第7章 移動魔法でひとっ飛び
「やーやーやー。ここで会ったが百年目。親友の仇、討たせてもらう!!」
「オレまだ十七歳だから百年も生きてないけど、その挑戦、受けて立つぞ!」
剣を構えた天崎は、対峙する少年を睨みつけた。
対する酒井太郎もまた、敵に向けるには相応しくない曇りなき笑顔を浮かべながら、つい先ほど買ってもらった鋼の剣を構える。
場所は人通りの多い広場だった。艶やかな噴水を背に、二人は向かい合う。
ただ道行く人々は、今まさに殺し合いをしようと殺気立つ二人を、まるで背景のように無視したまま広場を往来していた。なぜなら街の住人たちは全員、造られた存在……命の宿らないNPCだからだ。
そんな街人たちと同様、天崎と太郎もお互いしか視界に入っていない。
そして黙したまま数秒ほど視線が絡み合った後、戦いの火蓋が切られた。
初動は同時。振り上げられた両者の剣が、甲高い金属音を上げて交差する。拮抗した鍔迫り合いの最中、二人は「やるな、お主」「そっちこそ」と言いたげな笑みを浮かべて、お互いを認め合った。
と、その時だった。
バチーーーーン!! という轟音と共に、二人の剣先に稲妻が落ちたのだった。
空を仰げば、雲一つない見渡す限りの晴天だというのに。
「……マロンちゃん、容赦ないですね」
「こういうバカは、一度ガツンとやった方が効果的なのよ」
落雷の発生源になった魔法の杖をしまったマロンは、呆れたように肩を竦めた。
身体から煙を上げて地に伏す天崎と太郎。その傍らで一部始終を見ていたリベリアは、友人の手厳しいお仕置きに身を引いていた。
「なにすんだよ! 剣を買ったらチャンバラするのが常識だろ!!」
「そうだぞ! 男の子はみんなチャンバラ好きなんだぞ!!」
どうやら魔法も威力を調節できるらしい。地面にうつ伏せに倒れた二人は、全身黒焦げになりながらも、無傷のまま悔しそうに涙を見せるだけだった。
朝一、準備を整えてから噴水広場に集合したのだが、剣を携えた天崎を見て、自分も欲しいと太郎が駄々をこねたのが始まりだった。
太郎のステータスに比べれば、武器による攻撃力上昇率は微々たるもの。なのに「酒井君は素手で十分じゃない?」というマロンの至極まっとうな意見を押し退けて、天崎と同じ鋼の剣を購入したのだ。その結果があのチャンバラである。マロンが怒るのも無理はない。
回復魔法で治してもらったところで、一同はマロンの周りに集合した。
「そうそう。昨夜雇い主から連絡があったんだけど、残りのチームは私たちを含めて八チームまで減ったらしいわ。一チームは最終の地にいるはずだから、私たちの他に六チームがそこを目指してるってことね」
「そのチーム数って、増えることはないんだよな?」
「原則的にはね。ただ残存するチームが分裂する可能性もなくはないから、絶対にとは言えないけど」
「ふーん」
何気なく返事をした天崎だが、何かが少し引っかかった。
確かにチームが分裂するメリットはあまりない。目的が同じなら、固まって行動した方が利があるというもの。仲違いでもしない限り、チーム数が増えることはまずないだろうと、天崎は納得した。
しかしチーム数は増えずとも、参加者は別だ。助っ人を二人まで呼べるのなら、今まさに敵の数が変動していてもおかしくはない。
「昨日の卑怯な奴らが他にもいるとは思えないけどさ、助っ人を呼んでいくうちに仲間は無限に増やすこともできるんだろ? 人数が多い方が有利なんじゃないか?」
「……あくまでも推測だけど、参加者の数は一チームにつき一人か二人くらいしか増えないと思うわ」
「なんで?」
「理由は二つ。一つは参加チームは順位によって賞金が出るから、自分の取り分が減るのを嫌がると思うの。もちろん賞金目的じゃなくて、ただ純粋に勝利したいだけのチームがあれば別だけど」
「あぁ、なるほどな。この世界で死ぬっつっても、元の世界でまた顔を合わせるわけだから、分け前を渋ることはできないってわけか」
