表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ドラキュティックタイム  作者: 秋山 楓
第4話『ロスト・ステータス』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

53/226

プロローグ

 おののき荘へ帰宅する途中、天崎は歩きながら深々と思考に没頭していた。


 考えていることは、いろいろある。

 まずは明日の予定だ。明日から土日、二連休である。特に遊ぶ約束もしてないし、急用もない。ならば布団を干して、部屋の掃除をして、日用品の買い出しに行って、それからはゆっくり過ごそう。時間はたっぷりある。臨機応変に予定を立てていけばいい。


 次に考えるのは、今月末に迫った文化祭のことだ。


 クラスの出し物は、とりあえず喫茶店に決定した。本格的な準備と役割分担は来週から決めるそうで、午後の授業がなくなるのは、とても喜ばしいことである。


 加えて、その催しの特徴がらメインで頑張るのは接客する女子たちだろう。男子は裏方で、注文された物を作っていればいい。学校行事に精を出すほど熱血漢でない天崎にとっては、どれだけ自分が楽をできるかが何よりも重要なのだ。


 ま、主な仕事は委員長とやる気のある連中に任せよう。自分は適度に手伝うだけだ。

 そんなことを考えながら、天崎は自宅を目指した。


 おののき荘に到着すると、軒先で地面を見つめている童女と幼女を発見した。


「あっ」


 天崎の帰宅に気づいた童女――円は、顔を合わせるやいなや、二階へすっ飛んでいった。やけに慌ただしそうだったなと不思議に思うも、天崎はすぐにその意味を理解する。


 円は座敷童だ。ルールとして、家主が帰ってくる際は必ず家の中に居なければならない。もし家主が先に帰宅するようなことがあれば、二度とその家に入れなくなってしまう。だから円は慌てて部屋へ戻っていったのだ。


 その可能性に思い至ると、天崎はバツが悪そうに頭を掻いた。


 おそらく円は友達と遊んでいたのだろう。知らなかったとはいえ、邪魔する形になってしまったのは申し訳ないと思った。


 円に代わって、一人取り残された幼女に謝るため、そちらを見る。

 しかし彼女の容姿を確認したら、謝罪どころではなくなってしまった。


「んん?」


 呆然とおののき荘を見上げているため、天崎からは幼女の後頭部しか見えないのだが、その後ろ姿があまりにも特徴的だった。


 身長からして、おそらく五歳くらいだろう。セミロングの白い髪に、マシュマロのような軟らかい肌。そして何より目立つのが、肩甲骨辺りから生えている雲のように軽い翼。


 どこかで見たことのあるような姿を目にして、天崎は首を傾げた。


「えーっと、君は……?」

「でち?」


 不思議な返事をしてから、幼女が振り返る。

 白いまつ毛の下の、黄金色の瞳が天崎を射抜く。やはりその顔には見覚えがあった。


「ミ……ミルミル?」

「ミルミルは確かにミルミルって名前でちが、お兄さんが何でミルミルの名前を知ってるんでちか? っていうか、お兄さんは誰でち?」

「誰って……」


 覚えていないのか? いや、そもそもミルミルは、先週の事件で赤ん坊になってしまったはずだ。あれからまだ一週間かそこらしか経っていない。なのに生まれたばかりの赤ん坊から、五歳児くらいまでに成長するなんて……いくらなんでも早すぎやしないか?


「俺は天崎っていって、おののき荘の二階に住んでるんだけど……覚えてないのか?」

「おののき荘の住人でちたか。こんにちはでち、お兄さん。ミルミルはお兄さんのこと、覚えていないでち。赤ん坊の時に会ったんでちか?」

「赤ん坊の時というか、さらにその前の話なんだが……」


 ダメだ、話が噛み合っていない。

 どう説明していいものやらと戸惑っていると、一階の部屋から大家が顔を覗かせた。


「おや。おかえり、東ちゃん」

「ただいま。で、ばっちゃん。これは?」


 天崎がミルミルの頭頂部を指で差すと、それだけで大家は察してくれたようだ。


「その子にはあたしゃもビックリしたよ。クルクルに聞いてみたんだけどね、もともと五歳児程度の年齢だったから、そこまでの成長はすんごく早いんだとさ。それからは普通の人間と同じくらいの速度で成長していくらしいよ」

