第10章 太陽の塔 その2
通路の反対側を確認したいと言って、今来た道を嬉々として戻っていく天崎と太郎の背中を見送った後、マロンはバカでかいため息を吐き出したのだった。
「はあ。なんで男ってのはゲームのことになると、あんなバカになるんでしょうね?」
「まぁまぁ、いいじゃないですか。本人たちも楽しそうですし」
「あいつらが楽しそうにするだけ、私の胃に穴が開きそうになってるんだけどね」
リベリアがフォローを入れるものの、マロンは大きく肩を落とす。胃に穴が開く云々は、あながち誇張でもなさそうだった。
「ってか天崎さ、なんか知能低くなってない? 前からあんな感じだったっけ?」
「それはたぶん、酒井さんが合流したからだと思いますよ」
「酒井君が?」
「天崎さんって、一緒にあんなバカ騒ぎできる友達がいないと思うんですよね。安藤さんは理屈っぽい方ですし、円さんに対してはお兄さんみたいに振舞っていますから。久しぶりに昔の友達に会って、中学の頃を思い出しているのでしょう」
「……ま、そんなところなのかしらね」
自分が天崎に興味がないからとはいえ、リベリアはよく見ているなとマロンは思った。
と、天崎と太郎が走り去っていった通路をぼんやりと眺めながら、リベリアが独り言のようにぼやいた。
「私にとっては、羨ましい限りなんですけどね」
「羨ましい?」
「私も故郷に友達がいるのですが、逃げるようにこちらへ来てしまいましたからね。挨拶も何もしていません。飛んで帰ることも可能ですが、近くに兄がいるからどうしても二の足を踏んでしまいます」
「…………」
リベリアがおののき荘に住むようになった経緯は、マロンも本人から聞いている。成人の儀として兄を喰うことを拒み、自ら望んで吸血鬼であることを辞めた。今は天崎と同じく、ほぼ吸血鬼の『完全なる雑種』になっていることも。
勘当を言い渡した兄の住む地へ近づきたくない気持ちは、マロンも痛いほど理解できた。マロン自身、両親と不仲というわけではないが、不登校気味になっていることを報告するのは気が引ける。できれば、このまま報せずにいたいものだ。
けど、だからこそマロンは自らの心に深く決意を刻む。
リベリアが故郷に帰りづらいと言うのであれば、おののき荘を第二の故郷として居場所を作ってあげたい。友達が欲しいと言うのなら、絶対に裏切らないくらい深い仲に自分がなってあげたい。
リベリアの友人というのが、どのような人たちなのか、またどれだけの付き合いがあるのかはマロンも知らない。ただリベリア自身、百年近くも生きている吸血鬼なのだ。それなりの年月であることは容易に推測できる。人間のマロンでは、その一生をかけても『時間』という要素では決して勝つことはできない。
ならば『気持ち』では絶対に負けないようにしようと、マロンは誓ったのだった。
そんな決意を固めるマロンを尻目に、リベリアは別のことを考えていた。
それは単純な疑問だ。
自然と口から羨ましいと漏れ出たのは、紛れもなくリベリアの本心だ。親しい友達とバカ騒ぎできて羨ましい。気の許せる友達が側にいて羨ましい。恨みつらみというほど強いものではないものの、嫉妬と言い換えても間違いではなかった。
ただ深く考えていくうちに、自分の中で変な違和感が生まれていることに気づいた。
果たして自分は今、どちらに嫉妬心を抱いているのだろうか?
最初は天崎に向けての発言だったはずだ。それは自覚している。昔の友達と遊べて天崎さんは羨ましいなぁ、という意味だった。
なのに自分の心を覗いてみると、妙な違和感を抱かずにはいられなくなってしまう。そして違和感は疑問に変わり、さらに混乱へと導いていった。
自分は天崎ではなく、太郎に嫉妬心を抱いている?
