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ドラキュティックタイム  作者: 秋山 楓
短編 4編

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その4 とある半妖怪と『完全なる雑種』の会話

「あー、セックスしてぇ」


 畳の上でだらしなく寝そべっている男が、なんとなしにぼやいた。

 対面で胡坐をかく天崎のこめかみに、青筋が浮かび上がる。


「帰っていいですか?」

「そうつれないこと言うなよ、天崎ちゃん。せっかく来たんだからさ」

「あなたの下ネタに付き合う気は毛頭ないのでね」


 冗談交じりに諭す男に対し、天崎は本気で憂鬱そうだった。


 ここはおののき荘の一室である。家主の名前は安田清志。フケだらけのぼさぼさな髪型に、薄汚れた甚平を羽織り、ニタニタと人を馬鹿にしたような笑みを張り付け、天崎の目の前でだらけきっている男こそが、この部屋の家主その人だった。


「円ちゃんは見た目的にアウトだし、最近入居してきたリベリアちゃんは、ちょっとストライクゾーンから外れてるんだよなぁ。大家の婆さんは言わずもがな」

「空美さんがいるじゃないですか」

「アイツは商売だろ? 終わった後にぼったくられたらシャレにならねぇ。だったら風俗にでも行くさ」

「さいですか」

「あ! そういえば天崎ちゃん、先日クラスメイトの女の子を連れてきただろ? 彼女を紹介してくれよ。それなりの見返りはするからさ」

「ぶっ殺すぞ」


 本気で他人に殺意を抱いたのは、この性欲妖怪が初めてかも知れなかった。


 安田清志は人間と妖怪のハーフである。その妖怪とは、ぬらりひょんだ。


 安田の父親であるぬらりひょんは、独り暮らしの女性を狙っては夜な夜な家へと侵入し、一夜限りの関係を続けていた。しかしとある日、いつものようにお邪魔したお宅の女が相当勝気な性格だったらしく、またぬらりひょんも彼女の魅力に骨抜きにされてしまった。そしてそのまま女の家に居座り続け、挙句の果てにはゴールイン。


 結果できたのが、この性欲の塊である半妖怪、安田清志なのだった。


「そうカリカリするなよ、天崎ちゃん。カルシウムは大切だぜ」

「誰のせいでカリカリしてると思ってるんですかね?」

「無論、俺だ」


 両手の親指で自分を示す安田に、天崎はガチで帰りたくなった。

 なので早々に本題を切り出す。


「で、清志さん。今回の要件ですが……」

「おっと、俺のことは東雲カスミと呼んでくれ。本名は普通にダサすぎるから、ペンネームで呼んでくれた方がやる気が出る」

「……清志さんも、一つ目の事件のことは知ってますよね?」


 無視してやった。


 この安田清志という男は物書きだった。ペンネームは東雲カスミ。由来に関しては、天崎は知らない。そして彼の特殊な職業こそが、天崎がこの部屋にいる理由だった。


 何かと人外が起こす事件に巻き込まれやすい天崎の話を、安田は小説のネタにしようとしているわけだ。報酬として少しばかりのお小遣いも貰えるので、生活費に余裕のない天崎は仕方なく足を運んでいるのである。


「一つ目って、アレだろ? リベリアちゃんが来た時の事件。アレは大変だったもんな。前のおののき荘がぶっ壊されてさ。婆ちゃんの占いで、俺は事前に回避できたけど」


 ペンネームで呼ばれないことを特に気にしていない安田は、一ヶ月前を思い出していた。


「人伝には聞いてるけどな。当事者の天崎ちゃんから、もうちっと詳しく頼む」

「分かりました」


 了解した天崎は、一ヶ月近くも前の出来事を順序良く話し出した。


 自分の『完全なる雑種』の血を狙って、リベリアが襲ってきたこと。

 兄の眷属の襲来で、旧おののき荘が全壊したこと。

 リベリアが天崎を狙った理由。

 最終的に彼女は『完全なる雑種』になってしまい、今はおののき荘で暮らしていること。


 多少の細かい点は忘れかけているが、大まかな流れは昨日のことのように思い出せた。


「なるほど、なるほど」


 特にメモを取るわけでもなく、合いの手を入れるでもなく、最後まで聞き役に徹していた安田が二回ほど頷いた。


「事件の内容ではないけど、聞いた限りじゃリベリアちゃんって今は人間を食べてないんだよね? 吸血鬼って人間の血液が食糧なんでしょ?」

「それは人間が牛肉を食べないようにするのと同じようなもの、らしいですよ。肉としての栄養は、豚肉や鶏肉から摂取すればいいみたいです。アイツ、米とか野菜も普通に食べてますからね」

