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ドラキュティックタイム  作者: 秋山 楓
第4話『ロスト・ステータス』

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第3章 RPGの七不思議

 街に到着する頃には、太陽は山の向こうへと沈みかけていた。ただ、その方角が西とは限らない。この仮想世界『クロウディア』において、現実の東西南北が通用するかは分からないのだから。


 しかし今の天崎には、そんな疑問を持つことさえ叶わない。

 街の外壁へと辿り着いた途端、天崎はその場で膝をついてしまった。


「つ、疲れた……」


 疲労困憊だった。


 森を抜けた後、近くの街を目指した一行は、草原を横断することになった。すでに視界にも入っているし、マロンも言ったように三十分程度、途中でモンスターに遭遇しても一時間で着くだろうと予想していたのだが、さすがに甘かった。


 先頭を行くマロンは、一直線に街を目指さず、蛇行しながら草原を進んでいったのだ。

 理由は簡単。天崎とリベリアのレベル上げのためである。


 狼戦士より低レベルのモンスターしか出現しなかったものの、連戦に次ぐ連戦には、さすがの天崎も疲弊を隠せなかった。例えスライムや昆虫族のザコ敵であろうと、素手での対応は難儀すぎた。


 しかもマロンの回復魔法は、傷は治せるのだが、体力回復まではできないらしい。それについては半ば諦めつつも、頑なに足の裏を癒そうとしない彼女の対応には、少しばかり殺意が湧いたのだった。


 そんなこんなで街へ到着。天崎はレベル6、リベリアはレベル9に上がっていた。


「ってか今さらだけど、お前、太陽の下で活動してて大丈夫なのか?」

「はっ! 本当ですね!」

「いやいや、生死に関わることだろ……」


 見れば、リベリアの肌は気化するどころか火傷すら負っている様子はない。それに、自分と比べてまったく疲れていないところを見るに、やはり吸血鬼とはステータス通りの超人なんだなと、天崎は改めて実感させられた。


「『クロウディア』は仮想世界。太陽どころか時間さえも造り物だから、吸血鬼に実害をもたらさないのかもしれないわね」


 抑揚のない声で説明するマロンが、へたっている天崎を置いてさっさと行ってしまう。

 あの野郎……と、天崎はマロンの背中を恨みがましい目つきで睨みつけた。


 彼女は戦うどころか、ほとんど動いてすらいない。回復魔法を唱えていただけだ。確かにマロンのレベルでは、草原のザコ敵を倒したところで得られる経験値は微々たるものなんだろうけど、なんか納得できなかった。


「日没までもう少しだけ時間あるし、宿の前に装備を整えましょうかね」

「待ってました!」


 今までの疲労が嘘だったかのように、天崎は飛び起きた。

 その変わり身の早さに驚いたマロンがドン引きする。


「え、なにその意気込み。キモイんだけど」

「は? RPGの醍醐味っていったら、レベル上げと装備の購入だろ? 今まで苦労して倒してきたモンスターを、新しく買った強い装備でざっくざっく倒していく快感がたまらないんじゃねーか! 男のロマンだろ! しかも俺はずっと素手だったからな。ひのきの棒から銅の剣まで、なんでも来いや!」

「……ずいぶんと範囲が狭いわね」

「私、これでも一応女性なので……」


 どこか軽蔑した眼差しを向けた二人が、天崎から距離を取っていく。


「あっ、いや、待ってくれ。迷子になる」


 自分を置いていこうとする女子二人の背中を、天崎は慌てて追った。

 その際に足の裏の痛みを思い出して、武器よりもまず靴だなと、天崎は考えを改めたのであった。






「おー、まさにゲームの中の世界って感じだな」

「はえ~、意外と賑わってますねぇ」


 街並みを見渡しながら、天崎とリベリアは各々の感想を漏らした。落ち着きなくキョロキョロと周りを観察する姿は、まさにおのぼりさんといった感じだ。


 建ち並ぶ家は、レンガ造りの二階建てが多い。オレンジ色の三角屋根が目立ち、平らな土地に規則正しく整列している。石畳で舗装された大通りは一直線に伸びているため、条件さえそろえば街の向こう端まで見通せるかもしれない。


