第5章 地上最強の種族
「イヤダー、コロしてくれー。タノムー、コロしてくれー」
どうやら恥ずかしさのあまり壊れてしまったようだ。
屈強な男たちに囲まれた天崎は、抵抗する余地も与えられず、椅子に縛り付けられてしまった。そのまま特に暴行を加えられることもなく、取り囲んでいる男たちがニタニタと小馬鹿にするような笑みを浮かべているので、羞恥心も膨らんでくるというもの。どうせ死んだところで現実世界に戻るだけだし、このままいっそ舌を噛み切ってやろうとすら思っていた。
天崎の逆命乞いが一通り治まってくると、対面に座っているリーダーらしき大男が、ニタニタ笑みのまま顔を近づけてきた。
「心配すんなよ、兄ちゃん。望み通り後できちっと殺してやっから、今はまだ慌てんな。その前に、俺はお前に大事な質問をしなきゃならない」
「質問?」
尋問じゃなくて? と思うも、昨日今日『クロウディア』に来た天崎が、この男たちにとって有用な情報を持っているとは思えない。
天崎は、自分を取り囲んでいるむさ苦しい男たちの顔を睨んでみた。
リーダーと思しき男のレベルは74。先ほどの踊り子衣装の女性も含め、部下の奴らも60から70と、そこそこの高レベル帯だ。たったレベル6の天崎を縛り上げて取り囲み、あまつさえ拷問もせずに情報を引き出そうとする理由が分からなかった。
「質問は簡単だ。兄ちゃんは助っ人として『クロウディア』に呼ばれたんだろ?」
「……そうだ」
「じゃあ兄ちゃん自身は助っ人を呼んだことはあるか?」
「…………?」
質問の意味も分かるし答えも出ているのだけれど、意図がまったく想像できない。
ゲームの参加者には、知り合いを二人まで召喚できる権限が与えられているというのは、昼にマロンから説明を受けた。その余計な設定のせいで、リベリアと天崎はこのサバイバルに巻き込まれたのだ。
ニュアンス的には、助っ人として呼ばれた参加者にも同等の権限が与えられるような節もあったが、直接聞いたわけではないので真偽は定かではない。ただ、天崎が助っ人を召喚していないことは事実だ。
「……いや、俺自身は助っ人を召喚してない」
「そうか、それはよかった」
ビンゴでもそろったように、リーダーの大男は豪快な笑い声を上げた。
周りの部下たちも、つられて笑い出す。なんなんだ、この集団は。
「それじゃあ兄ちゃん、取り引きをしよう。兄ちゃんの召喚権限を使って、知り合いを二人ここへ呼べ」
「は?」
さすがに理解に苦しんだ。
召喚権限を使って、ということは、同じチームであるマロンやリベリアを呼べという意味ではないのだろう。『クロウディア』内ではない現実世界から二人、ということになる。
しかし助っ人を呼んでどうなる? こちらの勢力が強くなるだけじゃないのか?
「従うのなら即死させてやる。痛みがないようにな。もし拒否するって言うんなら……HPがゼロになるまで拷問を繰り返す」
周りの部下が、これ見よがしに武器をチラつかせてきた。
「どっちにしろ死ぬんじゃねえか」
「安心しろ。『クロウディア』で受けた傷は、元の世界に戻れば完治する。確認済みだ。たとえそれが死に至るような怪我でもな」
それ自体はマロンからも説明された。
確かにどちらにせよ死ぬのならば、あっさりと逝った方が気が楽だ。ゲーム内の世界とはいえ、痛みは本物。拷問なんてされたら、現実世界に戻っても精神に影響が出かねない。
……いや、そもそもこの世界には回復魔法というものが存在しているのだ。HPが尽きる前に回復され、従うまで永遠に拷問を続けられる可能性だってある。
だったら素直に従うべきか?
