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ドラキュティックタイム  作者: 秋山 楓
第6話『クビナシシンドローム』

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第5章 尾行者

 頭が痛い。息苦しい。


 何か柔らかい二つの物に押し潰される悪夢から目を覚ました天崎は、自分が呼吸困難に陥っている理由を知った。


「……なるほど。こういうオチか」


 上半身を起こすと、円の身体が足元の方へと転がっていった。


 つまり寝ぼけた円が自分のテリトリーである押し入れから抜け出し、天崎の顔を覆うようにして寝入ってしまったのだろう。目が覚めた時に膝の上にいたことは何度かあったが、顔の上に乗ってくるのは初めての経験だった。


「……何時だ?」


 目覚まし時計は、午前六時二十五分を示している。設定した時間の五分前だ。


 にしてはやけに外が暗いなと感じるも、冬真っ只中なので仕方がない。起床時間は同じはずなのに、太陽が昇っているか否かで寝起きの良さが変わってくるのは、やっぱり人間は太陽を原点に生きているんだなぁと、意味のないことを思ってしまった。


「ってか、やっぱり俺、何か忘れてるよな……」


 一晩熟睡したところで、頭の隅に漂うもやもやが消えることはなかった。


 昨夜、夕食の後はリベリアとターニャを追い出してから、期末テストの勉強に没頭した。

 頭探しについては、自分は協力しないと明言したはず。


 他にやるべきことがあったような気がしないでもないが、まったく思い出せないのは少しばかり気持ち悪かった。


「ま、いっか。重要なことなら、そのうち思い出すだろ」


 未来の自分に丸投げし、目覚まし時計をオフにした天崎は、いつもと同じ朝を迎える。






 いや、いつも通りじゃないな。と、通学路を歩く天崎は感じていた。


 普段と同じ時間におののき荘を出発し、見慣れた風景を眺めながら、昨日より一段と冷たくなった北風を一身に浴びる。その途中、ふと気づいた。


 日常の中にポツンと一つだけ異彩を放つ、小さな違和感を。


「…………」


 端的に言えば、その違和感とは気配だ。

 見も知らぬ誰かが、おののき荘からずっと自分の後を付けてきている。


 もちろん、勘違いかもしれない。たまたま行く先が重なっただけかもしれないし、もしかしたら学校の関係者の可能性もある。しかし、さっきからずっと背中に刺さっている不快な視線は、勘違いで片づけるにしてはあまりにも明確に感じ取れた。


 一度気になってしまったからには、確かめずにはいられない。

 恥をかくのは一瞬だと覚悟し、大きく息を吸った天崎は、いきなり進行方向へと全力で駆け出した。


 そのままコンビニの角を右に折れる。後ろを振り返りもせず、さらに右へ。コンビニの裏をスプリンターの如く駆け抜けた天崎は、さらに二回ほど右へ曲がった。


 つまり裏道を通り、尾行者の背後へ回り込もうと試みたのだ。


 結果はビンゴ。天崎が走り出した地点から少し進んだところで、尾行者らしきコートの背中が呆然と立ち尽くしていた。


「なぁ、おい」


 背後から忍び寄り、声を掛ける。

 すると尾行者の男は、ビクッと身体を震わせて振り返った。


「う、後ろぉ!?」


 間違いない。自分を尾行していなければできない反応だ。


 しかし尾行者の身なりを確認した天崎の方も、一瞬だけ戦慄を覚えていた。


 背の高いトレンチコートの男。フェルトハットこそ被っていないものの、もしかして一ヶ月前に自分たちの前に現れ、石神に学園祭をぶち壊しにさせた奴なのでは……?


 そう疑うも、疑惑はすぐに解かれる。


 あの電柱のように細い男よりは体格が良さそうだし、何より声の年齢が全然違う。奴のしゃがれた声はかなりの老齢だったが、目の前の男はおそらく二十代半ば。顔を見ていなくとも、まったく似ても似つかなかった。


 安心した天崎は、小さく息を吐く。だが、この男が尾行していたことは間違いないのだ。警戒を解いてはならない。


「俺に何か用ですか?」


 問うと、尾行者の男は目を泳がせながら、ずいぶんと的外れな返答を寄こした。


「いやぁ、急に後ろに現れるなんてビックリしたよ。魔法でも使ったのかい?」

「……走って回り込んだだけっすよ」

「それにしては、全然息を切らしていないようだけど?」

「体力には自信があるもので」


 誤魔化し方が下手すぎるなと思いつつも、天崎は先ほどよりも声を低くし、睨みつけながら同じ質問を投げた。


「で、俺に用ですか?」

「…………」


 困ったように頭を掻く尾行者の男。


 このまま何も答えないなら警察に通報してやろうか。と思っていると、ようやく諦めた男が懐から名刺を取り出した。


「僕はこういう者だ」

「……戸塚探偵事務所の、戸塚秀明さん?」

「とはいっても、実は探偵でもないし本名でもないんだけどね」


 なら名刺を渡す意味なんてないじゃないかと、天崎は憤慨する。

 しかし戸塚(仮)は天崎の方へ顔を近づけると、すぐに自分の素性を明かした。


「知ってるかどうか分からないけど、僕は『調査員(ウォーカー)』という仕事をしている。君の後をつけていたのは、少し話がしたかったからだ」


『調査員』という単語を耳にした瞬間、心臓が跳ねた。

 それと同時に、今朝から抱いていたもやもやの正体が判明する。


 思い出した。『調査員』だ。『調査員』のことをリベリアに伝え忘れていた。


 もちろん、あの後で安藤とリベリアが顔を合わせているのだから、天崎に責任があるというわけでもない。ただ、未だにこのもやもやを解消できずにいた。


 なぜなら、ターニャの件があったからだ。


 別件とはいえ、近隣では多くの『調査員』が調べ回っているのだ。放置されたデュラハンの頭なんて、すでに発見されていてもおかしくはない。


 極めつけには、このタイミング。どうしてもターニャ関連を疑いたくなる。

 動揺したことを悟られないように、天崎は呼吸を整えてから聞き返した。


「話、ですか?」

「うん。もしよければ、放課後に一時間くらい時間をくれないかな? そう長くなる用件でもないから」

「別に今からでもいいですよ。一時間程度なら」

「今から? 学校じゃないのかい?」

「少しくらい遅刻しても大丈夫です」


 大人としては学校に行きなさいと注意するべきなんだろうな。という表情を露骨に浮かべた戸塚だったが、結局は己の実利を取ったみたいだ。


「分かった。ありがとう。それじゃあ、近くの喫茶店に移動しよう」


 黙って頷いた天崎は、戸塚に促されるまま足を進めたのだった。

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