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ドラキュティックタイム  作者: 秋山 楓
第5話『フェイス・トゥ・デスバルーン』

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第2章 謎の男について

 犬飼の一件で一悶着あったものの、学園祭の準備は問題なく終了した。


 帰宅のためカバンを背負った天崎は、喫茶店と化した自分のクラスを覗き見る。もちろんチェーン店などの内装には敵わないが、客を入れても決して恥じることのない喫茶店がそこにはあった。


「帰ろう、天崎」

「あぁ」


 安藤の呼びかけに応じた天崎は、名残惜しそうに教室から立ち去る。本番は明日だというのに、すでに天崎の中にはやり切った感があった。


 先に廊下を歩いて行った安藤の元へと、早足で向かう。

 追いついたところで、天崎は背後から声を掛けられた。


「ねぇ、天崎さん。その……よかったら、一緒に帰らない?」


 振り向くと、元のセーラー服へと着替えた月島がいた。


 天崎と安藤は無言で視線を交わす。すると安藤は空気を読んで「それじゃ、僕は先に帰ってるよ」と言って踵を返そうとしたのだが……天崎は気を利かせた友人を呼び止めた。


「いや、安藤。ちょっと待て」


 そしてすぐに月島へと向き直る。


「お前……もしかして裕子か?」


 半信半疑のまま、天崎は月島へと問いかける。


 すると月島は口の端を吊り上げるような笑みを見せ、猫背だった背筋をピンと伸ばした。正したその佇まいが、すでに返答のようなものだった。


「よく分かったね。普段の洋子の仕草を頑張って真似てみたんだけど」

「視線がまっすぐこっちを見すぎなんだよ。もう少しオロオロしてないと」

「なるほど、よく見てるな。洋子の姉として喜ばしい限りだ」


 陽気に笑う裕子に対し、天崎は肩を落とした。


「あんまり月島の身体に負担をかけるなよ。っていうか、ちゃんと許可は取ったのか?」

「一応ね。そもそも家ではほぼ毎日身体を借りてるから、負担というほどでもないよ」


 一日三十分なら大丈夫だとはいえ、少なからず月島の魂に影響はあるだろう。決して口に出すことはないが、すでに死んだ人間がそう易々と現世に出てくるなよと、天崎は思っていた。


「で、どうしたんだ? 今ここで出てくるってことは、月島と対話する時間を割いてるってことなんだろ?」

「そうだね。でもそれ以上に大切な用事……というか、君たちと話したいことがあるんだ。安藤君も一緒にいいかな?」

「僕も?」


 一歩引いたところで二人を眺めていた安藤が、不思議そうに首を傾げた。

 歩き出した月島が、天崎と安藤についてくるよう促す。


「十日くらい前になるのかな。街中で奇妙な男に出会ったんだ。できればもっと早く報告したかったんだけど、楽しそうに学園祭の準備をする洋子に遠慮して出てこれなかった。ま、それ以降、特に何もなかったからよかったんだけど」

「奇妙な男?」

「うん。そいつは六年前、死者の魂を自分へ縛り付ける方法を洋子に教えたと言っていた」


 そう切り出し、裕子は十日前に出会った男のことを語りだした。


 駅前のカフェでクラスメイトと学園祭の打ち合わせをした、その帰り道だった。その男は月島の歩く先を遮るように、道端に突っ立っていたらしい。ただ不思議なのは、守護霊である裕子ですら、その男がいつからそこに居たのか分からなかったそうだ。まるで月島がその男と衝突したことで、初めて姿を現したような感覚だった。


 そして裕子が言ったように、魂の縛り方を洋子に教えたという事実だけを伝えて、さっさと立ち去ってしまったのだという。


「月島さんの知り合い……ではないんだよね?」


 安藤の問いに、裕子は首を横に振った。


「いいや。私も見たことのない相手だったし、洋子も知らないような反応だった。……ちなみに私がこの身体に入っている前後数秒は洋子の記憶が曖昧になるみたいで、洋子はその男と会ったこと自体、忘れていたよ」