と思うも、状況も知らずに知り合いを巻き込むのは、天崎にとっても御免だった。
「なんで敵を増やすようなことをするんだ? 理由を聞かせてくれ」
「んん? なんだ、知らねえのか? お前を呼んだ奴は、話さなかったのか?」
なにも聞いちゃいない。というか、一気に詰め込みすぎたせいで、説明されたこともほとんど忘れかけていた。
「まぁいい。冥途の土産に教えてやるよ。それで兄ちゃんが素直に従ってくれんならな」
と言って、リーダーの大男は片手に持ってる酒瓶を一気に呷った。
「兄ちゃんは、このゲームが冒険ではなくサバイバルになった理由を知ってるか?」
「確か……とある一チームが裏技でレベルを上げまくって、速攻でラスボスを倒したから……だったっけ?」
「そうさ。俺たちは今から、その裏技を実行しようと思っている」
裏技。と言われても、あまりピンとこない。
そういえばマロンは、裏技の内容を口にはしなかった。
「モンスターを倒せば経験値が入る。それは当然だが、他の参加者を殺しても経験値を得られるんだよ。しかもモンスターの十倍以上の経験値がな」
「まさか……」
嫌な予感がして、天崎の顔が青ざめた。
参加者には二人まで助っ人が呼べるという、平等の権利が与えられている。つまり天崎が助っ人を二人呼んだ場合、その二人も同等に助っ人を呼べるというわけだ。これを繰り返して行けば、知り合いが尽きない限り、無限に参加者を増やしていけるのである。
しかも倒せば通常のモンスターの十倍もの経験値が入り……、
「参加者は最初、誰もがレベル1。ぶっ殺すのは簡単だ。実は高レベルの方が経験値の入りはいいんだが……そこは仕方がねぇ。あまりレベルの高い参加者だと、反撃してくる可能性があるからな」
ま、俺らには敵わねえがな。と言って、大男を筆頭に一味が笑い声を上げた。
その話を聞いて、天崎は愕然とする。確かに、ゲームの設定を逆手に取った裏技だ。呼んでは殺し、呼んでは殺しているうちに、嫌でもレベルは上がっていく。さらにレベル1という、抵抗もできない相手に対して。
考え方としては合理的だ。事実、最初のチームはその方法でレベルを上げまくった。
しかし……。
「なんで……」
「ああん? そんなもん、楽だからに決まってるじゃねえか。もしかしたら助っ人の兄ちゃんは知らねぇかもしれねぇが、このサバイバルの勝者には賞金が出るんだぜ。強くなりすぎて損はねぇんだよ」
「いや、そうじゃなくて。そんな反則的な行為、なんで禁止されてないんだよ。完全に非人道的じゃねぇか」
「禁止できないんだよ、『クロウディア』のシステム上な。例え倫理に反していようが、ルールを破ってるわけじゃねぇからな。最初のチームがペナルティを負ったのは……まぁ他の参加者から不満が出たからだよ。俺たちには関係ねぇ。別にいいじゃねぇか、本当に死ぬわけでもねぇしよ。兄ちゃんも賞金は諦めて、俺たちのレベル上げの礎になってくれや」
天崎は、自分の頭に血が昇っていることに気づいた。
目の前の男たちが卑怯極まりなく、正義感から怒っている? いや、違う。
こんなクズみたいな男たちに捕まった自分が情けないから? それも違う。
理由は簡単だった。
昼間、マロンが裏技の話をした時、とても沈んだ表情になったのを思い出したからだ。その顔はまるで、どうしてそんな卑怯な手段を使ってまで勝とうとするのか、といった不快感を表していた。
天崎はその類の表情をする人間を知っている。というか、自分自身もそうだった。
ゲームを純粋に楽しんでいるからこそ、卑怯な手を使う者を見た時に、あの表情が出てくるのだ。
もちろんマロン自身の目的も賞金だろうし、圧倒的に強いと知っているリベリアを召喚している。だからザコ狩りでレベルを上げる行為自体は、感情はともかく、理屈としては理解できるのだが……。
それでも一度問題となった行為に手を染め、さらに自分たちが発見したわけでもないパクりの裏技で他者を圧倒しようなど、絶対に許せるはずもなかった。
