第6章 少年心を刺激する魔法の言葉
「…………」
太郎のステータスを確認したマロンが、食事の手を止めて絶句した。
酒場でのいざこざが終わった後、一杯だけジュースを飲み交わした天崎と太郎は、さっさと宿屋へ戻っていた。そこで夕食のためにロビーへと降りてきたリベリアとマロンに遭遇したので、太郎の紹介と事の経緯を簡単に話す。リベリアと太郎は二度目の顔合わせのはずだが、太郎の方はどうやら彼女のことを忘れているらしかった。
そんなこんなで四人掛けのテーブルに腰を落ち着かせた一行は、店主NPCが持ってきた夕食を食べ始める。人数分のパンとシチュー、そして大皿に盛りつけられたサラダという質素なものだった。
マロンが太郎のステータスを確認したのは、シチューを三回ほど口に運んだ後だった。
よほど信じられないものでも見たのか、マロンはスプーンを置いて頭を抱え始める。数学者が自ら作った公式に矛盾を発見したような困り顔だった。
「どんな数値だったんだ?」
「……とりあえず見たまんまを書くわ」
そう言って、マロンは羊皮紙に淡々と数値を記していった。
『酒井太郎、レベル21。
HP:52339/52339 MP:0/0
腕力:11905 敏捷性:5878 耐久力:80120 賢さ:35 体力:9556 精神力:309 魔力:0 運:15』
「…………」「…………」
羊皮紙に書かれた数値を目の当たりにして、天崎とリベリアの手も止まってしまった。
一心不乱に飯を食っている太郎を見つめながら、マロンがため息交じりに分析する。
「レベルはおそらく、そのチームを一掃した時に上がったんでしょう。ただそれを差し引いたとしても……攻撃力関連ならリベちゃんのおよそ二倍。防御力なら……二十倍ね」
「チートっていうか……バグ?」
「数字だけなのに、なんだかショックな気分です……」
三人の青ざめた視線を向けられても、当の本人はまったく気づいていないようだった。
対面に座っているマロンが、太郎に聞こえないように天崎へ耳打ちをしてきた。
「現実にも鬼って種族がいることは噂で聞いてたけど、こんな身体能力でよく人間社会を暮らしていけてるわね。中学までは同級生だったんでしょ?」
「あぁ。鬼ってのは、身体の構造自体は人間と変わらないんだ。異様に頑丈だったり、異様に力が強かったり、異様に健康だったり、異様に肝臓が優れてたりするだけ。人間の能力に合わせて力を制御するのも簡単らしいんだよ。ただ……」
と、天崎は隣に座る友人をチラリと盗み見た。
「酒井の場合、少し特別なんだ」
「特別?」
「なんて言ったらいいか分からんけど、酒井は鬼の常識からも少し外れてる。例えば、そうだな……コイツは二十五メートルを三秒で駆け抜けることができる」
「……? 意外と普通じゃない? むしろこのステータスだったら遅いくらいだわ」
「水の張ったプールの上を、な」
「…………」
泳ぐんじゃなくて? と言いたげに目を見開いたマロンだったが、あまりの突拍子のなさに言葉が出なかったようだ。
「それに昆虫と意志疎通ができるらしい。小学校の頃、蟻の行列を指揮して操っていたのを見たことがある」
「そういえば、酒井さんが最初おののき荘に来た時、携帯の電波を追いかけてきたって言ってましたねぇ」
「そんなことも言ってたな」
リベリアの合いの手に、天崎は深く頷いた。
そんな馬鹿なことがあるか。と言いたげに表情を歪めたマロンだったが、初対面の本人がすぐ傍にいるからだろう。特に反論はせず、感想を漏らしただけに留まった。
「そ、そう。鬼ってすごいのね……」
「勘違いしないでくれ。普通の鬼にそんなことはできない。圧倒的に身体能力の優れた人間程度に思ってくれればいいよ」
「…………」
それは酒井太郎を除いてという意味だが、なんで太郎だけが特別なのか、マロンは腑に落ちていないようだった。ただ天崎としても、その質問をされても困る。出会った時からそうだった、としか答えられないのだ。
