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ドラキュティックタイム  作者: 秋山 楓
第6話『クビナシシンドローム』

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第1章 『調査員』

「「『調査員(ウォーカー)』?」」


 安藤の説明を聞いた天崎と月島は、声を揃えて疑問を投げかけた。


 時刻は午後四時過ぎ。授業が終わった放課後。クラスメイトが一人もいなくなった教室で、天崎、安藤、そして月島の三人は席を囲んでいた。


 主に安藤が中心となって話題を提供しているのだが、訝しげに首を捻る二人の反応は、彼にとっても予想外なものだったようだ。


「意外だな。月島さんはともかく、天崎も『調査員(ウォーカー)』を知らないのかい?」

「いや、知ってるよ。そういう話は親父から聞いてる。ただ今まで自分が『調査員』だっていう人には会ったことがないし、それらしき人を見かけたこともないからなぁ」

「さすがに自分から『調査員』だと名乗るようなことはしないだろうね」


 話が通じ合っているのか、うんうんと頷き合う天崎と安藤。

 そこに話題についていけてない子羊が一人。


 二人の顔を交互に見比べていた月島が、おずおずといった感じで説明を求めた。


「えっと……その『調査員』って何なのかな?」

「そうだな……例えば月島は、ゴーストバスター、陰陽師、吸血鬼ハンター、エクソシストみたいな単語、聞いたことないか?」

「もちろんあるけど、でもそれは……」

「映画とか小説みたいな、創作の中だけの話って言いたいんだろ?」


 天崎の指摘に、月島はこくこくと黙って頷いた。

 彼女のその認識を改めさせるため、今度は安藤が説明を引き継ぐ。


「残念ながら、そういう組織は現実にも存在するんだよ。吸血鬼やら幽霊やらが実在している世の中だから、それらを討伐・駆除・退治する輩がいても不思議ではないだろ? 一般的な感覚で言ったら、シロアリの駆除や蜂の巣を撤去する専門の業者がいたりするのと同じさ。とある勢力があったとして、それと敵対もしくは反勢力があるのは普通のことだ」


 人外に対する常識は何一つ持ち合わせていない月島だったが、シロアリや蜂の巣を例に挙げられたことで、すんなりと受け入れることができた。


 安藤の説明は続く。


「ただネックなのは、それらに従事する専門家の人口があまりにも少ないことだ。今の例で言うと、エクソシストやゴーストバスターは少なからずいるものの、吸血鬼ハンターなんていうニッチな専門家は極端に少ない。世界規模で見ても、両手で数えられるくらいの組織しかないんじゃないかな?」


 そこまで聞いて、月島は「あっ」と何かに気づいたように小さく声を上げた。


 ゴーストバスターなんて横文字で言われたから想像しにくかったが、要はお寺のお坊さんや祈祷師だったり、エクソシストは教会の神父か何かなのだろう。そう考えれば確かに月島も会ったことがあるし、吸血鬼ハンターが極端に少ないというのも頷ける。


 ただそうなると、一つの疑問が浮き上がってくる。

 それは同じ疑問を抱いていた天崎の口から放たれた。


「リベリアはどうなるんだ? いずれアイツを退治しに吸血鬼ハンターが来ることもあるってわけか?」

「それはない」


 まったく迷うこともなく、安藤は断言した。


「やけにはっきり言ってくれるな。根拠は?」

「僕も気になって調べたんだけど、ホームハルト家は吸血鬼としてはかなり長い歴史を持つ名家でね。人間とは良好な関係を築いているらしいんだ。しかも大量虐殺みたいな事件を起こした記録もない」