しかし今の天崎には、男の要求を呑んで知り合いを呼ぶか、断固拒否して拷問を受けるかの二択しかない。マロンやリベリアが助けに来ることは、期待しない方がいいだろう。
「……分かった」
だから天崎は、被害の少ない方を選択した。
顔を伏せた天崎の呟きを聞き、男たちは歓喜の笑い声を上げた。
「じゃあさっそく助っ人を召喚してくれや。時間が惜しい」
「悪いけど、召喚の仕方は教わってないんだ。教えてくれないか?」
「簡単さ。兄ちゃんの世界にも、距離の離れた相手と連絡を取る方法くらいあるだろ? それを使えばいいだけさ。召喚魔法を覚えてりゃ早いんだけどな」
「なるほど」
魔法の使えない天崎が知り合いを呼ぶ方法となると、アレしかない。
ただ残念ながら、今は手足が拘束された状態だ。
「片手だけでもいいから解放してくれ。これじゃあ呼べない」
「抵抗はするなよ」
低い声で忠告したリーダーの男が、部下に顎で指示をする。部下が紐を解いて片腕だけ自由になると、天崎はポケットからスマホを取り出した。
抵抗をするつもりはない。それはあまりにも無意味な行為だ。
このままリベリアを呼ぶことも可能である。しかし彼女の手元にスマホがあるとは限らないし、何よりもこの現状を作り上げたのは自分自身の失態だ。なんとなく、色仕掛けに引っかかったことも知られたくはなかった。
誰を呼ぶかという迷いはない。現状を打破でき、なおかつ気兼ねなく呼べる相手となれば、天崎の知り合いでは一人しかいなかった。前に遊ぼうって約束もしたし、今日は土曜日だし、アイツも暇してることだろう。
「……ってか、今のアイツに曜日なんて関係なかったか」
「なにごちゃごちゃ言ってんだ。早く呼べ」
急に不機嫌になったリーダーが、声を凄ませ威圧をかけてきた。
まったく怯んだ様子のない天崎は、はいはいと軽くあしらいながらスマホを操作する。
『よう、久しぶり。今から遊ばないか?』
するとコンマの早さで返事が返ってきた。
『久しぶりだな天崎! オレも遊びたい! どこで遊ぶ!?』
『実は今、異世界にいるんだけど……来れるか?』
『よくわかんねぇけど、行ってみる!』
「よく分からないのに来るのか……」
明確な場所を伝えたわけでもないし、異世界に行く方法を教えたわけでもない。にもかかわらず、とりあえずやってみるかという無計画さが、文字面からでも伝わってきた。
しかもそれ以上返信もなければ、天崎のメッセージに既読もつかない。
けれど……間違いなく来る。天崎もよく知ってるアイツは、そういう奴だ。
出鱈目という言葉の権化みたいな友人に、不可能などない。
「早く呼べっつってんだよ!!」
とうとう我慢ならなくなったリーダーの男が、持っていた酒瓶を床に投げつけた。ガラス片が散らばるとともに、室内にアルコールの匂いが漂い始める。
だが天崎は、一切の動揺を見せることがなかった。
「焦るなよ、おっさん。たぶん向かってる最中だから」
「向かってるって……」
息を荒くした大男が、こめかみに青筋を立てた――その時だった。
ドドドドドドドドドド!!!!!
と、遠くの方で何かが爆発したような音が轟いた。しかもその音は一度や二度ではなく、何度も何度も連なっているようにも聞こえる。さらにはまるで移動しているかのように、徐々に徐々に大きくなって……いや、実際に近づいてきている!
「な、なんだこの音は!」
大声を上げたリーダーを筆頭に、賊たちは右往左往しながら室内を見回した。
その中で唯一、天崎だけが冷静だった。
来た! この音は間違いなく、アイツがここへ向かってきている証拠だ。
そう確信したのも束の間、今度は板張りの床が小刻みに震え出した。轟音が大きくなっていくのと比例して、揺れも激しくなっていく。それは天井から吊るされたランタンが、目に見えて動くほど。
そして音と揺れが最骨頂に達した瞬間、
ザーーーーーッ!!!