「お? 三人で何の話してんだ?」
「酒井が如何にすごいか、二人に教えてたんだよ」
「えー、オレぜんぜんすごくなんかないぞ。高校にだって入れなかったしさ」
「ま、まぁ人それぞれ得手不得手はあるものさ」
しゅんと落ち込む太郎を見て、天崎は慌てて励ました。
太郎は頭が悪すぎて、高校受験に二度も失敗していた。いわば高校浪人というわけだ。
先ほども、酒場でジュースを飲みながら『クロウディア』の世界をかいつまんで説明してみたものの……ゲームの中の世界ということ以外は何一つ理解しなかった友人の理解力を、天崎は少なからず心配していたのだった。
食事が再開されたところで、天崎がマロンに問う。
「それで、今後はどういった予定なんだ? 酒井も加入したことだし、このままレベルを上げながら地道に進んでいくのか?」
「うーん……さっきリベちゃんとも話したんだけど、高レベルのモンスターが出る地域まで飛んで、一気にレベルを上げた方が手っ取り早いのよね。時間もあんまりないし、酒井君の戦闘能力も申し分なさそうだし」
「時間がないっていうのは?」
「サバイバルゲームになってから、『クロウディア』で活動できる範囲が徐々に狭くなってきてるのよ。あんまり広いフィールドだと、一チームが隠れてるだけで永遠に終わらなくなっちゃうからね。あ、これ部屋にあった『クロウディア』の地図」
そう言って、マロンは簡易的な世界地図をテーブルの上に敷いた。
地図上には一つの大きな大陸があり、その中心には小さな湖があった。ちょうどドーナツみたいな形だ。
「真ん中の湖に小さな島があって、それが最終の地……もともとラスボスがいた場所よ。そこを中心として、活動可能範囲が外側から収縮してってる感じね。今はだいたい……これくらいかしら?」
先ほど太郎のステータスを記入したペンで、大陸よりも少し小さな円を描いた。
端っこの半島や小さな島々が、円外になっている。活動できない範囲、というのがどのようなものかは分からないが、絶対に壊れない壁が聳え立っているのだろうと勝手に想像した。今は、その壁が押し寄せてきている状態だ。
「そして私たちが今いる街はここ」
と、マロンは中心よりも右下の位置を、ざっくりと小さく円で囲った。
活動可能範囲の円ギリギリではないものの、中心からはだいぶ離れている。確かにゆっくりしていられる時間はなさそうだ。
「思ったよりも、けっこう端っこなんだな。……ん? 俺たちがここにいる理由って、もしかして……」
「……あんたの変に勘の鋭いそういうところが、私は嫌いなのよ」
嫌悪感を露わにした視線で睨まれ、天崎はビビりながらも両手を上げた。
昼間から少しだけ疑問に思っていたことがある。マロンのような高レベルのプレイヤーが、どうして低レベルのモンスターしかいない土地にいるのか。
天崎も自分でRPGをやる場合、何かしらのイベントでもない限り、序盤のフィールドに戻ることはまずない。出現するモンスターは弱くて経験値はマズいし、売っている装備品も下位互換のものしかないし。だから天崎は、マロンがこんな所で油を売っている理由を不思議に思っていた。
それが今の説明でようやく理解できた。
要はマロンの所属するチームは、他の参加者同士が潰し合うのを待っていたのだろう。ある程度のレベルを上げ、円の側まで移動し、残りのチームが減っていくのを見守っていたのである。
そしておそらくだが、同じことを考えていた別のチームとばったり遭遇し、残念ながらほぼ壊滅状態まで追い込まれてしまったというわけだ。
あくまでも推測なのだが、マロンの顔が怖すぎて、それ以上追及する気にはなれなかった。
天崎が降参の意を表すと、彼女はため息を吐いた。
「時間がないっていっても、今すぐ移動しなきゃいけないわけじゃないわ。悠長に端っこでレベル上げができないくらいね」