なぜだろう。太郎に嫉妬する理由なんてないはずだ。昨日まで赤の他人だったのだし、嫉妬できるほど彼のことを知っているわけでもないし。
ただ少しだけ、ほんの少しだけ思ってしまった。
天崎さんと心を許し合っている酒井太郎が羨ましいなぁ、と。
「リベちゃんは太陽の剣はあると思う?」
不意に名前を呼ばれ、リベリアは思考を切り替えた。
巨大な蛇の抜け殻を眺めているマロンに向けて、答えを返す。
「私は……ないと思います。太陽の塔とこの抜け殻を比較してみても、この蛇は塔の中でも最大級のモンスターだったはずです。おそらくこのダンジョンにおけるラスボス……えっと、太陽神でしたっけ? ……なんだと思います。それが倒された今、お宝である太陽の剣が残っているとは考えづらいですねぇ」
「やっぱりリベちゃんもそう考えるよね……」
太陽の剣は、もうここにはない。他のチームに奪われた後。ダンジョン内に残されていたボスらしき蛇の脱皮跡が、そう物語っていた。
「まぁ太陽の剣を手に入れること自体、保険のつもりだったから別にいいんだけど……確認せずに帰るって言ったら、またあの二人から文句が出そうだわ」
「私もまったく同じ意見です」
太郎だけがごねるのなら天崎に宥めてもらえばいいが、その天崎が完全に中学生レベルまで知能が低下しているのだ。はっきり言って役立たずである。今の天崎に、協調性を期待してはいけない。
「じゃあ私とリベちゃんは、あの二人が戻ってくるまで、この空洞内に何か変わったものがないか探しましょ……」
そう声を掛けたところで、マロンは人の気配を感じて振り返った。
先ほど天崎と太郎が去っていった通路から、二人が姿を現したからだ。
「あら、ずいぶんと早かったじゃない」
「結局、何もなかったよ。行き止まりだった」
「ただの壁だったぞ」
ちょっと疲れたなと頭を掻く天崎と、露骨にがっかりする太郎。
そんな二人を見下しながら、マロンはほれ見たことかと言わんばかりに鼻を鳴らした。
「で、これからどうするんだ?」
「どうするもこうするも、頂上を目指すしかないわよ。見た限り、この空洞から通じる道はけっこう数があるから、時間はかかっちゃうと思うけど」
「虱潰しってわけか。やってやるぜ」
「おう!」
意気込みを表明する男二人を前にして、マロンはそれだけで疲労を感じてしまった。
よくもまあ、あるかどうかも分からないお宝を目指してやる気が出るものだ。さすがは『完全なる雑種』と鬼……いや、さすがは中二病時代の友達同士といったところだろう。
呆れ果てながらも、次の進路に目星をつけるため、マロンは大きく見渡してみる。
そこでふと、リベリアが腕を組んで難しい顔をしていることに気づいた。
「リベちゃん。どうしたの?」
「いえ……」
とはいっても、眉を寄せた険しい顔つきは明らかに異常を感じ取っている様子だった。マロンが何も感づいていない以上、感覚の鋭い吸血鬼にしか察知できない些細なことなのかもしれないが……ただ事ではないのは間違いなさそうだ。
そのまま見守っていると、ようやくリベリアは決心したようだ。ゆっくりとマロンの方へ近づき、静かに耳打ちをしてくる。
「マロンちゃんの回復魔法って、例えば腕を切断されても元通りにくっつきますか?」
「もちろん、ちゃんと治るわよ。ただ切断された腕の方が燃やされたりしてなくなっちゃったら、傷口を塞ぐだけになるけど」
「なるほど。それを聞いて安心しました」
「?」
意味が分からず首を傾げるマロン。
対するリベリアは満足がいったように頷くと、いつもの無邪気な笑みを浮かべて、天崎の方へと歩み寄っていった。
「天崎さん。ちょっと手を見せていただけませんか?」
「手?」
求められるがまま、天崎はまるで占い師に手相でも見てもらうかのように右手を出した。
その瞬間――、
シャッ! と音がして、天崎の右手首が一刀両断された。
