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ドラキュティックタイム  作者: 秋山 楓
第4話『ロスト・ステータス』

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第9章 太陽の塔 その1

「太陽に届くほど高い塔ではありませんでしたが、ダンジョンらしき建造物はこの先にありましたよ」


 と言うリベリアの案内の元、四人は再び森の中を進み始めた。


 そして熊親子の出現から五分ほど歩くと、唐突に周囲の木々が途切れる。まるで森にできた十円ハゲのような広場に、目的の建造物があった。


 頂上に向けて細くなる構造ではあるが、ピラミッドのような綺麗な三角形ではない。どちらかと言えば何重にも重なった鏡餅みたいに、階層ごとに丸みを帯びている。ただ暗すぎて全体像を明確に捉えることはできず、シルエットでしか判断できないのだが……。


「ウンコだ!!」


 嬉々として叫ぶ太郎に向けて、マロンは殺意のこもった視線を飛ばした。


 しかし太郎相手に気を荒げても無意味だとすぐに悟り、マロンはやり場のない殺意をため息として吐き出すに留めた。


「なるほどね。このダンジョンが『太陽に一番近い塔』と呼ばれる理由が分かったわ」

「どういうことだ?」

「『クロウディア』の創造主が住む異世界では、蛇を太陽からの遣いとして崇めているの。それでこの塔の造形でしょ?」

「あぁ、そういうことか。蛇がとぐろを巻いている形になってるんだな」


 説明を受けて、ようやく天崎も合点がいった。


 シルエットだと分かりづらいが、おそらく鏡餅のような段々ではなく、一本の筒が管のように巻かれた構造になっているのだろう。マロンの説が正しければ、『太陽に一番近い塔』と名付けたがる理由も頷ける。


 そして天崎は、異世界の蛇もとぐろを巻くんだなぁと感心するのと同時に、太郎がウンコだと叫んだ気持ちも痛いほど理解できた。


「どうでもいいけど、なんでウンコってあんなとぐろ巻いた形で表現されるんだろうな? 何が最初だったんだろ」

「知らないわよ。……アラレちゃんじゃないの?」


 現実では一度もお目にかかったことがないどころか、作ろうと思って作れる物でもないはずなのに、どうしてこうも強く印象付けられているのか不思議に思う天崎だった。


 太陽の塔に近づいてみると、意外と大きな建物であることが分かった。薄暗いせいもあってか、壁際から真上を見上げても頂上は見えない。ただ塔の主な建築材料である石の劣化具合から判断するに、『建造物』よりも『遺跡』と表現した方が的を射ているようだった。


「入り口はどこにあるのかしら?」


 左右に首を振ってみても、中に入れそうな場所は見当たらない。とはいえ塔の外壁は弧を描いているため、そう遠くまで見渡せるわけではないのだが。


「壁ぶっ壊してみるか!?」

「ん~、その結論は三分くらい後にしような」


 太郎の提案をやんわりと保留にした天崎は、マロンの方へと向き直った。


「とりあえず外周を回ってみるか? 入り口がなかったら酒井の案で」

「そうね」


 そのまま壁沿いを歩く。

 すると四人の中で一番夜目の効くリベリアが、前方に何かを発見したようだ。


「あっ、あそこから中に入れそうですよ」


 歩を進めて確認してみるものの、入り口と呼ぶのにはあまりにお粗末なものだった。


 外壁にぽっかりと空いた、人一人がギリギリ通れるくらいの小さな穴。亀裂、もしくは破壊痕と呼んだ方がしっくりくるその穴は、確かに中に入ることはできる。だがどう贔屓目に見ても、入り口などという大層なものではなかった。


