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ドラキュティックタイム  作者: 秋山 楓
第2話『ゴーストメイトマジック』

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第10章 月島の真実

 意識のない月島を抱えたまま、天崎は途方に暮れていた。


 しばらく待ってみても、一向に起きる気配がない。頬や額を軽く叩いてみてもダメそうだ。呼吸に乱れはないため、身体的な異常は無いのだろうが、いつ目を覚ますかも分からない女の子をこんな人気のない河原で抱え続けるのは、天崎の精神的にも悪かった。


 これからどうするべきか考える。


 その一。月島を担いで帰る。

 却下。地元までけっこうな距離があるし、もし途中で知り合いにでも見られたら厄介だ。そもそもの話、天崎は月島の家の住所を知らない。


 その二。月島の親に連絡する。

 これも却下。その理由は前述した通り、電話番号を知らない。最終的に月島のスマホを拝借して電話を掛けるという手段もあるのだが、とりあえず保留にしておく。


 その三。助けを呼ぶ。

 頭の中で何人か候補が上がった。その中で迷惑かけてもよさそうな奴は……。


「あの小悪魔、協力してくれるかな?」


 半々といったところだが、電話して損をするのは通話料くらいだ。

 悪魔の友人に助言を乞うべく、履歴から名前を検索する。コール四回で相手が出た。


 一通り事情を説明すると、『気絶している人間に素人判断はしない方がいい。救急車を呼ぶべきだ』という何とも当たり前で一般的で常識的な答えが返ってきた。


 なるほど、その通りだ。と、天崎は自分の目から鱗が落ちたのを目撃した。

 その反応を聞いて、電話の向こうの悪魔は深いため息を漏らしたようだった。


『人間の君がそれくらいの常識を持ち合わせてなくてどうするんだ』


 人を小馬鹿にするような言い方に反論したい衝動を抑えつつ、礼を言った天崎はすぐに救急へと通報した。


 数分後、救急車が到着した。当然といえば当然なのだが、担架で運ばれる際、救急隊員から何が起こったのか説明を求められた。まさか取り憑いていた幽霊が出ていったため倒れたと説明するわけにもいかず、一緒に遊んでいたら突然意識を失ったとだけ言っておいた。


 めちゃくちゃ不審そうな目で睨まれ、場合によっては警察を呼ばれることも覚悟しながら、天崎もまた救急車に乗り込んだ。


 十分程度で市民病院へと到着した。病院の担架に乗せ換えられ、月島は医師や看護師に運ばれていく。特に手伝えることがあるわけでもないので、天崎は普段通りの歩調で病院内へと入った。


 ロビーの待合室で、見慣れた悪魔が座っていた。


「なんだ、来てたのか」

「なんだとはご挨拶だな。助言を与えたのはどこの誰だったかな?」


 恩着せがましくも事実なので、天崎は白刃取りが如く両手の平を合わせて謝った。


「で、何があったんだい? 大まかな話は電話で聞いたけど、それがすべてじゃないだろ?」

「残念ながら、それですべてなんだよ。俺だって成り行き以上のことは何も知らないし、理解もしていない」


 月島に呼び出され、遊びという名目の一方的虐殺を阻止し、日本刀を奪ったタイミングで幽霊が出て行った彼女は気を失った。そして今に至る。それだけだ。


「そう言えば、気絶する前に何か言ってたな。『お姉ちゃんを助けて』って」

「お姉ちゃん? 月島さんには姉がいるのかい?」

「さぁ? そこで気を失っちまったから、何も分からん」

「助けてってことは、何かマズい状況に陥ってるってことだろう。でも出会って間もない君に助けを乞うということは、怪我や病気じゃあない」

「幽霊関連ってことか?」

「おそらくは」


 だが月島の姉など会ったことがないどころか、今まで存在すら知らなかったのだ。助ける助けないの前に、状況がまったく把握できない。月島が回復して事情を聞くまでは、身動きが取れそうになかった。