「そうそう。そして二つ目が、新人の育成にあるわね。それなりのレベルまで上げるためにはもうあまり時間はないし、新人が他のチームに殺されれば相手側に経験値が入ってしまう。メリットよりもデメリットの方が大きいのよ。リベちゃんや酒井君みたいに、最初から高ステータスの助っ人なんて、滅多にいないしね」
「他の異世界には、吸血鬼や鬼みたいな種族はいないんですか?」
「それらに該当する存在はいるっちゃいるけど、知り合いとなるとなかなかね。それに異世界の住人は、私たちの世界の人間より圧倒的に戦い慣れてるってだけで、身体能力はそれほど変わりないの。それこそ完全な違いは、魔法を使える人間がいるかどうかくらいね」
昨日の酒場の賊も、太郎のステータスを目の当たりにして絶句していた。おそらく太郎以上の数値を持った参加者は、他にいないんじゃなかろうか。
「そんなわけで敵のチームは残り七。リベちゃんと太郎君がいれば楽勝だと思うけど、太陽の剣を手に入れれば、さらに優勝に近づくわ。けど伝説系の装備があるダンジョンの情報は私も持っていないから、もしかしたら物凄く強いモンスターが出てくるかもしれない。その時は……頼むわね」
「合点承知です!」
「まかせろ!」
朝っぱらからテンションの高い二人の返事を合図に、マロンは杖を振り上げた。すると足元に半径三メートルほどの魔法陣が浮かび上がる。その中から溢れ出る光が、まるで四人の身体を押し上げるように、足がゆっくりと地面から離れていった。
「みんな、リラックスして! もう少ししたら、ロケットみたいにドーンって飛んでいくから!」
「目的地は……確か太陽の塔の近くにある村だったよな?」
「そうよ。かなり高レベルのモンスターしか出ない土地だから、私も一回しか行ったことないけど……移動魔法が使えるようにマーキングしといてよかったわ」
その言葉を聞いて、天崎の背中に言い知れない不安がよぎった。
レベル53のマロンが高レベルというほどの土地。そして現在の天崎はレベル6。一般人よりは身体能力が優れているとはいえ、リベリアや太郎に比べればほとんど大差ない。
そして中学まで数々のRPGをプレイしてきた天崎は知っている。ゲーム序盤のパーティーが、少し強めのモンスターが出るフィールドに降り立った時、どうなるかを。
「……あの、高槻さん? やっぱり地道にレベル上げしながら向かいませんかね」
「もう遅い」
マロンが不敵に笑うのと同時に、四人は一斉に上空へと打ち上げられた。
街の人々がゴマ粒くらいにしか見えない高度に達した後、緩やかに水平方向へと角度を変える。やがて新幹線の最高速度程度を保ったまま、目的地の方角へと転換した。地上を見下ろせば、森や草原、荒野などのフィールドが、物凄い速度で後方へと流れていく。
「うおーー!! すげーー!! オレたち、飛んでるぞ!!」
「私も翼を動かさないで空を飛ぶのは初めてです!」
興奮した声を上げながら目を輝かせている太郎と、まるで昼寝でもするように空中で寝そべるリベリア。そんな二人とは対照的に、天崎の顔は空の色にも負けないほど真っ青だった。
「……このゲームの経験値がパーティ共有だったら楽だったのに」
「無い物ねだりをしてもしょうがないでしょ。メインはリベちゃんと酒井君なんだから、あんたは後ろで隠れてなさいな」
マロンが窘めるものの、それじゃあつまらないだろと天崎は視線だけで反論した。
最初の戦闘ですでに分かっていたことだが、経験値を得るためには自分で敵にトドメを刺さなければいけないのだ。いくらモンスターのHPを削ったところで、最後の一撃を誰かに奪われてしまっては、一切経験値を得ることができない。つまり仲間に頑張ってもらって、自分だけ何もしないままレベルを上げていくのは不可能なのである。
ただ、逆もまた然り。仲間に敵のHPをギリギリまで削ってもらい、トドメだけ自分で刺せば楽に経験値を稼げるのだが……あの二人に、そんな細かい調整ができるとは思えなかった。
「ま、しゃーない。強そうなモンスターが出たら、すぐに逃げるか」
まだ目的地にも到着していないのに、すでに諦め半分の天崎であった。