「魂関連ってことは、霊能力者とか?」

「うーん……私もその可能性を考えたんだけど、ただの霊能力者が、当時十一歳の女の子に魂の話とかすると思うかい?」


 天崎の指摘にも、裕子は納得がいかないように顔をしかめる。


 霊能力があることは間違いないだろうが、寺の住職や祈祷師のような職業かと問われれば疑問も浮かぶ。仕事として月島と接触したような感じではない。少なくとも裕子の話を聞く限りでは、とてもじゃないが善意があるとは思えなかった。


「ちなみに、その男はどんな恰好だった?」

「お、なんだい、安藤君。調べてくれるのかい?」

「……一応聞いておくだけだよ。調べるかどうかは、その後で決める」


 この街を対象に人間の生態調査をしている安藤にとって、人外が事を起こすのはあまり好ましくはない。逆に言えば、もしその男が純粋な人間ならば、たとえ大量殺人犯だとしても、安藤が対処に乗り出すことはないだろう。


 調べるかどうかは後で決めると言っているが、その後の対応は別として、安藤は間違いなくその男のことを調べはする。裕子は意図的にそれを狙ったのかもしれない。


「異様に背の高い男だったよ。二メートルはないとは思うけど、洋子の身長からしたらまるで電柱のようだった。顔の方はゴメン。帽子を深く被ってたから、あんまり見えていないんだ。声からして、たぶん高齢ではあると思うんだけどね。後はそうだな……裾の長いトレンチコートを着てたな。時期的に特に珍しくはないけど、出会ったのは夕方だったし、もしかしたら寒がりなのかもしれないね」

「……ん?」


 そこまで聞いた天崎が、何か思い当たったように腕を組んだ。


「たぶん俺もそいつに会ったことあるぞ」

「え? 本当かい? いつ?」

「俺も十日くらい前だったな。リベリアと高槻……おののき荘の魔女の三人で飯を食いに行った帰り道に会った。時間は深夜だったけど」

「何か話したかい? 顔は見た?」


 裕子がやけに食い気味に聞いてくる。それだけ妹の身を案じているということなのだろう。

 ただ一週間以上も前の出来事なので、天崎もはっきりと思い出すことはできなかった。


「悪い。俺が会った時も帽子を被ってたから、顔はほとんど見てない。それに一言二言話しかけてきただけだったし、会話も全然覚えてないな。ただ……俺が『完全なる雑種』だってことを知ってたみたいだ」

「君のことを?」


 今度は安藤が疑問を抱いたようだ。


「『完全なる雑種(フリードッグ)』っていう単語を知ってるってことは、人間じゃないんじゃないか? そもそも、その場にリベリアさんも居たんだろ? 彼女は何て言ってるんだ?」

「あいつには珍しく、人間かそれ以外かの区別もつかないって不思議がってたぞ。……あぁ、思い出した。リベリアが日本に来た時、その男におののき荘のことを教えてもらったって言ってたな」

「おののき荘を……」


 腕を組んだ安藤が、思考に専念するように黙り込んでしまった。考え事の邪魔をしてはいけないと、天崎と裕子の二人も少し言葉を慎む。


 そのまま三人は階段を降り、昇降口へと向かった。

 靴を履き替えたところで、天崎が安藤に訊ねた。


「何か心当たりがあるのか?」

「ない。ないから困ってるんだ」

「まさかお前の監視に引っかからない能力の持ち主だとか?」

「なに言ってるんだ。僕だって、この街すべての人間を四六時中監視してるわけじゃないよ。人間の社会生活の調査なんか、ある程度フィールドワークをしてるだけだ」

「……大変だな」


 それが仕事で魔界から転生してきたとはいえ、天崎は自分の友人を不憫に思った。


「僕が気づいていないだけで、この街にも少なからず人外がいると思う。ただ共通して言えるのは、そいつらは世間を騒がせるような事件を起こしていないということだ。人間と同じように生活をしているのなら僕は何もしないし、何かあればさすがに気づく」


 リベリアが人間かどうか判断できず、『完全なる雑種』という単語や人外が多く住むおののき荘のことすらも知っている。つまりその男は、人間でない可能性が高い。それ自体は問題ないのだろうが、怪しい身なりと言動からして、今後何かしらの騒ぎを引き起こす危険性が大いにある。安藤としては、できれば事が起こる前に、その人物を特定したいはずだ。