 そして崩れた外壁の瓦礫が塔の内側に散乱しているのを見て、マロンが難色を示した。


「うわぁ……酒井君と同じ発想の持ち主が他にもいるってことね」

「そんな嫌そうな顔してやらなくてもいいだろ……」


 当の本人が気にしていない……もとい皮肉を理解していなさそうだったので、天崎はマロンを窘める程度に済ませておいた。


「けど逆にいえば、入り口が見つからなかったから、こんな中途半端なところに穴を空けたんじゃないか?」

「その推論でいくと、太陽の塔はすでに攻略されている可能性が高いわね」

「そうとも限らないだろ。中で返り討ちに遭った可能性もある」


 それもそうか。と小さく呟きながら、マロンは腕を組んだ。


 人為的に破壊された穴があるということは、最低でも一チームは太陽の塔を訪れたことがあるという証拠。となると、可能性は三パターンある。


 一つ目と二つ目は二人が意見を交わしたように、すでに攻略されているか返り討ちに遭ったか。そして三つ目は、攻略途中で諦めて逃げ出したか。どちらにせよ後者二つはリベリアと太郎がいるので問題なさそうだが、もし攻略済ならば完全に無駄骨である。


「どのみち、ここまできて確認せずに帰る方がよっぽど無駄骨よね。ひとまず中に入りましょう。ささ」


 リーダーであるマロンが、先頭を譲るように天崎の背中を押し始めた。


 なんでレベル一桁の自分が……と不満顔で睨み返すも、指示が出たのなら従うまで。トラップに警戒しつつ、天崎は外壁の穴から中を覗き込んだ。


 どうやら通路の途中なのだろう。正面は外壁と同じような石の壁で、左右は延々と薄暗闇が続いている。ただ幸いにも松明が等間隔で配置されているため、屋外より視野の確保に困ることはなさそうだった。


「……特に何もなさそうだな。入るぞ」


 後ろに声を掛けてから、天崎は穴の中に身を滑り込ませた。


 肩と背中を少し擦ったが、一番体格の大きい自分が難なく通り抜けられたのだから、後は問題ないだろう。そう思って振り向いたのだが……、


 突然、ガラガラガラと音を立てて外壁が崩れ始めた。


 人一人が余裕を持って通れるほどに拡張された穴の向こうでは、太郎が片手を前に突き出して仁王立ちしていた。


 その隣に立っているマロンが、天崎の顔を見て訝しげに首を傾げた。


「何かご不満?」

「……いえ、なんでもないです」


 返事を待たず勝手に突入していった自分が悪いんです。とでも言いたげに、天崎は大きく肩を落としたのだった。


「んで、どうする? 二手に分かれるか?」


 右と左、同じような通路の先を交互に見比べながら、天崎はマロンへと意見を求めた。


「……いえ、四人まとまって行動しましょう。効率は悪くなるかもしれないけど、切羽詰まってるほど時間に余裕がないわけではないし、分かれた後にまた分かれ道があったらあまり意味がないわ。だったら安全を第一に取る」


 という判断の元、一行は壁に向かって左側へと進みだした。


 先の見えない通路は、屋外と同様に内側へ向けて緩やかなカーブを描いている。また燭台一つ一つの間隔がかなり大きく、闇が覆っている面積の方が多いことが分かった。


 何故か先頭になった天崎は、一番夜目の効くリベリアと交代したいなぁと思いつつ、慎重に歩を進める。そしてしばらく道なりに進んだところで、前方から何かが近づいてくる気配を感じた。


「…………?」


 明かりに照らされたその生物は、四匹の蛇だった。一瞬モンスターかとも思ったが、蛇を見つめても名前もレベルも表示されない。つまり『クロウディア』内において、モンスターとは別に配置された生物……敵対心を持たない、世界にリアリティを持たせるためだけに作り出された環境生物だった。


 そのことを事前に聞いていた天崎は、警戒心を解く。とはいえ毒を持っていたら怖いなと思い、壁際に寄って通り過ぎるのを見守っていたのだが――、


「ひゃふんっ!?」


 突然、背後から甲高い悲鳴が聞こえた。

 あまりに可愛らしい驚き方だったため、天崎も思わず笑ってしまう。


「はは。吸血鬼も蛇は苦手なんだな」

「え? 今の声、私じゃありませんよ?」


 振り返ってみると、リベリアはボケッとしたまま天崎を眺めていた。

 その横で、顔を真っ赤にしながら上目遣いで天崎を睨みつけるマロンの姿が。


 まさか今の可愛らしい悲鳴は、マロンの口から飛び出たのか? いつも偉そうに天崎を虐げてる、あのマロンの口から!?