「――――ッ!?」
何が起きたのか。天崎は、しっかりとその目で見ていた。
リベリアの手刀によって、自分の右手が斬り落とされる瞬間を。
「えっ……えっ?」
右手が地面に落ちてもなお、未だ天崎は状況を理解できず狼狽している。消失した右手首とリベリアを見比べながら、ただただ瞼を見開くだけだ。
驚きで言葉を失っている天崎を尻目に、リベリアは地面に落ちた手首を拾い上げた。
そして傷口の断面から滴る血液を舐めると、嬉しそうに微笑んだのだった。
「あっ。やっぱり貴方、天崎さんではありませんね? 味が全然違います」
「うぐっ……」
そこでようやく天崎は……いや、偽天崎は痛みを感じ始めたのか、右手首を抱きかかえるようにして蹲った。
すると同時に、天崎と太郎の表面が霧を吹き飛ばすかのように散っていく。
中から現れたのは、鎧を身に着けた戦士の男と、魔導士ローブ姿の女だった。
「あっ!」
「あなたたちは……」
偽物の正体を目の当たりにしたリベリアとマロンが声を上げた。
二人はその偽物の顔に見覚えがあった。なぜなら、リベリアが『クロウディア』に召喚されるきっかけとなった、因縁の相手なのだから。
バックステップで距離を取ったリベリアは、身構えながらも不敵な笑みを見せる。
リベリアのステータスを確認した途端に逃げ出した初対面の時と、仲間に化けて接近してくる姑息な手段。おそらく相手はだいぶ格下だ。四人パーティだったからまだ二人隠れている可能性があるものの、間違いなく余裕で勝てる。
懸念があるとすれば、精神異常系の魔法だけだ。それはマロンに対処してもらおうと、声を掛けようとしたところで……突然、リベリアの背後で何かが倒れる音がした。
「マロンちゃん!?」
振り返れば、マロンが地に伏していた。
戦闘態勢を解いたリベリアは、敵を前にしているのも忘れてマロンの方へと駆け寄る。上半身を抱き起して状態を確認してみたが、特に怪我を負った様子はない。規則正しく、それでいて小さな吐息が聞こえてくるだけだ。
「寝てる!? なんでですか! まさか、魔法……」
そう言うやいなや、リベリアの頭の中を鈍い感覚が襲った。
まるでテレビの電源を消したかのよう。無意識に落ちた瞼が視界を遮断させ、それと同時に意識が現実世界から隔絶される。最終的に眠りの世界へと旅立ったリベリアは、マロンに折り重なるようにして倒れてしまった。
だだっ広い空洞内に、女の子二人の寝息だけが響く。
本当に眠っているのか確認するため、たっぷり二十秒ほど息を殺して見守っていた戦士が、大声で悪態をついた。
「くそっ! あのガキといいこの女といい、なんでこうも簡単に見破られるんだ! 本当に伝説の武具なのか!?」
苛立ちを隠そうともしない戦士は、左手で地面を殴りつけた。
その反対側で、右手首を拾ってきた魔導士が回復魔法を唱える。柔らかな光が傷口を包み込むと、ほんの数秒で完治したようだった。
「私の魔力が足りなかったとか……ですかね?」
「いいや、伝説の武具は使用者のステータスに依存しない。本人の魔力に関係なく、効力は発揮できるはずだ。現に今の女はちゃんと幻覚にかかっていた。にもかかわらず看破された!」
魔導士の両手には、バスケットボール大の鏡が握られていた。
月の鏡。太陽の剣と同じく、『クロウディア』に六つある伝説の武具の一つである。
「太陽に一番近い塔のボスですら眠らせられる鏡だぞ。こんな強力な力を破る方が狂ってる。異常に高いステータスとは別に、何か特殊な能力でもあるんじゃないのか?」
地面に倒れているリベリアを憎らしげに睨みながら、戦士はゆっくりと立ち上がった。
ふと、壁際の通路から足音が聞こえてくる。姿を現したのは、天崎と太郎を両脇に抱えた、筋骨隆々の大男だった。
