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ドラキュティックタイム  作者: 秋山 楓
第5話『フェイス・トゥ・デスバルーン』

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間 章 とある死神と????の会話

 世間が寝静まってから数時間後。とある児童公園の一角で、鼻の頭に大きなシップを貼った石神は一人ブランコに揺れていた。


 風もなく、音もない静寂に満ちた空間。


 わずかばかりの星明りと、公園の端でチカチカと瞬く街灯だけが、死神という特異な存在を現実世界に繋ぎとめているかのようだった。


 ブランコに腰を下ろしてから、何分経っただろう。いや、もしくは何秒か。

 その男は何の前触れもなく、暗がりの向こうから現れた。


 石神の意識を自分へ向けるように、一歩だけ砂利を踏んだ後、男はしゃがれた声で言った。


「天崎東四郎はどうだった?」


 特に前置きもなく、男はいきなり本題に入ったようだ。


 ただ問われた石神も彼の性格は理解しているようで、驚きも不満もなく、ゆっくりと顔を上げながらトレンチコートを視界に入れる。


 石神は皮肉でも言うかのように、口の端を吊り上げて答えた。


「なかなか面白い人でしたよ」


 得意げに言うと、トレンチコートの男もまた嬉しそうに口元を歪めた。

 嬉々とした表情のまま、彼は続きを促す。


「報告を聞きたい」

「まず天崎先輩は、あなたが思っている以上に自分の血のことを理解しています」

「ほう?」

「あなたのシナリオでは、残り六時間くらいになったら僕がヘマをして、天崎先輩を死神化させるって感じでしたよね? けれど天崎先輩は、僕が大鎌を振らないことに気づき、自分で死神の血統を呼び醒ましました。『完全なる雑種』という血を熟知してなきゃ、なかなかできることじゃないですよ」

「なるほど」


 嬉しそうにする男の顔は止まらない。フェルトハットに半分埋もれた瞳は興奮を隠しきれないようで、暗闇の中でギラギラと輝いている。


「それと、あなたの目的はもう一つありましたよね? 死神の血統を覚醒させるのと同時に、天崎先輩の心を折ること。こちらについては成功と失敗、どちらとも言えません」

「それはついでの要望だ。死神の血統が覚醒されたのであれば問題ない。だが、お前の感想を聞きたい」

「分かりました」


 頷いた石神は、己が見たままを話し出した。


「天崎先輩の心を折るためには、身内がらみが有効だと感じました。身内の安全と引き換えなら、あの人は簡単に自分の命を差し出しますよ。けど、気を持ち直すのも身内によるものが大きいですね。味方や守るべき者がいれば、何度でも立ち向かってくると思います」

「ふむ」


 報告に満足がいったのか、男は特に意見を言うこともなく深々と頷いたのだった。


 話を終えた石神が立ち上がる。これにて彼の仕事は完了だが、何も報告だけのためにトレンチコートの男と顔を合わせているわけではない。仕事というものは、それ相応の対価が必要なのだ。


 石神もまた、男の要望を受ける見返りとして要求していることがあった。


「じゃあ次は僕の番です。両親とはいつ会わせてくれますか?」

「両親? はて、何のことかな?」

「…………」


 飄々と言い放つ男に、石神は懐疑的な視線を向ける。


「約束、しましたよね? 交換条件に、僕を両親に会わせてくれるって」

「無理だな。死神になる制約として、生前の知り合いと会えなくなることは決して覆すことができない。いわば自然の摂理だ。俺がどうこうできる問題ではない」

「な……に……」


 交換条件を反故にした本人がさも当然のように主張するため、石神としても呆気に取られることしかできない。


 だが言葉を理解していくのと同時に、みるみるうちに怒りが増していく。天崎に挑発された時とは比べ物にならないほど、石神は激怒していた。


「僕はただ……両親に一言伝えたかっただけだ。たった一言のために、あんたの計画に協力したんだぞ。冥界にバレたら存在を抹消されるリスクまで負って。それをあんたは……裏切るというのか!?」

「騙される方が悪い嘘というのは、少なからずあるものだよ」


 限界だった。昂った激情は、一定ラインを越えることで一気に鎮まっていく。

 虚空から大鎌を出現させた石神は、刃先を男に向けて最後の猶予を言い渡した。


「つまり、あんたが僕と交わした約束はすべて嘘。僕を誑かしたというわけですね?」

「そういうことになる」


 刹那、石神が音もなく動き出した。


 大鎌を振り上げ、男の眼前へと迫る。凄まじい移動速度のためか、男は避けるどころか反応すらできないようだった。


 そのまま石神の大鎌が、男の左肩へと袈裟斬りに薙ぎ払われる。

 しかし――。


「――ッ!?」


 両断するのと同時に違和感を覚えた石神は、驚きのあまり目を剥いた。

 まるで手応えがなかったのだ。


 死神の鎌は、肉体から魂を切り離したり、魂そのものを切り刻む用途で使われる。故に大鎌の刃が男の身体をすり抜けたことは不思議ではないが、肝心の魂に触れた感触すらまったくなかった。


 つい最近、この感触を味わったことがある。月島裕子を斬った時だ。

 つまり、この男は――。


「あんた、まさか……魂がないのか!?」

「死神よ。お前の役目は終わった」


 石神の問いに答えぬまま、男は踵を返す。その動作があまりにも自然だったためか、石神の中から男を追うという選択肢が、いつの間にか消失してしまっていた。


 トレンチコートの男は、まるで散歩の途中だとでも言わんばかりの軽快な足取りで、そのまま児童公園から去っていく。


「…………くそっ!!」


 悪態を付いた石神は、騙された怒りと悔しさを地面へとぶつけることしかできなかった。

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