「なに笑ってんのよ! 蛇がいるならいるって言いなさいよ!!」

「痛って!」


 強かに尻を蹴られてしまった。照れ隠しなのだろうが、もう少し手加減してほしいものだ。


「……悪かったよ。今度からは逐一報告する……って、ぎゃあああああああああぁぁぁぁ!!!」


 今度はクソほども可愛くない天崎の叫び声が通路中に響き渡った。

 悲鳴に驚いた女子二人が、ビクッと肩を震わせる。


「天崎さん、やめてくださいよ! 私までビックリしちゃったじゃありませんか!」

「う、後ろ……後ろ、見てみろ……」


 驚愕に満ちた顔で、天崎は二人の後ろを指で示す。

 最後尾では、無数の蛇に身体を包まれている太郎が立っていた。


「おっ?」


 自分のことだと気づいた太郎が、平静平坦な声を上げた。


 まるで『いつも外出する時は蛇を巻き付けて歩いてるんですよぉ~』とでも言い出しそうなほど冷静だった。


「うわ気持ち悪っ!」


 と言って、リベリアには珍しく悪態を吐きながら顔をしかめる。


 何十匹もの蛇を目の前にして感想がそれだけというのもすごいと言えばすごいのだが、太郎本人はそれらに這い寄られているのだ。気持ち悪いどころの話ではないだろう。


 生唾を呑み込んだ天崎は、恐る恐る訊ねてみた。


「酒井……お前、それ、大丈夫なのか?」

「おう、大丈夫だぞ。コイツら、毒は持ってないみたいだ」


 当然のように言い放つ太郎。もしかして自分の方が蛇の幻覚を見ているんじゃないかと疑ってしまうくらいには、普通の返しだった。


「いや、問題はそこじゃなくてだな……というか、毒がないなんて分かるのか?」

「コイツらがそう言ってるし、オレも噛まれてみたぞ!」

「????」


 言ってる? 蛇たちが?

 噛まれてみた? 毒を持っているか確かめるために?

 ダメだ。自分が理解できる範疇を越えてしまっている。


 頭を抱えながら天井を仰いだ天崎は、会話と理解をすっ飛ばすことにした。


「とりあえず、ウチでは飼えないから元の場所に戻してきてらっしゃい」

「わかったぞ!」


 素直に了承した太郎は、なにやら小さく呟き出した。すると身体に巻き付いていた無数の蛇たちが、一斉に足元へ向かって移動を始める。その様子は、まるで頭から被った流水のよう。地面へ降りた蛇から順々に、後方の暗闇へと去っていった。