数分ほど空の旅を楽しんだ後、徐々に高度が下がっていくのを感じた。前方を眺めれば広大な湖があり、湖畔には森が広がっている。出発地点のような人が賑わう街は見当たらないが、森の脇に十数軒の小さな建物が見えた。下降する角度からして、おそらくその集落が目的の村なのだろう。
しかし建物らしい建物は、それだけしか見つけられなかった。
「太陽の塔ってのはどこにあるんだ?」
「さぁ? 実は私も行ったこともなければ見たこともないのよね。地図から判断して一番近い村を選んだんだけど、もしかしたらけっこう離れているのかもしれないわ」
「いや、それにしてもだな……」
もう一度、大きく見渡してみる。
太陽に一番近い塔というくらいだから、ものすごく高い建造物があるのだと想像していた。しかし見た限りでは、塔らしき建物はない。森の木々に隠れてしまう程度の大きさならば、太陽に一番近いなんて修飾語は使わないと思うし……。
そんな考察をしている間にも、身体が地上に向かって傾き始めた。角度のきつい放物線を描きながら、地面へ落下する。しかしそこはちゃんとした移動魔法。重力とは逆の不思議な反作用が働き、衝突する前に身体がふわりと浮いた。
そして誰一人として転倒することもなく、しっかりと着地を果たす。
しかし……。
「……あれ?」
誰かが不思議そうに声を上げたのだが、心境は全員同じだった。
周囲が異様に暗いのだ。雲が空を覆っているわけでもないし、降り立った場所が木に囲まれた森の中というわけでもない。にもかかわらず空は深い群青色に染まっており、光の少ない辺り一帯は目が慣れるまで時間を必要とした。
「移動中に夜になった……ってわけでもなさそうだよな」
言ってから、天崎はなんとなくピンときた。過去にやったゲームにも、常時夜のフィールドがあった。おそらくそれと同じようなものだろう。
しかし唯一この辺りに来たことのあるマロンが、不可解そうに首を横に振った。
「いえ、移動魔法で時間が進むなんてことはないわ。今は間違いなく午前中よ。それに前に来た時は、こんなに暗くはなかった。それに……見て」
マロンが夜に近い闇色の空を指で差した。
東らしき方角には、確かに太陽があった。しかしその中心は月でも覆い被さっているかのように、黒く塗り潰されている。そして黒い円の端から漏れるわずかな日光が、弱々しい力で周囲を照らしているのだ。
「皆既日食ってやつか?」
「現象だけ見れば似たようなものよね」
「フィールド特有の自然現象とか?」
「うーん……」
どうやらマロンにとっても想定外の出来事みたいだった。
時期によってこういう現象が起こるフィールドなのか、それとも他に理由があるのか。
イベントなのか、設定なのか、仕様なのか。今は何も分からない。
しかしどれだけ難易度の高いRPGでも、訳の分からない現象が起きた時の解決方法はみんな同じである。
天崎が唯一無二の解決方法を提言しようとした、その時……マロンがぱっと顔を上げた。
「よく分かんないから、とりあえず進んでみましょ」
「よっしゃ!」
どうやらマロンにもRPGの心得があったようだ。
よく分からなくなったら、とりあえず前に進む。RPGの基本だ。
四人が移動魔法で降り立った場所は、村の外れだった。目の前には数軒の民家があり、その集落の周りは木製の柵で囲われている。前の街のように石畳の地面ではなく、土のむき出しになった通路が軽く舗装されているだけだった。
「なんか辛気臭いですねぇ」
村を見回したリベリアが、辛辣な感想を漏らした。ただ天崎も同意見である。
見た限り、出歩いている人影はない。明かりの点いている民家もまばらで、その中からも人がいる気配が感じ取れない。夜ならばそう不思議な光景ではないのだろうが、実際の時刻は朝方だ。どう見ても異常だった。
柵を乗り越えた一行は、マロンを先頭に村の中へと進入していく。
その途中、闇の中で何かが蠢いた。
「おや? 旅人さんですかな?」
「――――ッ!?」
沈むような低い男の声が聞こえ、天崎はビクッと背筋を震わせた。
その様子を後ろから見ていたリベリアが、軽く小馬鹿にしてきた。
「天崎さんって、意外とビビりなんですね」
「仕方ないだろ! 案山子だと思ったんだからさ!」