「はぁ。どうりで一昨日辺りから夜泣きが聞こえないと思ったよ」


 喜ばしいことではあるが、まさか急成長しているとは思わなかった。


 ただ疑問は残る。それは五十年も眠り続けていたクルクルという存在だ。天崎から見たクルクルの容姿は、どう贔屓目に見ても小学校低学年程度だった。


「もしかしてミルミルって……この姿のまま年齢を重ねていくのか?」

「いんや。クルクルの見た目が幼いのは、クルクルが天使だからさ。堕天使のミルミルは人間みたいにちゃんと成長していくよ。ただ堕天使の寿命がどれくらいなのかは、クルクルも知らなかったけどね」


 歩み寄ってきた大家が、ミルミルの頭を撫でた。

 その行為を素直に受け入れるミルミルは、くすぐったそうに目を細める。


「こんなに可愛い女の子だから、きっと将来はすんごい美人さんになるだろうねぇ。残念なのは、あたしゃが生きてるうちに見られるかどうか分からないってとこだね」

「ミルミルも頑張って早く大人になるでちよ!」


 まあ確かに美人ではあったなと、腕を組んだ天崎は先週のことを思い出していた。


 赤ん坊になる前のミルミルは、天崎を殺すため、その肉体を全盛期まで成長させたことがあった。その気になれば今からでも見せてあげられるんじゃねえの? とも思ったが、今のミルミルは天使としても堕天使としても、すべての能力が失われている状態だったはずだ。


「って、そうだよ。ミルミルが俺の顔を覚えていないようだったんだけど」

「そうなのかい? 知識を少しだけ残して、記憶とかその他の経験とかは全部消えたってクルクルは言ってたけど、東ちゃんの顔も忘れちゃってるのかい?」

「お兄さんの顔でちか? 今日初めて見るでちねぇ」

「天界とかの記憶は?」

「天界って何でちか?」


 嫌なことは率先して忘れるタイプなのだろうか? 自分の出生地である天界のことまで忘れてるとなると、相当である。というか、言葉以外の知識はすべて消えてしまったと考えてもよさそうだ。


「知識はこれから増やしてけばええよ。あたしゃが教えたる」


 意気込む大家には申し訳ないが、天崎としてはミルミルが忘れていることは朗報だった。


 あれだけ一方的に蹂躙してやったのだ。もし覚えていたら、復讐されることもなくはない。万が一にも記憶が戻った時のために、何か対処法を考えておいた方がいいかもしれない。


 何はともあれ、幸せそうな二人の顔を見れば、今は心配いらないだろう。

 ただ天崎には、どうしても確認しなければならないことがあった。


 じっとミルミルを見つめてみる。彼女の服装は出会った時と同じような白いワンピースだ。時期的に少し肌寒いんじゃないか?


「なぁ、ばっちゃん。一つ訊いてもいいか?」

「なんじゃらほい」

「今のミルミルって……パンツは穿いてるよな?」

「…………」


 大家の表情が引き攣った。いつも柔和な笑顔を崩さない、あの大家が!

 あっ、やべっ、これアカンやつだ。と、天崎は直感した。


「いやいや、変な意味じゃなくってさ、オムツはもう取れたのかなーって。赤ん坊って、何歳くらいでオムツ卒業するのかなーって。後学のために知っておきたいなーって」

「あ、あぁ、そういう意味かい。てっきり東ちゃんに危ない趣味があるのかと思ったよ」

「いやまさかぁ、そんなんあるはずないさ。しかも俺、『完全なる雑種(フリードッグ)』だぜ。堕天使なんて興味ないっての」

「それもそうやね。……ミルミルはもうオムツは取れて、ちゃんとパンツ穿いてるよ。急成長は予想外だったから、親せきからもらったオムツがけっこう余っちゃったけどね」

「そ、そっか……」


 激しく鳴る鼓動を抑えながら、天崎は顔を逸らした。


 パンツの有無を訊いた理由は、出会った時にミルミルがノーパンであるところを見てしまったからだ。大家の元で育ったわけだから、そこら辺の常識は大丈夫だと思っていたものの、まさか質問一つで今まで築いてきた信頼が一気に瓦解しそうになるとは思わなかった。


 ともあれ、円に友達ができたのはいいことだ。

 天崎はミルミルに目線を合わせるように屈んで問いかけた。


「さっき円とは、どんな遊びをしてたんだ?」

「円お姉ちゃんとは、蟻の行列を観察して遊んでいたでち」

「な、なるほど」


 小さい子供の中で流行っているのか? っていうか、それは遊びと言えるのだろうか?


「ま、まぁ、これからも円と仲良くしてくれな」

「でち!」


 天崎が言うと、ミルミルは本当の五歳児のように純粋な笑顔を見せ、勢いよく頷いたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