男は眠っているマロンとリベリアに近づくと、抱えていた二人をその側へと無造作に放り投げた。天崎と太郎もまた、女の子二人と同様、気持ち良さそうに眠っていた。
「ったく、このガキのせいで回復専門の僧侶がやられちまった。これから先、あまり大きな怪我はできないな」
本来なら、戦士、格闘家、魔導士、僧侶の四人パーティだったのだが、僧侶は先ほど太郎の一撃でリタイアしてしまった。伝説の武具と呼ばれる月の鏡で幻覚を見せていたのだ。油断してしまうのも無理はなかっただろう。
「このチーム、どうします?」
魔導士の女が、恐る恐るといった感じで訊ねた。
問われた戦士は、未だ目を覚まさぬ四人の少年少女を見下ろしながら低く唸る。
「こいつらは知らなかったようだが、どのみち月の鏡がなければ太陽の剣は入手できないからな。太陽の剣は我々がもらう。もちろん、こいつらには早々にリタイアしてもらうつもりだが……」
と言って、戦士の男は四人をじっと見つめた。
太郎、続いてリベリアのステータスを確認する。そしてもうこれ以上は見たくないと言わんばかりに、彼は頭を抱えて首を振った。
「こんな化け物、本当に我々だけで倒しきれるのか?」
「毒でちまちまHPを削っていくのはどうです?」
「時間がかかりすぎる。HPが尽きる頃には、このゲームも終わっているだろう」
「じゃあ、それこそ死ぬまで殴り続ければいいんじゃないか?」
「馬鹿を言え。いくら月の鏡で眠らせているからといって、叩けばさすがに起きる。それにお前たちも見てきただろ? こいつらは敵対した相手を今まで一撃で葬り去っているんだ。正面から戦って勝てる相手じゃない」
ゲーム自体が生き残りをかけたサバイバルのため、最終的には太郎もリベリアも倒さなくてはならない。しかしその方法が浮かばない。もし下手に起こしてしまえば、間違いなく返り討ちに遭うだろう。
起こさないように小攻撃を繰り返すか、絶大な攻撃で起きる前に倒すか。
どちらも現実的ではないな。と戦士は呟き、目を閉じて黙考する。
すると突然、妙案を思いついたように声を上げた。
「そうだ。いい方法がある」
「なんですか?」
「こいつらをマップの端まで運ぶ」
「あぁ……」
たった一言で魔導士は理解したようだが、格闘家の大男は首を捻るだけだった。
「現在の『クロウディア』は、行動できる範囲が徐々に狭くなっている。その範囲外で活動はできない……というよりも、範囲外で一定時間活動を続けると、強制リタイアされることになっているんだよ」
「つまり範囲外でこいつらを寝かせたまま放置するだけで、リタイアさせられるってわけか」
「実力で倒せないとなると、もうこの方法しかないな」
戦士は苦虫を噛み潰したように表情を歪めた。
自分は長い間このゲームを続けており、なおかつ今まで生き残っている。それなりの敵は倒してきたつもりだし、自分より強いプレイヤーなどそうそういないという自負さえあった。
なのに昨日今日参加したばかりのプレイヤーに対して、こんな卑怯とも捉えられかねない戦略しか立てられないなんて……。
倒さず放置するという方法は、戦士としても苦渋の選択だった。
眠っている四人を憎らしげに見下ろす戦士に向けて、格闘家が問う。
「小さいガキと金髪の女はその方法を取るとして、残りの二人はどうする? 殺すか?」
「いや、低レベルの男は生かしたまま一緒に連れていく。もしガキが目を覚ました場合、人質としても暴走の歯止め役にもなるだろうからな」
「じゃあこっちの魔法使いは?」
「そいつはいらん。運ぶ人数は少ない方がいいし、ここで殺す」
「分かった」
頷いた格闘家が、その大きな拳を振り上げた。
攻撃の前に、今一度マロンのステータスを確認する。魔力とMPは相当なものだが、耐久力とHPは紙だ。ほとんど一般人と大差ない。バリアでも張られていれば苦戦するだろうが、眠っている以上、それもあり得ない。
これなら一撃で沈められる。