声を掛けてきた第一村人は、畑で農作業をしていたおじさんだった。
マロンが代表で言葉を返す。
「はい。それでお訊きしたいんですけど、辺りが夜のように暗くなっているのは、何か異変でもあったんですか?」
「実は少し前から太陽の光が弱くなってね、作物が上手く実らなくなってしまったんだよ」
と言って、村人のおじさんは困り果てたように肩を落とした。
おじさんの背後を見てみると、確かに農作物があまり育っていないらしい。土から顔を出した葉っぱは、実を付けることなく萎れてしまっている。
「原因は何なんです?」
「おそらく太陽神様の力が弱まっているのだろう。この近辺の日光は、すべて太陽神様が管理されておられるからね」
「太陽神……」
RPGに精通しているマロンと天崎は、即座に理解し視線を交わした。
この村の近辺には、太陽に一番近い塔と呼ばれるダンジョンがある。そして村人の口から飛び出た、太陽神という単語。この流れからいって、おそらく太陽に一番近い塔には太陽神というボスがいて、そいつを倒せば太陽の剣を入手できるのではないだろうか。
ただ天崎には一つ懸念があった。
「太陽神の力が弱まったってことは、もう誰かに倒された後なんじゃないか?」
「その可能性はあるわね」
状況がまったく把握できていないため、まだ何とも言えない。しかし村に襲い掛かった異変と村人の口ぶりからして、太陽の剣がすでに奪われている可能性は高かった。
「どうします?」
「そうね。とりあえず行くだけ行ってみましょう。……誰かが探検した後のダンジョンなんてつまらない、とか言わないでよ?」
「……言わねーよ」
心外である、と言わんばかりに天崎は吐き捨てた。
「分かりました。では、私たちが異変の原因を探ってきましょう」
「おぉ、本当ですかな? 是非とも頼みましたぞ、旅人さん。村から相応の謝礼をお出ししますので」
嬉しそうに答えるおじさん。もしテキストボックスがあれば、『クエストを受注しました』という表示が出ていたんだろうなと、天崎は思った。
「太陽神様がおられる太陽に一番近い塔は、森の中を十分ほど歩いたところにあります。お気をつけて」
おじさんが方角を指で示す。
しかし周囲が薄暗いことを差し引いても、塔らしきものは見えない。鬱蒼とした森と、明かりの乏しい空が広がっているだけだ。やはり想像していたような、背の高い建造物ではないのかもしれない。
「もしよければ、私が空から偵察してきましょうか?」
と、リベリアが名乗りを上げた。
そういえばリベリアは魔法を使わずとも空を飛べるのだった。
「そうね。けど時間が惜しいから、私たち三人も一緒に進軍するわ。リベちゃんは太陽の塔を確認したら、いったん引き返して合流。いい?」
「了解です!」
背筋をピンと伸ばして敬礼したリベリアが、翼をはためかせて飛んでいった。
「では私たちも行きましょうか」
「あぁ。行くぞ、酒井。って……」
振り返ると、最後尾にいた太郎が突っ立ったままうつらうつらとしていた。
「さっきから会話に参加していないと思ったら、まさか寝てたなんて……」
「酒井ぃ! 起きろ!」
「……え? あぁ、天崎か。オレ、なんだか眠いぞ」
「起きたばかりだろ!」
「暗くなったら眠くなるって、まるで赤ん坊ね」
絶句するほど呆れ果てるマロンの横で、天崎は太郎の頬に往復ビンタをかました。
頬を赤く膨らませた太郎が、涙ながらに訴える。
「天崎ぃ。なにも殴ることないだろ!」
「だってお前、一度眠ったら全然起きないじゃん! お前がちゃんとしてくれないと困るんだよ。頼りにしてんだからさ!」
「えっ!? 天崎、オレのこと頼ってくれてんのか!?」
「おう。俺を守れるのはお前しかいないと思ってる」
「わかった! オレ、頑張るぞ!」
「扱い易すぎぃ!!」
一連の流れを見ていたマロンが声を上げた。
とはいえ、高レベルのモンスターが出現するこの地域では、太郎に頼らざるを得ないのも事実。少しくらいご機嫌を取っておいても損はないのだろうが……。
「…………」
天崎に頭を撫でられて喜んでいる太郎を横目で眺めながら、マロンは言い知れない不安を募らせるのであった。