「今の蛇たちはモンスターじゃなかったな! この建物に住んでるだけで、人に襲ったりはしないって言ってたぞ!」

「そ、そうか……」


 モンスターかそうでないかは、じっと見つめるだけで分かるのだが。


「ま、まあ何事もなくてよかった。先へ進むぞ」

「待ってください、天崎さん! マロンちゃんが、マロンちゃんが……」


 慌てふためくリベリアに倣い、天崎は心配そうにマロンの顔を覗き込む。

 マロンは白目を剥きながら、立ったまま気絶しているようだった。






 数分で目を覚ましたマロンは、起き抜けに何故か天崎を殴りつけた。


 理不尽な暴力に反抗心を抱くも、殴られた理由は明白なため、仕方なく反撃の拳を解く。そう、すべては太郎を助っ人に呼んだ天崎が悪いのだ。


 通路をさらに進んだところで、どうやら終点へと辿り着いたようだ。

 塔の内側へと折れる曲がり角があり、その先を覗いた瞬間――天崎は息を呑んだ。


「――――ッ!? これは……」


 おそらく塔の中心部であろうその場所は、巨大な空洞になっていた。


 面積は小学校のグラウンド程度だろう。ただし天井が異様に高い。高度が上がれば上がるほど狭まっていく円錐型の空洞は、どうやら頂上まで吹き抜けになっているようだった。


 しかし天崎には、天井を見上げながらゆっくりと考察する暇はなかった。

 空洞の中央に鎮座する異様な物体を前にして、背筋に冷汗が浮かぶ。


 まるで闘技場のように頑丈な石畳に囲われた空間。その中心では、人を軽々と丸呑みできそうな巨大な蛇が、微動だにしないまま床に伏せていたのだ。


「まさか……ボスか!?」


 薄暗くてはっきりと視認することはできないものの、先ほど見た蛇たちとは明らかに様子が違う。ただボスモンスターと仮定したところで、奇妙な違和感を抱いた。


 蛇を凝視しても、名前もレベルも表示されない。つまりモンスターではなく、あれも環境生物か何かなのか? あんな巨大な蛇が?


 正体不明の怪物に物怖じしていると、背後にいたマロンが天崎と追い抜いて行った。警戒心のない足取りで、巨大な蛇へと近寄っていく。


「おい! 危ないぞ、高槻!」

「いえ、大丈夫よ。たぶんあれは動かないわ」

「動かないって……まさか死体なのか?」

「倒されたモンスターは泡となって消えるから、それもあり得ないわ」


 じゃあいったい何なんだ。と疑問に思いながらも、天崎はマロンの背中を追った。

 近づいてみて、ようやくマロンの言葉を理解する。


「これは……抜け殻?」


 巨大な蛇には中身が入っていなかった。背中がぱっくりと割れ、薄い皮だけが残っている。


「おそらくこの蛇は、太陽の塔のボスだったんでしょう。脱皮した後は、第二形態に移行したとかじゃないかしら?」

「じゃあ中身は……」

「間違いなく倒されてるでしょうね」


 脱皮跡が第二形態かどうかはともかく、ボスが倒されていることについては天崎も同意見だった。


 空洞内を見渡してみれば、四人がここへ来るために通ってきた通路以外にも、奥へ続いていそうな穴がいくつもある。しかしそのどれもが、目の前の巨大な蛇が通れそうなほど大きくはなかった。壁が崩壊している場所も見当たらないし、この空洞内にいないとなれば、間違いなく討伐されているだろう。


