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ドラキュティックタイム  作者: 秋山 楓
第4話『ロスト・ステータス』

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第8章 森の中は危険がいっぱい!

 マロンの不安は即座に的中する。


「ちょっと天崎! 早くあの子を呼び戻してよ!」

「分かってるって!」


 天崎の背後で、シャツの裾を摘まみながらビクビクしているマロンが叫んだ。


 リベリアを除く三人で森の中に入ったはいいものの、進行具合はあまり芳しくなかった。ただでさえ微弱な日光は森の木々に遮られ、自分の足元すら見えないほどの闇が落ちていたからだ。


 そんな中、怖いもの知らずの太郎が一人でずんずん先へと進んでいってしまう。マロンが怒るのも無理はなかった。


「おーい、酒井! 戻ってこい!」

「おっ?」


 声が聞こえ、前方の気配が立ち止まる。天崎たちからは、人型の輪郭が振り返ったことだけしか視えなかった。


 枯れ枝を踏む音と共に闇の中から現れた太郎は、不思議そうに首を傾げていた。


「天崎、どうしたんだ?」

「お前、ちょっと進むのが速いぞ。もう少し俺たちと歩調を合わせてくれ」

「おー、わりぃわりぃ。肝試しみたいで、ついつい楽しくなっちまってたぞ」


 本当に悪気はないのだろう。そして反省した様子もない。


 二人だけなら話はここで終わりなのだが、今は不機嫌を露わにしたマロンがいる。板挟みになった天崎がもう少しだけ太郎を窘めてから、三人は進行を再開させた。


 途中、天崎は自分の背後で背中を丸めているマロンに声を掛けた。


「けど、意外だったな。まさかお前が暗いの苦手だったなんて」

「別に暗闇がダメってわけじゃないわよ。いつモンスターが襲ってくるか分からない土地なのに、警戒しない方がおかしいでしょ?」


 そういうのを総合して暗闇がダメって意味になるんじゃないのか? という疑問が浮かんだが、天崎は口には出さなかった。


「とにかく、モンスターが出たらあんたが前で戦いなさいよね。私は後衛職で、耐久度は紙みたいなもんだから」

「へーい。快く盾になりますよー」


 敵の強さによっては俺も同じようなものだけどな。と、天崎は適当な返事をした。


 進行方向が合っているのか、そもそも本当にまっすぐ歩けているのかも分からない闇の中を進んでいく。ともあれ、今はリベリアの報告待ちという面もある。迷ったところで遭難することはないだろうと、天崎が楽観視していると……先頭を歩いていた太郎が「おっ?」と声を上げて、二人に構わず走って行ってしまった。


「だー、もう! これで何回目なのよ!!」

「二分ぶり四回目だな」

「甲子園じゃないんだから!」


 ヒステリックな叫び声を上げたマロンが、天崎の首を締め上げた。


 俺に八つ当たりするなよと恨みがましい目で睨みつつ、太郎を呼び戻すために息を吸う。しかし天崎が声を発するまでもなく、太郎はすぐに戻ってきた。


 背後に三匹の熊を引き連れて。


「「~~~~~~ッッッ!!???」」


 人間、本気で恐怖を感じると言葉を失ってしまうみたいだ。


 三メートル近い三つの巨体を前に、身体の芯から震え上がってしまう天崎とマロン。それに対して熊を引き連れてきた張本人は、心の底から奮い上がっているようだった。


「なあなあ、天崎! 熊だ、熊がいたぞ! アイツらモンスターなのか!?」


 未だ絶句している天崎は、太郎の背後でこちらの様子を窺っている熊に視線を移す。


『サン・ベア(子)×3匹 レベル75』


 軽く眩暈がした。


 現実世界の熊ですら何の準備もなしに戦えるわけがないのに、ゲーム感覚でいってもレベル差が圧倒的だ。間違いなく瞬殺されるだろう。「おぉ『完全なる雑種』よ。死んでしまうとは情けない」というセリフが、何故か安藤の声で再生された。


「ぶっ殺してもいいんだよな!?」


 好奇心溢れる太郎の瞳を目にした天崎は、はっと我に返った。


 そうだ。レベル差は圧倒的でも、ウチには最強の味方がいるじゃないか! 何も恐れることはない!


「あぁ。ぶっ殺しても……大丈夫だ」


 暗闇の向こうでギラギラと光る六つの瞳が怖くて、上ずった声になってしまった。

 天崎の許可が下りると、太郎は「おっしゃー!」と気合を入れて熊と向き合った。


「熊と戦うのなんて、何年ぶりだろな!」

「え? お前、熊と戦ったことあるの?」


 という天崎の疑問は聞こえなかったらしい。

 携えていた鋼の剣を抜いた太郎は、頭の上で振り上げたまま突進を始めた。


「おりゃああああーーー!!」


 猪突猛進で突っ込んでくる太郎の元へ、熊たちの注意が一斉に集まる。


 三体のうち、狙うのは真ん中の熊だった。両サイドからのカウンターを恐れることもなく、太郎の鋼の剣による渾身の一撃が振り下ろされ――なかった!!


