その途中、頭部を失った犬飼の胴体が目に入った。

 これは本当に現実なのか?


 受け入れがたい光景に吐き気が込み上げてくるも、天崎は的確な指示を出した。


「リベリアは犬飼の身体を部屋の中に運んどいてくれ」

「分かりました!」


 返事を聞くやいなや、天崎はターニャを追うために走り出した。


 おののき荘の敷地から角を折れ、公道に出る。先に飛び出していったターニャは、まだそれほど距離を進んではいなかった。


 どうやらリュックから自分の頭を取り出すのに手間取っているようだ。犬飼の頭を脇に抱えているため、ファスナーを開けるのが難しいのだろう。ぐんぐん距離が縮まっていく。


 これならすぐに追いつける!

 が、その認識は甘かった。


 突然ターニャが曲がり角を折れた。もちろん天崎もその後を追うのだが……そこは公道ではなく、おののき荘の住人がよく利用しているコンビニだった。


「んなっ!?」


 広めの駐車場を横断したターニャは、コンビニの前に止まっている自転車のカゴへ、リュックと犬飼の頭部をダンクする。そして自らもサドルに跨ると、凄まじい勢いでペダルを漕ぎ始めた。


「鍵くらい掛っとけよ!」


 おそらくコンビニの中にいる自転車の持ち主に理不尽な悪態をつきながら、天崎はなおも自分の足でターニャを追いかける。


 追いつけるか? いや、さすがに無理か?


 普通なら、自転車に乗った相手を足で追いかけるのはまず不可能だ。だが今は夕刻。人通りや交通量も多くなっているはずだし、土地勘のないターニャなら袋小路にぶち当たる可能性もなくはない。


 そんなわずかな希望に賭け、追い続ける覚悟をした天崎だったが……、

 デュラハンのターニャは次元が違った。


 たったひと漕ぎで最高速度まで達した自転車は、音もなく天崎の前から姿を消してしまったのだ。


「…………は?」


 まさに音速。目の前にあったはずのターニャの背中が、瞬き一つで米粒になってしまうほどの速度。しかも曲がり角では慣性の法則を完全に無視し、最高速度を保ったまま方向転換に成功しているようだった。


「…………」


 諦めざるを得なくなった天崎は、コンビニの前で呆然と立ち尽くす。

 彼女が自転車に乗ってからの追跡は、わずか三歩で終わってしまった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