間 章 とある女子大生と女子大生の会話
教授が教壇を降りていくのと同時に、ボーイッシュな女子大生が机に突っ伏した。
「あー、もう! 眠いよ疲れたよお腹すいたよー! なんで土曜日の一限目に講義なんてあるのさ!」
「あなたがギリギリの単位でしか履修してないのが悪いんでしょ」
隣に座っている大人しめな女子大生が、呆れたように友人を窘めた。
ただでさえ少なかった受講生が帰宅していくため、だだっ広い講義室はほぼ無人になる。それでもなお、ぶー垂れた女子大生――ミコミコは動こうとしなかった。
本来土曜日の授業は選択科目なのだが、先ほど友人のマジョマジョも言ったように、進級に必要な単位がギリギリなため、こうして気怠い身体を酷使して授業に出席しているのである。むしろ単位に余裕のあるマジョマジョが付き合ってくれていることに、ミコミコは感謝しなければならないのだが。
「さーて。今日の講義はこれで終わりだから、今から茶ぁしばきに行こうぜ!」
気持ちを即座に切り替えたミコミコが、勢いよく立ち上がった。
バイタリティ溢れる友人に、マジョマジョは今さら呆れたりはしない。ただ、申し訳なさそうに顔の前で両手を合わせるだけだった。
「ごめん。少しならいいけど、昼からちょっと用事があるの」
「へー、なになに? もしかして彼氏でもできたんですかぁ?」
「…………」
露骨に視線を逸らすマジョマジョに、ミコミコはすべてを察した。
「にゃにゃにゃ、にゃんと! いつの間に? いつの間にぃ!?」
「先週くらい……かな」
「っていうか、もしかしてその相手って……安藤君?」
マジョマジョが俯きがちに頷くと、ミコミコは対向車線のタクシーを止めようとするくらいの勢いで両手を挙げた。その驚きっぷりは、実はサンタなんかいないと知った時の子供のようだった。
「マジで、マジで!? まさかのマジョマジョちゃん、年下の童貞彼氏をゲットですか!?」
「しー、声がでかい!」
「そりゃデカくもなりますって、いろんなところが!」
「いろんなところって、どんなところよ」
「胸とか腹とか……男だったらアソコとか?」
「……下品すぎるでしょ」
幸いにも、自分たち以外の学生はすでに退室しているようだった。どうやら次の授業では、この講義室は使われないらしい。
「っていうか、言ってなかったかしら?」
「えー、聞いてないよぉ。まさか先週の日曜日の誘いを断ったのも、安藤君が関係してたりする?」
「体調不良だったから家で休んでたんだけど……まぁ、少し会ったわね」
「家に入れたんかい!!」
ミコミコの激しいツッコミが、マジョマジョの肩を襲った。
それを軽くあしらわれるも、無敵のミコミコはずずいと顔を近づける。
「安藤君のどこが良いんさ。やっぱ童貞っぽそうだから?」
「それもあるんだけど……安藤君と話してると、距離感が絶妙に気持ち良いのよね。こっちが押すと離れるし、引くと立ち入ってくるし」
「うわぁ。絶妙に気持ち良いとか、変態ですか」
「……相性の話なのに、そっち方面へすぐに思考が傾くあなたの方が変態よ」
「身体の相性!?」
「会話の相性」
一通り騒ぎ立てたミコミコが、電池が切れたように机へ突っ伏した。
顎を机上に載せ、八つ当たりじみた不満を漏らす。
「いいな、いいなぁ。私も彼氏欲しいなぁ」
「天崎君なんてどう?」
「あー、天崎君ね。パス。天崎君もカッコイイんだけど、私年下はダメなのよね。養ってくれる社会人がいいわ」
「若干二十歳にして、ヒモ志望ですか」
「主婦って言ってよ。それに天崎君には、リベリベがいるからねぇ」
「あぁ……あの二人って、どうなのかしらね」
「どうなんだろうねぇ。リベリベは無自覚で天崎君のことが好きって感じで、天崎君の方は……少し話しただけじゃ分からなかったなぁ」
「好意的ではあったけど、女として見ていなかったような気がするわ」
「私もその意見に同意」
会話が途切れ、二人は黙って天井を見上げた。
とその時、ミコミコのスマホが鳴った。ラインの通知音だ。
「お、噂をすればリベリベからだ。なになに? 『申し訳ありませんが、急遽数日ほど旅行に行くことになってしまったので、お店を休ませていただきます』だって? 急に旅行って……すごいな」
「一時帰国でもするんじゃないかしら? 『行くことになってしまった』って、まるで自分の意思で旅行に行こうとしてるわけじゃないようにも見えるけど」
「なるほどにゃー。ま、『事情は分からないけど、気をつけて行ってらっしゃいね。お店の方は心配しなくてもいいよ。任せとけ!』」
返信したミコミコだったが、少しだけ事情が気になった。
すぐに追伸を送る。
『その旅行って、一人旅?』
『いえ。私と天崎さんと、同じアパートに住む女の子の三人です!』
「きゃー、両手に花かい! このヤリチンめ!」
友人の下ネタ発言に、さすがに我慢ならなくなったマジョマジョが脳天へとゲンコツを食らわせた。
「わーん! どいつもこいつも惚気やがってぇ!」
「まさか旅行にまで行く仲だったとはねぇ。それに三人?」
「どうせ二人きりだと気まずくなるから、知り合いを誘ったんでしょ」
拗ねたように頬を膨らませるミコミコを頭を、今度は子供でも宥めるかのようにマジョマジョが優しく撫でた。
「よしよし。私が集めるのは無理だけど、合コンあったら付き添ってあげるから」
「安藤君に怒られるよい」
「あの子はそんなことで嫉妬する男じゃないわ」
「意味は逆だけど、正妻感ハンパねー」
しかも出会ってから一ヶ月弱、付き合ってわずか一週間ちょっとである。たったそれだけの短い期間でお互いの信頼が築けているというのは、本当によほど相性が良かったんだなと、ミコミコは感じた。
と、再びラインの通知音が鳴った。
「またリベリベだ。『話は変わりますが、この女の子、めちゃくちゃカワイイですよね!?』だって?」
続いて画像が送られてくる。
七・八歳くらいの女の子が、七五三にでも行くような着物を着ている。両手を頬に添え、照れ笑いをしている姿。
数秒ほどその画像を眺めたミコミコとマジョマジョは、お互いに視線を交わした。
確かにカワイイ。間違いなくカワイイ。百人に見せたら、九十九人以上はカワイイと答えるだろう。この女の子を可愛くないと言う輩は、ひねくれ者か子供嫌いしかいない。
しかし、である。カワイイと褒め称える前に、情報が足りない。
二人は抱いた疑問を、同時に言い放った。
「「誰?」」