 ただし今は、遠くを見るという意味ではあまり視界が良好ではなかった。


 幅の広い大通りの両脇では、多くの露店が開いていた。そして街人たちがそこら中を闊歩しているので、数十メートル先までしか見通すことができないのだ。まるで縁日のようだった。


「えっと、高槻。この人たちは?」

「参加者以外はみんなNPCよ。話しかけても、設定されてる二・三パターンの返事しか返ってこないわ」


 よくよく観察してみれば、出歩いている街人たちに人間味が感じられない。何か目的があって行動している、というよりは、行動自体が目的と化しているようにも見えた。


 相手が造られた人間と分かっていながらも、衝突を避けつつマロンを追う。

 途中、ずっと物珍しそうに首を回していたリベリアが質問した。


「露店の商品って買えるんですか?」

「買えるわよ。モンスターが落とした金貨が使えるから、買ってみたら?」


 露店では、主にリンゴやオレンジといった果物が並んでいた。たまに怪しい色をした飲み物や、どんな効果があるのかも分からないアクセサリーも見たが、せっかく苦労して稼いだお金を使うのは躊躇われた。


「俺は……やめとくよ」


 というか天崎は、先に強力な武器と防具を買って、余ったお金でアイテムを揃えるタイプの人間だった。


「あっ、このリンゴ、めちゃくちゃおいしいですよ!」

「早えーな、おい!」


 ちょっと目を離した隙に、売買を終えているとは……。


「まさか盗んだりはしてないよな?」

「失礼な! いくら仮想世界だからって、現実世界と同じルールを破ったりはしませんよ!」

「というより、店頭にある物は盗めないようになってるのよ。提示された代金を払って、初めて商品が実物へと具現化されるの」

「同じ商品を無限に買っても売り切れにならないカラクリってやつか」


 しばらく歩くと、街の中心らしき広場に出た。中央には大きな噴水が展開され、その周りでは街人が思い思いの行動をしている。しっかり注目してしまうと機械的な彼らの動きも、背景としてはこれ以上ないほど効果的だった。


「こっちよ」


 マロンに促され、広場の一角にある店へと向かう。文字は書いていないが、二本の剣が重なっている看板を見れば、どんな店なのかは容易に予想がついた。


「やべぇ……」


 最後尾の天崎は、自然と緩む頬を隠しきれないまま入店した。


 木張りを基調とする店内は、ファーストフードのレジ前程度の広さだろう。狭苦しくはないが、そこそこの人数が押し寄せれば、身動きが取りづらくなってしまうくらいである。


 店の奥にはカウンターがあり、店主のおっさんが営業スマイルを浮かべて歓迎していた。

 そして天崎の口元が綻ぶ原因となったのは、店内に並べられている商品だった。


 窓やショーケースはなく、剣や槍などの武器が壁に飾られているのだ。天崎でなくとも、健全な男子であれば、ため息の一つや二つは出てくるだろう。


「この武器とかって、手に取ってもいいのか?」

「いいわよ。ただお金を払わないと武器としての効力は出ないし、店の外に持ち出したら消えちゃうけどね」


 一応マロンに確認してから、天崎は壁に掛けてある剣を手に取った。


 鋼でできているはずなのに、意外と軽い。もしかしたら竹刀よりも軽いんじゃなかろうか。二・三回振ってみても、筋肉が悲鳴を上げることはなかった。


「私は武器を使うよりも、素手で戦った方が強いと思いますよ」

「そう? じゃあリベちゃんは防具を見よっか」


 どうやらこの店は武器屋と防具屋を兼任しているらしく、マロンとリベリアは反対側の壁へと歩いて行った。


 その間にも、天崎は飾られている武器をとっかえひっかえしながら試していく。


 剣を振り、槍で突き、斧で叩き、弓を構え、鉄球を振り回す。


 一通り遊んだところで最初の剣に戻ってきた天崎は、生まれてこの方感じたことのないような高揚感を抱きながら破顔していた。


「うっわ、キモッ。まるで純粋無垢な少年のような顔してるわよ」

「純粋だよ! 俺の心は穢れを知らない少年のままだよ!」


 ドン引きするマロンに向かって、天崎は大げさなリアクションで反論した。


「もしかして天崎って、中学の修学旅行で木刀とか買ってた系?」

「なんで知ってんの?」

「……分かりやすすぎるわ」


 呆れて物も言えない。といった感じのマロンだが、天崎としては心外だった。男子中学生の修学旅行といえば、お土産は必ず木刀と決まっているからだ。もちろん必ずしも木刀とは言わないにしろ、何かしらの武器を買わない奴は男じゃないとすら思っている節があった。