そう確信した格闘家が、マロンの頭部に向けて全力で拳を振り下ろした。
格闘家の脳裏に、頭部の潰された少女が横たわっている一瞬先の未来が映る。こんな年端もいかない少女を殺すのは胸が痛むものの、相手だって殺される可能性があることを承諾してゲームに参加したはずだ。しかもリタイアした後は、元の世界でちゃんと生き返る。ならば躊躇う必要なんてない。
柄にもなく心の中で念仏を唱える格闘家であったが――。
残念ながら、彼の拳はマロンに届くことはなかった。
「へっ?」
割り込んできた何者かに拳を止められてしまったのだ。
いや、そもそも自分の正拳は岩をも砕く。そう易々と止められるはずはないのだが……。
格闘家は自分の拳を握っている手の先へと、恐る恐る目を向けてみる。
金髪の女が、しっかりと瞼を開けて嗤っていた。
「私の目が金色に輝いているうちは、何人たりとも友達を傷つけさせたりしませんよ」
そう言って、リベリアは格闘家の拳を握り潰した。
「うがあぁっ!」
一瞬にして肉塊になった右手を掲げながら、格闘家が悶絶する。
リベリアの追撃は止まらない。瞬く間に格闘家の懐へ潜り込むと、鳩尾を思いきり殴り上げた。
格闘家の巨体が宙へ浮く。放物線を描きながら数十メートル吹っ飛ばされた格闘家は、空洞の壁に激突するとともに黒い渦の中へと落ちていった。
唖然とする戦士と魔導士。あまりに現実離れしすぎてて、思考が追いついてこない。
しかし伊達に修羅場はくぐっていないようだ。身体が硬直したのも一瞬、戦士は一歩踏み出してくるリベリアに向かって、虚勢も含んだ声を上げた。
「お、お前! 眠っていたはずじゃ……」
「なに言ってるんですか。狸寝入りですよ、狸寝入り。吸血鬼が月の力で眠りに落ちるわけないじゃないですか」
「キュウケツキ?」
馴染みのない言葉を発するような、片言のイントネーションだった。
「月の鏡」
妖しげに微笑んだリベリアが、そう口にした。
戦士たちは身構えるも、恐怖により全身が震えてしまっている。魔導士にいたっては、目尻に涙が浮かんでいるようだった。
「『クロウディア』にある伝説の武具の一つ。鏡に映した対象に幻覚を魅せ、もし見破られたとしても強制的に睡眠状態にする、二重の効力を持つ。元々はモンスターを使役させるための道具で、幻覚の効かない相手は眠らせるための物なんですよね? マロンちゃんから聞いています。天崎さんと酒井さんも、幻覚を見破ったから眠らされちゃったんですか?」
リベリアは足元で寝息を立てている天崎と太郎に視線を向けた。
完全に隙だらけの仕草だったが、恐怖に縛られている戦士と魔導士は動くことができない。リベリアの問いに対して、答えることも。
ただリベリアも回答を欲しているわけではないようだ。
一方的な問いかけが続く。
「マロンちゃんのチームを壊滅させた貴方たちが、どうしてこんな所にいるのか疑問に思いました。同じ時期に同じダンジョンを攻略し始めるなど、偶然にしてはできすぎている。けど、狸寝入りしている間に聞いていた会話でピンときましたよ。もしかして貴方たち、私たちをずっと尾行、もしくは監視していましたね?」
「…………」
戦士のこめかみに一筋の汗が伝った。
しかしリベリアは、尾行していたことを責めている様子ではない。まるで探偵が事件のトリックを解くかのように、得意げに話し続ける。
「おそらく貴方たちは、ずいぶん前に太陽の塔を攻略しようとしていた。この巨大な蛇の抜け殻は、その時に倒したボスだったんでしょうね。しかし太陽の剣を手に入れるためには月の鏡が必要だと気づき、ひとまず途中離脱した。それで月の鏡を手に入れた後、マロンちゃんのチームに遭遇し、壊滅寸前まで追い込んだ。私のステータスを見た貴方たちは一目散に逃げ、倒すチャンスを窺うためにずっと監視していた。で、この太陽の塔で二手に分かれたのを好機とみて、仕掛けてきたわけですよね?」
