第7章 頭の在り処
結局、一時限目の授業は丸々サボることになった。
二時限目が始まる前に、遅刻した理由を安藤へ報告する。『調査員』と話していたことを伝えると渋い顔をしたが、ターニャ関連ではないと知るやいなや、途端に興味を失ったようだ。どうやら学園祭のことで『調査員』が生徒に聞き込みをしているのは、安藤にとっては既知の事実だったらしい。
「で、ターニャの頭は見つかったのか?」
「一晩で見つかるわけないだろ」
天崎がそれとなしに訊ねると、安藤は少々キレ気味に答えた。
その苦労は心中お察しするということで、天崎もそれ以上は追及しなかった。
そして授業は進んでいき、四時限目が終われば昼休みである。実は天崎は、今日のこの時間を心待ちにしていた。
教室が生徒の喧騒で埋もれていく中、天崎は意気揚々と犬飼の肩へ腕を回した。
「犬飼くーん。彼女ができるかもしれないって、本当ですかぁ?」
「な、なんで天っちがそれを……」
気色の悪い猫撫で声で言うと、犬飼の顔が青ざめた。
この反応は間違いないな。そう確信した天崎は、机の向かい側にいる安藤を顎で示す。
「昨日、安藤くんが教えてくれたんだよぉ」
「くっ……」
裏切ったなと言いたげに安藤を睨みつけるが、当の本人は素知らぬ顔で弁当を広げるだけだった。
「詳しく教えてくれよぉ。俺たち親友だろぉ?」
「いやぁ、参ったなぁ……」
口では困ったように言うものの、ニヤけた顔は話したくてたまらないといった感じだった。
コイツ気持ち悪い顔してんなぁと思いながらも、天崎の追及は続く。
「で? で? どんな感じの女の子なんだ? 可愛いんか?」
「ふっふっふ。……めちゃくっちゃ美人」
「くぅ~」
得意げに暴露する犬飼に対し、天崎は奇声を上げた。
そのやり取りを端から見ている安藤はドン引きするばかりだ。
「身長は!? 体重は!? 胸の大きさは!?」
「天っち、がっつきすぎだろ……」
「だって気になるだろ! 安藤に続いて年上の彼女なんてよお!」
「えっ、なんで年上だって知ってんだよ!?」
「安藤の推理だ」
どうやら図星だったようだ。
聞き耳を立てていた安藤は、弁当を食べながらドヤ顔を披露した。
「ただ天っちも安藤も勘違いしてっけど、別に彼女でもなんでもないからな? 親父の紹介で会った女の子と、ちょっと気が合っただけでさ」
「親公認とか、マジかぁ……」
別に親の紹介だからってどうこう言うつもりはないが、満更でもない笑みを浮かべる犬飼は控えめに言ってぶっ飛ばしてやりたくなった。
「んで? 気が合うとまで断言できるってことは、お前も手応えありだと思ってるんだろ? いやいや女たらしのお前と気が合うって、普段どんな会話してるんだよ。教えろ教えろぉ」
ニヤニヤと笑いながら、色気づく友人を肘でつつく天崎。
その煽りを鬱陶しそうに手で払いながらも、気色悪く破顔する犬飼。
そんな二人の友人を眺め、できるだけ他人のフリをしようと決め込んだ安藤は、黙々と弁当を平らげていく。
「会話なんて普通だぜ? けっこうフレンドリーな人でさぁ、自分のこととか勝手にペラペラ話してくるんだよ。かといって一方的な話したがりじゃなくてさ、俺っちのこととか日本のこととか、めちゃくちゃ興味を持って訊いてくるんだぜ? そりゃもう会話が弾むの何の、俺っちもこんな女の子が彼女だったらなぁって思っちまったわけだよ」
「……ん?」
舌の滑りが良くなった犬飼の口から、引っかかる単語が飛び出してきた。
「日本のことに興味があるって、相手は外国人なのか?」
「うぐっ……」
息を詰まらせた犬飼が、露骨に顔を逸らした。どうやら外国人ということは隠していたみたいだ。
「そ、そうだな。実は留学生なんだ」
「マジで!? つーか親父の紹介って、まさかホームステイしてるとか!?」
「まぁ、そんなところだな……」
「嘘だろお前!? 年上の美人な外国人と、一つ屋根の下で暮らしてるなんて……羨ましさの極みだな、おい!」
テンションアゲアゲな天崎と、何故かしどろもどろになる犬飼。
そして隣から迷惑そうに睨みつける安藤は、「天崎も似たようなものというか、それ以上の暮らしをしてるだろ」とでも言いたげな目つきだった。
「え? え? おい。ちなみにどこの国の人よ?」
「そこ大事なところか?」
「気になるだろうがよ! どこの国かでだいぶ印象が変わるだろ!」
非常に失礼なことを言っているものの、今の天崎に自制は効かない。