「さしずめ『完全なる雑種』の天崎ちゃんは、高級黒毛和牛ってところかな」

「やめてくださいよ」


 ぞっとしない話だ。揶揄されずとも、リベリアは『完全なる雑種』である天崎の血をチャンスがあれば狙ってくるので、あまり冗談ではない。


「それで今のが一つ目ってことは、二つ目もあるってこと? この短期間で二つの人外から言い寄られるなんて、さすが『完全なる雑種』だ。妬けちゃうね」

「誉め言葉になってませんし、二つ目は人外絡みじゃないんですけどね」


 そう断ってから、天崎は先日あった月島の件を話し出した。


 幽霊に取り憑かれたクラスメイト。

 実は死んだ姉の魂であり、妹の方が姉を離さなかったこと。

 幽体離脱をし、三途の川まで追って連れ戻したこと。


 もしかしたら月島がおののき荘に入居するかもしれないという事実は伏せ、天崎は簡潔に話し終えた。


「ふーん」


 先ほどと同じく最後まで言葉を挟まなかった安田の感想は、たったそれだけだった。


 素っ気ないとは思うも、いつものことだ。天崎も別に感想が欲しいわけではないので、機嫌を悪くしたりはしない。


「だいたい分かった。少しは小説のネタになりそうだ。ありがとね」

「いえ、こちらとしてもお金をもらってるわけですからね」


 下ネタさえ言わなければ喜んで引き受けますよ、とも言いたかった。

 ふと、安田はおちゃらけた口調で感想を漏らした。


「まぁ、赤の他人である俺が言うのもなんだけどさ。天崎ちゃん、ちょっと生き急ぎすぎなんじゃないの?」

「生き急ぎすぎ?」

「リベリアちゃんが天崎ちゃんをターゲットにしたのは仕方がない。不可抗力だ。吸血鬼のメイドが襲ってきたのもね。けど吸血鬼の兄との対決は本当に必要だったのかな?」

「……相手にも事情がありましたからね」

「でも途中から、あっちは君を生かす方向で話を持ち掛けてきたわけだろ? 言われた通りに命乞いすりゃ、それで事は治まったんじゃないかね?」

「そりゃそうですけど……じゃあ清志さんは全体的にどうすればスマートに解決できたって言うんですか?」

「安藤ちゃんに全部丸投げすればよかった」

「…………」


 当然だと言わんばかりに言い放つ安田に、天崎は少なからず不快感を覚えた。

 ただ言い返せなかったのは、天崎自身もその通りだと思ってしまったからだ。


 吸血鬼との決闘の場を用意したのは安藤とはいえ、おそらく天崎が泣き付けば、彼が解決していたに違いない。この街で騒ぎを起こす人外は、例外なく排除する。人間の生活を調査しに来た悪魔には、それが容易だったはずだ。


 だが、それでは完全解決には至らなかっただろう。

 すなわち安藤に助けを乞えば、リベリアの願いは叶えられなかった。


「二つ目の事件もそうだね。死期が近いクラスメイトを憐れんだり、助けたいと思うのは普通の感覚だ。それは変じゃない。けど幽体離脱をしてまで……死んでまで助けに行くのは、やっぱりおかしいよ。その女の子、出会って一週間くらいだったんでしょ?」

「ちゃんと助け出せましたよ」

「結果論だ。助けられないどころか、天崎ちゃんが本当に死んでいてもおかしくはなかった」


 確かに天崎は一度、本当に死にかけた。三途の川を渡りかけた。


 しかも最初から勝算なんてなかった。生き残れたのも、月島を救い出せたのも、ただ運が良かっただけだ。


「……それで生き急ぐ、ですか」

「うん。天崎ちゃんはまだ高校生なんだからさ、もうちょっと保身に走ってもいいんじゃないかな? 先の人生は長いし、君が死んだら悲しむ人は大勢いるだろう?」

「でも」

「反論したい気持ちは分かる。自分が動かなければ助けられた人も助けられなかった、だろ? 別に間違っちゃいないよ。君が言ってることは正しいし、その覚悟は尊い。けど俺が言ってるのは、そういう意味じゃない。そこじゃない」

「そこじゃない、とは?」

「物事をどうすればいいかなんてのは、その場その場で変わってくるものだろう。だから君は思った通りに……自分が信じた方向へ進んでいけばいい。ただ俺が言いたいのは、その前の段階だ」

「前の段階?」

「天崎ちゃん。君はまず、自分を助けてみたらどうかな?」

「…………?」


 純粋に意味が分からなかった。


 自分は何も困ってはいない。困っていないからこそ、助ける必要もない。そして助ける必要もないから、他に困ってる人を助ける余裕はある。自己犠牲はしていない……とはさすがに言えないが、天崎はちゃんと自分の能力の許容範囲を知っているつもりだ。


 口を噤んだまま待っていても、安田から明確な説明が返ってくることはなかった。


「ま、天崎ちゃんも歳を取れば分かるようになるよ」


 とだけ言って、安田は身体を起こした。


「さって、そんじゃ仕事でもしますかね。新しく仕入れたネタを忘れないうちに。報酬はいつも通り、後日でいいかい?」

「それは構いませんが……」

「じゃあ早々に出て行ってくれないか。作家業は集中力が大切だからね」

「…………」


 目を細めて安田を睨んだ天崎は、憮然としたまま腰を上げた。


 急に部屋を追い出されるのは初めてじゃないし、安田の性格も多少は知っているつもりだ。だから彼の言葉や態度の変化に、いちいち腹を立てたりはしない。


 けれども、天崎はまだ答えをもらってはいなかった。


 間違ってはいないと自信を持って回答したのに、答え合わせをしてくれない理不尽。明確な答えが解からないことを不満に思っているのは……自分がまだ子供だからなのだろうか?


 早々に机に向かってしまった安田の背中を見つめてから、天崎は部屋を出た。


 やっぱり小説家なんて奇特な職業の奴は、言うことが意味分からんよな。と、天崎は照り付ける太陽を見上げながら、そう思った。

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