「あー……なんか、そんなことを聞いた記憶があるような、ないような……?」


 ヴラド三世に身体を乗っ取られていた際、自分の口から出た言葉だ。

 あの時は意識が朦朧としていたため、詳しい内容までは頭に残っていなかった。


「人間が定めた法を破らない限り、吸血鬼ハンターが排除に乗り出すことはないよ。例えば条件を満たさない人間を殺したり、許可なく棲み処から遠く離れた場所へ行くとかね」

「リベリアがおののき荘に住むために許可をもらってるとは思えんけどな」

「僕もそこまでは調べてないな。リベリアさんの兄、アラン=ホームハルトが話をつけたんじゃないか?」

「勘当した妹のために? そんなことするような奴には見えなかったけどなぁ」


 いや、もしくは眷属のミシェルが裏で手を回した可能性もある。勘当された後も、ちょくちょくSNSでやり取りしてるみたいだし。


「もう一つ大きな理由があってね。リベリアさん一人を排除するために、いったい何人の人間が犠牲になるかって話だ」

「た、確かに……」


 天崎は今まで目の当たりにしてきたリベリアの強さを思い出していた。


 吸血鬼化した自分や、地上最強の種族である鬼だから対等以上に戦えた。しかし生身の人間が相手ならば、拳一つで跡形もなく消し飛ぶだろう。もし初手で排除や拘束に失敗したら、街一つが壊滅してもおかしくはない。


「さらに言えば、吸血鬼ハンターは彼女たちが喧嘩別れしたことを知らないはず。ならばリベリアさんを排除するなら、アランも相手にする覚悟が必要だ。吸血鬼ってのは、縦の繋がりが強い種族だからね」

「…………」

「つまりリベリアさんがなりふり構わず暴れ出したりしない限り、吸血鬼ハンターが手を出すことはないよ」

「分かった、よく分かったよ。だから、この話はやめよう」


 リベリアのことは心の底から信頼している。

 だからこそ、彼女が人間を虐殺している光景はあまり想像したくなかった。


「とはいっても、これだけは伝えておきたい。おそらく『調査員』に監視されてるよ。四六時中ではないだろうけど」

「マジか。全然知らなかった……」

「一般人の君にバレるような雑な活動はしてないだろ」


 衝撃の事実だった。リベリアと同じ屋根の下で暮らしているのに、それらしき人物は見たことない。


 今日からちょっと意識して探してみようかな。と考えたところで、天崎は思い出した。置いてけぼりだった月島が、呆けた眼差しで二人を見つめていることを。


「あぁ、悪い悪い。『調査員』の話だったな」

「う、うん」


 月島は何も悪くないのに、何故か遠慮がちに肩を縮めていた。


 再び安藤の口から『調査員』の説明がされる。だがその口ぶりは、まるで自分の専門分野を語る大学教授のように生き生きとしていた。


「じゃあここで月島さんにクイズだ。とある空き地で変死体が見つかった。その人物は、何にどうやって殺された?」

「え、えっと……」


 キョドった月島が、助けを求めるように天崎へと視線を寄こした。

 しかし天崎も安藤の意図が分からないため、首を横に振ることしかできない。

 仕方なく月島は、自分の思った通りの回答を口にした。


「えーっと……それだけの情報じゃ、何も分からない……かな?」

「そう、その通り。答えは『分からない』だ。分からないのに、吸血鬼ハンターを呼ぶわけにはいかない」

「?」


 心の底から理解できず、月島は首を傾げる。その傾き具合は、首の骨が折れてしまったんじゃないかと、天崎が心配するくらいだった。


「例えば、その変死体が吸血鬼の仕業だと確定しているなら、吸血鬼ハンターを呼べばいい。でも誰が殺したかも分からないうちに吸血鬼ハンターに報告するのはナンセンスだ。さっきも言ったように、吸血鬼ハンターなんて世界規模で見てもかなり数が少ない。定かではない情報で現地へ赴くのは時間の無駄だし、もしそこで悪魔の仕業だと判明したら、今度はエクソシストを呼ばなきゃいけない。二度手間になってしまうんだよ」

「う、うん。そこまでは分かる……かな」

「オッケー。で、そこで活躍するのが『調査員』だ。彼らは異変が起きたら現地へ足を運び、起きた事件を徹底的に調べ上げる。そしてもし人外の仕業だと判明すれば、各専門家へと報告する。いわば事件と専門家を繋ぐパイプ役のようなものなんだ」