こうなりゃ仕方がないと大げさにため息を吐いた犬飼は、吹っ切れ気味に答えた。
「聞いて驚くなよ。彼女の出身国はなんと北ヨーロッパ……アイルランドだ!」
その瞬間――場の盛り上がりが一気に熱を失った。
いや、興奮していたのは天崎一人だけなので盛り上がりも何もあったものではないが、しかし他人事を決め込んでいた安藤すらも、今の犬飼の言葉には表情を凍らせていた。
そんな中、二人の内心を知ってか知らずか、犬飼は勝ち誇ったように鼻を高くさせる。ただ空気の落差があまりに激しかったためか、さすがの犬飼もすぐに異変に気づいたようだった。
「なになに? なんで天っち黙っちゃってんの? アイルランド人じゃダメなん?」
狼狽える犬飼を無視し、天崎はぎこちない動作で安藤に視線を送る。その合図を受け取った安藤もまた、重々しく頷いた。
無言の意見交換が終わると、一息ついた天崎は犬飼に問いかける。
その声は、とても優しかった。
「つまり犬飼は……留学生の女の子に『首』ったけってわけか」
「え? あぁ、まぁ俺っちの方が惚れ込んでるといえば、その通りだけど……」
自信なさげな犬飼に向け、今度は安藤が静かに言った。
「けど、あまり入れ込むのもよくないぞ。将来的に『頭』が上がらなくなる」
「そそ、そうだな。気をつけるよ」
目を泳がせながら答えると、次に天崎が忠告してきた。
「そうだぞ犬飼。彼女のために金を使いすぎるのだけは気をつけろよ。そのうち『首』が回らなくなるからな」
「だだだ大丈夫だって。彼女、そんな浪費家には見えないし……」
逃げるように顔を背ける犬飼へ追い打ちするように、安藤が話を締めた。
「まあ長く一緒にいれば、お互い『頭』に来ることもあるだろうから、しっかり相手を理解してやりなよ」
「あ、ああ……」
最終的に犬飼は、顔を伏せて押し黙ってしまった。
そして二人は最後の仕上げに取り掛かる。
ふと思い出したように、安藤が天崎へと訊ねた。
「天崎。工事現場でコンクリートに穴を開ける時って、どんな音だったっけ?」
「確か、こんな感じだったかな」
すると天崎は両手で何かを握るようなジェスチャーを始めた。
そう、手にしているのはドリル。人力でコンクリートに穴を空けるためのアンカードリルである。
それを地面に突き立てる仕草をすると、天崎は身体を上下に振動させながら大声で叫んだ。
「デュラララララララララ!!!」
「…………」
もちろんそんなド直球な音はしないのだが、犬飼の顔面は蒼白である。
その反応で確信を得た天崎と安藤は、それぞれ犬飼の腕を無言で握りしめる。そのまま強引に引きずり始めた。
「え? なになに? 天っちどころか、なんで安藤も怒ってるんだよ!? 俺っちをどこへ連れて行くつもりだ!?」
「いいから来い!」
天崎の怒声にしゅんと項垂れた犬飼は、渋々と従うのであった。
校舎の屋上に連行された犬飼は、備え付けのベンチへと放り投げられた。「痛って……」と呻くものの、文句の言葉は出てこない。なぜなら正面に立つ二人の友人が、金剛力士像も凌ぐ強面を張り付けているからだ。
「え? え? なんなん? マジでなんなん? なんで二人ともそんな怒ってんの?」
「自分の胸に訊いてみればいいんじゃないか?」
「…………」
安藤が軽く窘めると、犬飼は拗ねたように口を尖らせた。
白状しそうにない態度に業を煮やした天崎は、さっさと解答を渡す。
「お前の家にいる留学生の女の子って、ターニャっていう名前のデュラハンだろ?」
「な、なんでそれを……!?」
予想通りの返答に、二人はただただ大きなため息を漏らすだけだった。
呆れ果てる二人を前にして、いまいち現状を把握できていない犬飼は、頭の上にクエスチョンマークを浮かべる。ただ相手の言動をまったく理解できていないのは、天崎と安藤も同じだった。
「お前の家にいるの、生首の方だろ? よく受け入れられたな。挙句の果てには、留学生なんて嘘までついて……」
「そ、それはターニャちゃんに他言しないでくれって頼まれたし、頭だけでもめちゃくちゃ美人だったから……」
早くも二回目のため息である。
美人だったら生首でもいいのか!? というツッコミさえ呑み込んでしまうほど、犬飼の考え方は常軌を逸脱していた。
だが犬飼も負けてはいない。尋問中に開いた口が塞がらなくなった二人の様子を見て、大声で喚き立てる。