「お二人とも、見てください! こんなのはどうでしょう!?」


 防具側にある試着室のカーテンがサッと開いた。

 中から現れたのは、異様に露出度の高いビキニアーマーを装備したリベリアだった。


「ブッ!」

「あらら」


 思わず吹き出して視線を逸らす天崎と、キョトンとするマロン。胸と腰以外はほとんど裸同然であり、露わになっている病的に白い肌が妙に艶めかしい。健全な男子たる天崎が目を逸らしてしまうのも、無理なからぬことだ。


 天井を見上げた天崎は、両腕でバッテンを作った。


「ダメー! そんな破廉恥な恰好で出歩くなんて、お父さん許しません!」

「いつから私のお父さんになったんですか……」


 冷静なツッコミを入れつつも、リベリアは残念そうに肩を落とす。

 ふと、彼女は出会った頃のことを思い出した。


「ってか、天崎さん。恥ずかしがるなんて今さらじゃないですか。昔なんか、私の全裸を見た挙句、おっぱいまで揉んできたこともあるのに」

「そんなこともあったけど!」


 あの時とは状況が違うだろ。と続けようとして、天崎は不思議に思った。


 出会った当時、服を買いに行ったか何かに、ちょっとした戯れでそんなことをした覚えはある。その時は間違いなく、リベリアの裸に対して何の意識もしていなかったはずだ。


 その理由は、天崎が『完全なる雑種』だからである。


 ほぼ人間の『完全なる雑種』だからこそ、人間以外には欲情したりはしない。それは理屈とか感情論ではなく、そういうものだから。だから天崎は、まるで犬や猫を可愛がるように、リベリアの裸にも劣情を抱かず触れることができた。


 なのに今は裸同然のリベリアから、あからさまに目を逸らしている。

 何故?

 というところで、天崎の脳裏に浮かんだ疑問は霧散した。

 隣に立っているマロンが、杖を天崎の喉元に突きつけてきたからだ。


「まさかおののき荘に住む男が、二人とも強姦魔だったなんてねぇ」

「待て待て、落ち着け。別に疚しいことなんてねぇよ。アレは仕方がなかったんだ」

「あれ? おっぱい揉んだことについては、私は合意してませんよ」

「話をややこしくするんじゃねぇ!」


 グイッと顎を突き上げられ、天崎は慌てて両手を上げた。


 少しだけ命の危機を感じるも、マロンはため息を吐きながら杖を退ける。どうやら誤解は解けたらしい。


「ま、別にリベちゃんが嫌がってる様子もないしね」


 見れば、リベリアは二人のやり取りをくすくすと笑いながら眺めていた。

 そんな彼女の振る舞いに腹が立ち、天崎は舌を出して牽制する。


「でも、リベちゃんは素の物理防御が高いから、どちらかといえば魔法防御の高い防具を買った方がいいかもね」

「ビキニアーマーに物理防御力があるのかが謎だけどな……」


 軽装なのに高い防御力を誇る装備。RPGの七不思議である。


「そうですかぁ。じゃあ……あっ、これは……」


 店内を見回したリベリアが次に手に取ったのは、裏地が赤色の漆黒のマントだった。ほとんど布に近いそれを広げ、リベリアはまるでおもちゃをねだる子供のように目を輝かせた。


「これなんてどうでしょう!」

「んー、耐火属性特化のマントか。いいんじゃないかしら?」

「それじゃ、私はこれにします!」


 そんなオシャレにもならない地味なマントのどこに惹かれたのか。と思ったのも束の間、すぐに思い出した。確か、リベリアの兄が羽織っていたマントの色合いにそっくりなのだ。