「ドーン!」


 という威勢の良い掛け声とともに、太郎の体当たりが炸裂したのだ。


 剣を振り上げたまま、標的である熊ですら通り道ですよと言わんばかりの突進。いったい太郎はどこへ行こうとしているのか、そして何のために鋼の剣を買ったのか。天崎は考えるのをやめたくなった。


 しかも驚いたことに、今の体当たりでHPが底をついたのだろう。空中へ弾き飛ばされた熊は、地面に落ちる間もなく泡となって消えてしまった。


「なに、あの子!? 常にスター状態にでもなってるの!?」


 マロンの驚きに満ちた叫び声が轟く間にも、戦闘は続く。

 急ブレーキを踏んだ太郎の後ろで、残された二匹の熊が腕を振り上げていた。


 無防備になった後頭部へと、首を飛ばす威力を持つ熊の鉤爪が薙ぎ払われたのだが――、

 バキッと音を立てて飛んだのは、爪の方だった。


 何が起こったのか理解するよりも先に、猫のような悲鳴を上げて痛み苦しむ熊。それに対し太郎は、まるで蚊にでも刺されたかのように頭を掻くだけだった。


「痛ってなぁ。でも地面にめり込まないんじゃ、全然大したことねぇな!」


 鬼が笑った。二匹の熊は本能的に自分たちの死を悟る。


 まずは攻撃を仕掛けた方から。静かに距離を詰めた太郎が「ドーン!」と拳を繰り出すのとともに、二匹目の熊も一撃で泡になってしまった。


 三匹目に迷いはない。即座に背を向けると、あっという間に闇の中へと溶けていく。


「えー、なんだよぉ。逃げちゃうのかよ」


 つまらなさそうに呟いた太郎が、足元の小石を拾った。


 その行為を見ていた天崎とマロンは、まさかと直感する。いやいや、当たるわけがない。熊の走るスピードは人間以上だし、木が乱立している森の中だし、一寸先も見えない暗闇だし。


 そして案の定、太郎が熊の逃げた方向へと小石を投げつけたのだが――、


「よっしゃー!!」


 喜びの声を上げる太郎と、闇の中から轟いた獣の悲鳴。


 命中しただけではない。太郎のレベルが上がったことで、今の投石が熊を倒したのだという何よりの証明になった。


「なんて出鱈目な子なの……」


 マロンが呆気に取られるも、天崎としても返す言葉はなかった。


 何はともあれ、ひとまず危機は去った。同時に確信する。あのレベルのモンスターを一撃で倒せるのなら、今後どんな強敵が現れても太郎の敵ではない、と。


 自分たちの身の安全と優勝が現実的になり、顔を綻ばせた天崎とマロンだったが……彼らは失念していた。今の熊が、どのようなモンスターだったのかを。


 背後でガサッと茂みをかき分ける音がした時には、もう遅かった。


 振り返った二人は、自分たちに降りかかった災難を認識する。先ほどの三匹よりもさらに一回り大きい熊が、今まさに襲い掛かろうと鉤爪を振り上げていた。


『サン・ベア(親) レベル89』


「――ッ!?」


 そう、今のが子供なら親も近くにいるんじゃないかと警戒するべきだったのだ。


 戦闘が終了した直後で気を抜いていた二人は、咄嗟に対応できない。こちらの様子に気づいた太郎も「おっ?」と声を上げたが、とてもじゃないが間に合う距離ではない。


 剣を抜く暇も、魔法を唱える時間もない。天崎が唯一できることといえば、熊とマロンの間にその身を割り込ませることだけだった。


 そして――。

 ドゴォ!!

 という破裂音が轟き、気づけば熊の頭が根こそぎ消失していた。


 頭が爆発した? いいや、違う。何かが降ってきたのだ。黒い大きな物体が隕石の如く空から落ちてきて、熊の頭を抉っていったのである。


 訳が分からず呆然とした天崎だったが、隕石の正体を見てすべてを察した。

 泡になって消えゆく熊の側で、黒いマントを羽織った金髪の吸血鬼が笑っていた。


「背中ががら空きですよ、お二方。ちゃんと警戒しないと」


 危機が去ったことを一歩遅れて理解し、同時に腰が抜ける天崎とマロン。

 その場で背中合わせに尻もちをつくと、お互いの願望が深いため息とともに漏れた。


「……帰りたい」

「私も……」


 珍しく意見が一致する二人だった。

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