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ドラキュティックタイム  作者: 秋山 楓
第5話『フェイス・トゥ・デスバルーン』

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第9章 苦悩

 保健室前の廊下で座り込んだ天崎は、頭を抱えながらじっと床を見つめていた。


 ふと、弱々しい足音が近づいてきていることに気づく。見れば、足を引きずった安藤が、窓枠を支えにしながらゆっくりと歩み寄ってきていた。


「安藤……大丈夫なのか?」

「大丈夫とは言い難いけどね。見ての通りさ。支えがあれば、なんとか動ける程度までは回復したよ」


 安藤の容態を見て、天崎は月島のことを思い出す。


 いくら一般人よりも魂が抜けることに慣れているとはいえ、まだ完全回復には至っていなかっただろう。にもかかわらず、重い足を引きずり、校内で倒れている人たちを見て不安を抱きながらも、しんと静まり返る校舎を彷徨っていたのだ。


 そして話し声が聞こえる教室に辿り着いた矢先、複数の生徒に囲まれている円を発見した。その中に飛び入ったのは、反射的だったに違いない。それでも、子供は守らなければならないと普段から思っていなければできない行動だ。


 いつも小動物のようにおどおどしている月島に対し、天崎は考えを改める。

 月島は強い奴だ。少なくとも、天崎が思っている以上には。


 それに比べて、自分は何だというのだ。罪のない生徒を傷つけることを厭い、結局は円を助けることができなかった。


「天崎、君こそ大丈夫かい? だいぶ参ってるようだけど」

「……大丈夫だ。何ともない」


 口では強がっているものの、やつれた顔はどう見ても大丈夫そうではなかった。会話している安藤と目を合わせられていないことに、天崎自身が気づいていないほどに。


 そんな天崎の様子を訝しがりながらも、安藤は問う。


「円ちゃんは?」

「保健室だよ。中で月島を見てる」


 特に確認するわけでもなく、安藤は保健室の方を一瞥しただけだった。


 安藤は今しがた起きた出来事を知らない。それ故、あまりに不合理な行動をしている友人に咎めるような視線を向けてしまうのも、無理なからぬことだ。


 一人でも多くの人間を救うため、校内中を駆け回るのが今の天崎の役目だし、休憩ならば円や月島の側に寄り添ってやるべきだろう。天崎が一人でただ座り込んでいるこの状況は、安藤には理解できなかった。


 しかし、ここで天崎を責め立てても意味がない。

 安藤は、そのまま彼の前を通り過ぎる。


「僕は今から結界を見に行く。君は魂集めを続けるだろ?」

「……あぁ、そのつもりだ」

「…………」


 覇気のない返答に、安藤は眉を寄せた。

 こんな状況なのだから、少しくらい気落ちしていても不思議ではないが――、


 どのみち油を売っている時間はない。安藤は自分の役目を果たすべく、ゆっくりと天崎の前を通り過ぎる。


「なぁ、安藤」


 廊下の角を曲がろうとしたところで呼び止められた。


 立ち止まって振り返る。相変わらず廊下に座り続けたまま、天崎は視線だけを安藤の方へと向けていた。


「なんだい?」

「お前も、やっぱり……マジョマジョさんには助かってほしいと思ってるか?」

「なに言ってるんだ。当たり前だろ?」


 とうとう頭がおかしくなったか。とでも言いたげに、安藤は目を細めた。


 しかし天崎としても今の質問は変だったという自覚があったらしい。一呼吸を置いた後、問い方を変える。


「例えばさ、マジョマジョさんとまったく知らない赤の他人が崖から落ちそうになっててさ、どちらか一人しか助けられないって言うんなら、お前はどっちを助ける?」

「愚問だな。どちらか一人って条件なら、絶対にマジョマジョさんを選ぶに決まってるだろ」

「そう……だよな」


 質問はそれで終わりだったのか、天崎は再び黙り込んでしまった。

 さすがの安藤も、今の質問の意図はまったく分からなかったようだ。


「なんだ、終わりかい? てっきり次は、マジョマジョさんと両親が崖から落ちそうな場面を想定しろって言われるのかと思ったけど」

「いくら何でも、そんな酷い質問はしねえよ」


 というか問う意味がない。本人にとって大切な方を選ぶか、それとも『そんなもの選べるはずはない』という回答が返ってくるのは、容易に想像できるのだから。


 そう、今は大切な人同士を比べても意味はないのだ。大切な人と、まったく見知らぬ誰かを比べなければ。


 だけど……。


「あんまり考えすぎるな、天崎」

「……分かってるよ」


 叱っているようで、それでいて身を案じていることが明確に分かる声音。気を遣ってくれていることに感謝しながらも、天崎は偽りの返答を返した。


 考えすぎないなんてこと、できるはずがない。


 ずっと俯いている友人の内心を知ってか知らずか、小さく嘆息した安藤は、静かにこの場から去っていった。


 誰もいなくなった廊下に、耳鳴りがするほどの静寂が落ちる。


 天崎は理解していた。自分にとって大切な人を助ける、というのはいい。けれども、その大切な人にも、また別の大切な人がいるのだ。その繋がりは次第に大きくなっていき、やがては自分の手が届かない大きなネットワークとなる。


 結局、一人を助けるのなら、全員を助けなければ意味がない。

 抱えていることが大きすぎて、脚が震えた。

 ダメだ、無理だ、助けられるわけがない。


 ならば――、

 天崎はゆっくりと立ち上がった。再び体育館へと向かうために。

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