 三十分ほど経過しただろうか。時間帯が時間帯のためか、徐々に人が減っていく待合席に不安を覚えながらも、二人は黙って待ち続ける。


 天崎は俯いて思考に耽りながら。

 安藤は壁際天井付近にあるテレビで、国営放送を眺めながら。


 やがて待合席に誰もいなくなった頃、月島を運んでいった看護師の一人が、天崎を呼びに来た。どうやら検査は終わったらしく、今は病室へ移動しているらしい。看護師に連れられ、二人は二階へと向かった。


 ベッドで眠っている月島と、その傍らでパイプ椅子に座っている医師。


 医師の話によれば、脳波も含め、特に異常は見られなかったらしい。今は本当にただ眠っているだけなんだそうだ。


 一通りの説明を受けた後、面会時間は過ぎているからさっさと帰りなさいと揶揄され、医師は病室から出て行った。まあ親類でもないし、ましてや二人とも未成年だ。ぞんざいに扱われても仕方のないことだろう。


「ただ眠っているだけ、か。この場合、それはあまり良い状態ではないんだろうね」

「だな」


 肉体的に異常がないことは、一緒にいた天崎が一番よく知っていた。


 今一番懸念すべきところは、肉体よりも精神だ。いや、魂か。現代の医療から見て問題がなく、それでいて気を失ってしまったということは、魂の損傷、もしくは多大な負担がかかっていることに他ならない。


 天崎は今一度、ベッドで寝息を立てている月島の顔を見てみた。


 安らかではある。が、今日の昼休みにも感じたように、彼女の表情はやつれており、どこか苦しそうだった。


「……なんか声がしないか?」

「ん?」


 ふと意識を月島から外すと、男の声が聞こえたような気がした。場所は背後から。病室の分厚い扉の向こうだ。吸血鬼の特性が未だ少し残っているせいか、声の主が先ほどの医師であることがはっきりと分かった。


 誰かと会話をしていたのだろう。やがて声が止むと、スリッパが遠のく音。

 そして同時に、病室の扉が開けられた。


「こんばんわ」


 病室に入ってきたのは、妙齢の女性だった。


 おそらく天崎たちが病室内にいることは、医師から聞いていたのだろう。特に驚いた様子も怪訝に思っているようでもなく、女性は高校生である二人に丁寧なお辞儀をした。


 歳は四十台半ばといったところか。しかしその表情から如実に漂う徒労感が、実年齢よりも老いて見せている。どこにでもいそうな主婦といった感じだが、天崎はこの女性とどこかで会ったような気がしていた。


「洋子の母です。この度は娘がご迷惑をおかけしました」


 再び頭を下げる月島の母に対して、天崎は『あぁ、なるほど』と納得していた。

 会ったことがあると錯覚してしまったのも当然だ。目の前の女性は、月島によく似ているのだから。


「えっと、あなたたちは……」


 戸惑いながら、女性は訊ねてきた。


 そういえば天崎は、医師に対しても月島の友達としか説明していなかった。月島の母からすれば、怪しいことこの上ない。


「俺は、月島……洋子さんのクラスメイトの天崎と言います」

「同じく安藤です」

「あぁ、あなたが天崎さんでしたか」


 合点がいったように微笑む月島母とは対照的に、天崎は首を傾げた。


「いえ、すみません。娘が家で、よく天崎さんの話をされていたものですから……」


 その言葉に、天崎はどうしても裏の意味を読み取らずにはいられなかった。


 天崎のことをよく話していた。逆に言えば、天崎以外のことについてはあまり話題に出さなかったのではないか、と。クラスメイトとの間に壁を作っている普段の様子を知る天崎としては、余計に心配してしまった。


 そんな不要な勘繰りをしていると、月島母が歩み寄ってくる。

 二人は道を譲った。ベッドの傍らで腰を屈めた月島母が、娘の額を優しく撫でる。


 しばらくの間、静寂が下りた。親子だけの時間を邪魔するわけにもいかない天崎と安藤は、無言のまま月島母の行為を眺めていた。


 ふと、彼女は思い立ったように訊ねてきた。


「……もしかして裕子と遊んであげている時に、娘は気絶を?」

「?」


 天崎は即答することができなかった。

 聞き間違いか?


