第4章 校内デート
リベリアと円を待つ約二十分の間、周囲の騒がしさが一段と増していった。
仕事のない生徒が他のクラスを見て回っていたり、外来の参加者と思しき私服の人たちもちらほらと往来し始めていた。
そんな中、天崎は一人呆然と廊下に突っ立っていた。
安藤はいつの間にかいなくなっているし、何か手伝おうかと今日のシフトの奴らに声を掛けても、「お前は明日だろ」と邪険に扱われたり。
確かに大人数で準備ができるほど広いスペースではないが、同じクラスの仲間なんだから、そんな冷たくあしらわなくてもいいのに。と、天崎は少ししょげていた。
ただ彼らは、明日自分たちが手伝いたくないから拒否したのであろうことは、天崎もなんとなく気づいてはいたが。
そんなこんなで二十分。ようやく廊下の先からメイドの集団が現れた。
メイド服に身を包んだリベリアが、小走りで天崎の方へとやってくる。
「お待たせしました、天崎さん! どうですか!?」
そう言って、リベリアはその場で一回転して見せた。
スカートの裾が、花びらのようにふわりと舞う。翼を外に出すため背中の布ががっつりと裁断されており、高校の学園祭の衣装としては少し相応しくないことに目を瞑れば、完璧な着こなしだった。
こういう場合はお世辞を使うべきなのだろうが、それを言う必要もない。
「さすがはリベリア=ホームハルトだ。チープな手作り衣装も、まるでお姫様が着るドレスみたいだな」
「可愛いですか!?」
「可愛いよ。似合ってる」
「驚きと感動は!?」
「それはあまりない」
前に一度見ているしな。と言うと、リベリアは拗ねたように頬を膨らませた。
ただ彼女もそこまでの感想を求めてはいなかったようで、天崎の反応が悪くても特に気分を害した様子はなかった。
「ま、本日のメインはこちらですからね。私に対しての評価を求めるのは、ここまでにしておきましょう」
そしてリベリアは得意げな笑みを見せると、廊下の端へと身を滑らせる。
まるで何か素晴らしいものをお披露目するように、彼女はメイド服のクラスメイトたちの方へと片手を伸ばした。
その先頭にいたのは、先ほど女子たちに誘拐されていった円だった。
ただ、いつものような着物姿ではない。周りの女子たちと同様、小さなメイド服をその身に包んでいた。おかっぱ頭の頂上には、カチューシャまで付けている。
「おぉ……」
初めて着物以外の服を着た同居人を見て、天崎は思わず感嘆のため息を漏らした。
あまりの驚きに、適切な言葉が浮かばない。その姿をできるだけ脳裏に焼き付けようとして、ついつい押し黙ってしまう。
しかし円は、いつまで経っても何も言わない天崎を悪い意味で捉えたのか、不安そうに首を傾げた。
「どう?」
問われ、ようやく天崎はハッと我に返った。
急に感想を求められても、凝った誉め言葉が何一つ出てこない。ただこのまま黙っているよりかはマシかと思い、今の気持ちを正直に、それでいて簡潔に答えた。
「やべー。すげえ……可愛い」
円を宥める意味で可愛いと言ったことは何度もあるが、心の底から身なりを褒めたのは、これが初めてのような気がする。そのため褒め言葉を口にした天崎自身も、恥ずかしさのあまり視線を泳がせてしまった。
対して、褒められた円本人はというと……。
最初は痒い所に手が届かないようなもどかしい表情をしていたものの、天崎の言葉を聞くやいなや、俯きながらも満面の笑みを表すのであった。
「円ちゃんが笑った!」「こっち見て、こっち!」「きゃー、可愛い!!」
再び女子の集団に囲まれる円。彼女たちのほとんどがスマホを構えているのを見て、現代社会って怖いなと、天崎は思ったのだった。
「いやー、写真だけじゃ寸法が分からなかったから、少し大きめに作っといてよかったわさ」
と、手芸部の植松が満足そうに円を眺めて言った。
「あれも植松が作ったのか?」
「そだよー。あんな可愛い子に着てもらえて、手芸部冥利に尽きるってもんよ。うえまっちゃんも満足満足ぅ」
「へぇ、すげーな」
「えっへっへ。どもー」
さっきはチープとか言ってごめんな。と、天崎は心の中で謝っておいた。
「さーて、開店まであと五分。みんな、張り切っていくわよ!」
委員長の号令で、メイドたちは教室へと入っていく。
その中に円も混ざっていることに気づき、天崎は慌てて呼び止めた。