「へ、へぇー……」


 月島の生返事は、本当に理解しているのか天崎を不安にさせた。

 だが舌の滑りが良くなった安藤は、それに気づかず説明を続ける。


「『調査員』に人外を排除できるような、特別な能力はない。普通の人間だ。ただあらゆる可能性を視野に入れて調査するため、その知識は幅広く、場合によっては専門家よりも詳しいと言われている。そして何よりフットワークが軽い。『調査員』と書いて『ウォーカー』と読ませてるのも、その所以だろうね」

「…………」


 とうとう黙り込んでしまった月島の頭から、湯気が立ち昇っているようにも見えた。

 見かねた天崎が、混乱している彼女の肩をとんとんと叩く。


「月島。『調査員』に関しては、『異変が起こったら、それを調べに来る人たち』ってくらいの認識でいいから」

「う、うん。分かった」


 けっこう長々と話していたのに、安藤の説明はたった一言でまとめられてしまった。しかもその一言が、これ以上ないくらい非常に分かりやすかった。


「それで安藤先生は、その『調査員』がこの学校を調査しに来てるって言うんだろ? なんでまた? リベリアの件か?」

「……リベリアさんの件だとしたら、おののき荘へ行くだろ。このタイミングで学校を調べる理由は、学園祭の一件しかないよ」

「それもそっか」


 先週末に行われた学園祭では、石神照樹という名の死神が学校内に結界を張り、天崎を除く人間の魂を抜き取るという事件があった。


 最終的に事なきを得たのだが、二日間のうちの丸一日が潰れたことは事実だ。異変を察知した『調査員』が、念のため足を運んでいるのだろう。


「石神も言ってた通り、改造した結界には少々不備があったみたいでね。天使の『認識改変』も完璧には作用しなかった。あの一日は各々の中で無理やり整合性を取ってるみたいだけど、やっぱり少なからず綻びは出てきたらしい。その小さな綻びから、『調査員』の奴らは異変を嗅ぎ取ったんだと思う」

「ってことは、そもそも奴らは異変を調査しに来たわけじゃなくて、異変があったかどうかを見極めるために調べに来たってことなのか?」

「たぶんね」


 なあんだ。と、天崎は楽観的な声を上げて天井を仰いだ。


 結界の処理については全面的に安藤を信頼しているので、何も心配していない。


 また当事者の誰かが『調査員』に事件のことを話すとは思えないし、仮に話したとしても信じてもらえるわけがない。


 死神が結界を張って、千人以上もの人間の魂を抜き取った?

 結界に天使の術式があったから、誰も覚えていない?


 いくらなんでも荒唐無稽すぎる与太話だ。おそらく生徒たちに聞き込みもするだろうが、結局は何も発見できず、ある程度の調査の後に撤退することだろう。


「僕が何を言いたいのかというと、しばらく『調査員』が周囲をうろつくと思うから、あまり目立った行動はしない方がいいって話だ。痛くもない腹を探られるのは嫌だろ?」

「なるほどな。一応、俺もリベリアに伝えておくよ」

「あぁ、頼んだ。月島さんの方も、お姉さんに言っといてくれないか? 人前で人格を交代するのは控えてくれって」

「うん、分かった。今も聞いてると思うから、後で確認しとくね」

「よろしく。また刀で一般人を襲われても困るからね」

「もうしてないよぉ……」


 少し前、安藤は月島の姉である裕子に腕をぶった斬られたことがあった。翌日には治っていたし、特に恨んでいるわけでもないが、月島の方はその話題を出されると未だ申し訳なさそうに委縮してしまうのだった。


 話は終わりだと判断した天崎が立ち上がる。


「んじゃ、そろそろ帰ろうぜ。あんまり長居してると、日が暮れちまう」

「いや。悪いが天崎、話はまだ終わりじゃない」

「まだ何かあるのか?」

「あぁ。むしろこれからが本題だ」


 安藤の口調が深く沈む。息を呑んだ天崎は、再び腰を下ろした。


 前置きからして、おそらく『調査員』関連とはまた別の深刻な問題があるのだろう。重々しい安藤の口ぶりが、天崎と月島の間に緊張を生んだ。


「はっきり言って、この情報はまだ確定じゃない。だから僕が告げたことを耳にしても、君たちが取り乱さないことを切に願う」

「あぁ……分かった」


 固唾を呑んだ天崎が神妙に頷いた。

 窓から差し込む夕日をメガネで反射させながら、安藤は重い口を開く。


「犬飼に……彼女ができたかもしれない」

「なるほど。犬飼に彼女が…………んん!!??」


 時が止まった。


 安藤に驚くなと言われた手前、天崎は己の感情をどう表現していいか分からなくなってしまう。その結果から生れたのが、下唇を噛みながら瞼を最大まで見開くという変顔だった。