地図を見下ろした天崎は、だいたい一週間くらいでゲームは終わるのかな? と、ざっくばらんに計算した。
「それで今後の予定だったわね。さっきまで立ててた予定だと、大陸の中心付近まで魔法で飛んじゃって、『クロウディア』の中では最強の攻撃力を誇る、伝説の剣を入手しに行こうかと考えていたんだけど……」
「伝説!?」「最強!?」
男子二人が、持っていたスプーンを放り投げて食い気味に乗り出してきた。
あまりの反応の良さに、説明していたマロンはたじろいでしまう。
「い、いえ、入手しようかなって考えてたんだけど、酒井君が加入したから別に無理して行く必要もないかなって……」
「なんでそうなるんだよ! 伝説の武器が配置されてるんだったら、取りに行くのが礼儀ってもんだろうが!!」
「そうだぞ! 男だったら最強を目指さなくちゃいけないんだぞ!!」
「……いや、私たちは女なんですけど」
リベリアの静かな指摘も、男子二人の耳には入っていないようだった。
お互いの少年心……もとい中二病の魂に火が付いたのか、伝説の剣を取り逃がすことがどれだけ愚かしいことか、マロンを説得し始める。仕舞いには、過去にやったゲームの最強武器について熱く語り始めてしまった。
彼らの対面で、女子二人はドン引きである。
このままでは埒が明かないと思ったマロンが、露骨な咳払いで場を鎮めた。
「そんなに言うんなら、目的地の途中にあるわけだし、別に寄って行っても構わないわよ。もともとその予定だったんだし」
「「イエーイ!」」
「ただ理解しておいてほしいのは、私たちの攻撃面を強化するために伝説の剣を入手するわけじゃない。他の参加者に取られないために手に入れるのよ」
「……どういう意味だ?」
「『クロウディア』には伝説と呼ばれる装備品が六つあって、その一つが太陽の剣と呼ばれる最強の武器なのよ。太陽に一番近い塔……通称太陽の塔の頂上にあるとされているわ」
「芸術は爆発だ、ってか?」
「……場所でいうと、この辺りね」
「…………」
華麗にスルーして地図に丸を書き込むマロンに、天崎は悲しい気分になった。
ただ外国人のリベリアが知らないのも無理はないが、日本人であるはずの太郎まで「?」と首を傾げてるのは、ちょっと納得できそうにない。
「私も詳しいことは知らないんだけど、一説にはその名の通り太陽の属性が含まれているらしいの」
「あぁ、なるほどな。その説明で全部理解した」
マロンの懸念は的を射ていると思い、天崎も神妙に頷いた。
太陽の属性を含んでいる。ということは、リベリアにとって有効打になる可能性が高い。他の参加者に奪われる前に、自分たちで入手した方が安全と考えるのは自然なことだ。
だがそれも、太郎が加入したことで必須ではなくなった。もし太陽の剣を手にした敵が現れたら、太郎が相手をすればいいだけなのだから。
「じゃあ明日は朝一で太陽の塔の近くまで飛ぶわよ。この辺りとは比べ物にならないほどモンスターが強くなるから、覚悟しときなさいね」
「オッケー」
「了解です!!」
「わかったぞ!」
三者三様の返事をし、質素な夕食会兼作戦会議は終了した。
空になった皿が運ばれていったところで、マロンが天崎に鍵を差し出してきた。
「はい、これ。今の部屋をキャンセルして四人部屋を取るよりも、二人部屋を追加で取った方が安いから」
「あぁ、悪いな」
鍵を渡し終えると、マロンはさっさと二階へ上がっていく。
天崎は慌ててその背中を呼び止めた。
「高槻。さっきは悪かったな。変なこと言っちまって」
「なにに対しての謝罪?」
まったく心当たりがない。とでも言うように、マロンは眉を寄せた。
「お前のチームが、まるでルール違反を犯したみたいに言っちまったことだよ。さっき酒井が壊滅させたチームとは違って、立派な作戦なのに……」
「あぁ、そのこと」