という、大量の砂利をブチ撒いたような音へと変わった。それはまさしく、石畳の地面と靴の裏を勢いよく擦れ合わせたように。
酒場にいる誰もが、固唾を飲んだまま音の終着点を凝視していた。つまりすぐそこ、ウェスタンドアの向こう側である。最終的に音と揺れの原因は、ウェスタンドアを勢いよく開け放つことで、その正体を露わにした。
「よっ! 天崎、久しぶりだな! 何して遊ぶ!?」
半袖短パンの少年だった。
天然パーマの下に浮かべている表情は、邪気を知らない子供のそれ。キラキラと瞳を輝かせながら、遊び相手である天崎に向けて、天真爛漫な笑みを見せていた。
唖然とする男たち。そんな彼らを尻目に、天崎は「相変わらずだな」と呟いた。
「このガキが……兄ちゃんの知り合いか?」
リーダーの大男も、まさか助っ人が酒場の入り口から現れるとは思っていなかっただろう。半信半疑のまま、天崎に問いかける。そして天崎もまた、堂々と正直に答えた。
「そうだ」
返答を耳にしたリーダーは、即座に部下へと指示を出した。静かに頷いた二人の部下は、少年に近づいて片腕ずつ拘束する。
「おっ? おっ? なんだこのおっちゃんたち」
見知らぬ顔に混乱しながらも、少年は促されるまま椅子に座らされる。そして抵抗する素振りも見せず、あっという間に両手両足を縛り上げられてしまった。
仲良く並んで椅子に縛られた友人を見て、天崎は挨拶を返した。
「よう、酒井。久しぶり」
「久しぶり! で、このおっちゃんたちはなんなんだ?」
天崎の友人である少年――酒井太郎は、周りを取り囲んでいる男たちを不思議そうな顔で見渡した。
男たちは男たちで、新しく呼ばれた助っ人を簡単に拘束できたためか、徐々に緊張が解けているようだった。
「あぁ、こいつらは……」
「んで、兄ちゃんよ。あと一人はいつ来るんだ?」
太郎に説明しようとするやいなや、リーダーの男が口を挟む。
久しぶりに会った友人との挨拶を邪魔され、天崎は煩わしそうに答えた。
「来ねぇよ。俺が呼んだのは酒井一人だ」
「あぁ?」
どうやら堪忍袋の緒が切れたようだ。側に立て掛けてあった剣の鞘を投げ捨てると、刀身を木材の床へと力任せに突き刺した。
「二人呼べっつっただろーが! 一人じゃ効率がよくねぇんだよ!」
「関係ねぇよ。お前らはどうせここで終わりだ」
プッツンした大男が、床から抜いた剣を振り払った。束縛されている二人の顔へ風が凪ぐとともに、天崎の首筋に剣先が触れる。
「もういい、分かった。兄ちゃんはここで退場だ。後はこのガキにやらせるよ」
本気でキレると静かになるタイプなのだろう。吐息のように漏れたダミ声で、天崎の最期を宣言する。
対して死を宣告された天崎はというと……呆れながらため息を吐くだけだった。
そして視線だけを隣の太郎に向けて、申し訳なさそうに言う。
「というわけなんだ、酒井。こいつらが邪魔するから遊べそうにないんだ。悪いけど、ぶっ飛ばしてくれないか?」
しかし天崎のお願いにも、太郎はバツが悪そうに視線を逸らした。
「でもオレが本気出しちゃうと、おっちゃんたち死んじまうよ」
「いやいや、別に本気なんて出さなくていいんだよ。ちょっと懲らしめてやってくれれば。それにコイツら、普通の人間よりかはだいぶ頑丈だからな」
「そうなのか?」
「そうなのだ」
しかも運悪く死んでしまったところで、元の世界に戻って生き返るだけだ。罪悪感なんて欠片もなかった。
「お前らなに勝手にしゃべって……えっ?」
驚きの声を上げたリーダーの男が、剣を向けたままフリーズした。
あまりにも間抜けた顔を晒すが、そのような反応をしてしまう気持ちも分かる。両手足を拘束された人質が当たり前のように立ち上がったら、誰だってびっくりするだろう。
