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ドラキュティックタイム  作者: 秋山 楓
第3話『エンゼル・ヘンジェル』

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第1章 見られていたらしい

 学生の本分とは何か。答え、学業である。


 しかし年がら年中勉強ばかりしていては、いくら本分とて嫌になってしまうだろう。学業の合間合間で生徒の息抜き期間を用意するのは、ある意味学校側の義務と言えるかもしれない。


 つまり地獄が終われば祭りの到来である。


 とある日の昼休み。委員長が黒板に『文化祭の出し物アンケート』と書いているのを見て、もうそんな時期だったのかぁと、天崎は感慨に耽っていた。最近いろいろありすぎて、文化祭のことなどすっかり忘れてしまっていた。


 天崎が通う高校の文化祭は、十一月下旬に二日間だけ行われる。今は十一月に入ったばかりなので、まだ少し気が早いかもしれない。だが中間テストを乗り越えた生徒たちの雰囲気は、すでにお祭りモードへと切り替わっていた。


「この高校の文化祭って、どんな感じなの?」


 いろいろあった原因の一人である月島が、隣の席から訊ねてきた。

 一瞬だけ去年を思い出してみたものの、この高校を象徴するような特殊な催しなどはなかったはずだ。


「普通だったよ。クラス単位で出し物して、体育館じゃ演劇部が演劇したり吹奏楽部が演奏したり。有志でライブもしてたかな」

「へー、そうなんだ。楽しそうだね」

「月島の前の学校ではどうだったんだ?」

「去年はちょうどその頃、転校の手続きしてて……参加はしなかったかな。見て回ったりはしたけど、天崎さんが言ったのと同じ感じだったよ」


 ということは、月島にとっては今回が初めての文化祭ってわけだ。


 月島の父親は転勤族で、引っ越す度に転校を繰り返していた。本人の奥手な性格も含め、在籍期間の短い月島には、ほとんど友達がいない。せっかくだから今年の文化祭は楽しませてやりたいなと、天崎は心の底からそう思った。


「あ、そうだ。今日の帰り、天崎さんのアパートに寄ってってもいいかな?」

「へ?」


 急に話題が切り替わったのもさることながら、その方向性が突拍子もなくて天崎は言葉を失ってしまった。


 天崎が呆けている理由を察し、月島は慌てて取り繕う。


「あっ、えっと、そういう意味じゃなくて……この前、おののき荘に入居したいって話はしたよね。それで年明けまでには引っ越そうかなって考えてるから、ちょっと間取りとか見ておきたくて……」

「え。月島の親父さんって、もう転勤するのか?」


 以前は確かそう言っていたはずだ。次に父親が転勤する時は、転校するのではなく一人暮らしを始める、と。


「ううん、違うの。一人暮らしのことをお父さんとお母さんに話したら、いきなり一人になるのは危ないから、自分たちが近くにいるうちに練習しなさいって言われて……」

「はー、なるほどね」


 確かに女子高校生の一人暮らしは決して安全とは言えない。困ったことがあったり、身の危険を感じるようなことがあれば、すぐにでも両親のいる家へ駆け込めるよう練習期間を設けたのだろう。


「家の近場で一人暮らしかぁ。なんつーか、けっこう資産あるんだな」

「うん。まあ……ね」


 天崎にも下世話な話という自覚はあるのだが、月島の答えはどこか歯切れが悪かった。

 言うかどうか迷った末、彼女は遠慮がちに口を開いた。


「ほら私、十一歳までお姉ちゃんがいたからさ。二人が自立するまでの費用を、少しずつ貯金してたんだって」

「あぁ、悪い……」


 そういうことかと納得した天崎の口から、自然と謝罪の言葉が漏れた。


 月島には元々双子の姉がいたのだが、十一歳の時に交通事故で亡くなってしまった。先日はその件で天崎も死にかけたので、さすがに忘れたわけではない。ただ月島家の資産面と月島姉の事故を結びつけるのは、さすがに難しかった。


 そういうこともあってか、月島の両親が過保護になるのも無理はない。むしろよく反対されなかったものだ。


 と、文化祭用のアンケートを黒板に書き終えた委員長が、月島に声を掛けた。


「月島さーん。お弁当、屋上で食べよう!」

「あ、うん。すぐ行くよ」


 委員長の誘いに対し、月島は小さく手を振って応えた。

 なんとなく気まずい雰囲気だったので、天崎としては大助かりだ。


「じゃ、じゃあ放課後、お願いできるかな」

「あぁ、分かった」


 約束を交わすと、月島は弁当を持って委員長たちの元へと向かっていった。

 その背中を見送った天崎は安堵の息を漏らす。


 転校してからしばらく、月島はクラスメイトの誘いをやんわりと断り続けていた。元々人見知りで他人と会話するのが苦手だった性格に加え、あの時は自分の死期が近いことを察していたからだ。


 今の様子を見ると、もう問題はなさそうだった。月島は、前を向いて歩き始めている。


 彼女自身が自分の問題に決着をつけたのもあるが、何より諦めず月島に声を掛け続けてくれた委員長にも感謝しなければならないと思った。


 廊下を眺めながらそんなことを考えていると、突然、両肩が重くなった。


「天っちって、月島と付き合ってんの?」

「どこをどう見たらそうなるんだ?」

「今のやり取りを見てたらそうなる」


 無遠慮に肩を組んできた男子生徒の顔を、天崎は思い切り睨みつけてやった。

 彼の名は犬飼省吾。天崎のクラスメイトであり、友人だ。


 逆立った茶髪はワックスで固められており、耳にはピアスの穴が開いている。校内でアクセサリ類を身に着けることはないが、どこをどう贔屓目に見ても優良生徒の身なりではない。着崩している学生服に関しては天崎も他人のことを言えないものの、委員長も犬飼にこそもっと厳しめに注意してほしいと常々思っていた。