「ちょっと待て。当たり前のようにみんなと一緒に入るな。お前は接客なんてしないだろ?」
「私たちも円ちゃんにはメイド衣装を着てもらうだけのつもりだったんだけど、リベリアさんが手伝うことを知って、実は円ちゃんも意気込んじゃって……」
申し訳なさそうに言う委員長の話を耳に入れつつも、天崎は円を凝視していた。
円は胸の前で両手の拳を握り、強い眼差しで天崎に訴えかけてくる。
「やる!」
やる気満々だった。
だがしかし、天崎の一存で決めていい事ではない。
「さすがに邪魔……迷惑になるだろ。身長だって足りないしさ」
「そこら辺は私がフォローしますよ」
「スカートなんて初めてだろ? 歩き慣れてなくて、水でも溢したら大惨事だ」
「天崎さん。ちょっと過保護すぎでは?」
「いや、でもなぁ……」
リベリアに軽く窘められるも、天崎も簡単には譲れなかった。
すると突然、シャツが下から引っ張られる。見れば、円が先ほどと同じように拳を握って、さらに強い口調で「やる!」と宣言していた。
円の意志に気圧され、天崎は近くにいた委員長に助けを求めた。
「えっと……委員長。どうする?」
「どうするもこうするも、私たち女子は全員賛成よ。何かあったら、責任は私が取るし」
「はぁ……」
ここまで言われてしまっては、天崎も折れる他なかった。
接客といっても、せいぜい物を運ぶくらいだろう。女子たちも円と出会ってまだ三十分程度だが、滅多に笑わないことにも気づいているはず。ある意味、マスコットとして側に置いておきたいだけなのかもしれない。
とはいえ、円はこんな大勢の人間に囲まれること自体、初めてのはずだ。リベリアから過保護すぎると揶揄されたが、そうなってしまうのも無理はない。円に何かあるくらいなら、心配症と嘲笑われる方がまだマシだ。
リベリアがついているとはいえ、少し様子を見るかと、天崎はクラスメイトの邪魔にならないよう、廊下から教室内を傍観することにした。
なんやかんやで開園時間を回り、保護者らしき人たちやその子供、他校の生徒たちの姿も多く見受けられるようになってきた。比率こそまだ本校の生徒の方が多いものの、だからこそ天崎のクラスの喫茶店が一番賑わっているのかもしれない。
噂というものは、まずは親しい間柄で発生するものだから。
「すげー美人な外国人がいる」「人形みたいな可愛い女の子がいる」
退店していく生徒たちが、皆一様にそのような感想を漏らしているのを天崎は耳にした。ただ味についての評判を一切聞かないのは、苦笑いする他なかったが。
店内の様子を覗き見ても、特に問題はなさそうだった。
さすがというべきか当然というべきか、リベリアの動きは狭い教室の中でも小慣れていた。他の女子とは一線を画している。先ほど宣言していたように、ちゃんと円のフォローもできているようだ。
対する円も、動きだけはとてもスムーズだった。
初めてのスカートだというのに足を縺れさせることもなく、無表情のまま、まるで茶運び人形のように客の元へと水を持っていく。そして身長が足りないため、連れ添っていった女子に提供してもらう形だ。
二度手間な接客ではあったが、円は特におばさま方に人気があるようだった。
そのまま十数分ほど観察して、天崎は『大丈夫そうだな』と結論付けた。
唯一心配なのは、鼻の下を伸ばした男子生徒が「あの背中に惚れた!」とリベリアを見て言っていたことだろう。確かに、がっつり背中の開いたメイド衣装は、思春期の男子の欲情を煽るのかもしれないが……先生たちに通報されないことを願う。
「さて、っと」
いつまでもここにいても仕方がない。円のことは、リベリアや女子たちに任せるべきだな。そう自分に言い聞かせ、教室を離れようとした天崎だったが……自分が今、最悪な状況に陥っていることに気づいて絶句した。
「まさか……ウソだろ?」
安藤や犬飼をはじめとする友人の姿は、今ここにはない。
リベリアと円は、クラスの出し物を手伝っている。大家とミルミルが来るのは、昼を過ぎてからだ。
天崎が調理を手伝おうにも、先ほど邪険に扱われてしまったばかり。
つまり天崎は今、学園祭ボッチなのである!
他のクラスの出し物を見て回る? ……一人で?
友人たちを捜しに行く? っていうか、みんなどこに行ったんだ?