しかも太郎の場合、縛っていた縄を解いたのではない。横に引き千切ったのだ。
そして――、
「弱めのドーン!!」
元気満点な掛け声とともに、太郎の張り手が繰り出された。
腰を落としたり、身体を捻ったりと勢いはつけていない。直立不動の姿勢から、手の平を正面に突き出しただけ。にもかかわらず、太郎の右手はリーダーの男の下っ腹に深々とめり込んだ。
「ッッッッッッ!!!???」
一瞬にして白目を剥くリーダーの男。両足が床から浮き、巨体がくの字に曲がる。
まるで新幹線にでも撥ねられた衝撃だっただろう。後方へと吹っ飛ばされた男は、木造の壁を突き破ることで、ようやく地に足を付けることができた。
しかし意識は浮いたままのようだった。白目を剥いた眼球は戻らず、口の端からは泡を吹いている。素人目から見ても、数時間は意識が快復しそうにない状態だった。
あーあ、言わんこっちゃない。と言いたげに、天崎は首を横に振る。
とその時、男の背中辺りに黒い渦が現れた。
「……なんだ?」
目を細めた天崎は、椅子に座ったまま一部始終を見ていた。
唐突に現れた黒い渦は徐々に成長していき、最終的に人間が一人通れるほどの大きさへと育つ。そしてリーダーの男を呑み込むと、何事もなかったように消失してしまった。後に残ったのは、そこら中に散らばった壁の破片だけだった。
「なるほどな。HPが尽きると、ああやって現実世界に帰るのか」
いいものを見せてもらったと言うように、天崎は呟いた。
HPがなくなってから即座に渦が現れたということは、この世界に蘇生魔法は存在しないのかもしれない。そんな余裕はまったくなかった。
それにマロンの嘘も判明した。
今の男、どう考えても死んだようには見えなかった。つまりHPが尽きる=死ではないし、死ななくても途中退場できるみたいだ。もちろん、死ぬほどの重傷を負わなきゃいけないことに変わりはないが。天崎としても、今の太郎の一撃は食らいたくない。
「天崎! おっちゃんが消えちまったぞ!」
「大丈夫大丈夫。あのおっさん、自分の世界に帰っただけだから」
「そうなのか!」
本当に理解できてるとは思えないが、太郎の返事は楽観的だった。
「お、お頭!?」
和気藹々と会話する少年二人とは対照的に、男の部下たちは未だ現実を受け入れていないようだった。呆然としたまま破壊された壁を凝視している。
自分らと同じく長年冒険をしている競合者ならまだしも、相手はたった今呼ばれたばかりの助っ人。しかもガキの上にチビである。たとえレベル差がなくとも、大柄なリーダーが負けるはずはないと高をくくっていたのだろう。
「このおっちゃんたちはどうする?」
「今の奴と同じだよ。敵だから、ぶっ飛ばしてくれ」
「わかった!」
了解するやいなや、太郎は部下たちの方へと歩を進めた。
矛先が自分たちに向いた彼らは、ただただ慌てふためくばかり。頭を失った集団の未来は、すでに決まっていた。
一番近くにいた部下の元まで寄った太郎が、再び手の平を広げた。
「軽めのドーン!」
凄まじい衝撃音と共に、部下の一人が宙に浮く。結末は見るまでもない。
その間、他の奴らはようやく目が覚めたのか、焦りながらも武器を手に取り始めた。
「あ、あのガキのステータスを見ろ!!」
短剣を構えた男が叫んだ。その後ろで怯えてる男が、短い呪文を唱える。
ステータスを確認したくなるのも無理はない。太郎のレベルは1だったはずなのに、仲間二人が一撃でやられてしまったのだ。自分たちとどれだけ差があるのか知りたくなる気持ちは、よく分かる。
だが、その判断はあまりにも遅く……そして無意味だった。
最後尾でステータス視認の魔法を使った男が、顔色を変えた。
「えっ? はっ? ……えっ?」
その狼狽えようは、脳が現実を受け入れることを拒否しているような反応だった。