 兄妹の縁を切られたと言っても、兄を慕う気持ちに変わりはないんだなぁと、天崎は感慨に耽っていたのだが……意気揚々とマントを羽織るリベリアを見て、さすがにそれはマズいだろと指摘した。


「リベリア。マントはいいけど、ビキニアーマーは脱いどけよ」


 マントの下がビキニとか、痴女にもほどがある。

 リベリアが着替えるのを待っている間に、天崎の方も購入する武器を決めた。


「で、アンタはどうするの?」

「最初だし、俺はこの鋼の剣にするよ」

「二人にとっては最初かもしれないけど、ゲームはもう終盤なんだけどね」


 ラスボスはすでに倒され、趣旨の変わったサバイバルはもう始まっている。おそらく各地で用意されているイベントやダンジョン等も、ほとんど攻略されているに違いない。だが天崎としては、せっかく時間を潰してゲームの世界を旅しているのだから、できるだけ楽しみたいと思っていた。


 結局、天崎は剣と靴、リベリアはマントを購入して武器屋を後にした。


 広場に出ると、陽は完全に落ちていた。噴水は止まり、出歩く人々の姿は消え、街灯が石造りの街を淡い光で照らしている。車の走る音や虫の音もないため、妙に鋭い静けさが耳の奥を突いた。


「宿屋はこっちよ」


 マロンに案内され、宿屋へ向かう。場所は噴水を挟んだ武器屋の対面だった。


 宿屋の扉を開けると、オレンジ色の光が虹彩を刺激した。武器屋と同じく、室内は板張りで統一されている。ただ商売の違いからか、ログハウスを模した宿屋のロビーは広く、清潔感が漂っていた。


 正面には二組のテーブルが並んでいるのだが、他の冒険者やNPCはいない。カウンターに店主らしき男がいるだけだ。


 物珍しそうに室内を見回していると、チェックインを終えたマロンが合流した。手に持っている鍵は一つだけだ。


「節約したいから三人部屋を借りることにしたけど、変なことしたら……殺すわよ」

「……しねーよ」


 昼間の狼戦士然り、逆らったらどうなるかイヤと言うほど知らしめられたのだ。そんな下らないことで命を危険に晒すほど、天崎は蛮勇ではなかった。


 階段を上り、二階へ。マロンの持っている鍵で客室に入る。

 中はベッドを三つ並べてもなお、自由に歩き回れるくらいのスペースがあった。


「広いな。……って!」


 購入した剣を適当に立て掛けたところで、室内を見回した天崎が驚愕の声を上げた。

 ベッド横の壁際に、どこの家庭にもある特徴的な穴を発見したからだ。


「なんでコンセントがあんの!? 電気通ってんの!?」

「さっきはゲームの参加者は馬って表現したけど、私たちも一応お客様であることには違いないからね。宿屋は冒険者が快適に過ごせるよう、元の世界と遜色ない部屋が与えられるのよ」

「いや、でも、他の異世界からも参加者がいるんだろ? そいつらも電気なんて使うのか?」

「商品はお金を払って初めて具現化するって、さっき説明したでしょ? 宿屋も一緒。お金を払って鍵で扉を開けるまで、部屋は存在してないのよ。扉を開ける人と払った金額に応じて、部屋の内容が変化するってわけよ」


 そう説明して、マロンはポケットから細い紐のような物を取り出した。


「はい、スマホの充電器。それは私の私物だから、終わったら返して」

「世界観!!」


 さっきまで武器を持ってはしゃいでいた自分が馬鹿みたいだと言わんばかりに、天崎は声を上げた。


「わっ、お風呂がすごく広いです! シャワーも出るんですね!」


 姿が見えないと思ったら、どうやら風呂場を覗いているらしい。

 リベリアの声を聞いたマロンがサッと身を翻し、勇み足で歩いていく。


「そうなのよー。二人でも余裕で入れる広さにしたから、リベちゃん後で洗いっこしない?」


 デレデレしながら提案するマロンだったが、途中でピタリと足を止めると、ゆっくり振り向く。怪人二十面相もビックリの目つきが、天崎を射抜いた。


「覗いたらどうなるか、分かるわよね?」

「……わーったよ」


 脅しに屈した天崎は、言われるまでもなく自分から部屋を出ていくのであった。

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