 しかしずっと街を監視してきたのに、そんな男に心当たりはない。

 安藤の心情も、よく理解できた。


「……って、なんでお前はそんなに目を輝かせているんだよ」

「えっ? あぁ、ゴメン。人外が少なからず存在するって聞いて、少し興奮してしまった」


 死んでさえも子供心を忘れられない裕子に、天崎は軽く呆れてしまった。

 校舎を出たところで、安藤は少し歩を速めた。


「ちょっと過去に起きた事件とか洗い出したくなったから、先に帰らせてもらうよ」

「おう。この街の平和を守るために、よろしくな」

「茶化すな。僕は警察じゃない」


 悪魔だ。と言い残し、安藤は二人を置いて早々に去って行った。

 その背中を見送りながら、裕子がポツリと漏らす。


「今さらだけど、安藤君って本当に悪魔なんだよね?」

「俺も実際に本来の姿を見たわけじゃないけどな」


 そんなことを話しながら、二人は安藤に遅れて正門へと足を進めた。


 途中、天崎は校庭の方へと目を向ける。さすがに今日はどの運動部も活動しておらず、明日の準備に勤しんでいる。一般客に向けて、サッカー部はPKができるような催しを準備し、野球部は道具を自由に貸し出しできるようにしているみたいだ。いつもハードな練習に耐えているのだから、たまには息抜きも必要なのかもしれない。


 今まで本気で部活動に専念したことのない天崎は、そんなことを考えながら首を元に戻す。

 すると不意に裕子と眼が合った。

 彼女は不敵に笑っていた。


「ふふ。こうやって君とゆっくり帰るのは久しぶり……というか初めてかな。どうだい? 何なら腕でも組んでみるかい?」

「よせよ。変な噂が流れて困るのは、お前の妹だろ」

「私は別に変な噂だとは思わないけどね。むしろ既成事実さえ作ってしまえば、君も洋子も引くに引けなくなる」

「それでもやめとけ。お前が行動を起こすのは、月島のためにならないだろ」

「へぇ? じゃあ天崎君は、洋子が腕を組もうって積極的に言ってきたら、承諾してくれるのかい?」

「…………」


 返す言葉がなかった。呆れているというよりも、本当に答えを持ち合わせていないかのように、天崎は目を逸らして頭を掻く。


 裕子が恥も外聞も気にせず言い寄ってくるようなことがあれば、天崎は間違いなくすべて拒絶するだろう。身体は洋子の物だし、裕子はすでに死んだ人間だ。彼女の行動で生者である洋子に影響が出てはいけないと、天崎は考えている。


 けれど、もし洋子が自分の意志で積極的に腕を組もうと言ってきたら?


 正直な話、天崎の中で答えは出ていない。今の洋子がそんなことを言ってくる想像ができないし、もし引っ込み思案な洋子が腕を組もうなどと言ってくるのであれば、その時は彼女の中でも相当の覚悟ができているはずだ。


 その覚悟に、自分は果たして正しく応えることができるだろうか?


「メイド姿の洋子、可愛かっただろ? あんな可愛い子を自分の好きなようにできるんだぞ? ほれほれ」


 と言って、裕子は自分の胸をこれ見よがしに強調してくる。

 いや、自分の物ではないのだけれども。


「……なんか俺の葛藤が馬鹿らしくなってきたよ」


 月島と同じ顔でエロ親父よろしくニヤニヤする裕子に、天崎は冷たい視線を向けた。

 その豊満な胸部を一瞬だけ堪能した後、顔を背けて早足で彼女から離れる。


「待ってくれよ、天崎君。冗談だってば。せっかく久しぶりに会ったんだから、いろいろ話しながら帰ろうよ」


 もちろん天崎としても、本当に引き離すつもりはない。校門を越えた辺りで追いつけるように、速度を緩めてやるか。と、そのまま敷地の境界線を越えた。


 しかし彼は速度を落とすどころか、立ち止まってしまった。

 門を出て曲がったすぐ先の塀の側で、一人の男子生徒が蹲っていたからだ。


 背を向けているため天崎からは顔を確認できないが、場所と学生服からして間違いなく同じ高校の生徒だった。


「おい、大丈夫か?」


 見かけてから数秒経っても立ち上がろうとしないため、天崎は思わず声を掛けてしまった。しかしそれでも男子生徒は反応せず、蹲ったままだ。


 肩を叩こうと手を伸ばしたところで、ふと気づく。

 まさか……幽霊?