言うなれば、細身の女性がベンチプレスで百キロを持ち上げたり、肥満体質の男が百メートルを十秒で駆け抜けたり、幼稚園児が大学入試に合格するようなもの。見た目と実測がそぐわず、男はただただ自分の目を疑っていた。
そして、確認したステータスが仲間に伝えられることはなかった。
「ドーン! ドーン!」
掛け声の数だけ人が吹っ飛ばされていく。
残るは太郎のステータスを見た男のみ。彼は太郎の絶望的な数値を知ったためか、最初から抵抗する素振りを見せず、命乞いすら始めていた。
「や、やめっ……」
「もう一つドーン!」
しかし太郎の張り手は平等なのだ。敵は敵。命乞いなど、馬の耳に念仏にも等しい。
一瞬にして、平均レベル60から70のチームを壊滅させてしまった。怪我人はすべて黒い渦と共に消え、後には人数分の破壊痕が残るだけだった。
「な、なんなのさ、あのガキは!?」
そういえばまだコイツがいたなと、天崎は冷たい視線を向けた。
自分の背後に隠れるように寄ってきた、踊り子衣装の女だ。
「アイツは俺の友人で、名前は酒井太郎。純粋な鬼だよ」
「オニ? オニってなんだい!?」
「なんだ、知らないのか? 鬼っていうのは、俺の世界でいうところの……」
男たちが消えていったのを確認した太郎が、ゆっくりと振り返った。
その顔には、悪意などまったく感じさせない純粋無垢な笑みが浮かんでいた。
「地上最強の種族だ」
「さ、最強……」
「なぁ、天崎。そのねえちゃんは?」
問いかけに対し、女性はビクッと肩を揺らした。
背中越しでも怯えているのを感じ取った天崎は、静かに答える。
「敵だよ」
「そうか!」
素直に返事をした太郎が、ゆっくりと近づいてくる。
天崎の背中から離れた女性は、逃げるように一歩一歩後退していくが……ここは室内。退路は壁に阻まれてしまったようだ。
「た、助けておくれ! なんでも言うこと聞くからさ!」
「最後のドーン!」
迷いのない爆発音が轟いた。太郎の張り手を腹に受けた踊り子の女は、声を上げることもなく沈黙する。そして仲間の男たちと同様、背後に表れた黒い渦に呑み込まれて消えていった。
身を捻って一部始終を見ていた天崎ですら、最後の一撃には若干引いた。
「お前、女性相手に本気の腹パンって……えげつねぇな」
「全然本気じゃねぇよ! それに女の方が偉いんじゃないのか?」
「……そういや、お前の家庭はそうだったな」
昔、本人から少しだけ聞いたことがある。酒井家の権力の序列は、母→姉→父→太郎の順であると。腕力だけに関して言えば、まったくその正反対だというのに。
「とにかく助かったよ。ありがとな、酒井」
「いいってことよ! 困ってたらおたがさまだぜ!」
「お互い様な」
太郎に縄を引き千切ってもらった天崎は、大きく背伸びをした。
改めて店内を見回してみても、ひどく凄惨な状態だった。テーブルは割れ、椅子は原型を留めていない物も多く、壁は穴だらけ。カウンターの奥で、ニコニコしながらこちらを見ている店主NPCの笑顔が逆に怖かった。
「あっ! おっちゃんがまだ残ってた! 天崎、アイツは!?」
「あのおっさんは敵じゃない。ただの店員さんだ」
横に並ぶと、太郎の身長は天崎に比べてだいぶ小さい。太郎の頭のてっぺんが、天崎の顎の辺りだ。
「そうか! ところで天崎、何して遊ぶ!?」
「今日はもう夜だから、遊ぶのは明日にしよう。ぶっちゃけ俺も疲れた」
「夜!? なんで夜!? オレが出発した時は、まだ昼だったのに!」
「そういう世界なんだ。説明は後でするよ。せっかくだから、なんか飲もう。助けてくれたお礼にジュース奢るぜ」
目を輝かせてバンザイする友人に対し、天崎は昔そうしていたように、その頭を優しく撫でるのであった。