一人で行動すること自体は特に苦にはならないのだが、学園祭という特殊なイベントの中で単独行動を強いられたことは、あまりない。故に今から何をすればいいのかも分からず、天崎は教室前の廊下で、足が床に根付いてしまったかのように呆然と立ち尽くしていた。
その時、廊下の奥から、苦境に追い込まれた天崎を救う女神が現れる。
先ほどから姿が見えなかった、月島だった。
「月島!」
「あれ? 天崎さん、こんな所で何してるの?」
何してるも何も、何もしていないのだが。
堂々とそう言い張るのはさすがに恥ずかしかったので、適当にはぐらかしておいた。
「って、月島こそ何やってるんだ?」
「ちょっとね。……あっ」
と、何かに気づいたように、月島が教室の中を覗き込む。
視線の先は、無表情で、それでいて得意げに胸を張っているメイド姿の円だった。
「わぁ! 円ちゃん、メイド服着てくれたんだ。すごく可愛いね!」
「ん? さっきは一緒じゃなかったのか?」
「うん。衣装を作ってることは知ってたけど、着てるのを見たのは今が初めてだよ」
てっきり月島も先ほどの女子の集団と一緒に更衣室へ向かったものだと思ってたが、よくよく考えれば彼女のシフトは明日だ。今着替える必要はない。ということは月島は出席を取ってから、どこかへ行っていたということなのか?
「あっちの金髪の人は……リベリアさんなんだよね?」
「あぁ、そうだよ。会ったことなかったっけ?」
「お姉ちゃんはあるけど、私は近くで見たのも初めてかな」
意外だった。話したことがないどころか、顔を見たのも初めてだったとは。
まるでリベリアの美しさに囚われてしまったかのように、月島は教室内を恍惚とした表情で眺めていた。「綺麗だなぁ……」という嘆息混じりの呟きが、自然とその口から漏れるくらいだ。
「まぁ吸血鬼だからな。人間が美しいって思うのは当然だよ」
「……えっ? あ、そっか。吸血鬼だもんね」
独り言に返答してしまったためか、月島が慌てふためく。
ふと、月島が両手をもじもじとさせながら小さな声で訊いてきた。
「や、やっぱり天崎さんも、リベリアさんのことは美人って思うんだよね?」
「あー……」
なんかリベリアからも同じような質問をされた気がする。
二人は思考回路が似ているのかな? と思いつつも、天崎は回答を思案していた。
さっきみたいに『完全なる雑種』だからと逃げるのも違うし、だからといって美人じゃないと否定するのもおかしな話だ。リベリアは誰が見ても目を惹くくらいには美人なのだから。
なので天崎は偽りなく答えた。
「まあな。俺もリベリアのことは美人だと思うよ」
「そ、そうだよね」
月島の反応は、傍から見ていた天崎にはよく分からないものだった。
意見に同意したことで納得するわけでもなく、かといって逆に否定してほしかったわけでもない。曖昧に笑っているものの、どこか気を落としたようにも見える。
もともと思っていることが顔に出やすい女の子ではあるが、いろんな感情が絡み合った今の表情から内心を読み取れるほど、彼女と長い付き合いがあるわけではなかった。
とにもかくにも、現状を打破すべき友人が来てくれたことには感謝だ。
天崎は何気なく月島を誘った。
「月島。よかったら、今から校内を回らないか? 昨日約束もしたし」
「へ?」
まさしく青天の霹靂といったところなのだろう。虚を突かれた月島は、間抜けな声を上げて天崎を凝視する。
「い、いいの!?」
即座に意味を呑み込んだ月島が、瞳を輝かせて身を乗り出してくる。
だがすぐに、後ろめたいことがあったかのように身を引いた。
「で、でも、天崎さんはおののき荘の人たちを案内するんだよね?」
「いいや? 見ての通り、リベリアも円も接客を手伝うことになっちゃってさ。大家のばっちゃんとミルミルは昼から来るって言ってたし、マジで暇なんだよ」
「そうなんだ……」
理由を説明したところで、月島は徐々に気を持ち直していく。とはいえ、それでもまだ完全に晴れていない様子。チラチラと教室内に視線を向けているのを見るに、おそらく「自分が天崎さんを連れて行ってもいいのだろうか?」と葛藤しているのだろう。
内気な彼女の性格ならば、他人に遠慮してしまうのも無理はない。
だから天崎は、月島に負い目を抱かせないように言い換えた。
「ま、その、なんだ。少し暇になったから、俺の時間潰しに付き合ってくれないか?」