「えっと……娘さんの名前って、洋子ですよね?」

「えぇ。けど、男の子と遊ぶほどやんちゃなのは裕子の方ですので」

「???」


 ダメだ、話が噛み合ってなさそうだ。

 どうやら月島母も違和感に気づいたのか、徐々に訝しげな表情へと変化していく。


「あの……まさか、洋子から話は聞いていないんですか? 裕子のことを」


 月島母の確認に、天崎は黙って首を横に振った。


 裕子。聞いたことのない名前だが、おそらく月島が最後に言い残した言葉と関係があるのだろうと、天崎はおおよその予想を立てていた。


「分かりました」


 今一度娘の顔を見た月島母が立ち上がった。


「娘たちのこと、お話しします」


 月島の真実が今、母親の口から紡がれる。






 娘を静かに眠らせてあげたいという月島母の要望で、天崎たちはロビーの待合席に移動していた。面会時間を過ぎているためか、ロビーには人っ子一人いない。喫茶店や売店もすでに閉店しており、ロビーの一角は完全に消灯されている。夜の病院が初めての天崎は、恐怖感だけなら学校の比じゃないなと、場違いなことを思った。


「洋子には、裕子という名前の双子の姉がいました」


 天崎たちと向かい合って座った月島母は、掠れる声でそう切り出した。

 どこか重たげな口取りで、どこか懐かしさを感じているように。

 けど天崎は、彼女のたった一言に疑問を抱く。

 姉が……いました?


「こちらを」


 と言って、月島母は財布から取り出した写真を二人へと差し出した。


 だいぶ前に撮られたものなのか、写真は少し色褪せており、端が所々欠けていた。


 写真には一組の家族が写っていた。仏頂面の父親に、笑顔の母親。そしてカメラに向かってピースをする姉妹。どこかのテーマパークで撮った写真なのだろう。当たり前のような一つ家族が、その写真の中では生きていた。


「双子という割には、そんなに似ていませんよね?」

「二卵性双生児ですので、普通の姉妹くらいの違いはあります」

「なるほど」


 安藤の問いに、月島母が丁寧に答えた。

 父親似の、元気一杯にはしゃぐ狐顔の女の子。おそらく姉。

 母親似の、遠慮がちに手を振る狸顔の女の子。おそらく妹。

 写真なのに、この姉妹がとても仲が良いことが伝わってきた。


「えっと、それで……裕子さんは、今……」


 写真を返しながら、天崎は問う。

 ただ天崎も馬鹿ではない。今までの話の流れから、なんとなく察することはできた。


 月島裕子は、おそらくもう……。


「…………」


 月島母がギュッと目を閉じた。

 しかし聞かなくちゃいけない。知らなくちゃいけない。

 そうでなければ、前に進めない。


「裕子は、その……六年前に、事故で亡くなりました」


 事故。亡くなった。

 つまり、もうこの世にはいない。


 では『お姉ちゃんを助けて』という月島の言葉には、どんな意味があったのだろう。どんな意図があったのだろう。


 月島母は話を続ける。


 ただ六年も経過しているためか、自分の娘が亡くなった事実に向き合うことを躊躇っている様子はなかった。


「それで、ですね。初対面の方には言いにくいのですが……」


 と、彼女は何故か言い淀んだ。


「言いにくいことなら、別に話さないでも構いませんけれど」

「いえ、そういうわけでは……。これを伝えないと、話が進みませんので」


 不思議に思った天崎と安藤は、お互い顔を見合わせる。

 息を整えた月島母が、まるで罪を告白するような面持ちで言った。


「私と洋子には、多少ながら霊感があります。夫と裕子には、それらしい兆候はなかったのですが……」


 相手の反応を窺うように、彼女の語尾は沈んでいった。


 霊感。確かに幽霊を信じていない人間からすれば、そんな単語を耳しただけでも相手の頭を疑ってしまうだろう。もしかしたら危ない宗教にでも入信しているんじゃないかと思われても仕方がない。