 過去の苦い経験より一瞬だけ躊躇したが、天崎の懸念は杞憂に終わった。


「え? 僕ですか?」


 ようやく天崎の問いかけに気づいた男子生徒が、ゆっくりと立ち上がった。


「……あぁ。こんな所で蹲って、気分でも悪いのか?」

「いいえ? ……いえ、まあそんな感じですけど、別に大丈夫ですよ。ちょっと吐き気があっただけですんで」


 飄々と答えてはいるものの、男子生徒の顔を見た天崎は少々心配になった。


 長い前髪の隙間から覗いている双眸には生気がなく、数日は安眠できていないと思わせるような真っ黒な隈が浮かんでいる。吐き気があると言うだけあってか、顔色は真っ青だった。またそれとは関係なしに、頬の肉付きもあまりよくはなかった。


 蹲っていたことを抜きにしても、普段の生活が心配になってしまうほど、その男子生徒の身なりは不健康そのものだった。


 そんな彼の顔を見て驚いたのも一瞬で、気を取り直した天崎は提案する。


「なんなら保健室行くか? 連れてってやるぞ」

「いえいえ、そこまでのことじゃありませんよ。吐き気なんて、いつものことなので」


 眼を逸らしながら答える男子生徒は、やはりどう見ても元気そうではなかった。


 そして彼は地面に置いてあったカバンを持ち上げると、おぼつかない足取りで、ゆっくりと背を向ける。どうやら天崎の提案は本当に辞退して、このまま帰るようだ。


 と、数歩だけ歩いた男子生徒の足が急に止まった。

 肩越しに振り返りながら、弱々しい声で天崎に問いかける。


「そうだ先輩。一つ訊いてもいいですか?」

「ん?」

「気分が悪そうな人がいたら声を掛けるのは、先輩の正義ですか?」

「正義?」


 いまいち要領の得ない質問に、天崎はオウム返ししてしまう。


 おそらく、今の行動について言及しているのだろう。それは分かる。しかしそれが正義か何なのかと問われてしまうと……少しだけ返答を選ぶ必要があった。


「……正義かどうかは分からんけど、こんな所で人が蹲ってたら、声を掛けるのは当たり前だろ?」

「当たり前、ですか」


 そう呟いただけで、納得いったのかそうでないのか、男子生徒は再び歩き始めた。


 天崎は特に追いかけることもせず、何だったんだアイツと言いたげに眉を顰め、その背中を見送るだけだった。


「他人に無関心な現代人を嘆いてるのかもね」

「そんな言い方だったか?」


 ある程度の距離まで離れると、先ほどからずっと背後にいた裕子が声を掛けてきた。


 彼がいつ頃からここで蹲っていたかは知らないが、安藤をはじめ、何人かは正門から帰路についているはずだ。にもかかわらず、誰の目にも留まらないなんてことはまずあり得ない。


 裕子も言ったように、無視して通り過ぎていった天崎以外の誰かを恨めしく思っていたと考える方が自然かもしれないが……天崎としては、彼がそういう意味で言ったのだとは、どうしても思えなかった。


 ふと、天崎は違和感に気づいた。


「……あれ? なんでアイツ、俺が先輩だって分かったんだろ」


 自分の足元を見てみる。当然ながら、ちゃんと下履きに履き替えている。


 天崎の高校では、学年ごとに上履きの色が異なっている。そのため学校内では下履きを色を見れば学年が分かるのだが、逆に言えばそれ以外で判別させる方法はあまりない。


「顔見知りだったんじゃないのかい?」

「さすがにあそこまで不健康そうな生徒がいたら、嫌でも覚えるだろ」

「君を一方的に知ってるだけかも」

「……それはそれで、なんか気持ち悪いな」


 有名人でもないのに、自分の知らない人間が自分を知っている。真っ黒な霧の隙間から誰かに監視されているような気分に陥り、天崎は正体不明の燻りを胸に抱いたのだった。

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