まるで取るに足らない事だったかのように、マロンは肩を落としながら息を一つ吐いただけだった。
「別に気にしてないわよ。何の縁もない寄せ集めのパーティで、ほとんど赤の他人みたいなものだったからね。私はただ従ってただけだし」
「そうなのか?」
「ある意味、私も助っ人のようなものだったの。召喚されたんじゃなくて、雇い主に雇われて勝手にパーティ組まされただけ。あんな連中、特に思い入れもないわ。ただ……」
と、言葉を切って、マロンは目を伏せた。何か思案しているわけではなく、言おうかどうか迷っているように視線が泳いでいる。
数秒ほど悩んだ後、マロンは顔を背けながら小さく言った。
「私は今の方が楽しいわ。知らない人たちよりも、知り合いと旅してる今の方が、ね」
言うだけ言って、マロンは小走りで二階へと上がっていった。
その背中を視線で追いながら、天崎はやれやれと言わんばかりに首を振ったのだった。
二人部屋は三人部屋に比べると幾分か狭かったが、それでもおののき荘の一室がすっぽりと収まってなおスペースが余るほどの余裕はあった。
いったいマロンがいくら払ったのか気になるものの……そのお金がモンスターを倒して手に入れたものとなれば、別に気を遣う必要もない。マロンが異世界で生きていきたいと言った気持ちがよく分かった。
太郎と入れ替わりで風呂に入った後、特に潰す時間があるわけでもないので、早めの就寝となる。部屋の電灯を消すと、眩い星明りが窓から差し込んできた。
「まるで中学ん時の修学旅行みたいだな! オレ、わくわくして眠れないぞ!」
「たぶんそれ、現実世界じゃまだ昼間だから眠れないだけだぞ」
隣のベッドから、就寝前とは思えない元気な声が届いた。
安藤とのやり取りから計算してみると、おそらく現実世界はまだ土曜日の正午過ぎだろう。ついさっき『クロウディア』に来た太郎の目が冴えてしまうのも、無理はない。
疲労困憊の天崎はすぐにでも眠ってしまいたかったが、眠れない友人を残して自分だけ熟睡するのも悪い。眠る前の子守歌程度の感覚で、天崎は隣へと話しかけた。
「酒井。わざわざ来てくれて、ありがとな。お前が来てくれなかったら、普通に殺されてたところだったよ」
「いいってことよ。オレだって天崎と遊びたかったんだからさ!」
「そうだな。明日は一緒にモンスターを狩りまくろう」
「モンスターもいるのか!?」
「あぁ、たくさんいるぞ。倒せば経験値が入るし、レベルも上がる」
「すげー! まるでゲームみたいだな!」
いや、ほとんどゲームの中の世界のようなものだと、さっき説明したはずなのだが。
指摘しようかどうか迷ったが、暗闇の中でも太郎が目を輝かせているのが分かったのでやめておいた。余計なツッコミは無粋だろう。
「にしても、よくこの世界の場所が分かったな。走ってきたんだろ?」
「そうだぞ!」
「また携帯の電波でも追ってきたのか?」
「そうだったんだけど、途中で見失っちゃったんだよ。そしたら知らないおっさんが教えてくれたんだ! で、ちょっと走ったらまた電波があったもんだから、来れたんだぞ!」
「知らないおっさん?」
誰だ? まったく心当たりがない。
最初は安藤かと思ったが、どう見たって奴はおっさんではない。そもそも安藤は異世界否定派だ。『クロウディア』の場所を知っているはずはない。
その他に『クロウディア』を知ってる人物となると……まったく見当もつかなかった。
「なぁ、酒井。そのおっさんって……」
「がー……がー……」
「…………」
一分前に眠れないと言っていた同じ口から、鼾が漏れていた。
こうなってしまっては、太郎は何があっても起きることはない。修学旅行などでは一番最初に眠ってしまうため、よくイタズラの的にされていたものだ。
「……寝よ」
誰にともなく宣言し、天崎もまた、数呼吸の間に眠りへと落ちていったのであった。