 しかし二人にとっては今さらだった。


 月島からは幽霊に取り憑かれやすい体質だと告白され、そのせいで救急車に運ばれるまでに至っている。頭ごなしに否定できない材料としては十分だった。


「信じます」


 力強く言ったのは天崎だった。疑いようもない、本心である。

 それを聞いた月島母は、安堵したように胸を撫で下ろした。


「霊感があるというのは、幽霊が視えるってことですか?」


 そう問うたのは安藤だった。


「はい。ただ、はっきりと捉えられてるわけではありませんし、いつも視えているわけではありません。念の強い幽霊が近くにいると、嫌な気配を感じる程度です。たまに人の形で視える時もなくはないのですが……」

「幽霊に取り憑かれた経験はありますか?」

「いえ、私は……ないと思います。たぶん洋子もないんじゃないでしょうか。直接訊いたわけではないので、はっきりとは言えませんが……」


 耳を疑った二人は、またも顔を見合わせた。


 幽霊に取り憑かれやすい体質云々の話は嘘なんじゃないかと、意見を出し合った。ただそれだと月島の性格の変化が説明できないため、事実という前提で話を進めてきたのだ。


「裕子以外で、あの子が身体を貸せるかどうかは、私は知りません」

「裕子さん以外?」


 月島裕子は六年前に亡くなっている。

 裕子以外に身体を貸したことはない。

 つまり……。


「俺が河川敷で話していた相手は、月島裕子だった?」


 結論に至った天崎の独り言に、月島母は黙って頷いた。

 さっきだけではない。転校初日の彼女も、たぶん裕子だ。


 それに身体を貸すと言うからには、月島洋子の自由意思で取り憑かせられるということなのだろうか?


「順序立ててお話しします」


 混乱し始めた天崎に気づいたのか、月島母が滔々と語り出した。


「裕子が亡くなったのは六年前、小学校五年生の時でした。公園で友達と遊んでいる最中に、不用意に道路へ飛び出して車に撥ねられてしまったのです。その際、傍には洋子も一緒にいたそうです」


 間近で目撃していた、双子の姉の死。辛い経験だったに違いない。


「葬儀は問題なく終わったのですが、そのあと奇妙な現象が起きたんです」

「奇妙な現象?」

「えぇ。洋子が……裕子を演じ始めたんです。最初はふざけているのかと思いました。寂しさを紛らわせるために、自分の中で姉の人格を作って、精神を安定させているのではと。けれども私には分かりました。あれは本物の裕子……裕子の魂が、洋子の身体を借りているのだと」


 息継ぎをするタイミングで、天崎と安藤は視線を交差させた。


 確かに最初の前提がなければ、荒唐無稽な戯言だと一蹴されていた話だろう。死んだ娘が姉妹の身体を借りて蘇ったなどと言えば、間違いなく正気を疑われる。母と娘、両方とも。


「根拠としては、洋子は裕子を演じられる性格ではありません。元気すぎるくらいやんちゃだった裕子と、引っ込み思案で口下手な洋子。あの二人は正反対な性格をしていました」


 正反対かどうかは置いといて、天崎は二人の人格を思い出してみる。


 常におどおどしていた妹と、自信たっぷりの姉。とてもじゃないが同じ人間が演じているとは思えなかった。


「気持ち悪いからやめろと夫が一蹴してからは、彼の前で裕子が出てきたことはないみたいです。けど私の前では頻繁に洋子の身体を借りて、会話もしていました。最初はもういなくなってしまった裕子と会うことができて、とても喜びました。でも同時に……本当にこのままでいいのかという疑念も募っていきました。それで裕子が現れてから半年くらいした後、洋子をお寺へ連れてって、お坊さんに見てもらったんです」