 こんな巨大な蛇と戦わずに済んで良かったと安堵する反面、落胆する気持ちも同じくらい生まれてくる。ちょっとでいいから、動いている姿を見たくもあった。


「で、どうする? この調子だと、たぶん太陽の剣もないぞ」

「一応頂上まではいきましょう。そこにあるって話だから」

「道は分かるのか?」

「分かるわけないでしょ。たぶんどこからか行けるはず」


 そう言って、マロンはいくつもある通路の穴を指で差した。


 まあ地図がなければ虱潰しに探索するほか方法はない。面倒くさいと言ってられる状況でもないのだが……。


 突然、天崎が膝をついてしまった。苦しそうに胸を押さえている。


「天崎さん! どうしたんですか!?」


 心配そうな声を上げて駆け寄るリベリア。

 しかし天崎は顔を伏せながらも、大丈夫だと言わんばかりに手で合図を送った。


「あぁ……ちょっとした発作があっただけだ。心配すんな」

「発作? 持病でもあったんですか?」

「いや、そんな大層なものじゃないんだが……」


 と言いかける横で、今度は太郎が同じように苦しみ始めた。


「うぐっ……」

「酒井君まで!?」


 マロンが叫ぶ中、天崎と太郎はお互いに視線を交わした。


 まるで「やっぱりお前もか……」「おう、こればっかりはオレも弱いぞ……」と無言で会話しているようだ。


「いったい、何なんですか! お二人が同時にってことは、持病じゃないんですよね?」

「いや、俺と太郎は同じ病気だ。同じ病を患っている」

「病?」

「あぁ。『分かれ道の反対側には何があるのか気になる病』だ」

「「…………」」


 意味が分からず、リベリアとマロンは黙って顔を見合わせた。


「ええっと?」

「ここへ入ってくる時、向かって左側を進んできただろ? じゃあ反対側は何があったんだ? こっちがボス部屋なら、あっちはどこに繋がってたんだ?」

「……こっちが正規ルートだったんだから、あっちは入り口に向かう道だったんでしょ」

「もしかしたら宝箱があったかもしれないぞ!」


 冷たく言い放つマロンの正論に、太郎は拳を握って訴えかけた。

 しかしその訴えも、リベリアのさらなる正論で押し潰されてしまう。


「たとえ宝箱があったとしても、他のチームがすでに探索した後ですから、どうせ中身は空っぽですよ」

「できれば確認したい!!」

「えぇ……」


 女子二人がうんざりしたように肩を落とした。

 にもかかわらず、男子二人は少年のように無邪気な眼差しを向けてくる。


「なんなら帰りにでも見に行けばいいじゃない。それにもしこの空洞から屋上に繋がる通路がなければ、そっちが正解だから……」

「いいや、今じゃなきゃダメなんだ。気になる、めっちゃ気になる」

「…………」


 何がお前をそうさせているんだ。と言いたげに、女子二人は目を細めた。


 彼女たちがそんな顔をするのも理解できる。だってこれは男だけが持つ性。ダンジョンを隅々まで調べつくしたいと思う欲求は、少年心を持つ男たちのロマンなのだから!


 曇りなき眼で訴え続けていると、最終的にマロンが折れてくれたようだった。


「分かった、分かった。私たちはこの空洞を少し調べてるから、ちゃっちゃと行ってきなさいよ。全力ダッシュなら、五分で往復できるでしょ」

「おっしゃ! 行こうぜ、酒井!」

「おう!」


 五分の猶予を与えられた二人は、今来た通路を猛ダッシュで戻り始めた。


 途中に障害物などもなかったので、一分もかからず侵入してきた亀裂へと辿り着く。さすがにそこからは速度を落とした。未知なる道程を、二人は心躍らせながら突き進んで行く。


 しかし探索の終わりはすぐに、そして唐突にやってきた。

 反対側は行き止まりだったのだ。もちろん宝箱なんて物もない。


 秘密のスイッチや仕掛けがないかあらかた探した後、太郎が大きく肩を落とした。


「なんだぁ、何もないのかぁ」

「ちっちっち。甘いな、酒井。甘すぎるぜ。お前の拳は何のためにあるんだ!?」

「はっ!」


 己の拳を挙げた天崎を見て、太郎も察したようだ。


 壁を壊すのにバクダンなんて必要ない。それ以上に破壊力のある武器が、自分の両手には備わっているのだから。


「ドーン!」


 ガラガラガラと音を立て、呆気なく崩れていく石の壁。天崎の読み通り、壁の向こうはさらに空間が続いているようだった。


 砂埃が治まるのを待って、いざ進軍を再開しようと一歩踏み出したのだが――、

 壁の向こう側にあったものを目の当たりにして、天崎は驚愕の声を上げてしまった。


「リベリア!? 高槻!?」


 まるで鏡合わせのように、つい先ほど別れた仲間が立っていたのだ。

 マロンは突然壁が崩壊したことに驚いて、身を屈めながら。

 リベリアは呆気に取られて、大きく口を開けながら。


「……なんで、お前たちがこんな所にいるんだ?」

「どうせすぐに戻ってこないだろうって思って、近くの通路を少しだけ探索しようって話になったんですよ。そしたらいきなり壁が崩れて……もう! ビックリさせないでくださいよ!」