「お前らこそ、何なんだよ。なんで俺っちの家にデュラハンが居るって知ってんだよ!」
犬飼からすれば、至極まっとうな疑問だった。
天崎と安藤は、再び無言で視線を交わす。すでにターニャの頭部と出会い、それを匿っている犬飼に対して話をはぐらかす意味はない。と、二人の間で意見が一致した。
「胴体の方がリベリアの部屋に居るんだよ。頭部の方のターニャは何も言ってなかったのか? 日本に来たのはリベリアに会うためだって」
「え、そうなん!? 友達に会いに日本に来たら、途中で胴体とはぐれたとは言ってたけど……まさかリベリアちゃんだったなんて……」
どうやら友人がリベリアだとは伝えてなかったらしい。
ターニャとしても、まさか犬飼がリベリアを知っているとは思わなかっただろう。個人名を伝えなかったことについては、特に不思議ではない。
「で、なんでターニャの頭部がお前の家にあるんだ? 詳しく話せ」
ドスを効かせた天崎が、責め立てるように説明を要求する。
すると犬飼は観念したのか、「実は……」と事のあらましを話し始めた。
「三日くらい前なんだけどさ、親父がデロンデロンに酔っぱらって帰ってきたんだよ。んで、『ほら、お前の未来の嫁を連れてきたぞ!』とか言われて渡されたのが、ターニャちゃんの頭だったんだ。いや、俺っちも最初はビビったよ? でも、その時ターニャちゃんも酔っぱらって寝てたみたいでさ。まったく動かなかったからマネキンかと思ってたんだよ。普通、意気揚々と帰ってきた親父が、本物の生首を持ってきたとは思わないだろ? ……で、気持ち悪いからすぐに捨てちまおうかと考えたんだけどさ、その生首がなかなか美人でさ、観賞用に一晩だけ置いといたんだ。そしたら朝になったらいきなり話しかけてくるじゃん? マジでビビるじゃん? でもめっちゃ話が合うし、胴体失くして困ってるっていうし、他の人にバレたらマズいっていうから、俺っち一人で探したりとかして……」
一通り話を聞き終えた天崎と安藤は、三度目のため息を吐き出した。
聞いていた限り、特に矛盾はない。意識がなくなるまで呑み続け、目を覚ましたら頭部を失くしてたというターニャの主張と一致する。幸か不幸か、居酒屋で気の合った客というのは犬飼の親父であり、彼がターニャの頭部を持ち去ったというわけだ。おそらく犬飼の親父に悪意はない。悪いのは酒だ。
何はともあれ、頭部の在り処も判明して一件落着……と言いたかったものの、さすがにこれで納得できる話ではない。
天崎は畳みかけるように問いただした。
「犬飼。お前さ、生首に自分はデュラハンだって言われて、信じちゃったわけ?」
「俺っちだって最初は心臓が止まるくらい驚いたさ。でも実際に生首が動いて話しかけてきたら、デュラハンって本当に存在したのかって信じた方がしっくりくるだろ。つーかお前らだって、リベリアちゃんの家に居る胴体に会ったってことなんだろ? 首のない死体が一人で動いてるんだぜ? 普通、信じるか?」
「それは、まぁ……そうだな」
昨日ターニャを見つけて絶叫してしまった身としては、目を泳がせるしかなかった。
またデュラハンの存在については、一言でも説明があれば素直に受け入れることができる。それは天崎が『完全なる雑種』だからであるが……それを説明するのは非常に面倒くさい。
「ま、北欧じゃデュラハンはけっこう有名だからね」
「……それ、フォローになってねぇぞ」
どうやら安藤は「海外じゃデュラハンなんてツチノコより見かけるらしいぞ」くらいの感覚を植え付けようとしているらしい。認識の誘導が雑だなぁと天崎は思ったが、それくらいが一番無難とも感じたので、あまり強くダメ出しはできなかった。
それに頭が見つかった今、それこそが安藤の最優先事項だ。
彼はメガネを光らせながら犬飼へと問う。
「そのデュラハンの頭部だけど、君の家族は知っているのかい?」
「お袋と妹も知ってるよ。けどターニャちゃんが動いてるところは見てないから、二人ともマネキンだと思ってるらしいぜ。むしろ親父が完全に忘れてたのは笑ったけどな」
「そうか。それはよかった」
自分の仕事に影響はないと判断したのか、安藤が急に踵を返した。
何も言わずに階段の方へ歩いていくのを、天崎は呼び止める。
「おい、安藤。どうした?」
「僕の役目は終わりだろ? 頭部は犬飼の家にあって、胴体はリベリアさんの部屋。放課後にでも二つを引き合わせれば、それで終わりだ。後は勝手にやってくれ」