 お坊さん。つまり霊能力者みたいなものなのだろう。

 おののき荘の大家も言うように、そういう霊的な現象を解決できる霊能者は少なからず存在している。


「そこで話を聞いて、私は愕然としました。これは非常にマズい状態だ、と」

「マズい状態?」

「えぇ。原因は不明ですが、裕子の魂と洋子の魂が複雑に絡み合っているそうなんです。おそらく双子だからこそ、こういう現象が起きているのではないかと、おっしゃってました」


 しかし天崎はそこで疑問を抱いた。


 裕子と洋子は二卵性双生児だ。一緒に生まれてこそいるが、普通の姉妹となんら変わりがない。なのに双子だから起きた現象? だったらもっと前例があってもよさそうなものだと、納得できずにいた。


 話の途中で水を差すわけにもいかず、月島母の言葉を待つ。


「通常、人間は死後四十九日を経て成仏すると言われています。けれど洋子の魂と絡み合った裕子は、四十九日が過ぎても成仏することができませんでした。ずっと現世に……洋子の身体に留まっているのです。しかし裕子はすでに肉体を失った身。いくら洋子という身体があるとはいえ、その魂を現世に存在させ続けるのには限界があります」


 限界。いつかおののき荘の大家も言った言葉だ。


「お坊さん曰く、いずれ裕子の魂は冥界へと引っ張られるだろうと。その際、絡み合っている洋子の魂も一緒に……」


 マズい状態というのは、そういうことか。


 肉体を失った魂は冥界へ。期日通りになるかはともかく、根本的な世界の仕組みは決して変わらない。月島裕子もまた、いずれ必ず冥界へ行かなければならない。絡み合った、妹の魂と共に。


「いずれって言うのは、どれくらい先までなんでしょうか?」

「前例がないので何とも言えませんが、お坊さんの見立てでは長くても五年とおっしゃっていました。あとお墓などの霊が集まりやすい場所で心を鎮めることによって、多少は先延ばしにできるかもしれない、とも」


 あの夜、月島が墓場にいた理由。月島裕子の言葉は嘘っぱちだったってわけか。


 そして長くて五年。六年前に亡くなったのなら、期限はとっくに過ぎている。おそらく毎夜の如く墓場で魂を癒していたのだろうが、それももう限界。すでに亡くなっている裕子だけでなく、生きている洋子の肉体も生気が失われているようだった。


「お祓い……あぁいや、供養とかはできないんですか?」


 天崎の提案に、月島母は首を横に振った。


「供養自体はできます。しかし最悪の場合、洋子の魂も一緒について行ってしまう可能性があるみたいなので、それも難しいかと」


 もしやるのなら一か八か、というわけか。


 だがもう一人の娘も失う危険性がある決断のため、親としても踏ん切りがつかなかったのだろう。そうやって判断を先延ばしにした結果、現世に留まれる限界が来てしまった。かといって月島母を……誰かを責められる問題ではない。


「では今の洋子さんは、現世に留まることができなくなった裕子さんに魂が引っ張られている状態、というわけなんですね?」


 全体の話をまとめるような安藤の確認に、月島母は首肯した。


「身体に異常がなくても、安心はできません。なにせ洋子は、魂に病があるのですから」


 病、か。その原因が、すでに亡くなっている自分の娘となれば、心境は複雑だろう。心なしか、病と言葉にした時の彼女の口取りは重そうだった。


「どうすれば……いいんでしょうか」


 真剣に考えてるからこその呟きだったものの、口に出してしまってから天崎は後悔した。


 天崎と月島が出会ったのは、ほんの数日前の話だ。六年も解決方法を探り、未だ糸口すらもい見つかっていない彼女の母親の前で言うには、あまりにも軽率だった。


 だが月島母は天崎のことを一切も責めたりはせず、胸の内を語る。


「一番いいのは……このままずっと洋子の身体を二人で使っていくことでしょう。洋子自身が望んでいるのなら、なおさらです。けど……裕子は死にました。六年も前に、死にました。この世にいていい存在ではありません。あの子のせいで洋子も死んでしまうのは、私は嫌です。私はもう……娘を失いたくない」