「……う、うん!」
まるで純粋な子供のように、月島は頷く。
なんだか円のご機嫌取りの時みたいなやり取りだなと、天崎は思ったのだった。
ルートは私が決めると月島が言うので、天崎はそれに従うことにした。
向かった先は一つ上の階。一年生のクラスが並ぶフロアだ。下級生は初めての学園祭であるためクオリティはあまり期待していなかったものの、意外や意外、なかなか興味をそそられる外観が並んでいた。
月島が足を止めたのは、その中の一つ。おどろおどろしい看板が掲げられた、お化け屋敷だった。
「カップル一組様、ご案なーい」
僻みなのか嫌味なのか、受付の男子生徒が大声で叫んだ。まぁ男女ペアで学園祭を回ってたら、そう捉えられても仕方がないよな。と、天崎は半ば諦め気味だったのだが……案の定、月島は顔を赤らめて俯いてしまった。
「わっ! けっこう暗いね」
遮光カーテンが敷かれているのだろう。午前中だというのに、教室内は足元を視認するのも危ういほどの暗闇が広がっていた。
明るい廊下から急に暗くなったため、目が慣れるまでに少し時間がかかる。
故に、お互いを支えるため、距離が近くなることは自然な流れだった。
「…………」
たかが学生の作ったお化け屋敷なので微塵も怖くはないのだが、天崎は別のところに意識を集中して緊張を強いられていた。
肘の辺りに、月島の二の腕が当たる。
一歩歩くごとに髪が揺れ、シャンプーの匂いが鼻腔を刺激した。
一時的に視覚が途切れたからだろう。いつにも増して研ぎ澄まされた他の五感が、普段は意識していなかった月島を感じていた。
お化け屋敷自体は、非常にチープなものだった。墓場を模した飾り付けの狭い通路を歩き、所々でお化けに扮した生徒が脅かしに来るだけ。しかも広さが教室一個分しかないためか、ものの三分ほどで出口へと辿り着いてしまった。
子供向けとしては上出来だが、高校生にもなってこれで怖がることはないよなぁ。
などと感想を抱いた天崎だったが、外に出た後の月島の一言を聞いて戦慄した。
「け、けっこう怖かったね。本物も少し集まって来てたみたいだし」
「…………」
そういえば月島には霊感があるんだった。
「……害はないんだよな?」
「うん。念の弱い幽霊ばかりだったから、大丈夫だと思うよ」
天崎も幽霊を視れた時期があったとはいえ、その能力は今はもう失われてしまっている。自分の知覚できない存在が周りにいることに、少なからず恐怖を抱いたのだが……そう考えると常に霊の視えている月島が、どうしてここまで臆病なのか不思議に思ってしまった。
次に二人は、同じフロアで占いをやっている教室へと入った。
教室内の雰囲気やタロットカードを並べる生徒の身なりは、いかにも! という感じで固められてはいたが、肝心の占いがお粗末だった。『二人はいい関係を続けられる』だの『これから良いことが起こる』だの、お客さんを不快にさせない文言を並べるばかりだ。
本物の占い師を知っている天崎としては、苦笑いしか出てこなかった。ただお世辞とは言えど、それでも月島は頬を染めて委縮していたが。
占いの館を出た後、一学年八クラスすべてを回るわけにもいかず、ひとまず校舎の外へと足を運んだ。教員用玄関前にあるロータリーでは、外来の売店がいくつかやって来ているのだ。
さすがにこの時期にソフトクリームは食べたくないな。という意見が一致し、二人はクレープとホットドッグを買って腹ごしらえを済ませた。
食後なので少し腰を落ち着かせたいと思い、二人は体育館へと向かう。
体育館の中は薄暗く、舞台の上で演劇部が劇を演じていた。すでに中盤を過ぎたあたりのようで、話の筋はまったく読めない。パンフレットを見てもどうやらオリジナルの脚本みたいなので、天崎は物語の理解を諦めながら、呆然と眺めていた。
演劇が終わるタイミングで、二人は体育館を出た。
そのまま渡り廊下を通り、武道場へと赴く。
武道場の中では、美術部が描いた絵画と書道部の作品が飾られていた。ただ催しそのものが地味であるため、見学に来ている人は少ない。特に感想を言い合うこともなく、閑散とした武道場内を一周回っただけで終わった。
さらに月島の案内通りに学校内を巡っていく。
しかし旧校舎の四階まで上ったところで、月島自身が不思議そうな声を上げた。
「あ、あれ?」
旧校舎に、通常の授業を行うクラスはない。音楽室や理科室、視聴覚室といった、特別教室が並んでいるだけだ。