 今一度、安藤が口にした言葉をゆっくりと頭の中で反芻させてみる。

 犬飼に、彼女が、できた?


「エエッ!? ナンデ! ナンデ犬飼カノジョ!??」

「取り乱すなと言っただろ。どこの外国人だ、君は」


 呆れながらも、安藤は両手で天崎を制止させる。言葉を発することを制限されてしまった天崎は、金魚のように口をパクパクとさせるくらいしかできなかった。


「まぁ待て。まだ慌てるような時間じゃない。あくまでも僕の予想なんだから」

「でも、お前がそう思った根拠はあるんだろ?」

「ある。というか、やっぱり天崎は知らないわけか」

「知らねえよ!?」


 何故か涙目になりながら、必死に訴える天崎。

 感情を爆発させる友人にドン引きしながらも、安藤は根拠を話し始めた。


「今日の昼間、犬飼からいろいろ聞かれたんだ。普段マジョマジョさんとはどんな会話をしてるのかとか、デートはどんな所に行くかとか」

「……ん? それだけ?」

「それだけ」


 それを聞いた天崎は、まるで風船から空気が抜けるがごとく、一気に感情が冷めていった。

 全身の体重を椅子に預け、安藤をバカにするような笑みまで浮かべる始末。


「なんだよ、驚かせやがって。そんだけじゃ、何の証拠にもならないじゃんか」

「だから言っただろ。確定した情報じゃないって。ただ、犬飼がそんなことを訊ねてきたのは今日が初めてだ。僕がマジョマジョさんと付き合い始めたことは、もっと前から知っていたはずなのに」

「む、確かにな……」


 しかも、その事実を天崎も知らなかった。つまり犬飼にとって、安藤以外に触れられたくない話題だと予想できる。彼女ができたかどうかは分からないが、気になっている人がいるのは間違いないだろう。


 そう伝えると、安藤も肯定するように頷いた。


「気になってるというよりも、すでにいい感じのような口調だったよ。あくまでも僕の印象だけど、恋人関係になるのも秒読み段階といった感じだった」

「マジかよ……」

「しかも、だ。あいつは交遊関係がかなり広い。彼女持ちの友人くらい、一人や二人はいるだろう。にもかかわらず僕に相談してきたってことは……」

「相手は年上ってことか!?」


 天崎が声を荒げると、安藤は腕を組んで神妙に頷いた。

 悔しそうに歯ぎしりする天崎は、「くそぉ……」と心の奥底から呪詛を絞り出す。

 そんな男子二人を横で見ていた月島が、自分の意見を出してきた。


「で、でも犬飼さんってコミュニケーション能力が高いから、彼女くらいいても不思議じゃない……かな?」

「「いや、あいつに限ってそれはない」」

「そ、そうなんだ……」


 声を揃えて否定された月島は、半笑いを浮かべて身を引いた。

 その後も天崎と安藤の間で、あることないこと憶測が飛び交い始める。


 さすがに居たたまれなくなったのか、月島が機を見計らってゆっくりと立ち上がった。


「じゃ、じゃあ私は先に帰るね」

「おう、お疲れ。また明日な」


 二人と別れの挨拶を交わし、早々に教室から出ていく。

 昇降口へと向かう途中、肩を落としながら小さく呟いた。


「天崎さんも彼女が欲しいなら、すぐにできるのにな……」


 ため息交じりに吐き出された独り言は、誰の耳に届くこともなく、夕闇が蔓延る廊下の先へと消えていった。

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