 呆然とした表情から一変、リベリアは頬を膨らませてぷんぷんと怒り出した。

 何か釈然としない思いをしながらも、天崎は軽く頭を下げる。


「あぁ……悪かった」

「もう気が済んだでしょ? さっさと他の場所へ探索に行くわよ」


 本気で不機嫌を露わにしたマロンが一度だけ天崎を睨みつけると、さっさと身体を反転させてしまった。リベリアもまた、その背中を無言で追う。


 これ以上は諦めるしかない。今のリーダーはマロンなのだから、その決定は絶対だ。

 肩を落とした天崎は、彼女らを追うために壁の境を大股で跨いだ。


 しかし二歩目は出なかった。

 なぜなら、後ろから力強くシャツを引っ張られたからだ。


「酒井? どうした?」


 振り返って訊いてみる。

 太郎は天崎の方を見ておらず、眉を寄せたまま女子二人の背中を眺めていた。


 そしてあっけらかんと、とんでもないことを言い放つ。


「なぁ、天崎。コイツら誰だ?」

「誰だって、お前……」


 まさか数分前に別れたばかりの仲間の顔すら忘れてしまったのか!?

 いやいや。いくら酒井太郎といえど、そこまで残念な脳みそはしていないはずだ。


 ならば可能性は一つ。それと同時に、天崎は先ほど抱いた違和感を思い出していた。


 その違和感とは、時系列が合いそうにないということ。


 中央の空洞を飛び出し、壁を破壊するまでおよそ三分。天崎たちが姿を消してからすぐに探索を始めたんだとしても、こんな端っこでかち合うわけがない。太陽の塔の内部構造をあらかじめ知っていて、なおかつ全力で移動でもしない限り。


 疑念が膨らんだのなら、あとは試すだけだ。

 天崎は太郎の顔の高さまで身を屈めると、静かに耳打ちした。


「酒井。悪いけど、リベリアを一発だけぶん殴ってくれないか?」

「リベリアってどっちだ?」

「金髪……いや、違うな。左を歩いてる方だ」

「大丈夫なのか?」

「まぁ、アイツなら一発くらい耐えられるだろ」


 マロンは即死する可能性があるから問題外だが、リベリアなら太郎の一撃でも耐えれくれるはず。死にさえしなければ、回復魔法もあるので問題ない。


「わかったぞ!」


 元気よく返事をした太郎が、前方を歩いている女子二人の方へと駆け出した。

 声と足音に反応したのか、二人は同時に振り返る。


「ドーン!」


 太郎の容赦ない拳がリベリアの脇腹を襲った。

 リベリアは反応できなかった。「えっ?」と驚いただけで、無防備な身体がくの字に曲がっていく。


 と、その時だった。


 吹っ飛ばされたリベリアの身体に変化があった。まるで表面を包んでいた絵の具が洗い落とされたように、その中身が露わになったのだ。


 中から現れたのは、法衣を纏った僧侶のおっさんだった。


 しかし、その姿を確認できたのは一瞬だけ。リベリアに扮していた僧侶のおっさんは、壁に叩きつけられるのと同時に黒い渦の中へと呑み込まれていった。つまりは即死だ。


「チィッ!」


 マロンに変装した誰かは、舌打ちするのとともに懐から杖を取り出した。

 だがもう遅い。


「酒井! そいつも敵だ!」

「おう!」


 意気揚々と返事をした太郎が、偽マロンへと拳を突き出す。


「ドーン!」


 最強の拳が、偽マロンの腹を貫く。だが今度は予想通りの結果にはならなかった。


 拳が身体を貫通したのだ。そのまま偽マロンの身体は、音もなく煙のように消え去ってしまった。


「今のは……逃げられたのか? それとも幻だったのか?」


 判断はできない。ただ一人目の偽リベリア……僧侶のおっさんは参加者の一人だった。黒い渦が現れて消えていったのだから、間違いないだろう。


 それにしてもマズいことになった。天崎とマロンは、この太陽の塔はすでに攻略されてしまっているか、もしくは攻略途中で逃げたか全滅したかと予想していたのだが、どちらも外れていたようだ。まさか他チームが絶賛攻略中だったとは……。


 何はともあれ、早くマロンに報告せねばなるまい。


「と、その前に……」


 天崎は太郎の方へと近寄ると、その頭を優しく撫で始めた。


「よくやったな、酒井。助かったぞ」

「おう! まさか敵だったなんて、オレもビックリしたけどな!」


 無邪気に笑いながら、天崎の手を受け入れる太郎。

 そして二人は、大きくハイタッチを交わしたのであった。

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