あー、バカらしい。とでも言いたげに、安藤は苛立たしげな歩調で去っていった。
急に不機嫌になった友人の背中を、天崎と犬飼は呆然と見送るだけだ。
「なんだ? あいつ」
「……きっと努力が無駄になったから不貞腐れてんだよ。放っといてやれ」
真面目な安藤のことだ。アホどもに振り回されて疲れたのだろう。心中お察しするのとともに、天崎は心の中でその働きを労ってやった。
「で、放課後すぐにでも頭を身体の方へ持ってってやるつもりだけど、お前もそれでいいんだよな?」
「当たり前よ! いやー、身体は無事にリベリアちゃんの元へ辿り着いてたなんて、よかったよかった」
「んじゃ、後でリベリアに連絡入れとくわ」
特に大事には至らず安堵した天崎もまた、階下へ向かおうとする。
すると突然、背中が重くなった。先ほどとは打って変わって元気を取り戻した犬飼が、天崎の肩に腕を回してきたのだ。
「んでよぉ、天っち。ターニャちゃんのスタイル、どんな感じだった?」
「……聞かれると思ったよ」
薄気味悪くニヤけた笑みを浮かべる犬飼に、天崎は軽蔑の視線を向けた。
「だって気になんじゃんよ! ターニャちゃん、あんだけ美人なんだぜ!? きっとスタイルもめちゃくちゃ良いに違いない!」
何を根拠に言ってるのか知らないが、犬飼の瞳はキラキラと希望に満ちていた。
確かにスタイルは抜群だった。ただ、あまり詳しく話すと胸を揉んだことを漏らしてしまうかもしれないので、余計なことは言わない。というか、天崎だってまだターニャの顔を見ていないのだ。先に胴体の情報を伝えるのは、少し癪だった。
「ま、身長は高い方だったよ。俺やお前と同じくらいだ」
「マジで!? けっこう小顔だったから、八頭身は確実にありそうだな!」
「……あとは会ってからの楽しみにしとけ」
「あーん、天っちのイケずぅ」
気色の悪い声を出す犬飼をガン無視した天崎は、屋上から降りて教室へと向かう。ターニャのことが解決した今、最も大事なのは飯だ。犬飼への尋問のせいで、昼休みがもう半分も終わっていた。
心なしか早足になりながら、廊下を進む。
その途中、奇妙な女子生徒に遭遇した。
「…………?」
思わず立ち止まってしまった天崎は、正面に佇むその女子生徒をまじまじと観察する。
体格は小柄。肩よりもやや下まで伸びた髪は明るくカラーリングされており、先端には軽くパーマがかけられている。基本的にナチュラル感を意識したメイクではあるが、まつ毛・アイプチ・リップなど、どれを取っても一般的な女子高生よりも濃い印象を受けた。
また膝上数センチの短いスカートの上にはカーディガンが巻かれており、全体的に今時のギャルスタイルを一直線に突っ走ってるような身なりだった。
見た目はそれほど逸脱していない、どこにでもいる女子高生だ。
にもかかわらず、天崎が奇妙だと感じた理由。それは彼女が、まるで天崎の行く手を阻むように廊下の中央に佇んで、真正面からじっと顔を見つめているからだ。
「えっと……」
棒付きキャンディを口に咥えた女子生徒が、ゆっくりと近づいてくる。
お互いの視線は絡み合ったまま。天崎に用事があることは間違いなさそうだが……無言で接近してくる女子生徒を前にして、天崎は困惑したまま立ち尽くしていた。
ついにつま先が触れ合うほど距離を詰めた彼女が、顎の下からじっと顔を覗き込んでくる。香水か化粧か飴かは分からないが、ストロベリーのような甘い匂いが鼻をくすぐった。
そして一通り天崎の顔を観察した女子生徒は、
「ふーん」
とだけ呟いて、急に踵を返す。名残惜しむこともなく、さっさと行ってしまった。
何が何だか分からない天崎は、呼び止めることもできずに呆然と彼女を見送った。
「なんだ? 天っちの知り合いか?」
「いや、知らん。ってか、あんなギャルみたいな奴、この学年にいたか?」
一学年三百人くらい生徒がいるため、全員を知っているわけではない。仮にどこかで見かけたとしても、話したことがなければ忘れていても不思議ではないだろう。とはいえ、けっこう印象に残りそうな顔だったけれども。
ただ、今の女子生徒は間違いなく人間だ。下から顔を覗き込まれた際、制服の襟元からチラッと見えた胸元が、少しばかり天崎の心臓をドキッとさせたのだから。
「…………」
性欲が反応するかどうかで、相手が人間か人外か判別していることに気づいた天崎は、自分の卑しさに愕然と肩を落とすのであった。




