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ドラキュティックタイム  作者: 秋山 楓
第6話『クビナシシンドローム』

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プロローグ

 西高東低の気圧配置は北方から冷たい風を呼び寄せ、街を行き交う人々の重装備を確固たるものにさせる。雲一つない快晴であるはずなのに、太陽はその仕事を果たしてはいない。冬特有の乾燥した空気が空を高くし、地表から太陽の熱を遠ざけているようだった。


 身を震わせるほどの寒さは、街の人々から活気を削いでいく。


 非常に薄く、味気ない。時期が時期だけに仕方のないことではあるが、熱というものは人間の活動エネルギーそのものなんだなと、高所から街並みを見下ろす死神は、その事実を改めて実感していた。


「これで三組目……か」


 校門の外から身を隠すように敷地内を窺っている二人組を発見して、その死神――石神照樹は睨みつけるように目を細めた。


 彼がいる場所は、とある高校の屋上だった。まるで淡い色彩で描かれた絵画の上に、誤って墨汁を溢してしまったような違和感を放ちながら、石神は給水タンクの上から下界を見下ろしていた。


 門の外にいる二人組は、明らかに高校生ではない。寒さから身を守るためか、はたまた身を隠すためかは分からないが、襟の高いコートを羽織っている。身なりだけなら普通のサラリーマンと大差ないが、幾度となく校門前を往来しているその異様な行動は、どう見ても異質極まりなかった。


 しかも石神が見ていた限り、これで三組目……計六人である。その人物たちが一塊の集団かどうかはともかく、この高校に何かしらの用があるのは明らかだった。


「こんな所で何やってるんだ? 死神さん」


 ふと、給水タンクの下から一人の男子生徒が声を掛けてきた。


 しかし石神は特に驚いた様子もない。常に周囲の魂の動きに気を張っている彼は、少し前から誰かが近づいていることに気づいていた。しかもその魂の質が普通の人間に比べてだいぶ異質であるため、すでに個人すらも特定できている。


 ゆっくりと給水タンクの下へ視線を向けた石神は、黒縁眼鏡の男子生徒へと笑いかけた。


「あれ? 安藤先輩じゃないですか。優等生を演じているあなたが、こんな所で授業をサボってていいんですか?」

「今は昼休み中だよ。さっきのチャイム、聞いてなかったのかい?」

「あぁ、あれ、昼休みの合図だったんですね。僕、自殺するまでの一年間は完全に不登校児だったので、全然分かりませんでしたよ」

「……笑って言えることじゃないよな、それ」


 皮肉交じりに言う石神に対し、安藤はため息で答えた。


 ただ安藤も、そんな下らない会話をしに来たわけではない。不機嫌そうな目つきで、石神を睨みつける。


「で、君はこんな所で何をやってるんだ? 死神に勝手なことをされると、僕としては困るんだけど」


 安藤は人間の社会生活を調査するために魔界から転生してきた、正真正銘の悪魔である。オカルト的な噂になるくらいなら問題ないが、本物の死神である石神に堂々と人前に出られて騒ぎになっては、人間の正しい生態データが取れなくなると危惧していた。


 しかし安藤の目的を知っているはずの石神は、お構いなしに軽口を叩く。


「大丈夫ですって。死神は生者に視認できないようにもなれますんで」

「現に今、僕には視えてるわけだけど?」

「あ、本当ですね。まぁ遠目からじゃ、カラスか何かと見間違うんじゃないですか?」


 確かに死神だとは思わないだろうが、カラスにしてはデカすぎだろ。なんでそんなに楽観的なんだ。と、安藤は肩を落とした。


「そんなことよりも見てくださいよ、安藤先輩。学校の外に『調査員(ウォーカー)』が来ています」

「『調査員(ウォーカー)』?」


 訝しげに眉を寄せた安藤は、石神が指で示す方を見下ろした。


 視力があまり良くないので、はっきりとは確認できないが、確かに校門付近で怪しい動きをしている人物がいるような気がする。


「……何人来てる?」

「僕が見ていた限り、三組ですね。奴らは常に二人一組で行動しているんで、計六人です」

「ふぅん」


 興味なさげに嘆息した安藤は、すぐにフェンスから離れてしまった。

 そして石神に向けて、嫌味たらしく言葉を吐く。


「誰かさんが丸一日結界を張ってたおかげで、異変を嗅ぎ取って調査に来たんだろう」

「そうですね。安藤先輩があんな豪快な結界を作っちゃうもんで、誰かさんも利用したくなっちゃったんですよね」

「……何気に今、自分に責任はないような口ぶりだったよな?」


 結界そのものを作ったのは安藤だし、石神は黒幕に騙されて改造しただけだ。つまり凶器である拳銃に罪はなく、罰せられるのは製造者や使用者だと言っているようなもの。


 そう考えると石神の言うことも一理あるなぁと、不本意ながらも納得してしまっていた。


「で、いいんですか? 奴らを野放しにしておいて」

「野放しも何も、『調査員(ウォーカー)』は悪い奴らじゃないよ。むしろ僕にとっては都合の良い味方みたいなものさ」

「なんだ。せっかく教えてあげたのに」


 面白くないな。とでも言いたげに、石神は憮然としながら口を尖らせた。


 自然の摂理の一部である死神が無機質な日常を送っているのは知っているが、死んでからも娯楽を求めるとは、なんて図太い奴だ。と、安藤は思ってしまった。


「『調査員(ウォーカー)』のことは、天崎あたりには伝えとくよ。けど、僕の懸念はむしろ君の方だ。またこの前みたいなことをやらかしたら……タダじゃおかないからな?」

「心配性だなぁ。大丈夫ですって。僕はもう、人の魂を無意味に弄んだりはしませんよ。あれだって、冥界に感知されたら存在を抹消されるリスクを負っていたわけですからね」

「ふん。どうだか」


 まったくもって信用ならない。とでも言うように鼻を鳴らした安藤は、さっさと屋上から去っていった。


「おぉ、怖い怖い」


 大げさに肩を竦めた石神は、ふざけたような口調で安藤を見送った。


 大悪魔に目を付けられたというのに、その態度は呑気そのものだった。

 それもそのはず。生者である安藤が、死神の自分をどうこうできるわけがないのだ。


 死神を殺せるのは同じ死神か、もしくは冥界の関係者だけ。安藤に冥界とのパイプなどあるはずがないし、できることといえば死神化した天崎をけしかけるくらいだろう。


 わざと見知らぬ人間の魂を狩らせて、冥界に存在を抹消させてもらう、ということもできなくはないのだろうが……どのみち安藤の忠告通り、石神はもう生者を巻き込むような事件を起こすつもりはなかった。


 だから石神としては、今後も死神の仕事を粛々とこなしていくだけなのだが……。


「にしても、暇だなぁ」


 再び無機質な死神生活が始まることに嫌気が差し、深々とため息を吐いた。

 ふと、校門に視線を向ける。怪しげな二人組は、いつの間にか姿を消していた。

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