吹奏楽部は体育館で演奏するため楽器類を外へと持ち出しているし、美術室は先ほど見た通り、武道場に作品が展示されている。理科室や視聴覚室では、そもそも学園祭の催しは行っていない。
故に旧校舎内にはまったく人通りがなく、とても静かだった。
「こっちは何もやってないんじゃないか?」
「う、うん。そうだね」
天崎が言うと、月島は素直に認めた。
月島は転校してきてから日が浅い。どこに何があるのかもまだ把握していないようなので、迷ってしまうのも無理はない。
さっさと戻るか。と、天崎が提案しようとしたところで……窓の外をじっと凝視している月島に気づいた。
「何かあるのか?」
「えっ!?」
声を掛けると、月島が弾かれたように窓から離れた。
そして何故か顔を真っ赤にしながら、大げさなジェスチャーで否定する。
「な、なんでもないよ! 何もないよ!」
「何もないってことはないだろ」
天崎もまた月島に倣い、窓の外を見下ろした。
プールと武道場に挟まれた小さな隙間。周囲からは完全に死角となったその場所に、顔も知らない一組の男女がいた。しかもその男女は長々と唇を重ね合わせており、男子生徒の方が女子生徒の制服を弄っている。いわば密会というやつなのだろう。
その光景を目の当たりにした天崎は、「げっ」と小さく悪態をついた。
次に恐る恐る月島の方を盗み見る。彼女は顔を背け、耳まで真っ赤に染めながら床を見下ろしていた。
「もぉ、お姉ちゃんったら……」
不意に、月島の口からそんな独り言が漏れる。それを耳にした天崎は、ここに至るまでの経緯を完全に理解した。
今までのルートは、おそらく月島裕子が決めていたのだろう。
早朝、月島の姿が見えなかった理由は、校内を簡単に見て回っていたからだ。どこに何があるのかを把握し、裕子に交代する。そして天崎と学園祭を回るのなら、こういうルートがいいとメモか何かを残したのだ。
旧校舎に来た時、月島自身が不思議そうにしていた理由も納得できるし、裕子なら最終的に二人を人気のない所へと誘導しそうではある。つまりまんまと罠に嵌められたわけだ。
そうと判れば、裕子の思い通りにさせるわけにはいかない。
天崎は、少し離れて未だ俯いている月島の手を取った。
「へ、ふぇ?」
「行くぞ、月島。どうせお前、三年生の教室は見てないだろ?」
臆病な月島なら、上級生のクラスがある校舎へは二の足を踏むはず。裕子の思惑を裏切るのであれば、予定していなかったであろう三年生の教室へ行けばよい。
しっかりと月島の手を握った天崎は、強引に引っ張っていく。
はじめは戸惑っていた月島だったが、歩調が合っていくにつれ、彼女の方からも繋いだ手を強く握り返してくれた。
三年生の催し物の出来具合は、クラスによって差が激しかった。
三回目ということもあって要領を得ているのか、非常に凝った造りのクラスもあれば、生徒たちが書いた俳句を展示しているだけのクラスもある。三年生へと上がる際、進路によってクラス分けがされるためだろう。受験勉強に忙しいクラスでは、学園祭にあまり力を入れていないということだ。
下級生にはない、何か面白い催しをしているクラスはないだろうか?
そう期待し、天崎と月島が三年生の教室を見て歩いていた――その時だった。
「うひゃひゃひゃひゃ」
とある教室から、なにやら下品な女性の笑い声が聞こえてきた。
どこかで耳にしたことのあるその声に、二人は思わず顔を見合わせる。確認するため数歩ほど歩いた場所にあったのは、理系クラスが実施している執事喫茶だった。
廊下の端から、身を隠すようにして中を覗き見る。
シックな雰囲気の喫茶店を模したその一角に、タキシード姿の男子生徒を両脇に侍らせた有沢空美がいた。しかもけっこうな上機嫌だ。
「いいね、いいね、最高だね! 未成年の男を合法的に侍らせられるなんてよ!」
まるでホストに嵌った悪女のように、空美は下劣な高笑いを上げる。周りにいる男子生徒たちは迷惑顔だったり、照れ臭そうに委縮してしまい、接客どころではなさそうだった。
「ホストじゃなくて執事喫茶だろ」
その異常な光景を目の当たりにした天崎は、小さな声でツッコミを入れた。
そして月島と視線を合わせ、意思疎通を図る。同時に頷いた二人は、巻き込まれるのは御免だと言わんばかりに、無言のままその場を立ち去ったのだった。