「残念ながら、今のは犬飼の方が正しい」

「くっ、安藤まで……」


 弁当を引っ提げて天崎の元にやってきたのは、悪魔の友人だった。天崎と月島が親しくなった原因を知っている人物から判決を言い渡されては、天崎としてもぐうの音も出なくなる。


 味方ができて調子に乗った犬飼が、笑い声を上げた。


「なっはっは。やっぱ安藤もそう思うよな。だって月島の方から男子に声を掛けてるとこなんて、お前以外に見たことないぞ」

「……そんなことないだろ」


 そんなことない……よな?


 ここ最近の月島の動向を思い返してみても……確かに月島から話し掛けているどころか、男子と話している姿さえ思い出せなかった。


「で、付き合ってるのか? 付き合ってないのか? どっちなんだい!?」

「うるせー」


 耳元で発せられる絶叫に、さすがの天崎もブチギレた。


 容赦のない肘打ちが、犬飼の鳩尾辺りに深く食い込む。思いのほかクリーンヒットしたようで、不良の友人は声もなく轟沈した。


「付き合ってねーよ。ったく、話してただけで付き合ってるとか、お前は女子か!」

「女子でなくとも、高校生とは他人の恋バナに興味津々な生き物なのさ」

「お前がそれを言うのか……」


 すまし顔の安藤に、天崎は割と本気でドン引きしていた。


 安藤は外見や肉体こそ普通の男子高校生の物だが、本人曰く、中身は魔族を統一している大悪魔の一人なんだそうだ。人間の生態を調査すべく、今は安藤という名の人間に転生して、一通りの人生を送っているらしい。


 そんな悪魔が日本の高校生を語るのは、なんだか不思議な気分だ……というか、安藤の口から恋バナなんて単語が出てきたことに、天崎は少なからず驚いていた。悪魔とか関係なしに、恋愛とは無縁そうなキャラクターだと思っていたからだ。


「くっふっふっふ。嘘を言っても無駄だぞ、天っち。俺っち、見ちまったもんね」


 涙目になりながら復活した犬飼が、自分には切り札があるんだぞと言わんばかりに笑った。


 どうせ、さっきのやり取りを聞いていたとかだろう。と、高を括っていた天崎は、ゴミを見るような目で犬飼を睨み下ろした。一人暮らしを始める月島が内見に来るだけだ。他意はないし、それが付き合っている根拠になるはずもない。


「何を見たって言うんだよ。さっさと言え」

「あれは、先週だったかな? 俺っちは……見ちまった。月島が退院してきた、その日の朝……天っちが月島の胸を揉んでる場面をな!」

「ぐわぱぁ!!??」


 クリティカルヒットだった。十七年間生きてきて、今まで出したことがないような声が思わず出てしまうほどの。あまりに醜い狼狽だった証拠に、隣にいた安藤が顔をしかめて距離を取っていた。


「何でお前がそれを知っている!?」

「お、やっぱりあれって天っちと月島だったんだな。チラッとしか見えなかったから、自信なかったんよぉ。たまには鎌も掛けてみるもんだな」

「いや、ほら、アレは月島じゃなくてだな……」

「ほー? じゃあ女子の胸を揉んでたのは否定しないわけですなぁ? ならアレは誰だったんですかねぇ、天っち。ん? ん?」


 からかい半分、好奇心半分、そしてどこか怒りを含んだ笑みを張りつけながら、犬飼は執拗迫ってくる。


 胸を揉むに至ったのは、月島裕子が原因だ。かといって裕子の魂が月島の身体から出て行った後も揉み続けていたわけだから、犬飼の言っていることは正しい。さらに言えば、裕子も月島という苗字なのだから、何も間違ってはいない。けど合意で行ったわけではないし、第三者が介入した不慮の事故みたいなものだったから、やっぱり付き合ってる根拠にはならないはずだ。つまり……自分は何が言いたいんだろう。


 考えがまとまらなくなった天崎は、視線だけで安藤に助けを求めた。

 しかし悪魔の友人は申し訳なさそうに首を横に振るだけだった。


「悪いけど、その件に関して僕が語れることはないね。その場にいなかったわけだし」


 守護霊となった月島裕子は、一日三十分だけ妹の身体を借りることができる。という先日の顛末を、安藤は知っているはずだ。それを犬飼に説明してくれれば……とも思ったが、犬飼が信じるわけがないし、説明したから何だという話だ。月島の胸を揉んだという事実に変わりはない。


「ったく、朝っぱらからお熱いこったねぇ! 可愛くて胸のでかい転校生とイチャイチャしやがってよぉ。俺っちにも揉ませろやい!」


 結局のところはそれかよ。

 そろそろ面倒くさくなってきた天崎は、下心ダダ漏れの友人に無言の腹パンを放った。


「ふぐっ」


 淫らな表情から一変、犬飼の顔が苦痛に歪む。

 その場で倒れ込む友人に、天崎と安藤は目を向けなかった。


「さて、そろそろ俺たちも飯にしようぜ」

「そうだね。腹減った」


 天崎の周りは、今日も平和である。

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