返答はないが、リベリアは自分の推測がほぼ当たっていると確信していた。
しかし彼女の胸中を知ることのできない戦士と魔導士は、心穏やかではない。解答を欲していないのなら、何故リベリアは自分の推測をつらつらと並べているのか。
いや、リベリアの要求など初めから二つしかない。
返ってくる答えが分かりきっている問いを、戦士は喉の奥から絞り出した。
「け、結局、お前は何が言いたいんだ……?」
「ふふん」
可愛らしく鼻で笑ったリベリアは、恋人にプレゼントをねだるような猫撫で声で言った。
「月の鏡をこちらに渡して、貴方たちは死んでください」
自分の方が圧倒的に強いと知っているからこその脅迫。素直に従えば悪いようにはしませんよとも捉えられる言い方だが、その要求はあまりにも最終的すぎた。死ねと言われて、はいそうですかと納得する奴なんていない。
だからこそ、無謀だと知っていながらも戦士は選択するほかなかった。
どうせ終わるなら、足掻くしかない。
「こ、断る!」
「そうですか。ならば……力ずくで奪うしかありませんね!」
一歩踏み込んだと認識した瞬間、リベリアの顔が間近に出現した。
地面に足をつけない、低空飛行の突進。瞬く間に、お互いの距離を詰める。
攻撃の間合いまで接近したリベリアは、拳を握った。
「守れ!」
魔導士が呪文を唱えると、リベリアと戦士たちの間に分厚い透明な壁が出現した。咄嗟の出来事にリベリアは攻撃を止められない。というより止める気はさらさらなかった。
リベリアの渾身の一撃が、魔導士のバリアへと放たれる。
衝突した拳を中心に、バリアの表面に蜘蛛の巣のような大きな罅が広がった。
「バカな! 最上級の物理防御魔法だぞ!」
「そんなもの、無駄ですよ! 無駄無駄ァ!」
リベリアの凄まじいラッシュが続く。
一、二、三、四、五……。拳を繰り出すごとに、バリアの蜘蛛の巣は増えていく。そして十発ほどお見舞いしたところで、耐えられなくなったバリアがガラスのように砕け散った。
そこで不運はやってくる。
全力で放ったリベリアの拳が、バリアを破るのと同時に魔導士の胸元へと襲い掛かった。しかしそこには、両者を隔てるように抱えられた月の鏡が……。
「「あっ……」」
気づいた両者が声を上げるも、もう遅い。
勢い余ったリベリアの攻撃が、見事に月の鏡を貫いたのだった。
バラバラに砕ける月の鏡を目の当たりにして、リベリアは一瞬だけ怯む。
戦士はその隙を見逃さなかった。
「お返しだ!」
リベリアの横に回った戦士が、剣を振り上げていた。
避けられるタイミングではない。気づいた瞬間には、月の鏡を割ったリベリアの手首が見事に切断されていた。
「くっ……」
腕の先に違和感が奔る。痛みだけならどんな大怪我でも我慢できるが、血液が外部へ流れ出ていく嫌悪感は別だ。大切な血を失っていくという感覚は、いつまで経っても慣れることはなかった。
しかし怯んでいる場合ではない。敵はまだ側にいるのだ。
即座に気持ちを切り替えたリベリアが、逆の手で拳を握る。
だが相手の戦士は、冷静さを欠いてはいないようだった。
「逃げるぞ! 撤退だ!」
剣を収め、腰を抜かしている魔導士の手を取って逃走を開始する。
一番近くにある通路の入り口に向かって、二人は走り出した。
「そう来ますか。なかなか潔いですね」
戦士の判断に、リベリアは驚きながらも褒め称えた。
リベリアなら腕一本でも相手を蹂躙することは容易だ。一撃を加えたからといって、それを好機と判断しなかった戦士は相当戦い慣れているなと、リベリアは思った。
「さて、それじゃあ鬼ごっこの開始……とはいきませんねぇ」
通路へ姿を消していった敵に向けて呟いた。
次に、背後を振り返って後ろを見る。さすがに眠りこけている仲間を放置したまま、逃げた敵を追うことはできなかった。