 言葉を紡いでいくうちに、月島母の目じりに涙が溜まり始めた。


 気持ちは分かる……と言ってしまうとまた言葉が軽くなってしまうが、しかしどうするべきかは天崎にも理解できていた。


 月島裕子が現世に留まり続けるのは不可能だ。たとえ洋子の身体を借りていたとしても。

 ならばやることは一つ。裕子には成仏してもらい、洋子の魂から切り離す。


 でも、どうやって? 問題はそこだ。

 天崎には霊感がない。ならば専門家に任せるべきなのだろうが、その専門家もお手上げ状態なのだと言う。


 このままでは裕子の魂と共に、洋子も天に昇って逝ってしまう。

 だからといって、裕子だけを成仏させることは難しい。


 袋小路だった。解決策が何も浮かばない。延命くらいはできるかもしれないが、すでに限界と言われた期間から一年も過ぎている。今から延命したところで、数日くらいしか延びそうにない。


 どうする。どうする。どうする?

 思い出されるのは、必死に訴える月島の顔だ。


『お姉ちゃんを助けて』


 彼女は意識を失う前、自分のことよりも姉の身を案じていた。


「…………?」


 ふと、天崎は違和感を抱く。


 お姉ちゃん……月島裕子はすでに亡くなっているのだから、助けることなんてできない。じゃあ成仏するのを止めてほしいって意味だったのか? なら『私たちを助けて』でも別に良かったような気もするが……。


 何かがおかしかった。月島の真実を知った今だからこそ、最後の懇願に違和感が出てくる。

 洋子は何を訴えたかったのだろう。


「ん?」


 物思いに耽っていると、意識の端で足音を拾った。


 ロビーはすでに無人であるためか、パタパタパタとスリッパの叩く音が妙に輪郭を持っている。その足音は天崎たちのいるロビーまでやってくると、唐突に停止した。


「つ、月島さん!」


 やってきたのは看護師だった。しかし何故か息を切らすほど慌てている。

 三人は同時に看護師の方を振り向いた。


「月島さん! お嬢さんが……病室からいなくなりました!」


 最初、あまりに唐突な言葉に意味を理解できなかった。


 いなくなったとは、どういうことだ? 月島はまだ眠っていたはず。それとも目を覚ましたのか? とはいえ、すぐに歩けるとも思えない。じゃあ誰かが月島を連れ出した?


 結論が出る前に、身体が動いていた。


 病室には誰もいなかった。窓が開け放たれ、純白のカーテンが夜風に煽られてはためいているだけ。状況を見る限り、病室の主は窓から外へ出て行ったのだろう。


 だがここは二階だ。飛び降りられなくもないが、病人にとっては難儀な高さだ。数分前まで気を失っていた人間が、無事に着地できたとは思えない。


 いや――。

 日本刀で斬りかかってくる奴なら、それくらいやりかねない。

 月島裕子、か。


「洋子……」


 フラフラした足取りの月島母が、はだけたベッドのシーツを抱えて蹲ってしまった。感情を押し殺した、すすり泣く声が聞こえる。


 天崎はいても立ってもいられなかった。


「捜しに行ってきます。行くぞ、安藤」

「あぁ」


 どこへ行ったか見当もつかない。けれども、まだそう遠くへは行っていないはずだ。

 一刻を惜しむように、二人は病室を飛び出した。

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